突然、彼女のところにキューピットが現れてこう言った。
「あなたに愛のミルクをあげましょう。これを相手が飲むと、誰でもあなたの恋のとりこになりますよ。フフフッ」

 彼女の片思いの相手は、朝の散歩の時に出会う若い男だった。
 いつもかわいい子犬をつれて歩いていた。ちょっとすれちがっただけなのに、その男のやさしそうな澄んだ瞳を見てからは、もう彼女は彼のとりこになってしまっていた。
「彼の気持ちが私のものになったら、どんなに幸せかしら……」
 そんな時、彼女の前に愛のキューピットが現れたのだった。

 彼女はさっそく愛のミルクを彼に飲ませることにした。
 朝早く彼の家に行き、まだ起きないうちに牛乳受けにあった牛乳を愛のミルクと入れかえておいたのだ。
 彼の家の場所は知っていた。この前そっと後をつけてみたことがあったのだ。彼は一人暮らしだった。
「これでもう、私の片思いも、お、わ、り、フフッ」
 朝の散歩の時間になると、心がうきうきとしてきた。
 (今ごろはきっと、あのミルクを飲んでいるはず……)
 彼女はそう思いながら、いつも飲んでいる朝の牛乳をゴクリと飲みほした。
「ああ、いつもよりおいしいわ」
 彼と会うのが楽しみだった。

 彼が来た。こっちにだんだんと近づいてくる。彼女は思いきって、自分の方から声をかけた。
「おはようございます」
 驚くほど素直に言葉が出たのが、自分でも不思議だった。
「あっ、おはよう」
 彼は、素敵な笑顔でほほ笑んでくれた。
「朝のお散歩ですか?」
「うん。君も朝の散歩?」
「ええ、私、朝が大好きなんです。だって、朝の空気を吸うととても気持ちがいいんですもの」
 そう言って、彼女はほほ笑んだ。その笑顔はいきいきと輝いて見えた。
「ぼくもそうなんだよ」
と、彼は答えた。そして恥ずかしそうに言った。
「君の笑顔はとても素敵だね」
「ありがとう。あなたも素敵」
 彼女も恥ずかしそうに答えた。
「実は、前から君に声をかけたいと思っていたんだ」
「ええ、私も…」
と、言おうとした時、彼女の足にしきりとまとわりついている彼の子犬に気がついた。
「まあ、かわいい! なんて名前ですか?」
「ジョイっていうんだ」
「そう、いいお名前ね」
 彼女は子犬の頭をなでてあげた。
 すると、その犬はもっと甘えるようにしっぽをふりながら彼女にじゃれついてきた。
「どうやらジョイも君のことが気に入ったみたいだね」
「そうね、かわいい」
「では、また」
「ええ、さようなら」
「さようなら」
 彼は、ほほ笑みながら帰っていった。

「大成功だわ!」
 彼女はキューピットに心から感謝した。
「あなたのおかげだわ、キューピットさん。これでもう彼の心は私だけのもの。本当にありがとう!」

 そのころ、男は子犬のジョイが彼女のところにしつこく戻ろうとしているので、すっかり困ってしまっていた。
「こらっ、ジョイ! 言うことを聞かないと、もうぜったいにミルクを飲ませないぞ!」

「それにしても、あのキューピットからもらった愛のミルクというのは、本当に効くんだな。あの娘の牛乳の中にそっと入れた……」
                            
 P・S 
   えっ?二人の恋が実ったのは愛のミルクのおかげかって?
   そうではないのです。
   キューピットがそっとつぶやきました。
  「あれは、ただのミルクさ。フフフッ」



             あとがき

         子犬が彼女にじゃれついたのはなぜかって?
         それは決まっています。
         同じミルクのにおいがしたのです。フフフッ


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ミルク色のしあわせ