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羊飼い 『弟子の生き方』
マルコによる福音書 8章34−38節
2006/9/24 説教者 濱和弘
賛美  1、404、396

さて、9月も最後の週に入り、今年も後3ヶ月となりました。いよいよ今年も終盤にさしかかってきたわけです。今年の10月から12月は行事が目白押しになっています。そんなわけで、10月から12月の教会の予定、牧師の予定といったものを一枚の紙にまとめてみたのですが、本当に過密スケジュールです。ですから、この一年の終盤を、いかにして過ごすかについて、真剣に考えなければいけませんし、それこそ、皆さんに、お祈りして頂き、支えて頂かなければ、とても乗り切れないのではないかとそう思っています。一年というのは、一つのライフサイクルであり、一つの区切りです。同じように、私たちの人生もいくつかの区切りに分けられます。

昨年だったでしょうか、婦人会の皆さんは、婦人会の例会におきまして、工藤信夫先生の「女性の四季」という本をテキストに学びを勧めておられました。この本は、女性の一生を、春夏秋冬の四季にわけ、それぞれの季節を如何に生きるたらよいかと言うことについて考えるというものでした。もちろん、それは女性だけの話ではありません。男性も女性も含めて、人間の一生には、それぞれ春夏秋冬というものがあるのだろうと思います。そして、それぞれの季節を、しっかりと生きていくと言うことが大切なのだろうと思います。実際、私たちの教会は、小さいお子さんから、ご年配の方まで幅広い年齢層の方が、まんべんなく集っています。ですから、私たちの教会の中には、人生の四季が溢れている教会だと言えます。そして、それは、私たちの教会に神様が与えて下さっている恵みであり、祝福であると思っています。そのように、人生に四季があるとするならば、私は、同じようにクリスチャンの一生にも、春夏秋冬があるように思うのです。そして、確かに、神を信じ、イエス・キリスト様を知り、信仰を持った早々の時期が春とすれば、信仰がだんだんと成長していく夏の時期。信仰が円熟していく秋の時期。そして、次の世代に信仰を受け渡していく冬の時期と、クリスチャンとして歩む人生にも春夏秋冬をおりなす四季があるのです。

そのクリスチャンとして歩む「クリスチャン人生」の四季もまた、私たちの教会の中に、豊かに満ち溢れています。これもまた、神様の恵みと祝福です。信仰をも地、クリスチャンとしてまだ間もない人から、しっかりと信仰を教え伝えていかれている方、と様々であり。これもまた、素晴らしいことです。そのような中で、ここに集っているお一人お一人は、いったい、クリスチャンとしての人生のどのような時期にさしかかっておられるのでしょうか。人間の人生の四季は、だいたい年齢との相関関係がありますから、見た目で自分がその季節を生きているかわかります。けれども、クリスチャン人生の四季は、年齢とか、信仰生活何年といった、外見的なものではわかりません。それは、その人の心の有り様でもあるからです。ですから、ここに集っているみなさんお一人お一人が、自分は、いったい今、クリスチャンとしてどのよう時期に咲きかかっているのかを考えなければなりません。そして、どのように生きていくかを、ぜひ、お一人お一人に考えて頂きたいのです。

実は、先日、家内とのなにげない会話の中で、私が「もう50歳に手が届くところまできたね。50歳というと、人生が70年から80年とすると、いきているものせいぜい後20年から30年ぐらいのものじゃないか」という話になったのです。30年というと、ちょうど20歳から50歳になるまでの期間です。正直申しまして、もうじき50歳になろうかという立場の私にとっての、この20歳から50歳というのは、あっという間だったような気がします。そして、後30年といわれると、「いったい、その間にどれくらいのことができるだろうか?」と、そう思わされてしまったのです。もっとも、20歳から50歳ぐらいまでと言うのは、就職、結婚、子育てと、人生の中で最も忙しい時期でもあります。人間の時間の感じ方というのは、不思議なもので、何かに熱中していたり、忙しく過ごしているときには、時間が早く過ぎていきます。ですから、50歳、60歳をすぎて子育ても終わり、仕事も一段落したならば、今、想像しているよりも、ゆっくりと時間が流れていくのかも知れません。それでもやはり、人生の後半には行ってきたと言うことは意識しなければならない歳になってきたなと感じさせられたのです。そういった意味では、人生の四季においては、それこそ、ちょうど9月10月ぐらい、つまり秋の季節を生きなければならないのかなと思うのです。ですから、私自身はその秋の季節を如何に生きていくかと言うことが、問われているのだと思いますし、そのために、しっかりと学び考えなければなと思っています。

