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令和7年9月
破瓜型統合失調症の発症仮説
要約:
世の中には、非社交的(内向的)性格の人間は必ず存在する。彼らは、内省し思考力に富むが、社会的活動には積極的でない。そのため彼らのミトコンドリア機能(配送能力)はやや劣っていて、このミトコンドリア機能障害は遺伝子に格納され代々蓄積されていく。やがてはそれは、エピジェネティック作用により、ストレスの限界点に達した時に、巨大スパイン生成されるという形で、破瓜型統合失調症を発症させるトリガーとなる。
1.予備知識
本論に入る前に、予備的知識を何点か簡略的に紹介します。
① 思考や行動計画は、神経細胞の空間的・時間的な活動パターンの組み合わせ発火によりが生成される。
空間的とは、神経細胞の組み合わせである。例えば、1~10までの神経細胞があったとして、1・5・7の組み
合わせがリンゴをあらわし、3・5・9の組み合わせがミカンを表す。
② 神経細胞は同時に発火(同期)する必要がある。
③ グルタミン酸の主要な受容体はNMDA受容体で、この受容体が発火するには、受容体にDセリンとグリシンが結合 していて、そこにグルタミン酸が結合する必要がある。
④ Dセリンはアストロサイト(グリア細胞)の解糖系から生成され、発火細胞にグリア細胞から伸びる軸索にのって 運ばれる。一方のグリシンはグルタミン酸投射細胞によってグルタミン酸と共放出される
⑤ 神経細胞が発火するためにはエネルギーが必要で、アストロサイトから放出されたミトコンドリアが発火する神 系細胞の近傍まで遊走して、そこでATPを供出する。
⑥ NMDA受容体にDセリンとグリシンが共結合することは、単なるアゴニストではない。Dセリンはミトコンドリ ア遊走先を決める旗印で、グリシンは不要なグルタミン酸結合を排して同期発火するための蓋の働きをする
※ ⑥は著者の仮説です
⑦ ミトコンドリア遊走機能とATP供出機能が劣後していると、行動および思考の陰性的傾向を示す。
2.エピジェネテック
さてここからが本題です。
破瓜型統失は、発病に対する遺伝子比重が高く、病前性格は、非活動的(内向的)でおとなしい傾向があるとされます。また、発症年齢は15歳位から始まり、これは、社会的行動の加速度的拡大の時期と重なります。 また、うつ病などと違ってこれといった発病エピソードは見つかりません。
ところで上記下線部は、ミトコンドリア機能障害のフレーズを仲立ちにして、一本の糸でつながっているのが分かります。
内向的な性格は行動に積極性が伴わないので、神経細胞にATPを供給するミトコンドリア機能が活発に作動しなくなり、さらには似た者同士の結婚で、この傾向が代々継続していくことになります。ところが、ある時点で、ミコトンドリア機能に突然変異が生じてしまうのです。それは、ATP生成能力の障害や、発火する神経細胞への遊走(移動)能力障害、もしくはDセリン供給障害であるかもしれません。 いずれにしても内向的という個性の継続から、ミクログリア機能障害という病的遺伝子の継続へと変化してしまうのです。
神経細胞には人間に必要な遺伝子の全てが含まれていますが、各細胞の機能に応じて使用する遺伝子と使用しない遺伝子が決まっています。このように遺伝子機能発動のオン・オフのしくみが備わっていて、これをエピジェネテックといいます。
これを上述のミトコンドリア機能遺伝子に当てはめると、遺伝子配列は変化しないで、ミトコンドリア機能異常出現が可能性のあるonに変化し、それが神経細胞上に旗(フラッグ)として掲げられることを意味します。しかし、この遺伝子は出生直後には稼働しません。むしろそのままOFFのままで一生を終えることも十分可能です。ところが、そのうちミトコンドリア機能がフル回転せざるを得ない時期がやってきます。それはCSTC回路の側坐核が成熟する段階、つまりは思春期の入り口にさしかかった頃です。
思春期は誰でも必ずやってきますが、その変化に気づかない人がほとんどしょう。しかし形式的操作思考(抽象的思考)の充実、異性と仲良くなる、相手の気持ちを推し量って行動できるようになる、社会参加の空間的拡大など、大人への入り口として、活動領域が飛躍的に増大します。そしてこれは同時に、ミトコンドリアが神経細胞に十分なATP(エネルギー)を供給できるか否かの課題が生じることを意味しているのです。
ところで破瓜型統失予備軍の人たちは、ミトコンドリア機能が劣っているので、ATP供給需要に答えるために、かなり無理な稼働をミトコンドリアに課し直接的な疲弊が蓄積します。さらには、彼らは人間関係の柔軟性のある関係作りが苦手なので、社会参加の加速度的拡大はかなりのストレスを彼らに与え、海馬、偏桃体、前頭前野に機能的な変調をもたらします。これらの脳に対するストレスは蓄積していき、やがてエピジェネティックなスウィッチをonにする閾値を超えてしまうのです。ですから発症には特別なエピソードは必要でなく、いつしか知らぬうちにという形になっているのです。
3.破瓜型統失の発症原理

静かにそして知らぬ間にエピジェネティックのスウィッチがONになると、脳神経システムは次のような防衛的反応を行います。
ATP供給減少 → 機能集約 → 巨大スパインの生成
エピジェネティックのスウィッチがONになると、必然的にミトコンドリア機能障害が生じて神経細胞へのATP供給が激減し、これによって彼らの活動(思考も含む)が阻害され陰性症状が顕在化してきます。
こうなると脳神経システムは脳内に供給されるATPを生存のために優先的に配分するシステムに切り替えます。例えば、海外旅行で使う、サバイバル英語です。 水が欲しい時には、「water plese」です。
