love11 理由
「少しは落ち着いたか、」
不覚にも泣き出した僕を、黒神さんはずっと見ていてくれた。
僕を抱き寄せて慰めることもしなかったけど、返ってそれがありがたかった。
ひそかに黒神さんが、僕との間に引いた境界線。
これが、唯一お互いがお互いでいられるための生命線なんだ。
「大丈夫。・・泣いたりして、すいませんでした」
スンと鼻を鳴らして、小さく笑う。
こんな作られた笑顔をしても、きっと彼にはバレてる。
それでも、あえて促したりしない黒神さんの気遣いが温かかった。
「別にいい。お前の泣き顔は、嫌いじゃねえからな」
また、いつもみたいに軽くあしらわれるけど・・これも、この人の優しさなのかなと思ってしまう。
「・・それで、お前の方は何があった?彼氏の所に帰ったんじゃねえのかよ、」
そう平然と問う黒神さんは、やっぱり大人だと思う。
もし僕が黒神さんの立場だったら、相当しんどい。
でも、僕はそんなしんどいような思いをこの人にさせてしまっている。
それを、忘れてはいけない。
「・・稜と、喧嘩しちゃって」
ちらりと、黒神さんの顔を見る。
辺りが完全に暗くなったせいで、その表情をうかがうことはもう出来なかった。
そして、少し押し黙った後、再度口を開く。
「そいつは、こんな夜中でもお前を追い出すような奴なのか」
何か誤解を招いたらしい。
稜は、そんな人じゃない。
稜は・・・・、バカがつくほど優しい奴なんです。
「・・僕がとび出してきただけなんです。もとはと言えば、原因も・・・」
「・・その原因、少しでも俺が関わってるか?」
・・エンジンが、かかる。
車内がだんだんと暖かくなってきた。
でも、それとは反して僕の心は冷え切ったままでいる。
・・原因。
元をただせば、黒神さんと僕のことにたどり着く。
だけど、けっきょくは偽善者ぶってしまった僕がいけないんだ。
黒神さんともう会わないと決めて、正直つらかった。
寂しくもあった。
その寂しさを、稜とのセックスで紛らわそうとしたんだ。
それをなんとなく察した稜が自棄になって、僕をむりやり抱こうとした。
そして、僕が稜に「嫌い」だと言って、家を飛び出してしまったのだ。
そんな想いのうちも行動のすべても、全部この人に打ち明ける。
黒神さんは、ただ黙ってそれを聞いてくれていた。
「・・お前、今ケータイ持ってるのか」
しばらく黙り込んでいた黒神さんが、ようやく口を開いた。
ケータイなら、財布と同様にポケットに入れっぱなしだ。
でも、ケータイなんか何に使うのか。
「持ってます」
ケータイを取り出して、黒神さんに手渡す。
・・これ、稜と色違いで買ったんだよな。
稜は機械音痴だから、最初のころは僕に使い方を聞いてくるばっかりだった。
説明書読めって言っても、「どうせ漢字読めないからむりっ」って言って、ひたすら質問攻めの嵐。
買ってから1ヶ月くらいして、ようやく慣れたんだったな。
今では、それすら懐かしく感じる。
なにも考えないで、稜と過ごした毎日はもう「懐かしい」ままで終わってしまうんだろうか。
「リョウだっけ、」
僕のケータイを開いて、黒神さんはなにやらポチポチし始める。
そして、彼から稜の名前が出たことに素直に驚いてしまった。
「な、なにがですか?」
妙に思って、すぐさま問う。
「何って・・・お前の彼氏の名前だよ、」
僕の問いに、あきれ返った返答がかえってきた。
稜の名前を確認して、なにをするつもりなのだろうか。
ほんと、全くもってこの状況が理解できない。
けど、とりあえず頷いておく。
「・・あ、はい」
「名字は?」
「え?」
「お前、律儀にフルネームで電話帳登録してるからよ」
でんわちょうとうろく・・?
