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令和6年8月
統合失調症陰性症状の発症仮説
要約:
統合失調症の陰性症状は、陽性症状治癒で使用するドパミンD2阻害剤やセロトニン5ht2阻害剤の負の影響、加えて前部帯状回が急性症状から回復する過程で、脳神経システムが行うセロトニン・カルシウム・ミトコンドリアの遺伝子機能のon/offの切り替えにより生じる。
具体的に言うと、ドパミン機能とセロトニン機能の低下、グルタミン酸AMPA受容体のカルシウム非透過性への変化、ミトコンドリア機能異常によるATP産生の減少などである。
これらにより、有機的に連結している3回路(情動生成回路・エピソード記憶回路・CSTC回路)の回転が止まってしまい、これにより、意欲の減退、情動の欠如、エピソード記憶の喪失が生じる。
うつ病や双極性障害は、統合失調症とは全く別の疾患ではあるが、それらの疾患が3回路と三位一体機能(ミトコンドリア・カルシウム・セロトニン)の関係性から生じることは、統合失調症陰性症状と一部ではあるが同じ発症スキームを有している。
また、セロトニン遺伝子のDNAメチル化が統合失調症と双極性障害の男性のみに生じることは、自閉症やADHD、また統合失調症の破瓜型(思春期発症で陰性症状が主)が男性優位の発症率となっていることの事実と対比させると、極めて興味深い。
1.予備知識
本論に入る前に理解の手助けとなる予備知識がありますので紹介します。内容は三輪車回路(著者の仮説)、
HPA軸、そしてコルチゾールです。まず三輪車回路ですが、これは私がうつ病の発症仮説を説明する際に用いた概念です。下図参照
ここで三輪車回路とは、前頭前野(前部帯状回)と線条体(側坐核や尾状核)が連結する行動計画作成のためのCSTC回路、線条体・扁桃体・海馬を結ぶ情動生成回路、海馬と前頭前野(前部帯状回)を結ぶエピソード記憶回路から構成する神経回路群です。詳しい機能説明は、うつ病の発症仮説のコーナーを見ていただくとして、最大のポイントはこれら3経路がギア(架空)で連結していることです。そのため、一つの回路が回転すると他の回路も自然に回転し始め、一つの回路が障害発生で止まってしまうと他2回路も止まってしまいます。例えば、うつ病は海馬がストレス(コルチゾール)による障害をうけ、これにより三輪車回路が止まってしまうことによって発症します。
HPA軸とは 脳の視床下部と下垂体、および副腎という臓器が連携してストレスに対抗するための神経内分泌経路です。このうち視床下部は脳の中心部に位置し、自律神経系の調節・内分泌系の調節・体温調節・睡眠と覚醒の調節など非常に重要な役割を果たしています。そして、視床下部と三輪車回路の各神経部位は互いに連結して有機的な脳神経システムを形成します。
一例を示します。CSTC回路により行動を起こした結果は偏桃体に届き、偏桃体は価値判断をします。そしてその判断結果を視床下部に送ります。視床下部は偏桃体から送られてきた情報を基に、側坐核(線条体)に脳内モルヒネ分泌の命令を出します。結果、エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドが放出され海馬のオピオイド受容体に結合します。これにより海馬は、情動を形成してCSTC回路で作成実行された行動を記憶(短期)して前頭前野に送り、前頭前野はこれをエピソード記憶として保存します。
コルチゾールは副腎皮質から放出されるストレス対応ホルモンです。コルチゾールが分泌されると、血糖値が上がり、アミノ酸や脂肪酸、糖質が血液中に放出され、血液中を巡って全身に運ばれ、ストレスに対抗する働きをします。