ATP飢餓時の脳内システムもこれと同じ原理で、複雑な神経回路を「最低限の生活に活用」かつ「頻繁に使用していた神経回路」を中心にして、大規模な神経回路のリストラを行います。そのために行われるのが、巨大スパインの生成です。巨大スパインは少数でも神経発火を引き起こす強力な入力源となり、「シナプス民主主義(多くの弱い入力が協調して発火を決定する仕組み)」が崩壊する可能性があると指摘されています。

巨大スパインの生成を、私は縦横に張り巡らされていた道路を一本の主要道路に統廃合してしまうイメージを持っています。 例えばA町を通過する道路は縦貫道路一本とし、その道路沿いには警察・消防・市役所・病院・学校が配置されます。同様にB町にも縦貫道路一本を作り、加えてA町とB町の連絡道路を作ります。そして計3本の道路網が完成します。
それではこの道路網の完成の評価はどうなんでしょうか。道路の維持管理費が少なくてすみそうなので、財政状況の厳しい自治体にとっては財政破綻を防ぐ窮余の策となっています。ところが、住民サイドからすれは、生活上、極めて不便な生活を強いられるのです。縦貫道路沿いにないスーパーや薬局に行くにはどうしたら良いのでしょうか。そしてこの不便さ(ルート探し)こそ、上記(破瓜型統失の症状一覧)の1に該当する内容なのです。
※道路を神経回路に読み替えてみて下さい。
また巨大スパイン(縦貫道路)にはある種の強制力があり、その他の道路を選択する余地はないのです。そのため、思考も行動もある種のやらされ感覚が生じてしまうのでしょう。 これは上記の2に該当します
ところで、上記12と34は構造的に発症原理が違っています。
脳内皮質は6層構造になっていて、破瓜型統失の症状に関係するのは主として3層と5層です。3層は2層と脳の領域的情報交換をするのと同時に、対側の脳領域(左脳と右脳)と広域的連絡も行います。IT用語を使えばエッジ処理付きクラウドです。
一方の5層はココロの主体が置かれている層ともいわれています。広く5層内での情報交換を行うと同時に、視床を通じて行動命令を下す、正に脳の司令塔と呼ぶべき神経階層です。
再び、破瓜型統失の症状に戻りますが、項目1と2はおそらく同じ層内での情報処理の障害により発生します。例えば3層内で主要道路(巨大スパインによる神経回路)が生き残りモードになっている場合に発生します。
神経回路が生存モードになると、少しだけATP(エネルギー)に余裕ができ、3層内で色々と思考が駆け巡ります。そしてその思考内容が4層のチェック機能をすり抜けて5層に入るケースで適切な情報統合ができないと上記症状一覧の3と4が発生するのです。つまりは、層間の情報処理の障害から発生します。
3のなぜ一人笑いするのでしょうか。
海馬と大脳皮質は連絡しているので、3層は色々考えているときに、海馬から過去の面白かった経験を引き出し、「これって面白いようね」と5層に情報を渡します。しかし前頭前野の5層は機能的に障害されているので、周りの環境などを考慮せずにコミュニケーションツールとしての「笑い行為」を半ばルーティンで視床に行動命令を出してしまうのです。つまりチェック機能、つまり3層と5層間のチェック機能が働かないことによる行為なのです。
5の妄想も3と同じ原理です。3層の現実と乖離した思考内容が5層に入っていき、それをチェックできないのです。5層はココロの主体が存在する層なので、5層はココロが分裂してしまうことを避けるために、3層から入ってくる絵空事を無批判に信じてしまうのでしょう。
つまり、一人笑いも妄想も同じ発症原理、3層と5層の情報統合障害からきていて、その処理内容が外部に向かう(笑い)が内部に向かう(妄想的思考)かの違いだけです。
4.治癒可能性
上述の病態論から、破瓜型統失の治癒可能性を考えてみます。
一番有効なのは、まず予防です。社会的孤立を避けつつもストレスを溜めない方法を考えること。そして実践することが必要です。
しかし不幸にも発症したしまったら治療は可能なのでしょうか。
まず陽性症状にたいしては、クロザビンが一定程度に効果があるとされています。しかし、その他の陰性症状や思考障害に対しては承認されている治療薬はありません。これは、破瓜型の病態論を考えると理解できます。既に完成している主要道路を変更することは無理な話なのです。 道路を壊せば、彼らの生存が危ぶまれる事態に陥ります。
それでは、エピジェネティックのスウィッチをONからOFFに切り替えることが可能な、炭酸リチウムやバルプロ酸(抗ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤)に効果があるのでしょうか。結論は効果はあったとしても限定的。つまりは効果はほとんど認められていません。
これは、推測(仮説)ですが、エピジェネティクの対象となってい遺伝子の量や、遺伝子機能が単一性か複数性かによって、その効果が違ってくるからです。つまりは、統失破瓜型をもたらす対象遺伝子は多く、かつミトコンドリア機能障害と巨大スパイン生成のハイブリッド機能を有しているので、スウィッチをOFFに切り替えることが難しいのしょう。
2024年9月に米国で、ムスカリンM1・M4受容体に作用する新しいタイプの抗精神病薬コベンフィが承認されました。従来のドパミンD2受容体を標的とする薬とは異なり、認知機能や陰性症状にも効果が期待さてれますが、破瓜型統失に効果を発揮するか否かは、まだ実証されていません。
これは個人の考えですが、破瓜型統失の根本的な治療法は、ミトコンドリア機能障害の改善と、エピジェネティックをoffにする薬の開発にフォーカスする以外ないのでは思います。