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love13 兄者



ふと、こんな思いに駆られた。

全く知らない男の声に、なんでここまで怯えなくちゃなんねえの?
俺って、そんなチキン野郎だった?

・・・・うん。自分が今まで気づかなかっただけなのかもしんない。
今までは、当たり前みたいに隣に兄者がいて、一緒に笑ったり、たまに喧嘩したりして一緒に過ごしてた。

それが、今は崩れようとしてる。
そこで初めて、俺は臆病になった。
俺は、兄者に関しては、誰もが驚くほどのチキン野郎だったらしい。


「くろかみくん、」
『おい。もうすぐ三十路の男に君付けはねえだろ』

俺が、とりあえず何か喋ろうと思って呼びかけると、若干笑いを含んだ声がそれを受け止めた。

え、てか三十路手前?
兄者って、そういう渋くてニヒルな男性がお好みだったわけ?

「・・兄者は、なんて呼んでるんですか」

チキンな俺から、初めての質問。
名前の呼び方なんか、どうでもいいのかもしれない。
ホントは、もっと聞きたいことがいっぱいあるはずなのに・・今は、これが精一杯だ。

『あにじゃ・・?』

そう返答された。
・・あ、そっか。

「あの・・兄が」

そう付け加えて、相手の言葉を待った。
そして、ちょっと間をおいて、男は言った。

『彰』

乾いたその一言が、俺の耳に飛び込んできた。
名前の呼び方・・・どうでもよくなんかねえ。
それで、親密度もわかるし、お互いの距離もわかる。

やっぱ、お互い名前で呼び合ってるような仲なのか?
・・・思ったより、えらい落ち込んでる俺がいる。
言葉が、続かない。

『・・おい、大丈夫か』

しばらく黙っていると、そう気遣う相手の声が聞こえた。
・・そして、すごく微かに他の声も混じって聞こえる。

・・・・・兄者・・?

『・・いそうだ、

電話越しに、話してる声。
男が、兄者に何かを伝えてるみたいだ。
・・・なんだ?

「あの、なんなんすか・・」

『稜、具合悪いの!?大丈夫!?』


・・・・・・・は、い?

『どこが悪いの?ねえ、聞いて・・』

「・・・兄、者・・?」

俺は、一瞬自分の耳がどうかしたのかと本気で思った。
だって、俺の耳に届いてきた声は、いい加減聞きなれた兄者の声だったからだ。

『・・うん。そうだよ』

返答してきた声がまた兄者だったから、俺は自分の耳を信じることにした。
電話越しに、ホントに兄者がいるんだ。

「・・あ、俺。べつにどこも悪くないぜ?いつもどおり、健康そのもの・・」

やばい、ばか。
・・なんか涙出そうになった。
マジ俺って、どうしようもない駄目男すぎだろ。

でも、この声が聞きたくて、話したくて・・・しょうがなかった。

『・・・稜・・、泣いてる?』

あー、もう・・兄者には何でもバレる。
・・駄目だ。・・・涙止まりそうにない。

こんなかっこわりー男じゃ、やっぱだめ?
落ち着いてて大人な男のほうが、いい?

心の中で問うて、虚しくなる。
もっと、言うことがあるだろ。
そう、自分に渇をいれてみる。

そして、言葉がほろりとこぼれた。

「ごめん・・」

やっと声が出て、・・やっと言えた。
まず、俺が一番兄者に言わなきゃいけなかったこと。

俺、自分のことばっかで、兄者の言い分ちゃんと聞いてやれなかった。
こんなばかで、身勝手で、どーしようもなくてごめん。

あと、もう一つ。
俺が、兄者に一番伝えたくて、伝えなくちゃいけないことがある。
・・それが、分かった気がした。


「ごめんな・・でも、俺」

『りょう・・、』


「俺、兄者のこと・・好きなんだよ、」

こんなガキな俺には、兄者を好きでいる資格なんかないのかもしれない。
でも、やっぱすげえ好きなんだ。
だから、これからもずっと俺のそばにいて、一緒に笑って、大切な思い出をいっぱい作りたいんだよ。

こんなくさいセリフは、俺に似合わないって笑うかもしんねえけど。

これが、今の俺の正直な気持ちなんだ。










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