ところで、このコルチゾールはホモサピエンス時代に確立された生命活動維持システムであると考えられています。当時の狩猟は長距離走を活用した持久狩猟が主力であり、これに伴う肉体ストレスに対して「コルチゾールが放出されるシステム」が始まったのでしょう。これは、コルチゾールの機能が「効率的な栄養補給」にあることからも推察されます。そのためコルチゾールのストレス対抗性機能は肉体の疲れにたいするものであり、精神的な疲れ(結果、肉体疲労も生じる)に対する効果は想定していなかったはずです。ところが、この狩猟時代に完成されたシステムを「複雑系の現代社会においてもストレス抵抗性システムの中核においている」ことは明らかなミスマッチであり、この矛盾がうつ病をはじめとした精神疾患の隠れた原因になっていると思います。
2.陽性症状
統合失調症の陽性症状と陰性症状は症状的に全く異なりますが、そこには相互の関連性が存在していると考えられます。そこで、本稿の主題である陰性症状を解説する前に、陽性症状について軽くふれておきます。詳しい内容は、本HPの「統合失調症妄想のGAP0仮説」を参照して下さい。
グルタミン酸NMDA受容体の障害によりγオシレーションがうまく機能しなくなり、前頭前野の機能低下から思考主体が前頭前野から前部帯状回へシフトチェンジする場面から始めます。
その前部帯状回には、セロトニン・ドパミンの過剰投射が始まります。これはセロトニントランスポーターに変化が生じて一時的にシナプス間隙のセロトニン濃度が上昇すること、またドパミンD2受容体の数の減少(ドパミン濃度が高いので受容体の数を減少させる)が確認されることから推察されます。これらモノアミン系神経伝達物質の上昇は、前部帯状回を興奮させ、またグルタミン酸放出の減少からΘオシレーションの障害を発生させ、結果、前部帯状回の機能低下をもたらします。
また、前部帯状回(思考主体)のドパミンは脳内の各種オシレーション間の位相同期を強める働きがあり、αΘΓオシレーションの位相同期が強まります。しかし、αΘΓのうち2者(ΘΓ)の障害が発生しているので、幼児期から発生してくるαオシレーションが主体となって知覚認知が構成され、それが意識下に生じ強まってきます。そしてその意識度合は、前部帯状回のドパミン濃度に比例するかのように上昇してくるのです。
ここで私たちの意識構造を仮説的に捉えます。まず思考主体(自我)が存在して、その下に管理される意識群があります。知覚・欲求・感情・抽象的思考・内臓感覚などが意識群を構成する要素なのですが、これらの意識群は思考主体が認知して管理しています。
ところで、統合失調症の急性(陽性)症状は知覚認知のゆがみから生じます。クラスで友達どうしが会話しているのを見て、何やら会話しているとの知覚は正しいのに、そこに「私の悪口を言っている」との解釈(知覚認知)が誤っているのです。そしてこれらの経験が重なると「誰かが私の悪口を言っている。私を貶めようしている」と妄想的な認知が生じます。これはαΓΘオシレーションの位相同期の歪みに起因していて、これがドパミンの力によって意識下から突き上げるような勢いで意識されてくることによるものです。
このような状況が続くと、思考主体が管理する知覚認知と、誤った位相同期によって生じる妄想的な知覚認知の距離が縮まってきます。そしてついに両者の距離(gap)が0に近づくと、自我(思考主体)は自ら管理する知覚認知が破綻することを避けるために、両者の認知内容をαΓΘオシレーションの位相同期による妄想的な認知内容に合わせてしまうのです。そしてこれが急性症状(妄想)の発生原理で、これにより自我は自らの精神破綻を回避します。
※ あくまで仮説で私はこれをgap0仮説と命名しました
さて急性症状の発症時にもう一つ重大な変化が発生します。それは患者の前部帯状回や偏桃体で見られる脳体積減です。上図から神経細胞から軸索が伸びその先にシナプス前部があり、ここから神経伝達物質をスパインに向けて放出していることが分かります。ところで上図には図示されていませんが、シナプス前部にはミトコンドリアがあり、そこで細胞呼吸を行ってATPを生産するのと同時に、活性酸素を作り出します。しかしここで問題となるのが、前部帯状回はセロトニン5HT2の作用によりカルシウムイオンを大量に放出して賦活化していることから、生産される活性酸素の量も比例して増大してしまうことなのです。活性酸素は電子数が少なく不安定なため周辺の細胞を攻撃して電子を奪い安定化しようとするので、シナプス前部は活性酸素によって攻撃破壊されます。そしてこの作用により脳体積減が生じてしまいます。
