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                                                                                                    2024年8月


統合失調症妄想のGAP0仮説                  
                

   

要約

統合失調症の妄想は、思考主体が管理する知覚認知と、各種オシレーション間の位相同期よってもたらされる知覚認知の距離差(gap)が限界領域を超えて接近するときに発生する。

 統合失調症はグルタミン酸のNMDA受容体の障害によって発生するが、これによって認知機能障害が生じ前頭前野の機能が低下する。代償的に前部帯状回は思考主体の役を担うことになるが、偏桃体の機能障害により、前部帯状回の知覚認知機能も低下してしまう。統合失調症患者は認知機能障害により不安感を感じ、セロトニンとドパミンが亢進する。これによりαΘΓのオシレーション障害が生じ、位相同期が強まってくる。

  思考主体が管理する知覚認知と、オートマティックに作成される知覚認知はその内容が異なっているが、徐々にその距離(gap)が縮っまてくると、思考主体の破綻(精神破綻)の危機が生じる。そこで思考主体(前部帯状回)は自己が管理する知覚認知を、位相同期によって生じる知覚認知に合わせることによって緊急的な危機回避を行う。そしてこれが妄想となる。

 



1.  各種オシレーションと位相同期



 
本稿の内容を理解する上でオシレーション(同期)と位相同期の概念理解が必要なので、まずこの説明から入ります



 

 脳内に神経細胞数は千数百億個ありますが、その中で自発的に電気信号を発生させている神経細胞があります。これらの神経細胞が
複数集まり、同じ周波数を用いて協調して活動する現象を同期活動(オシレーション)といい、この活動により脳内で効率的な情報伝達と統合が可能となります。

 
 上図は代表的なオシレーション(
αΘΓ)と、その周波数・発生時期・発生場所を記載しています。

なぜ同期活動が必要なのかは、車のイメージを記憶する方法を理解すると分かりやすいです。車を脳内に記憶するには、脳神経部位の一部にまとめて記憶されるのではなく、脳内各所に分散して記憶配置されています。視覚的なイメージ、排気音、車にまるわるエピソード、これらが脳内各所に分散配置されて記憶され、思い出すときにはそれらの神経細胞が同期して集約され、車の一体的なイメージ像を作りだすのです。

 
 さらには、上図に示しているように、記憶すべき認知対象は各種オシレーションによって決定されます。車や犬のイメージは幼児期に
αオシレーション、関数処理に使うXYなどの記号は児童期にΘオシレーション、そして抽象概念は思春期以降にγオシレーションによって脳内に分散配置(記憶)されます。 

 
 ところで、私たちが思考して問題解決を図るためには、各種オシレーションによって記憶された認知を統合させ、位相同期する必要が生じます。脳神経学上の位相同期とは、各種オシレーションのある時点での位置(山と谷)がシンクロすることです。
具体的に説明します。αオシレーション(8ヘルツ)、Θオシレーション(4ヘルツ)、γオシレーション(32ヘルツ)と仮に設定し、各周波数の最小公倍数(ここでは32ヘルツ)を求めます。つまり、γオシレーションが32回転する間に、αオシレーションは4回転、Θオシレーションは8回転することになります。そして位相同期とは、γオシレーションが32回転する時点で、αΘ・オシレーションの山と谷(位相)がシンクロすることであり、これにより三者のオシレーション情報が統合されます。







 それではここから、上図を参照にして本題に入ります。

統合失調症の原因は、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の障害による(グルタミン酸仮説)が現段階での最有力仮説となっています。NMDA受容体の障害は、gaba介在ニューロンとの連係に不備をきたし、γオシレーションがうまく作動しなくなり、これにより認知機能障害が生じます。そのため前頭前野の機能は低下して、前頭前野への血流が低下します。