もちろん、それは人間の一生として、その人生の終盤をどう生きるかということだけではなく、クリスチャンとしても、どう生きるかという事でもあります。きっと、今のようにいろんな事は出来なくなっていくのだろうと思いますし、今より以上に、信仰を継承していくと言うことに、力を置いて行かなくなるだろうと思います。また、体を動かすと言うことよりもは、祈りや黙想と言ったことが求められるようになってくるのだろうと思います。それだけに、今は、そのためにしっかりとした円熟の秋の時を、生きていかなければならないなとそう思うのです。そのように、私たちは人生の四季を、またクリスチャンの四季を、その季節に応じて生きていくわけですが、しかし、人生の中には、何も変わっていくものばかりではありません。決して変ってはいけない、一本の芯といいますが、軸となるものが通っていなければなりません。たとえば、人生と言うことならば、誠実さとか、真実さとか言ったものは、人生の中に一本の芯として貫かれていなければなりません。人生の四季のどこにおいても、誠実でなくて良い時期であるとか、真実でなくて良い時期であるといったことはないのです。同じように、クリスチャンとしての人生にも、一本のしっかりとした芯が通っていなければならないだろうと思います。それは、私たちが、クリスチャンとして生きる一生のどの時期に置いても、またどの局面においても、貫くと押されていなければならない姿勢や態度があると言うことです。私は、それを、「キリストの弟子としての生き方」ということが出来るだろうと思います。

今日の、この聖書の箇所、マルコによる福音書8章34節から38節は、まさにそのクリスチャンとしての人生の中に、貫かれていなければならない一本の芯「キリストの弟子としての生き方」が、どのような生き方であるかを教えているところであると言えます。この8章34節から38節の前の27節から33節において、弟子たちは、ようやくイエス・キリスト様が救い主キリストであるということが理解でき、そのことを受け止めることが出来ました。それが、ペテロの信仰告白の言葉である。「あなたこそ、キリストです。」という言葉になって表されています。その弟子たちに、イエス・キリスト様は、私たちを、自分の犯した罪や過ちを許すために十字架について死なれること、そして、三日目に蘇られることをお教えになられました。それは、私たちが、如何に罪人であったとしても、汚れや弱さをもっていたとしても、イエス・キリスト様が私たちを受け止めてくださるということでもあるのです。そうやって、罪を赦し、イエス・キリスト様の弟子として迎え入れて下さった者たちに、イエス・キリスト様は、弟子としての生き方を語られています。それが、「だれでも私についてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」ということです。「自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」と言う言葉、どことなく思い言葉として心にのしかかってきます。それは、「自分を捨て」、といわれますと何か自分の大切なものをあきらめなければならないかのように思うからです。そして、「自分の十字架を背負って」といわれると、何か試練や試みといったものを忍耐しながらキリストに従っていかなければならないような感じを持つからでもあります。

先週の日曜日の午後から月曜日にかけて、私は教区の青年修養会に出席していました。修養会の講師は、私たち日本ホーリネス教団の千葉教会の大前信夫牧師でした。大前牧師は、24,5年前、一学期間だけですけれども、ミッション生として、この三鷹キリスト教会に来られていましたので、覚えておられる方もいらっしゃるかも知れません。その、大前牧師が、このようなことを言っておられました。大前牧師は、13年間宣教師としてブラジルの教会でご奉仕しておられたのですが、そこでは、教会の牧師として働くと同時に、日系一世のおじいちゃんおばあちゃんへの伝道やお世話をしておられたそうです。というのも、やっぱり日本から移民していった一世のおじいちゃん、おばあちゃんのための働きには日本語が必要なんですね。それで、大前牧師、ブラジルのあちらこちらの、日系一世のおじいちゃん、お婆ちゃんを訪ね歩く、巡回の働きをなさっていたのです。ところが、ブラジルは広い国です。ブラジルの国土は、南米最大で855万平方qといいますから、日本の約22.6倍にもなります。ですから、町から隣の町まで平気で1000kmや2000kmも離れていたりするそうです。その1000kmも、2000kmも離れた町を、車で、アクセル一杯に踏み込んで旅しながら巡回して回るのです。大前牧師は、教会の牧師をしながらの巡回伝道でしたし、お子さんもいらしたので、その巡回には一人で出かけていたと言います。