3.陰性症状
一般的には、陽性症状に対する治療の後に陰性症状が現れます。これの意味するとことは、AとBの症状があって、Aが消えるとBが現れるということでなく、A+が否定されるとĄ-が生じるということです。一見して当たり前ですが、これは非常に重要な意味を持っています。つまり、陽性症状と陰性症状はそれぞれ別個に存在するということでなく、連続する事象として捉えるべきということです。
以下この観点に立って陰性症状の発症を考察します。
①セロトニンとドパミン
急性症状が生じると治療薬(ドパミンD2阻害剤とセロトニン5HT2阻害剤)が投与されます。
これにより、急性症状が治癒されますが、同時に前部帯状回は賦活から抑制的に変化しています。しかしこの段階で問題が生じていて、その抑制作用はしばし過剰なものになっていることです。セロトニンはトランスポータ関連遺伝子によるDNAメチル化によりシナプス間隙のセロトニン濃度が上昇しますが、やがてセロトニン受容体数の減少(受容体が細胞体内に入るエンドサイトーシスが生じる)が生じます。同様にドパミンD2受容体の減少も確認されます。これは脳内システムの危機回避作用によりものです。治療薬はこれに乗じる形で、セロトニンとドパミン受容体をブロックするものですが、そのため、前部帯状回に必要なドパミンとセロトニンを活用できなくなります。これにより、前部帯状回は行動計画を作成できなくなります。
②グルタミン酸
統合失調症の急性時、コルチゾールから慢性的な刺激をうけている偏桃体は過剰に賦活化してグルタミン酸を大量に放出して、その影響が前部帯状回に及びます。これの何が問題なのかというと、過剰なグルタミン酸は神経細胞(受容体がある方)のアポトーシス(カルシウム障害で細胞死)をもたらしていまうのです。そのため、脳神経システムは回避システムを発動させて、グルタミン酸のAMPA受容体をカルシウム透過性の低い受容体へと構造変化させます。これにより、脳神経細胞のアポトーシスは防止できますが、他の脳神経部位からの情報をグルタミン酸を通じてうけとることができないことを意味します。これにより思考主体(前部帯状回)は外部環境をうまく認知できないことになります。
③ ミトコンドリア
統合失調症の急性時、前部帯状回はセロトニン5HT2の賦活からカルシウムイオンが大量に発生して、その毒性からカルシウム毒性による脳体積減(前部帯状回や偏桃体の体積減)が生じていました。これに対してミトコンドリアは、ATPの生産を減少させることで細胞のエネルギー消費を抑え、ダメージを最小限に抑えようとします。これによって前部帯状回の細胞へのエネルギー供給が不足してしまいます。
上記①~③まで、陽性症状が治療薬または脳神経システムの保護作用により、陽性症状から陰性症状へのベクトルが強化されます。②外部情報取得が困難になり、①行動計画を立てることができず、③活動の原動力であるATPが減少します。
これらにより上記図の3経路の回転が滞ってしまいます。そのため、CSTC回路は動かず、線条体からの脳内モルヒネが放出されず、海馬はそれを受容できないので情動が湧かず、結果、記憶が曖昧になりエピソード記憶も生じません。加えて、記憶する必要性がないことからスパインの長期抑圧から脳体積の減少も生じます。
これらは全て陽性症状からの必然的な帰結でり、それらの個々の現象が総体が顕然化してくると陰性症状が現れてきます。
4.破瓜型統合失調症について