 Γオシレーションの障害は、ピアジェのいう形式操作的思考が出来なくなることを意味していて、これにより抽象的思考や第三者の心を推測することが難しくなります。

 
 また、
γオシレーション障害は脳内神経回路の交通障害であり、これが統合失調症患者に漠然とした不安感を与え、偏桃体機能の低下をもたらします。実はこの時点で、偏桃体においてセロトニントランスポーター遺伝子のエピジェネティな変化(DNAメチル化)が発生していて、偏桃体の体積減が生じています。 

 
 前頭前野の機能低下が生じるとその代償として、思考主体が前部帯状回へと移っていきます。実は思春期以前の思考主体は前部帯状回であったとの説があり、その裏方として
Θオシレーションが重要な役割を果たしています。このようにして主役の座に戻ってきた前部帯状回なのですが、偏桃体の機能不全が前部帯状回を不安のバイアスで拘束してしまいます。つまり前部帯状回の思考(知覚認知)の方向性は安全安心ファーストに偏ってしまうのです。例えて言えば、治安の悪い海外都市の裏道に迷い込んでしまった観光客の心理です。

  
 また、ドパミン
D2受容体とセロトニン5HT2受容体の活性化より、前部帯状回は賦活(興奮)し、一方で知覚認知機能は低下するというアンバランスな状態に陥ります。




2. 
統合失調症患者の知覚認知の歪み 

   
 それでは第一章で記した内容は、日常生活(対人関係)にどのような形に反映されるのでしょうか。ここでは仮に統合失調症患者を
A君として、彼の目線で外部を観察してみます。下図参照

 


 
 

 A君は大学1年生です。最近なんとなく元気がなくなり、漠とした不安が心を覆っています。授業もつまらなく大学へはあまり行きたくないのですが、今日は試験日なので無理して登校しました。キャンパスに入ると遠くにB君の姿が見えました。B君もA君に気づいたようで、「ヨオー」という感じで右手をあげて挨拶しました。この時、A君はB君の行為を正しく知覚しています。「右手を挙げた」との知覚は全く問題ありまさせん。しかし、その知覚認知(行為の解釈)が入学当時と違っています。その時であれば、「今日の試験がんばれ」よとエールを送ってくれたのだ、と思ったはずです。しかし今は彼の心を読み解くことができなくなっています。

むしろ、漠然とした不安に支配さている彼の心は、彼の行為をマイナス思考で捉えてしまいます。それを裏付けるかのように、彼のちょっとした嫌な行為が妙に思い出だされます。対応に困ったA君はとりあえず彼と同じポーズをしてその場を離れました。しかし一事が万事です。 A君と周辺の人間関係はこんな調子になってきて、A君はいつのまにか対人関係に困難さを感じ始めてきました。




3.妄想出現の原理  


 統合失調症患者妄想出現の仮説としてgap0理論を提唱します。gapには距離と内容の二つの意味を持たせています。まず、思考主体(前部帯状回)の知覚認知と位相同期の力が接近してその距離が限りなく0gap0)に近づくと、思考主体は、精神的破綻を防ぐために知覚認知の内容を、位相同期による認知内容に合わせることを選択します。これは両者の思考内容に差がなくなる(gap0)を意味します。そのため、位相同期によってもたらされた認知内容が現実離れした内容であるならば、それが妄想となって出現するのです。


          


 




 上図の左端の内容から説明します。思春期以降の思考主体は前頭前野です。この思考中枢は知覚認知、感情統制、行動計画、抽象的思考などを行っていて、管理する内容(認知や感情など)より一段高い所に位置して全体を俯瞰する存在です。そのため、思考中枢は、さまざまな感情や思いが、水面に浮かぶのように出ては消えを繰り返していることを感じとれます。そして、水面の泡に例えられる内容こそが、αΓΘオシレーションによって想起されている内容であり、位相同期によりもたらされる情報整理の過程です。

 
 ところで、思考主体と管理下におかれた水面の泡の距離感が一気に縮まる時間帯が
REM睡眠時で、夢見る時間帯であります。夢を見る理由はいくつか提唱されていますが、有力な仮説は、日中に得た情報や経験を整理して、記憶を強化する役割を果たすというものです。そのため効率的に記憶を強化する手段として感情を伴ったストーリー性のある物語が必要になってくるのです。