けれども、その巡回は本当に楽しいもので、大前牧師にとって大好きな仕事であったと言いますまたブラジルは、本当に大好きな国で、ブラジルでの生活は、とても楽しく充実したものであったそうです。ところが、ある時に、大前牧師の奥さんが、泣きながら「日本に帰りたいと」と訴えて来たのだそうです。実は、異国の地で、一人留守の教会と子どもたちを任された奥さんは、疲れ切って、それで、耐えられなくなって「日本に帰りたい。」と訴えてきたようなのです。大前牧師は、「ブラジルでの生活は楽しいし、仕事も充実している。ブラジルの国も自分たちを受け入れてくれている。なのに、なぜ日本に帰らなければいけないんだ」とそう思ったそうです。でも、目の前で、さめざめと泣きながら、「日本に帰りたいと」訴える奥さんの姿に、「よし、帰ろう」と思って、日本に帰ってきたのです。そして、現在の千葉の教会の牧師となった。

けれども、日本に帰って来たら、帰ってきたで今度は大前牧師の気が晴れない。そんなわけで、千葉教会に赴任した当初は、「自分はいつでも、またブラジルにいきますよ。」といったそんなオーラが出ていたと言います。そして、実際に教会の人にもそんな感じのことをいっていたことがあるようです。また、奥さんに対しても「自分は、あなたのために、大好きな国を捨てて、楽しかった仕事を捨てて、日本に帰ってやったんだ」と言う気持ちが、心のどこかにあったというのです。もし、話がここまでで、「それでも、今は、牧師として神様のために頑張ってご奉仕しているんですよ。だから皆さんもがんばりましょうね。」と言うのならば、それこそ、「自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」と言う言葉は、「自分の夢や願い、また思いをすて、試練や試み、自分にとっては嫌なことを引き受け、それを乗り越えて、神様のために働くことなんですよ。」ということになります。そして、もしそうだとしたら、キリスト教の信仰を持つということは、辛く厳しい、忍耐を求められる生涯を送ると言うことになります。もし、そうであったとするならば、私はキリスト教の伝道をし、人々をイエス・キリスト様の所へお導きすることに躊躇を感じます。

ところが、幸いなことにそうではないのです。大前牧師の話は続きます。そのような中で、一組の家族が教会をたずねてきたそうです。その家族は、南米のボリビヤからやってきたのですが、ご主人が日本人で、奥さんがボリビア人でした。実はその方々日本に来たのは、彼らの15歳になる息子さんは骨肉腫にかかっていたのです。そして、その治療はボリビアでは出来ませんでした。どうやら、日本かアメリカでしか治療できないということらしく、インターネットで調べて、日本の千葉にある病院で治療が出来るというので、はるばるやって来たのです。その病院は、大前牧師が牧会している千葉栄光教会のすぐ近くだったのです。ご家族は、クリスチャンではありませんでした。奥さんは、その息子さんの病気のためでしょうか、ボリビヤで教会に行き始めていたらしく、それで、日本に来て、病院のすぐ近くにある大間牧師が御奉仕している教会を訪ねてきたのです。ご主人は、日本人ですから日本語は話せるでしょうが、奥さんと息子さんは、スペイン語しか話せません。大前牧師もスペイン語がはなせるわけではないのですが、13年間ブラジルで宣教師をしていましたのでポルトガル語は十分に使いこなせます。ポルトガル語とスペイン語はほとんど同じで、8割方は意思の疎通ができます。そんなわけで、その家族の面倒をいろいろと見てあげるようになり、息子さんの病室も何度も訪問したそうです。

