第3章 統合失調症の症状                     次頁 総合案内


     第3節 陰性症状

      予備知識:本論に入る前に理解の手助けとなる予備知識がありますので紹介します。内容は三輪車回路(著者の仮説)、                                    HPA軸、そしてコルチゾールです。まず三輪車回路ですが、これは私がうつ病の発症仮説を構築する際に用いた
                      概念です。         下図参照



   


         

      ここで三輪車回路とは、前頭前野(前部帯状回)と線条体(側坐核や尾状核)が連結する行動計画作成のためのCSTC回路
   
、線条体・扁桃体・海馬を結ぶ情動生成回路、海馬と前頭前野(前部帯状回)を結ぶエピソード記憶回路から構成する神経
       回路群です。詳しい機能説明は、うつ病の発症仮説のコーナーを見ていただくとして、最大のポイントはこれら3経路が          ギア(架空)で連結していることです。そのため、一つの回路が回転すると他の回路も自然に回転し始め、一つの回路が             障害発生で止まってしまうと他2回路も止まってしまいます。例えば、うつ病は海馬がストレス(コルチゾール)による          障害をうけ、これにより三輪車回路が止まってしまうことによって発生します。


   HPAとは 脳の視床下部と下垂体、および副腎という臓器が連携してストレスに対抗するための神経内分泌経路です。

     
    このうち
視床下部は脳の中心部に位置し、自律神経系の調節・内分泌系の調節体温調節睡眠と覚醒の調節など非常に  
    重要な役割を果たしています。
そして、視床下部と三輪車回路の各神経部位は互いに連結して有機的な脳神経システムを
    形成します。


      一例を示します。CSTC回路により行動を起こした結果は偏桃体に届き、偏桃体は価値判断をします。そしてその判断結果        を視床下部に送ります。視床下部は偏桃体から送られてきた情報を基に、側坐核(線条体)に脳内モルヒネ分泌の命令を出      します。結果、エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドが放出され海馬のオピオイド受容体に結合します        。  これにより海馬は、情動を形成してCSTC回路で作成実行された行動を記憶(短期)して前頭前野に送り、前頭前野はこ       れをエピソード記憶として保存します。

 

   コルチゾールは副腎皮質から放出されるストレス対応ホルモンです。コルチゾールが分泌されると、血糖値が上がり、アミ     ノ酸や脂肪酸、糖質が血液中に放出され、血液中を巡って全身に運ばれ、ストレスに対抗する働きをします。

   ところで、このコルチゾールはホモサピエンス時代に確立された生命活動維持システムであると考えられています。当時の      狩猟は長距離走を活用した持久狩猟が主力であり、これに伴う肉体ストレスに対して「コルチゾールが放出されるシステ          ム 」が始まったのでしょう。これは、コルチゾールの機能が「効率的な栄養補給」にあることからも推察されます。そのた      めコ ルチゾールのストレス対抗性機能は肉体の疲れにたいするものであり、精神的な疲れ(結果、肉体疲労も生じる)に       対する効   果は想定していなかったはずです。ところが、この狩猟時代に完成されたシステムを「複雑系の現代社会におい        てもストレス   抵抗性システムの中核においている」ことは明らかなミスマッチであり、この矛盾がうつ病をはじめとした       精神疾患の隠れた   原因になっていると思います。


   

  陽性症状

  
  統合失調症の陽性症状と陰性症状は症状的に全く異なりますが、そこには相互の関連性が存在していると考えられます。

  そこで、本稿の主題である陰性症状を解説する前に、陽性症状について軽くふれておきます。詳しい内容は、本HPの「統  合失調症妄想のGAP0仮説」を参照して下さい。

   




 
 グルタミン酸NMDA受容体の障害によりγオシレーションがうまく機能しなくなり、前頭前野の機能低下から思考主体が
 前頭前野から前部帯状回へシフトチェンジする場面から始めます。

 その前部帯状回には、セロトニン・ドパミンの過剰投射が始まります。これはセロトニントランスポーターに変化が生じて 一時的にシナプス間隙のセロトニン濃度が上昇すること、またドパミンD2受容体の数の減少(ドパミン濃度が高いので受容 体の数を減少させる)が確認されることから推察されます。これらモノアミン系神経伝達物質の上昇は、前部帯状回を興奮 させ、またグルタミン酸放出の減少からΘオシレーションの障害を発生させ、結果、前部帯状回の機能低下をもたらします。

 

  また、前部帯状回(思考主体)のドパミンは脳内の各種オシレーション間の位相同期を強める働きがあり、αΘΓオシ
 レーションの位相同期が強まります。しかし、
αΘΓのうち2者(ΘΓ)の障害が発生しているので、幼児期から発生し
 てくる
αオシレーションが主体となって知覚認知が構成され、それが意識下に生じ強まってきます。そしてその意識度
 合は、前部帯状回のドパミン濃度に比例するかのように上昇してくるのです。

  
  ここで私たちの意識構造を仮説的に捉えます。まず思考主体(自我)が存在して、その下に管理される意識群があります  。
知覚・欲求・感情・抽象的思考・内臓感覚などが意識群を構成する要素なのですが、これらの意識群は思考主体が認知  して管理しています。