 統合失調症患者の夢は、一般的に非常に鮮明で現実的であることが多いと報告されています。これは、統合失調症患者の睡眠時の思考主体と、各種オシレーションによる位相同期によって作られた物語(夢)がかなり距離的に接近していることの表れと思います。

  
 翌朝目覚めると、再び思考主体と管理下におかれる対象の距離が遠ざかっていきます。ところが、統合失調症の急性期にはこの距離が縮まってきます。


 第一章の内容を振り返ると、第一のポイントは思考主体は前頭前野から前部帯状回にシフトしていること、そして第二に、前部帯状回は興奮(賦活)しているが知覚認知の機能は低下しているということです。実はこの知覚認知機能の低下は、前部帯状回から放出されるグルタミン酸の減少によってΘオシレーションの障害が発生することによるものです。そのメカニズムは次章で説明しますが、重要なことは思考主体(前部帯状回)の認知機能が下向きのベクトルを形成することです。

 一方の管理される、知覚認知機能はより深刻さを増してきます。そもそも統合失調症のきっかけとなるのはΓオシレーションの機能障害によるものでした。それが今ではΘオシレーションの障害まで発生するダブルパンチを受けた状態になっています。さらには前部帯状回は偏桃体の影響から不安を非常に感じやすい状態になっていて、これがドパミンD2受容体の活性と相まって、認知課題に取り組む際に、脳内のオシレーション間の位相同期が強化されてしまいます。これが、妄想発現の第一ステップとなります。


 ここで前章のA君に再び登場してもらい、彼の心理状態を覗いてみます。その前に前章の内容を要約すると、彼の知覚機能は正しく作用しているが、その解釈が以前と違っているというものでした。 彼は漠然とした不安を感じていて、加えてどう人と接していいのか分からなくなってきています。そのため徐々に外出をひかえ人と接しないことを選びます。そして「きっとみんな自分のことをよく思っていなんだ」との心の叫びが日増しに強くなっていきます。そしてついに、「皆、自分の悪口を言っていると」との禁断的思考に行き着いてしまうのです。しかし、これは彼の課題解決の認知機能、つまりは各種オシレーションを協働させる位相同期が、不安感とΘΓオシレーションの障害によって歪んで形成されるので、ある意味必然なのかもしれません。


 しかし、問題はこれだけではありません。その禁断的思考が心に表出してくる瞬間に、即座に否定するべき思考主体(前部帯状回)も機能低下に陥っていて、その禁断的思考を意識下へ押し戻すことができなくなります。

 そしてついに、妄想形成の第二ステップが始まります。それは、前部帯状回の知覚認知機能の下向きベクトルと、歪んだ禁断的思考の上向きベクトルの両者の距離は限りなく縮ってしまう(gap0)ことです。そしてこれは極めて危険(精神機能を維持していく上で)な事態です。なぜなら、管理主体の一角が機能破綻してしまうからです。

 そこで、思考主体(前部帯状回)は脳神経システムの破綻を防ぐために、ついには妄想形成の最終ステップを選んでしまいます。


 それは、本来相容れない上下のベクトルの思考内容を同一のものとして、自らの管理する知覚認知に組み込んでしまうことなのです。つまり距離の
gap0は、思考内容のgap0を生じてしまうことに他なりません。

 A君は不安に駆られる中で、「皆、自分の悪口を言っていると」と感じますが、一方で、「そんなことはない」と否定する心理も当然ありました。 しかし、不安が亢進する中、遂には「B君は自分の悪口を言いふらしている」と何のためらいもなく信じてしまうようになってしまいます。これは、思考主体が自らそう信じてしまうからです。そしてこれが妄想の怖さでもあります


 手洗いが止められない強迫症も、この妄想形成と同じ発症スキームを持っているように思える。前頭前野の機能低下、ドパミンD2が賦活(報酬系の位相同期が強化)していること、そして最終段階に至ると、強迫症患者は手洗いに何の迷いもなくなることなど、類似点が多い。