電話・・・・・・って。
「ちょっと、待ってください。まさか、稜に電話するつもりなんですか?」
冗談じゃない。
これじゃ、稜と黒神さんの直接対決もいいとこじゃないか。
「今は、俺が聞いてんだろうが。ほら、名字だよ。言えって、」
そんな強引に言われたら、引き下がれなくなる。
・・大体、黒神さんには僕らが身内で・・・しかも、双子なんて言ったことないのに、名字なんか言ったら、少なくとも身内なことはバレてしまう。
でも、黒神さんは稜に危害を加えるような人じゃないし、・・仮に僕らが双子だってわかっても、この人ならわかってくれる気がした。
「・・・・・花螢、」
「お前の名字じゃねえよ。彼氏の――」
「花螢です。・・花螢稜」
念押しとも取れる僕の言い方に、黒神さんは少しの間渋った。
そして、言葉を選ぶように僕に問う。
「それは・・あれか。親戚とか、」
一呼吸をついて、覚悟を決める。
「あの・・・・・双子の弟なんです、稜は」
自分の声が、僅かにでも震えてしまった気がする。
僕らがこういう関係で付き合ってることが、恥ずかしいわけでも罪悪感があるわけでもないけど、ただ・・今は少し黒神さんの反応を見るのが怖かった。
嫌悪されるのか、それとも理解してくれるのか。
たぶん、そのどちらかしかない。
「兄弟が相手じゃあ、俺に勝ち目はねえ訳だ」
空気が抜けたような黒神さんの声に、僕は思わず疑問の声を漏らす。
あまりにも、この人が当たり前のように受け入れたからだ。
理解とか、嫌悪とかそんなんじゃない。
「・・どういうことですか、」
内心ホッとしながら問う。
そして、・・やっぱりこの人は素敵な人なんだなと思った。
「やっぱ、お前の事一番理解してやってんのは、そいつだろ?」
どこかふてくされた様なものぐさに、少しおかしくなる。
それに、僕の一番の理解者が稜だということも見抜かれた。
あれもこれも全部ひっくるめて、この人には敵わないと改めて断言できる。
「・・・・はい、」
こんな暗がりでは、黒神さんの表情なんかわかるわけないけど、僕にはふっと笑っているように見えた。
「やっぱり、お前と瓜二つなのか?」
そういえば、と思いついたように問われる。
やっぱり、双子イコールそっくり前提なのは、黒神さんでも変わらないらしい。
「全然、似てません。僕たちは、二卵性の双子だから」
「まあ、お前みてえな生意気なガキが2人もいたらたまんねえわな」
「・・ひどい」
ちょっと油断すれば、すぐからかわれる。
その言動に半ば冗談交じりにふてくされていると、黒神さんは一つ間をおいて、一言だけ言った。
「・・いい意味でだよ」
黒神さんの言葉に、少しだけ顔が熱くなる。
こんなことを簡単に言ってのけちゃう黒神さんが、少し恨めしかった。
でも、そんな気持ちは、軽い冗談で包み隠すことにする。
「でも、たぶん稜のが生意気だと思います」
「へえ、」
「黒神さん、嬉しそうだ。稜のこと口説かないでくださいよ」
「どうだろうな。そりゃ、会ってみなきゃわかんねえな」
「タラシ・・」
「馬鹿野郎。嘘だよ」
一瞬だけ、出会ったころの雰囲気に戻った気がした。
僕たちの間に、懐かしい空気が流れる。
「じゃあ、電話するぞ」
ケータイのボタンを何回か押して、黒神さんは言った。
「・・はい」
少し不安だったけど、この人に任せてみようと思った。
たぶん稜は、今一人であの部屋にいるから。
僕以上に不安定な心境のまま、たった一人で過ごしてるから。
その不安を僕が取り除いてやれればいいけど、今の僕にはうまくやれる自信がない。
稜に触れれば触れるほど、稜を不安にさせてしまう気がする。
だから、勇気が出るまでもう少しだけ待っててほしいんだ。
「そんな顔するな。大丈夫だから」
それを察してか、黒神さんがケータイのライトで僕の顔を照らす。
・・まぶしかったけど、不思議と僕の気持ちは落ち着いていた。