その息子さんは「シンジ」君というそうなのですが、シンジ君は治療のかいがあって、日本に来たときは歩けなかったのですが、歩けるようにまでなっていました。それでしばらくの間ボリビアに一時帰国していたのですが、そこで、病気が悪化して、再び日本に来たときには、もう手のつけられない状態になっていたそうです。ある日、シンジ君のお母さんから電話があったそうです。息子が洗礼を受けたいといっているので、来て欲しいというのです。それで、大前牧師は、彼の病室を訪ねました。洗礼を受けたいというシンジ君に、大前牧師は「シンジ、洗礼を受けても病気が治るというわけではないんだよ。」と話ました。けれども彼は、「それでもいい。」というのです。おそらく、それまでも大前牧師は、彼に何度もイエス・キリスト様のことを話していたのでしょう。彼は、「イエス・キリスト様が、いつも側にいてくれることは素晴らしいことだから、洗礼を受けたい」と言うのです。

そこで、大前牧師は、イエス・キリストを信じると言うことはどういうことかといったことや、罪の赦しといったことを話をし、その場で、近くにあった洗面器に水を張って洗礼を授けたそうです。それほど、彼の病状は深刻な状況にあったということでしょう。暫く立って、大前牧師は、そのシンジ君の病室を訪問しました。それは彼が亡くなる数時間前の最後の訪問でした。そのような状況ですので、シンジ君の兄弟や祖父母たちもボリビヤからやってきて、彼のベットを取り囲んでいたと言います。そんな中で、シンジ君は大前牧師に「牧師さん、牧師さん。どうしてなんだ。どうして僕はこんなに、兄弟を愛しているんだろう。どうして、こんなに家族を愛しているんだろう。それがわからない」とそう問いかけるのだそうです。自分の内に、兄弟や家族をあふれるほどに深く愛する愛が溢れている。そのことに、シンジ君は驚き、どうしてそのような気持ちになるのかわからなくて、大前牧師にそのことを尋ねたのです。そんな彼に、大前牧師は、「シンジ、違うだろう。イエス様の愛が、シンジの心に一杯溢れているから、兄弟や家族を愛せるんだろう」とそう話したそうです。その言葉を聞いたシンジ君は、「そうだ。そうだよ。僕の心の中にイエス様の愛が一杯溢れているから、こんなにも兄弟や家族を愛しているんだ。」とそう何度も、何度もいっていたそうです。そして、それが、大前牧師とシンジ君の最後の会話になったそうです。

シンジ君の死は、本当に悲しい出来事です。子供の死ほど悲しい出来事がこの世の中にあるだろうかと、私は思います。けれども、そのどうしようもないほどの悲しい死の中で、大前牧師は、イエス・キリスト様を信じて「そうだ。僕の心の中にイエス様の愛が一杯溢れているから、こんなにも兄弟や家族を愛しているんだ。」という、シンジ君の姿が、本当に嬉しかったと言います。「この嬉しさ、喜びをどう表現して伝えたらいいのかわからない。」と言うほど、嬉しかったようです。牧師をしていて一番の喜びだったのかも知れません。そして、そのことを通して、大前牧師は「自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」と言う言葉について、こう言うのです。「自分自身を捨てるということは、自分の持っている何かを捨てることではなく、文字通り自分自身を捨てることだ」それは、つまり「自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」「自分の夢や願い、また思いを捨て、試練や試み、自分にとっては嫌なことを引き受け、それを乗り越えて、神様のために働くこと」ではないと言うのです。そして、私もそう思うのです。この大前牧師の話に出てくるシンジ君は、子供とは言え、15歳です。ですから、自分の状況は、大体の所はわかってただろうと思います。遠く南米のボりビヤから、家族が集まってきているのです。自分の死が近いこともわかっていたでしょう。その自分の死を引き受けたときに、彼は溢れるほどの愛で家族を愛したのです。