4.セロトニンとドパミン 


 統合失調症における陽性症状(妄想や幻覚)の発症仮説として一番有力なのはドパミン仮説です。これは、陽性症状が精神病薬(ドパミンD2受容体阻害剤)によってよく治癒されることによるものです。しかし、そのメカニズムはよく分かってなくて、「ドパミンの過剰が脳内の神経回路を乱しそれが陽性症状を引き起こす」との解釈がなされますが、あまりにアバウトです。

 そのため、ドパミン仮説により説得力をもたせる論理が必要になってきます。そこでこの章では、セロトニンとドパミンの機能を、前部帯状回と陽性症状の組み合わせに絞って解説し、その中でドパミン仮説により説得力をもたせる論理を展開させます。


 統合失調症陽性症状の発生にはドパミンの他にもセロトニンが大きく関わりをもっています。これは前部帯状回におけるセロトニントランスポーターのDNAメチル化と陽性症状の強さに関連性が認められることから明らかです。

 そこでこの章では、セロトニンとドパミンの陽性症状との関りを探っていきますが、その前にどうしても理解して頂きたいことがあります。それは、この作業が極めて困難だということです。それは、セロトニンもドパミンも受容体の種類が複数あり、そしてその受容体が基本的にGタンパク質共役受容体ということです。このGタンパク質共役受容体ですが、神経伝物質(セロトニンやドパミン)が受容体に結合してから後の、神経細胞体内での動きが複数ステップあり、結果、セカンドメッセンジャー(情報伝達物質)を作成するのですが、それがその後脳内でどのような作用をもたらすかは、素人にはアンタッチャブルな領域となります。

 
 そのため、本質論にのみ的を絞り、情報を大幅に整理して、私なりの3原則を作成しました。

 前部帯状回と陽性症状の結びつきに関係するモノアミンは、ドパミンD2受容体、セロトニン5HT1受容体、

 セロトニン5HT受容体である。

② セロトニン5HT1受容体セロトニン5HT2受容体は作るセカンドメッセンジャーが違うので機能が異なる。

③ ドパミンD2受容体とセロトニン5HT1受容体はセカンドメッセンジャーcAMPの機能を抑制することは同じだが  両者間に存在する神経伝達物資によって協働作用か抑制作用に分かれる。 




 



 まず上図を参考にして、思考主体の前部帯状回とセロトニンとドパミンの関係をみてみます。


 セロトニン
5-HT2受容体が活性化されると、Gqタンパク質を介してホスホリパーゼCPLC)が活性化されます。その後、複数回の化学変化を経て、前部帯状回にある小胞体からカルシウムイオン(Ca2+)を放出させ、これが細胞内のカルシウム濃度を上昇させ、興奮作用を引き起こします

 またドパミンD2受容体の活性化は、前部帯状回からのグルタミン酸の放出を減少させ、これがΘオシレーションの異常に結びついてきます。Θオシレーションは前部帯状回の認知機能の重要な役割を担っているので、Θオシレーションの異常は前部帯状回機能の低下に直結してきます。

 
 以上の内容から、統合失調症が発症すると、前部帯状回は「
興奮するが逆に機能は低下する」という状況が生じることになります。そしてこれはある意味、非常に危険な状態です。

 
 それでは次に前部帯状回によって管理される知覚認知の状況はどうなっているのでしょうか。知覚認知とは、感覚器官を通じて情報を集めて、その情報に対する価値判断を行い、適切な判断(解決策)を行う一連の過程です。統合失調症患者の知覚に問題はなく正しく外部世界を捉えます。しかしその後の解釈と行動計画(対処法)が一般人の定型的反応とは全く違ったもにのなっています。

