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令和7年11月
洗浄系強迫症の発症仮説
要約:
洗浄系強迫症は確認系強迫症の一類型である。そのため、洗浄系強迫症の発症仮説は確認系強迫症発症仮説を応用できる。確認系強迫症発症仮説の要点は、行動計画のCSTC回路で、「C1(初期行動計画)とC2(修正後の行動計画)が一致しないため、確認行為を信頼することができなくなり、再度確認してしまう」ということでした。
洗浄系強迫症でも最初はこの仮説が当てはままりますが、その後は次のようなステップを踏んでいきます。
① 最初の手洗い要求は直接路に流れていたが、しかし手洗い行動が続いてしまうので、手洗い欲求を避けるべき行 動として間接路に「手洗いを止めろ」の要求を直接路に振り分けられる。
③ この両者の要求は、偏桃体の恐怖感に影響をうけている間接路が強く、行動が止まらない。そこで、島皮質はシ ナプス間隙にセロトニンを増やすため、トランスポーターの数を減少させる。これにより島皮質は賦活して、対 照的に腹側線条体の活動が低下する。
④ 腹側線条体の活動が低下すると、背側前頭前野からの「手洗いを止めろ」の行動計画が通りやすくなり、間接路 と直接路の要求が均衡してくる
⑤ この状態は接近・回避が均衡していて、背側前頭前野には負担になる。そのため、運動野からハイパー直接路を 使って直接路の要求(手洗い行動を止めろ)の減少させる。
⑥ これにより、間接路の手洗い行動欲求のみが残ってしまう。
1.CSTC回路
CSTC回路は、行動計画の生成と修正に関与する神経回路で、確認系強迫症ではこの回路が「無限ループ」に陥ってしまいます。これは、C1(初期行動計画)とC2(修正後の行動計画)が一致しないことが、確認行動の繰り返しを引き起こす要因であり、患者は「目で確認したはずなのに、最初の行動計画と一致していない」と感じ、不安が増幅し、再確認を繰り返すようになってしまうのです。
洗浄系強迫症も最初数回の手洗い継続はこの理屈に当てはまりますが、その後はどうなるのでしょうか。
これに対しては、CSTC回路の構造上の展開を含めて説明します。
最初の手洗い欲求は、線条体上の直接路に入っています。これは、大脳皮質の行動計画の主たる始点となる背側前頭前野(DLPFC)の5層の行動計画と、DLPFCの行動計画をチェックする前部帯状回や眼窩前頭皮質の3層の行動計画が一致することによります。しかし複数回手洗いを行った後も行動が続くことに対して、前部帯状回や眼窩前頭皮質のチェック機能が作動して、「手洗い行動」行動を抑制すべき要求として間接路に入れ、「行動を止めろ」を直接路に入れてバランスを取るようにします。
2.島皮質のセロトニントランスポーター
間接路の機能は忌避すべき要求を、現実に合わせて柔軟に変化させることです。それでは、「手洗い欲求」は間接路に入ったことで止める方向に変化するかというと、決してその方向には進みません。これは個人の心配性や不安感をベースにした恐怖感が心の底流に流れていて、これが偏桃体を強く刺激して、細菌にたいする恐怖が増幅する結果です。
いつまでも続きそうな手洗い行動に対して、脳神経システムは島皮質を用いた対抗策を打ちだします。 その一つが、島皮質のセロトニントランスポーターの減少です。セロトニンをシナプスに再取入れできないことによって、スパイン間隙のセロトニン濃度を上昇させ、島皮質を賦活させます。
これにより、腹側線条体の短期報酬関連活動が抑制され、DLPFC(背外側前頭前野)からの行動制御信号が相対的に通りやすくなります。これは、DLPFC(背外側前頭前野)からの「手洗い行動を止めろ」の要求(直接路)が通りやすくなることを意味します。

3.ハイパー直截路
それでは直接路の「行動を止めろ」の欲求が強くなり、間接路の「手洗い行動を続けろ」と拮抗すると何がおこるのでしょうか。
参考までに、他の生物の例をみてみます。
① 転移行動 → 動物が相反する動機(接近と回避など)に直面したとき、緊張や葛藤を解消するために、状況と は無関係な行動をとること。例えば、鳥が餌に接近したいという欲求と、ヘビから逃げたいという恐怖が同時
に生じると、脳内で 相反する行動プログラムが競合します。このような状況では、どちらの行動にも決定でき ず、代わりにまったく関係のない行動(羽を啄む、地面をつつく、羽ばたくなど)をとることがあります。これ は心理学や動物行動学でよく知られた現象です。人間でも、緊張時に髪を触る、爪を噛むなどが類似の行動とさ れる
② ハイパー直接路を使った、直截路の緊急停止
→ 動物が獲物を狙うには反撃のリスクがあり葛藤状態にあり ます。しかし動物が飢えているとリスクが大なのに、攻撃しようとします。このときに現場状況をよく理解
する大脳皮質からハイパー直接路を使って、直截路に緊急停止をかけます。 これにより、動物は反撃死を
免れれます。
それでは、人の場合はどうなのでしょうか。 まず、①の転移行動は一般的でありません。それでは、②はどう なのでしょうか。 直接路には「手洗いを止めろ」の要求が入っていました。しかし、これを続けても何ら命に 別状はありませんが、一方で脳神経システムが破綻する可能性が生じてきます。

再び話をCSTC回路に戻すと、間接路には皮質5層から情報が入り、直截路には3層から情報が入っています。この時に、おそらくDLPFC(背外側前頭前野)の5層に3層の情報が許容度を超えて入っていると思われます。いつもなら、3層からの情報をうまくさばけるのに、洗浄系強迫症ではDLPFCの機能が低下しているので、3層からの情報に対処できなくなってしまします。DLPFC(背外側前頭前野)の5層は、「ココロの主体の中心地」と考えられるので、ここでの混乱は脳神経システムにとって絶対に避けるべきなのです。そこで、運動野に「手洗いを止めろ」と、ハイパー直接路を使って命令を出すことになるのでしょう。
これにより、CSTC回路には間接路の欲求「手洗いを続けろ」しか残らなくなってしまうのです。