第3節 その他の神経伝達物質
統合失調症の治療薬は、60年前のクロルプロマジンの発見から、第二世代(非定型抗精神病薬)
に至る今日まで、ドパミンD2受容体の阻害剤が主力です。これらの薬は統合失調症の陽性症状をよく改善するものの、認知機能障害や陰性症状に対する治療効果に限界があるとされています。また、薬の耐性や副作用の問題もあり、新しい作用機序を持つ新規薬剤の開発が待望されています。
そんな中で、今一番期待され上市に近いとされているのが、ウロタロントとムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬です。両剤とも、ドパミンD2受容体をターゲットにしない新基軸の精神病薬です。
(ウロタロント) SEP-363856 住友ファーマ
中脳辺縁系のドパミンの投射先に即座核があり、そこに D細胞と呼ばれるトレースアミン生成
ニューロンがあります。トレースアミンとは微小レベルに存在するアミン系神経伝達物質です。アミン系はドパミン・セロトニン・ノルアドレナリンなどアミノ基を持つメジャーな神経伝達物質です。それなのでこの両者の関係は、銅や鉄鉱石などのベースメタルに対するレアメタルのようなものかもしれません。
ウロタロントはTAAR1受容体を活性化する物質で、過剰に生産されるドパミンの生産量を調整します。 そしてこの作用により統合失調症の陽性症状を治癒するものと考えられています。その他、陰性症状に対する効果もフェーズⅡの臨床試験で確認されています。
臨床試験は最終段階にあり、2023年にも治験結果が発表されるようです。成否は分かりませんが、成功すればドパミン受容体以外に作用機序を持つ初めての薬になります。この意味するところは大きく、第二世代(非定型)薬の登場以来のインパクトをもたらすとされています。
速報
いずれの試験においても 主要評価項目を達成しなかったという解析結果の速報を得ましたので、お知らせします。 2023 年 7 月 31 日 住友ファーマ
治験結果については、上記のとおり住友ファーマより未達のIRが出されましたが、失敗したとは言い切れないことがポイントです。なぜならウロタロンの投与によって急性期統合失調症患者の改善(治療効果)が認められたからです。繰り返すと治療効果は確かにあったのです。それではなぜ未達の判断かというと、プラセボも同程度の改善値を示したからです。そもそも急性期の統合失調症患者にプラセボを使用してよいのかという倫理面の疑問を個人的に抱くわけですが、それはさておき、抗不安剤ではない精神疾患の治験でプラセボ効果が発生する利用がよく分かりません。
本治験は6 週間投与した際の本剤のプラセボ投与群に対する有効性、安全性および忍容性を評価するものですが、白黒つけるためには、より長期の治療効果を比較してみる必要がありそうです。
9回2死からの逆転満塁ホームランを期待します。
(ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬) そーせいグループ
アセチルコリンは、グルタミン酸やセリン系の神経伝達物質とは全く別系統の神経伝達物質です。
受容体はイオンチャネル型とGタンパク質共役型の2種類あり、イオンチャネル型をニコチン性受容
体、Gタンパク質共役型をムスカリン性受容体とよんでいます。

1960 年代まで、食欲増進ためワインを提供する精神科病棟があったとのことで、当時の治療は手探り状態であったことが分かります。(抗精神病薬の歴史 中外医学社)
それではタバコはどうかというと、ニコチンに陰性症状を改善させる効果があり、自己治療の
ためか患者の喫煙率が極めて高いそうです。これには、医学的な裏付けがあり、ニコチン受容体のサブタイプのひとつであるα7ニコチン受容体がニコチンによって活性化されることで、統合失調症患者の認知機能や陰性症状の改善効果が見込まれることが分かっています。これが統合失調症患者の高い喫煙動因と結びついて、そのためか、医師の中でも喫煙を黙認するケースもあるようです。
さらにはこのニコチン(タバコ)、驚くべきことに子宮体癌のリスクを下げる効果が認められています。どの分野にも例外はあるようです。