 
 統合失調症のきっかけはグルタミン酸受容体の
NMDA受容体の障害から始まり、これによって思春期以降の認知機能の主役となるΓオシレーションがうまく機能しなくなることです。さらには前部帯状回がその生成に大きく関与するΘオシレーションも障害されます。すると、残りはαオシレーションとなりますが、第一章の参考図(各種オシレーションと位相同期)を見て分かる通りに、これは幼児期に中心的な役割をになっていたオシレーションです。それと前部帯状回は扁桃体の価値判断を受けて不安感に拘束された、つまりバイアスのかかった思考に傾いています。

結果、αΘΓオシレーションの位相同期によって導かれる認知は、幼児期的発想を色濃くもった妄想的思考に行き着いてしまうのです。

 
 また、
ドパミンD2受容体の活性化は、不安を感じる認知課題に取り組む際に、脳内のオシレーション間の位相同期を強化する効果があることが認められています。  つまり、位相同期によって瞬間点じられた炎は、ドパミンD2受容体によって燎原の大火へと拡大してしまうのです。

 
 ところがこれに対しては、次のような疑問が当然でてきます。きわめて高度に機能している脳神経システムは「脳内の暴走を防ぐ手段をもっているはずで、それが機能しないのはおかしいのでは」と。当然そう感じるはずです。

 
 これに対する回答は、
ドパミンD2受容体の活性化に対する抑制能力を持つセロトニン5HT1受容体の調整能力次第であるということです。ドパミンD2受容体セロトニン5HT1受容体も同じGタンパク質共役受容体でセカンドメッセンジャー(神経伝達物質)を抑制する作用があります。この意味で両者は拮抗作用というより協働作用があると思われがちですが、実は両者の間に他の化学物質が挟むことによって、拮抗か協働なのかが決まってくるのです。上図参照


 そしてこれはあくまで推察ですが、位相同期で妄想の芽が生じたときにセロトニン
5HT1受容体はドパミンD2受容体と協働して、位相同期の強さを押し上げる効果が生じさせるのだと思います。これにより、思考主体によって管理されるべき不適切思考が加速度的な上向きベクトルとなって登場してきます。

 
 ここで上図をみて下さい。下向きベクトルと上向きベクトルが向かい合っていますが、その先に見えるのは両者の距離(
gap)0になる事態です。これは脳神経システムによって極めて危険なことです。管理すべき知覚認知が全く自らの管理下に置くことができず、それだけに留まらずに自身の主体性をも蝕んでしまいそうな勢いを持っているからです。そこで思考主体は緊急的な回避手段を発動させます。それは、位相同期によって作られて奇妙な考えを自らの思考として受け入れる(gap0)ことに他なりません。そしてこれにより妄想が発生してしまうのです。



 5.ドパミンD2阻害剤 

 
 第4章の内容から、妄想出現の原因は多元的な影響力の連鎖によって生じていて、決してドパミン過剰だけがその原因ではないことが分かります。敢えて一言で原因を言うのであれば、
gapということができます。 

 
 とはいえ、妄想を治療する唯一の手段がドパミン
D2阻害剤なので、妄想の原因はドパミンの過剰であるとしてもあながち誤りではないと思います。それだけ、妄想出現の多元的連鎖の中でドパミンは重要な機能を持ってます。ただしそれは、妄想を形成する原動力ということでなく、「不適切な考えと、それを管理する力の両ベクトルの矢印の位置を限りなく0に近づける原動力」であることの意味においてです。そしてこの仮説が正しければ、妄想に対するドパミンD2阻害剤の効果は、両ベクトルの向きを逆点させることによるものです。

 
 ただし、ドパミン
D2阻害剤は統合失調症を治癒することはできず、陽性症(妄想や幻覚)を抑える効果しかありません。つまり対症療法です。根本的な解決策は、妄想出現の最初のきっかけであるNMDA受容体障害に行き着きますが、現時点でこれに効果を示す治療薬は存在しません。



