武蔵野ミニー
ブルース系プレィヤーヴォーカリスト アコースティック・ブルースギタリスト ソング・ライター) 

ブラックミュージックの源流を辿り、戦前ブルースを中心にプレイする女性プレイヤー
カントリーブルース ・カントリーゴスペル ・ラグタイム ・クラシック・ジャズ ・トラディショナル
などを包含した、ブラックティスト且つアメリカン・オールドタイムな香り漂う音楽を追求、
得意とし演奏する


好きなブルース系ミュージシャン
メンフィス・ミニー 、 ダイナ・ワシントン、 リル・グリーン 
シッピー・ウォーレス、クレオ・ブラウン
 
R・ジョンソン R・ロックウッドJr T・ジョンソン 

使用弦楽器
マーティンE1833515(ヴィンテージ復元アコースティックギター)
ギブソンLG1 ベビーティラー(アコースティックギター) 
ドブロB1−019−95(リゾネーター・ギター)
ドブロDu−90(リゾネーター・ギター)
ウラベT−40E(ウクレレ)
KヤイリKYF−1E(エレ・アコギター)

武蔵野ミニー プロフィール

松江市出身
15才で、アコースティックギターを手にし、独学でフォークやスワンプロックっぽいものを弾き初める

大阪の大学在学中にフォーク・ブルースなどから影響を受け、洋盤専門レコ屋でブルースの盤をコレクトするようになる
ブルースへの傾倒は、それ以前に郷里松江の隣家の日系人が
BGMとした古いアメリカの音楽が、訪問するたびに体内に染み込んで
いったのか、戦前のカントリー・ブルースに興味を抱きつつ次第にブルースをなぞるようになる
19才〜22才まで、関西のライブスポットで本名を捩った『わたりべふみ』名で音楽活動始動

その当時縁あって、現在シカゴ在住のブルースピアニスト有吉須美登氏(現在シカゴ在住のブルースピアニスト有吉須美登氏)と
京都のライブハウスで共演するも、その後結婚し音楽活動停止

広島で、普通の主婦として数年を過ごすが、夫の勤務の移動に伴い上京する
94年にブルースの名店阿佐ヶ谷のギャングスターのファイナルイベントを高円寺のJIROKICHIで偶然、観覧 
出演者の中に名を連ねた、ライトニンホプキンスのカバー
などで、当時デビューしたばかりの、ライトニン大内氏【現、コージ大内】に触発され
ライブ活動再燃!

大内氏の紹介で、中央線沿線のブルース系ミュージックバーで、メンフィス・ミニーのナンバーを主にソロでのライブ活動を行うようになる
2006年、ブルース関係者、大物諸氏の進言を受け、原点に戻り、自身のスタイルを琢磨し更なるブルースを追求する姿勢を明確にする為、永年親しんできた、 わたりべふみ名を『武蔵野ミニー』と改める
ギター弾きの息子、竹下直登
と正式にDUOを組み、ブルース活動再始動

2008年 武蔵野ミニーのリズム隊として、N’s BLUES  PACKAGE(竹下直登・田村奈津子・渡邉紀男)を結成

2009年7月 レコエンジニアに、ジャンプブルースの雄、吾妻光良氏を迎えソロアルバム『MUSASHINO BLUE』をリリース
現在に至る。

       

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