イエス・キリスト様が、弟子たちに残していった戒めは、「あなたがたは、互いに愛し合いなさい。」ということです。この「互いに愛し合う」ということだけが、イエス・キリスト様が私たちに与えた唯一の命令であり、弟子たちが全うしなければならない弟子の生き方です。そういった意味で、シンジ君は、キリストの弟子として生きたと言うことが出来ます。自分の死を引き受けたときに、キリストの弟子として生きたのです。つまり、キリストの弟子として生きると言うことは、自分に死ぬ、命を失うと言うことによって、始めてキリストの弟子となることが出来るのです。もちろん、このシンジ君のように命を落とすことが、自分に死に、命を失うことであるというわけではありません。むしろ、自分に死ぬということは、自分がどう生きるかということに関心を向けるのではなく、他者に感心を向けることだからです。私はこう思うのです。シンジ君は、自分の命の終わりを感じたとき、自分が生きる事に関心が失われ、それゆえに彼の関心は家族に向けられたのではないか。だからこそ彼は、「こんなに、兄弟を愛しているんだろう。どうして、こんなに家族を愛しているんだろう。」と思ったのだと思うのです。ですから、実際には生きながらえながらも、私たちは、自分に死に、自分の命を失うことが出来るのです。先程の大前牧師は、先程のシンジ君の出来事を通して「自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従ってきなさい」ということは、「文字通り自分自身を捨てることだ」とそう捕らえました。そして、それを自分自身に当てはめてみたのです。そしてこのようにいっていました。「自分がブラジルから帰ってきたとき、『どうしてこんな事になってしまったんだろう』と、そう思っていた。」というのです。そして、挫折感を感じていたというのです。

普通に考えれば、この挫折感は、ブラジルから思い半ばで帰ってきたということによる挫折感のように思います。ところが、大前牧師の感じた挫折感は、そのようなものではありませんでした。それは、どうして、自分の奥さんの気持ちがわかってあげられなかったのだろうか」ということと、帰ってきても「あなたのために、私は、大好きな国を捨てて、楽しかった仕事を捨てて、日本に帰ってやったんだ」という、そんな思いを持っている、そんな自分が受け入れられない自分に対する挫折感であったというのです。大前牧師は、結局それは自分のプライドだったというのです。プライドというのは、自尊心です。「自分は、本当はこれだけのことが出来る。」と言う気持ちです。そして、そのような気持ちがあるからこそ、自分自身で自分を高く評価し、そして、その自分の自己評価通りに、人からも認めて欲しいのです。ところが、そんな自分のプライドと、現実の自分の姿との間に違いが生じると、その違いが挫折感に繋がっていくのです。自分は、「自分の奥さんの気持ちをわかってあげられる人間だ。」とか、「少なくとも自分の奥さんを責めるような人間ではない」と、そう評価しているのに、現状はそうではない。大前牧師は、結局、自分自身を捨てるということは、自分のプライドを捨てることだとそう言っていましたが、まさしくその通りであろうと思います。

普通ですと、プライドが高いのは問題があるとは思いますが、プライドを持つことは悪いことではないように思います。プライドがあるからこそ、良い仕事が出来ると言った側面があるからです。しかし、そこには、先程も申し上げましたように、人に認めてもらう、評価されると言うことを期待する気持ちがある限り、私たちのプライドの中心にあるのは自分自身です。そして、何を行うにしても、関心は自分自身にあるのです。たとえそれが、社会的にどんなに良いことであっても、また人から評価されることであったとしても、その行ないの中心には自分がいます。ですから、私たちのプライドは、他ならぬ自分自身が自己実現されることを求めるのです。それは、自分自身が生きようとする姿だとも言えます。ところが、イエス・キリスト様が弟子たちにお与えになった戒め、「あなたがたは、互いに愛し合いなさい」ということは、愛するということを、私たちにも求めています。愛すると言うことは、相手のことを思うことです。行動や思いの中心に自分がいるのではなく、相手の存在があるのです。ですから、愛すると言うことは、自分自身が自己実現することを決して求めません。子分自身が生きようとはしないのです。ただひたすら、相手のため、隣人のために奉仕し、相手のため、隣人のために生きることが愛すると言うことなのです。そこでは、もはや自分自身は死んでいるのです。死んで命を失っているからこそ、相手のために生きることが出来る。ですから、プライドと愛とは、実になじみにくい、水と油のような存在なのです。