6.破瓜型統合失調症について 

 
 破瓜型統合失調症(以後破瓜型とする)は
2002年まで使われていた呼称で、思春期から青年期にかけて発症する、陰性症状を主とする統合失調症の一類型です。妄想や認知機能は比較的少なく、陰性症状に加えて支離滅裂の言動や思考の解体が特徴的で、統合失調症の中では難治性とされています。認知機能障害がないのに思考解体があることや、急性症状がないことなど、私が本稿で展開させた統合失調症の一般的なパターンとはかなり違った発症原理の存在が予想されます。といって、妥当性の高い発症仮説も見当たりません。

そこで、私なりの発症仮説を考えてみました。精神医学の常識に外れる部分もあるかもしれませんが、一つのアイデアを出すこともそれなりの意味があると思います。 

 
 破瓜型の発症の前には何らかの精神疾患が存在するケースが多いようです。ADHDや自閉症、不安症やうつ病などです。このことから破瓜型の発症には長期間のストレス(負荷)の前提条件があり、その負荷蓄積が限界点を超えて発症してくると思われます。その負荷ですこれはコルチゾールの継続的な影響が考えられます。これは破瓜型患者に前頭葉や側頭葉の脳体積減が認められていて、これを、コルチゾール過剰によるミコトンドリア機能の低下から細胞呼吸が活発になり活性酸素を大量に発生させることによる酸化ストレスと考えると事実と符合します。

 そのため神経システムは、代償的な抗酸化反応(還元反応)による還元反応の一環として、酸素呼吸から硫黄呼吸への切り替えを行います。これが呼吸の硫化水素(抗酸化作用)方式であり、H2Snの産生が亢進するようになります。
 これの何が問題なのかというと、硫黄呼吸のエネルギー生産効率の低さです。この状態が続くと、エネルギーを大量消費する脳内神経活動に支障が生じてしまうのです。



       


 統合失調症と硫化水素の関連性を示唆する研究は2010年代より複数のグループにより行われています。例えば、理化学研究所から、脳内の硫化水素の産生過剰が統合失調症の病理に関与していることが発見されました。この研究の中で、統合失調症の類型にまでは言及していないようですが、硫化水素のエネルギー生産効率の低さ(陰性症状の原因)から、この研究対象に破瓜型が含まれていることは十分に推察できます。

 
 さて、統合失調症の硫化水素説が正しいものと仮定すると、この結果(
ATP生産を硫化水素システムに変換する)は思考解体を招くのでしょうか。この部分がクリアーできれば硫化水素説の妥当性は格段に高まります。

 
 思考主体(自我)は、
知覚・欲求・感情・抽象的思考・内臓感覚などが意識群を統括する管理主体です。これは観点を変えれば、脳神経システムの複雑系を管理統括するため心(自我)を持たざるをえなかったということです。

 ところで、細胞呼吸から硫化水素方式のエネルギー供給の変化により、脳神経システムにはいくつかの重要な変化が生じてきます。

 以下はAIの回答をもとにしたものです。

・呼吸の調節・ニューロンの活動パターン・シグナル伝達の効率・神経保護作用・イオンチャネルの調節 

 
 これらは、脳神経システムの変更そのもので、多方面に及んでいます。そのため新たな管理システムが生じ、またその管理システムを統括する必要から、新思考主体(自我)が生じる流れが生じてきます。

問題なのは、思考主体(自我)の管理能力は細胞呼吸の不備とともに下降線をたどり、新思考主体生成の勢いが上昇線をたどっていることです。もし両者の距離が近づいてきたらどうなるか。恐ろしい結果が予想されます。自我意識は解体し、思考も支離滅裂ものになるのでしょう。


 これが私の予想する破瓜型統合失調症の発症原理で、陰性症状と自我の解体の特徴を説明することができます。さらに加えると、エネルギー供給の硫化水素方式は緊急避難的なものであったはずです。それが、長引くストレスによりエピジェネティックな作用が生じてしまい、恒久的にセットされてしまうことが最大の問題点です。そして、この新状態に対して従来の抗精神病薬は効果を示すことができず、難治性になってなってしまうのでしょう。



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