love12 電話
何もしないままベッドに寝転がってて、何時間経ったんだろう。
休日の部活帰りでクタクタになって、無意味にゴロゴロすることはよくある。
・・でも、こんなに頭の中が真っ白なままで、カラダだけがだるいのは初めてだった。
これを、喪失感っつーのかな。
・・・よくわかんねーけど。
兄者は、どこに行ったんだろ。
友達のところか、部活の奴のところか、・・あのキスマークをつけた奴のところか。
たぶん、もっと俺の心に余裕があったら、こんなことにはならなかったんだろう。
浮気じゃないって言ったその後の言葉を、ちゃんと聞いてやるべきだった。
きっと、なにかワケがあったんだと思う。
じゃなきゃ、あんな顔はしない筈だ。
・・・・何回謝れば、兄者は俺の所に帰ってきてくれるだろう。
一瞬そんなばかな考えがよぎったけど、それは違うと直に思った。
謝るとかじゃなくて、兄者には他にもっと伝えなくちゃいけないことがある気がした。
でも、なにもできずにいる今の俺には、まだそれが何かはわからなかった。
「・・、」
ケータイのバイブ音が、枕元で低く唸っている。
無意味に閉じていた目を開け、手を伸ばす。
なんとなくだけど、その発信者は兄者じゃない気がしていた。
ケータイを開いて、ウィンドウを見る。
・・・・・・。
「はい、」
もしもし、というのすらなんだか気が引けて、短く応答する。
『さっきから何度もメールしとんのに、なんで無視するんや』
電話をしてきたのは、大道寺。
・・やっぱ、兄者じゃなかった。
「・・・メール?悪ぃ、全然気づかなかった」
軽く寝返りをうって、小さく息を吐く。
『花螢は帰ってきたんか?お前あんだけ騒いどいて、結果報告の一つもせんと、こっちは心配するやろ』
・・・そーだよな。そんなの考え付きもしなかった。
やっぱ俺、全然余裕ないんだ。
「・・ごめん、」
『稜に素直に謝られると気持ち悪いわ。可愛くないで』
「なんだよ、それ。フツーは、素直だとかわいーもんだろが」
『それや、それ。お前は、そうやって反抗してくりゃええ。生意気が稜の取り柄やろ」
そんな取り柄を持った覚えはないが、思わず微笑する。
・・まったく、コイツにはかなわねえ。
『・・・そのテンションだと、まだ帰ってきてへんのか?』
話を戻した大道寺の声は、少しトーンが下がった気がする。
逆に俺は、声だけでも明るく聞こえるように努力しようと思った。
・・わざわざ心配して電話をくれた大道寺に、これ以上心配させたくなかったし。
「帰ってきたんだけど、ちょ・・」
『帰ってきたんか!まあ、何はともあれよかったやないか』
俺の途中までの言葉に、さっきまでの暗い雰囲気とは一気に逆転した大道寺。
・・こンの、ばか。
「全然よくねえ。人の話は最後まで聞けって、おかんに教わんなかったのかよ」
ため息と共に言葉を投げつけると、大道寺からはまた360度違った反応がかえってくる。
『たしかに「ホンマに人の話を最後まで聞かん子やな〜」て、よう言われるわ』
「なんか、お前のおかん他人事じゃねえ?」
『わいってば、密かに育児放棄されとったんかな』
自分の言ったことにウケる大道寺をよそに、俺はふと思った。
ていうか、我に返ったとでも言うべきか。
たしかに大道寺には心配かけたし、ありがたいとも思ってる。
でも、今の俺の立場からして、こいつと仲睦まじく雑談してる場合じゃねえとも思うわけ。
俺は、まだ反省しなくちゃいけないし、・・兄者に帰ってきてもらわなくちゃいけない。
・・兄者なしでなんか、到底生きられそうにない。
「大道寺。悪ぃけど、一回切るぜ」
『な、なんや、急に。今のつまらんかったか?すまん、もう一度チャンスをプリーズミーや』
いや。じゅーぶん、おもろかった。
おかげさんで、気も晴れたって。
「安心しろよ。お前の言い回しの腕は、落ちちゃいねって。ただ、まあ・・俺的にけじめとしてだな」
『待ちいや。まだ、切るなよ』
「切る」
『切るなや』
べつに反抗期なわけじゃねえけど、こう強く言われると俺としては、もっと「切らなくちゃ」って思いに駆られる。
「マジサンキューな。・・あ、もう電話してくんなよ。これも俺のためだと思ってさ。じゃーな」
『おい、りょぅ・・』
・・通話強制終了。
そして、手の中にあるケータイを見据える。
正直、大道寺との通話を終わらせてみたものを、この後どうすればいいのかわからない。
せっかくなら、それを大道寺に聞けばよかった。
まあ、自分が引き起こしたことだし、俺自身で考えなくちゃいけねえんだけど・・、俺はちーとばかしオツムが弱いからな。
無意味に何度か唸ったあと、またケータイが震えた。
大道寺かな。
ったく、もう電話してくんなって言ったのに・・・おせっかいやろー。
「あのねえー、大道寺クン。電話してくんなって言ってんのに、またしてくるってのはストーカーに近いよ?お前、もしかして欲求?残念ながら、俺じゃ、あの不良ちゃんの変わりはつとまらな・・」
『・・おい。誰だ、ダイドウジって』
・・・・見知らぬ声が、俺の言葉をさえぎった。
初めて聞いたその声は、わりと綺麗な低音で・・なんか激しく不機嫌そう・・?
