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love10 眼帯



黒神さんの車は、自販機のすぐ傍にとめてあった。
僕自身、まだ気持ちの整理は完ぺきにはついていなかったけど、どうにもならないくらい後悔したことを忘れたりはしていない。
黒神さんには、それをまだきちんとは話せていない。
この人には、ちゃんと話さなくちゃいけないんだ。
そんな気持ちが、頭の奥でずっと渦まいていた。



「てっきり、車の中も煙草くさいのかと思ってた」

助手席に座って、背もたれに全身の力をあずけてみる。
車は、さっきから路上に止まりっぱなしだった。


「匂いがこもるから、車ん中では吸わねえんだよ」

煙草の恋しさを紛らわすかのように、先ほど買った缶コーヒーをひと口飲む。
少しだけ、コーヒーの苦い香りが鼻をついた。

そして、それにつられるかのように僕も缶をあけ、口をつける。
数量口内に含んだだけで、コーヒー独特の苦味が口いっぱいに広がった。
いつも稜の作った砂糖入りのコーヒーを飲んでいる僕には、すこしきつい。


「苦いか、」

ちょっとの間、苦味に耐えて押し黙っていたら、笑いを含んだ低い声が隣の運転席から聞こえてきた。
僕はなんだか悔しくって、ひとつ咳払いをしてから「ちょっとだけ」と呟いてみる。


「こうやってゆっくり話すのは、初めてかもしれねえな」

狭い車の中に、黒神さんの低い声が静かに響いていた。
今、自分がこうしていることが、とても不思議に思えてくる。
・・今、稜はどうしているんだろうか。


「・・なんか新鮮かも。黒神さんは、あんまり自分のこと話さないから」

そう軽く相槌を打つと、彼は僅かな間を空けて抗議の声をあげた。
僕の言葉が、不満だったらしい。

「人を閉鎖的な人間みてえに言うんじゃねえよ。俺は聞かれた事以外は、言わねえ性質なんだよ」

率直に言われ、なるほどと素直に頷いてしまいそうになる。
そういえば、自分から黒神さんのことを聞いたことはなかったかもしれない。
この人が謎なのが面白くて、強いて探ろうとはしなかったんだ。


「じゃあ、今から質問します。ちゃんと答えてくださいね」
「いいぜ。何でも御座れだ、」

・・ホントに、なんでも聞いていいのだろうか。
いざとなると、何を聞いたらいいか分からなくなる。
まずは、軽いことから聞いてみようか。


「えーと、・・その眼帯。なんで、いつもつけてるんですか?」
「・・お前。何気にいきなり来るな?」

僅かに口元を歪めて、黒神さんは苦い顔をする。
僕的には、軽いかと思ったんだけど・・・そうでもないということなの、かな。

「言いたくなかったら無理しなくても・・、」

「別にかまわねえよ」

黒神さんの手が伸びてきて、一度だけ頭をポンと軽く撫でられた。
子供相手にするような手つきだ。


「ガキん時さ、」

黒神さんが話し始めてくれたから、僕は静かに耳を傾けることにした。

「お前くれえガキん時に、家族共々交通事故に遭ったんだよ」

口調はいつも通りだったけど、やっぱり話題が話題なだけに、ちょっと浮かないような顔をしているように見える。
僕も、少しだけ気がおちる。

「けっきょく、お袋は死んじまって、親父は脚に後遺症が残った。それで、その時目に破片が入った俺は片目を失明したんだ」

眼帯をした右目に、軽く指で触れる。
長くて細い指がそれに触れたとき、ふと無意識のうちに自分の目頭が熱くなった。

「あの事故の後は、大変だった。お袋の葬儀もあったし、親父もまともに働けねえから、俺が高校行きながら必死でバイトして。だから、あん時は彼女にクリスマスプレゼント一つ買ってやれなかったよ」

青春してねえな、と黒神さんは小さく笑う。

この人は僕と同じくらいの年のときに、想像も出来ないほどの苦労をしてきたんだ。
一番遊びたい盛りでもバイトばかりして、それでも生活に余裕が出来る訳もなくて。
・・きっと、僕だったら耐えられない。
黒神さんみたいに、お父さんを支えながら生活していくことなんかできない。

「・・今、お父さんはどうなさってるんですか」

もうその事故から10年くらいは経っているんだろう。
もしかしたら、少しは病状も良くなっていたりはしないのか。
そう微かな期待をもって聞いてみたけど、その返事はあまりに残酷なものだった。

「二年前に逝っちまった。最期に苦しまなかったのが、不幸中の幸いって奴かもしれねえな」

・・神様って、なんて酷なことをするんだろう。
お父さんのために頑張ってきた黒神さんを、なんでそんなに簡単に裏切るのかな。

・・・・・・こんな事って、


「・・おい、お前・・・・」

じわじわと目の奥から溢れてきた涙を見られないように下を向いていたら、・・もうバレてしまったらしい。
声が、出ない。

「・・・馬鹿野郎。なんでお前が泣くんだよ、」

優しい声がする。
・・答えられない僕。
ホントに、ばかだ。・・ばかすぎる。


「・・もう一個、聞いていいですか」

嗚咽と一緒に、言葉を漏らす。
きっと、カラダ中の水分がなくなるまで、この涙は止まってはくれないだろう。

「なんだ、」

「――なんで僕のことなんか、好きなんですか」

こんなに素敵な人から思われていいほど、僕はつくられた人間じゃない。
黒神さんには、もっと相応しい人がいるに決まってる、のに。


「・・馬鹿だからだよ、」


――二回ほど僕の頭を優しく撫でて、彼は言った。










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