  
   ところで、統合失調症の急性(陽性)症状は
知覚認知のゆがみから生じます。クラスで友達どうしが会話しているのを  見て、何やら会話しているとの知覚は正しいのに、そこに「私の悪口を言っている」との解釈(知覚認知)が誤ってくる  のです。そしてこれらの経験が重なると「誰かが私の悪口を言っている。私を貶めようしている」と妄想的な認知が生じ  ます。これはαΓΘオシレーションの位相同期の歪みに起因していて、これがドパミンの力によって意識下から突き上
  げるような勢いで意識されてくることによるものです。

 

       このような状況が続くと、思考主体が管理する知覚認知と、誤った位相同期によって生じる妄想的な知覚認知の距離が縮        まってきます。そしてついに両者の距離(gap)が0に近づくと、自我(思考主体)は自ら管理する知覚認知が破綻するこ       とを避けるために、両者の認知内容をαΓΘオシレーションの位相同期による妄想的な認知内容に合わせてしまうのです。      そしてこれが急性症状(妄想)の発生原理で、これにより自我は自らの精神破綻を回避します。

                                   あくまで仮説で私はこれをgap0仮説と命名しました




          

   

  さて急性症状の発症時にもう一つ重大な変化が発生します。それは患者の前部帯状回や偏桃体で見られる脳体積減です。 上図から神経細胞から軸索が伸びその先にシナプス前部があり、ここから神経伝達物質をスパインに向けて放出しているこ とが分かります。ところで上図には図示されていませんが、シナプス前部にはミトコンドリアがあり、そこで細胞呼吸を行 ってATPを生産するのと同時に、活性酸素を作り出します。しかしここで問題となるのが、前部帯状回はセロトニン5HT2の  作用によりカルシウムイオンを大量に放出して賦活化していることから、生産される活性酸素の量も比例して増大してしま うことなのです。活性酸素は電子数が少なく不安定なため周辺の細胞を攻撃して電子を奪い安定化しようとするので、シナ プス前部は活性酸素によって攻撃破壊されます。そしてこの作用により脳体積減が生じてしまいます。

                                   
                                           

  陰性症状


         

           

  一般的には、陽性症状に対する治療の後に陰性症状が現れます。これの意味するとことは、ABの症状があって、Aが消 えるとBが現れるということでなく、A+が否定されるとĄ-が生じるということです。一見して当たり前ですが、これは非 常に重要な意味を持っています。つまり、陽性症状と陰性症状はそれぞれ別個に存在するということでなく、連続する事象 として捉えるべきということです。

 以下この観点に立って陰性症状の発症を考察します。

                       


  ①セロトニンとドパミン 

  急性症状が生じると治療薬(ドパミンD2阻害剤とセロトニン5HT2阻害剤)が投与されます。これにより、急性症状が  治癒されますが、同時に前部帯状回は賦活から抑制的に変化しています。しかしこの段階で問題が生じていて、その抑制  作用はしばし過剰なものになっていることです。セロトニンはトランスポータ関連遺伝子によるDNAメチル化によりシナ  プス間隙のセロトニン濃度が上昇しますが、やがてセロトニン受容体数の減少(受容体が細胞体内に入るエンドサイトー  シスが生じる)が生じます。同様にドパミンD2受容体の減少も確認されます。これは脳内システムの危機回避作用によ  りものです。治療薬はこれに乗じる形で、セロトニンとドパミン受容体をブロックするものですが、そのため、前部帯状  回に必要なドパミンとセロトニンを活用できなくなります。これにより、前部帯状回は行動計画を作成できなくなります。

 

  ②グルタミン酸 

  統合失調症の急性時、コルチゾールから慢性的な刺激をうけている偏桃体は過剰に賦活化してグルタミン酸を大量に放出  して、その影響が前部帯状回に及びます。これの何が問題なのかというと、過剰なグルタミン酸は神経細胞(受容体があ  る方)のアポトーシス(カルシウム障害で細胞死)をもたらしていまうのです。そのため、脳神経システムは回避システ  ムを発動させて、グルタミン酸のAMPA受容体をカルシウム透過性の低い受容体へと構造変化させます。これにより、脳神  経細胞のアポトーシスは防止できますが、他の脳神経部位からの情報をグルタミン酸を通じてうけとることができないこ  とを意味します。これにより思考主体(前部帯状回)は外部環境をうまく認知できないことになります。 


  ③ ミトコンドリア 

   統合失調症の急性時、前部帯状回はセロトニン5HT2の賦活からカルシウムイオンが大量に発生して、その毒性からカルシ  ウム毒性による脳体積減(前部帯状回や偏桃体の体積減)が生じていました。これに対してミトコンドリアはATPの生   産を減少させることで細胞のエネルギー消費を抑え、ダメージを最小限に抑えようとします。これによって前部帯状回   の細胞へのエネルギー供給が不足してしまいます。 

             

                                                 

      上記①~③まで、陽性症状が治療薬または脳神経システムの保護作用により、陽性症状から陰性症状へのベクトルが強化さ     れます。②外部情報取得が困難になり、①行動計画を立てることができず、③活動の原動力であるATPが減少します。

    これらにより上記図の3経路の回転が滞ってしまいます。そのため、CSTC回路は動かず、線条体からの脳内モルヒネが放出       されず、海馬はそれを受容できないので情動が湧かず、結果、記憶が曖昧になりエピソード記憶も生じません。加えて、            記憶する必要性がないことからスパインの長期抑圧から脳体積の減少も生じます。 

   これらは全て陽性症状からの必然的な帰結でり、それらの個々の現象が総体が顕然化してくると陰性症状が現れてきます。