「・・・・どなたさんですか?」
彼女にフラれた憂さ晴らしに友達に電話をかけたが、なんと間違い電話だったっていう確立48パーセント。
そんで、理由はどうあれその犠牲者的な存在が俺な確立100パーセント。
・・自分の不運さに、いっそのこと笑いがこみ上げてきそうだった。
「・・・・・、」
そして、相手からの返答はない。
こんな時に間違い電話とは、俺もかなりついてない方の口に入ると思う。
「たぶんですね。おたく、番号間違えてると思いますよ。俺、今超病んでるし、とりあえず一人になりてえっつーか・・なんで、切りますから。お互い大変ですけど、頑張りましょーね。じゃ」
間違い者が「フラれた彼氏」前提で、勝手に話を進めて通話を切ろうとする、ある意味相当病んでる俺。
『・・お前を病ませてる原因の大元が、俺なんだが』
通話を切ろうとした時、低い声がそう短く告げたので、ボタンにかかった指を、一端静止させる。
・・原因の大元?
そんな、わけ・・ねえだろ。
「・・・新手の勧誘かなんかすか。俺、まだ学生だし、そーゆうの興味ないんで・・」
『今、となりに劉がいる』
リュウ・・・?
兄者・・?
耳元からケータイを離して、ディスプレイを確認してみる。
そこには、・・・・「兄者」の文字と兄者のケータイ番号があった。
――――別れたくなかった・・、
兄者が言葉した一言が、ふと脳裏に舞い戻ってくる。
別れたくなかった相手が、・・もしこの男だったら?
・・・・ヤバい。
そんなことを考え出したせいか、不意に心臓の辺りが気持ち悪さを訴えてくる。
頭も、いてえ。
俺にはまだ、なんの準備もできてない・・のに。
切りたい。
切ってしまいたい。
そんな衝動に駆られる反面、「なにか言わなくちゃいけない」と、俺の脳はしきりにそれを強制しようとした。
「・・・誰なんですか、」
『名前を言った所で、お前には分わからねえだろ』
イライラとは違う・・頭の中がぐるぐるしてる。
もし、この男の言うとおり、兄者がコイツの隣にいたら・・?
それこそ、俺に愛想をつかして、コイツのところに行ったんじゃ。
そもそも、なんでコイツが兄者のケータイで俺に電話かけてきてんだ。
兄者が貸した以外には、考えがたい。
じゃあ、本当に・・?
でも、なにが目的で・・・・。
・・授業中より、はるかに脳を働かせたって、どれもわかりそうになかった。
心の中の焦りを隠すように、俺は声を荒立てて言った。
「何度も言わせんな。あんた、誰だよ」
・・・・兄者のなんなんだよ。
一番聞きたいことは、喉の奥で押し殺す。
それは、単に俺の弱さだった。
『・・黒神彰だ』
知るわけもない名前。
べつにコイツが誰であろうと、本当のところ興味はない。
コイツが、なんで兄者と一緒にいるか。
コイツは、兄者のなんなのか。
それが、・・・・知りたい。
けど、聞けない。
たまらなく、怖い。
・・暑くもないのに、俺の額はいつの間にか、しっとりと汗をかいていた。