だからこそ、「互いに愛し合う」というキリストの戒めに生きようとするキリストの弟子は、自分のプライドという自己を捨て、自分自身の命を捨てなければ、キリストの弟子となって生きていくことが出来ないのです。宗教改革をおこなったマルティン・ルターという人は、「キリスト者の自由」という本を書きました。その冒頭でルターは「キリスト者は誰にも隷属しない自由を持っている。」と言っています。同時に、「キリスト者はすべての人に、仕える僕であって誰にでも従属する」とも言っています。自由と、従属とは相反するもののように思われます。それこそ、誰にも従属しないで、自分の好きなように生きることが自由だからです。けれども、キリスト者の自由とは、そのような自由ではないのです。むしろ、そのように自分の好きなように生きる、自分の思いのままに生きることではなく、自分を捨てて、ただ隣人を愛するときに、本当の自由があるのだというのです。

考えてみますと、私たちは、自分の好き勝手に思いのままに生きようとすると、様々な軋轢が生まれます。そして、その軋轢の中で、思いのままに事が運ばない、極めて不自由さを感じてしまったり、多くのストレスを感じてしまうものです。自分の思うままに自由に生きようすればするほど、人間は不自由になってしまうのです。自由は、神が私たち人間に与えて下さったものであり、人間の尊厳性の根拠です。しかし、この自由を、自分の自己実現のために用いようとすると、自由は、とたんに私たちを縛り上げるのです。ですから、自由は、自分自身のために用いられるものではなく、他者のために用いられるものなのです。そして、私たち人間にとって、絶対他者である存在は、私たちを造り給うた神なのです。だからこそ、私たちの自由は、神に対する愛と奉仕に向けられなければなりません。私たちが、イエス・キリスト様のお言葉にお従いして生きる、またイエス・キリスト様が私たちに与えられた戒め「互いに愛し合う」ということにいきるならば、私たちの心は本当に自由になります。もはや、不自由さ感じさせ、ストレスを感じさせる自己実現を求める自分自身のプライドは、捨てられ、命を失っているからです。そのために、私たちは自分を捨て、自己実現に生きようとする自分自身に死ななければならないのです。そうやって、自分を捨て生きるとき、その生き方は、私たちを本当に喜びに満たしてくれ、楽にしてくれます。ですから、私たちは、クリスチャンとして生きるクリスチャンの人生の春夏秋冬のどの季節にあっても、この「自分を捨て、自分の十字架を負うて、私に従ってきなさい。」ということを、心に留め、それを求めていかなければなりません。まさに自分の十字架とは、自分の死に場所なのです。

マルコによる福音書は38節で、「邪悪で罪深いこの時代にあって、私と私の言葉を恥じるものに対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使いたちと共にくるときに、その者を恥じるであろう」と、そう述べています。マルコによる福音書の著者が、「邪悪で罪深いこの時代に」と呼んだ時代以上に、今の時代は、自己実現することに価値を見出し、自分の自由を主張する時代です。そのような中で、私たちが、その時代の風潮に流されて生きてしまっているとするならば、それはむしろキリストの弟子としては恥ずべき事です。ですから、私たちは、キリストの弟子として、「自分を捨て、自分の十字架を負って、キリストに従って、互いに愛し合い、他者を愛する者、隣人を愛する者として生きていきたいと思います。そんなことが自分に出来るだろうかと、不安に感じる方もいるかも知れません。しかし、心配はいりません。大丈夫です。先程お話ししたシンジ君は「イエス様の愛が、自分の内に溢れているから、こんなに兄弟や家族を愛しているんだ」と言っていたではないですか。同じ、キリストの愛が、今もあなたにも注がれるのです。あなたのうちに一杯に注がれるから、心配いらないのです。あなたがそれを求めて、クリスチャンとしての人生を送るなら、あなたは必ずキリストの弟子となれるのです。

お祈りしましょう。