破瓜型統合失調症(以後破瓜型とする)は2002年まで使われていた呼称で、思春期から青年期にかけて発症する、陰性症状を主とする統合失調症の一類型です。妄想や認知機能は比較的少なく、陰性症状に加えて支離滅裂の言動や思考の解体が特徴的で、統合失調症の中では難治性とされています。認知機能障害がないのに思考解体があることや、急性症状がないことなど、私が本稿で展開させた統合失調症の一般的なパターンとはかなり違った発症原理の存在が予想されます。といって、妥当性の高い発症仮説も見当たりません。
そこで、私なりの発症仮説を考えてみました。精神医学の常識に外れる部分もあるかもしれませんが、一つのアイデアを出すこともそれなりの意味があると思います。
破瓜型の発症の前には何らかの精神疾患が存在するケースが多いようです。ADHDや自閉症、不安症やうつ病などです。このことから破瓜型の発症には長期間のストレス(負荷)の前提条件があり、その負荷蓄積が限界点を超えて発症してくると思われます。その負荷ですこれはコルチゾールの継続的な影響が考えられます。これは破瓜型患者に前頭葉や側頭葉の脳体積減が認められていて、これを、コルチゾール過剰によるミコトンドリア機能の低下から細胞呼吸が活発になり活性酸素を大量に発生させることによる酸化ストレスと考えると事実と符合します。
そのため脳神経システムは、代償的な抗酸化反応(還元反応)による還元反応の一環として、酸素呼吸から硫黄呼吸への切り替えを行います。これが呼吸の硫化水素(抗酸化作用)方式であり、H2Snの産生が亢進するようになります。これの何が問題なのかというと、硫黄呼吸のエネルギー生産効率の低さです。この状態が続くと、エネルギーを大量消費する脳内神経活動に支障が生じてしまうのです。
統合失調症と硫化水素の関連性を示唆する研究は2010年代より複数のグループにより行われています。例えば、理化学研究所から、脳内の硫化水素の産生過剰が統合失調症の病理に関与していることが発見されました。この研究の中で、統合失調症の類型にまでは言及していないようですが、硫化水素のエネルギー生産効率の低さ(陰性症状の原因)から、この研究対象に破瓜型が含まれていることは十分に推察できます。
さて、統合失調症の硫化水素説が正しいものと仮定すると、この結果(ATP生産を硫化水素システムに変換する)は思考解体を招くのでしょうか。この部分がクリアーできれば硫化水素説の妥当性は格段に高まります。
思考主体は、知覚・欲求・感情・抽象的思考・内臓感覚などが意識群を統括する管理主体です。これは観点を変えれば、脳神経システムの複雑系を管理統括するため心(思考主体)を持たざるをえなかったということです。
ところで、細胞呼吸から硫化水素方式のエネルギー供給の変化により、脳神経システムにはいくつかの重要な変化が生じてきます。
以下はAI(copilot)の回答をもとにしたものです。
・呼吸の調節・ニューロンの活動パターン・シグナル伝達の効率・神経保護作用・イオンチャネルの調節 〃
これらは、脳神経システムの変更そのもので、多方面に及んでいます。そのため新たな管理システムが生じ、またその管理システムを統括する必要から、新思考主体が生じる流れが生じてきます。
問題なのは、思考主体の管理能力は細胞呼吸の不備とともに下降線をたどり、新思考主体生成の勢いが上昇線をたどっていることです。もし両者の距離が近づいてきたらどうなるか。恐ろしい結果が予想されます。思考主体は解体し、思考も支離滅裂ものになるのでしょう。
これが私の予想する破瓜型統合失調症の発症原理で、陰性症状と思考の解体の特徴を説明することができます。さらに加えると、エネルギー供給の硫化水素方式は緊急避難的なものであったはずです。それが、長引くストレスによりエピジェネティックな作用が生じてしまい、恒久的にセットされてしまうことが最大の問題点です。そして、この新状態に対して従来の抗精神病薬は効果を示すことができず、難治性になってなってしまうのでしょう。
参考文献
* 全編を通じて bing copilot を利用していますが、提示された記事にて内容は確認しています