love14 和解
僕は、稜に・・この世で一番大切な人に、なんて思いをさせてしまったんだろう。
稜が泣くなんて、すごい久しぶりな気がする。
それも、僕が泣かせた。
僕が、全部悪い。
それなのに、謝らせて、泣かせて、傷つけて。
・・こんなに最低なのに、稜はまだ僕を好きでいてくれるんだね。
「ねえ、稜」
まだ少し、稜の嗚咽が電波越しに聞こえるけど、僕は呼びかけてみた。
横で、黒神さんの視線を感じる。
『・・ん、』
スン、と鼻を啜る音と、短い応答が返ってきた。
だいぶ、落ち着いたのかな。
稜自身、めったに泣かないから、きっと自分の涙腺をうまいこと制御できないでいるにちがいない。
「僕もね、稜が好き。信じてくれないかもしれないけど、・・稜が好きだよ」
「好き」とか「愛してる」なんて、恥ずかしくて普段は言えないけど、今だったら自然に言葉に出せる。
やっぱり、言葉に出さなくちゃ伝わらないこともあるし、それが今だと思ったから。
『あきらさんよりも?』
「あきらさん?」
『・・・そこにいる人。兄者、名前で呼んでんだろ・・』
「あきらさん」と言われて、一瞬誰だかわからなかったけど、「そこにいる人」で、黒神さんの名前だと思い出した。
でも、稜は勘違いしてる。
僕は、黒神さんのことを一度だって名前で呼んだことなんか無い。
「なんで名前で呼んでると思ったの?」
『・・あきらさんが言ってたから』
これは、紛れも無い黒神さんのいじわるだ。
・・でも、これくらいのいじわるは仕方ないのかもしれない。
僕は、黒神さんにもいっぱい迷惑かけてる。
「僕、彼のことは名字で呼んでるよ。・・どうでもいいかもしんないけど」
僕の言葉に、稜は乾いた笑い声で『そっか』と言った。
そして、少し間を持たせて、稜は言いづらそうに口をひらいた。
『・・・それで、兄者とあきらさんは・・』
僕と黒神さんの関係。
これが、たぶん稜が一番知りたいことなんだと思う。
結局は、僕らの間にある関係は「焼肉屋の店員と客」だ。
でも、そんな関係では稜はたぶん納得できないだろうし、僕自身も首を傾げてしまうところでもある。
稜には、なんて説明したらいいんだろう。
「・・・・黒神さんはね。優しい人で、すごく尊敬してるんだ」
『・・うん』
切り出し方、まずかったかな。
なんとなく、稜の声が暗い気がする。
「・・でも、黒神さんは僕のこと好きって言ってくれて」
『・・・・うん、』
なんて言えばいいんだろ。
頭が混乱してきた。
・・・・どうしたら、稜を傷つけない説明が出来るんだろう?
「その・・ちょっと強引に迫られちゃったりもしたんだ」
言葉を一つずつ捜しながら、稜の耳にこぼしていく。
嘘を言ったってしょうがないから。
真実を、傷つかない形で。
『キスマーク、そん時の?』
「うん」
『煙草も、あきらさんの?』
「そうだよ」
稜はまた、「そっか」と言った。
あと、僕が言わなくちゃいけないことは・・。
『・・別れたくなかった、ってのは?』
考えていたところに、稜の少し遠慮がちな声音が耳元で聞こえた。
別れたくなかった、か。
そんなこと、ついこぼしたかもしれない。
そんなことも、稜はちゃんと憶えてるんだ。
・・・・いや、僕にとっては「そんなこと」でも、稜にとっては大事なことなんだよな。
ちゃんと、話さなくちゃ。
「黒神さんは、僕を恋愛対象として見てて、僕はその気持ちに答えられない。
だから、もう彼の前から居なくなろうと思ったんだ。
お互いに・・つらいでしょ」
隣で黒神さんも聞いてると思うと、なんだか恥ずかしい。
口に出さなくても、黒神さんは分かっててくれてると思うんだけど。
「でも、やっぱり黒神さんとは・・いい知り合いでいたかったから、別れたくなかったんだ」
『・・ん、わかった』
そして、最後に言わなきゃならないこと。
「・・・・ごめん、稜。心配させるようなことして」
これで全部、稜に伝わったのかな。
僕は話すのが下手だけど、気持ちだけでもちゃんと伝わってるといいな。
『謝んなよ。俺、兄者がそこまで考えてたなんて、全然知んなくて、あんなこと・・』
「ううん。いいんだ、あんなの。稜のが、ずっとつらかった」
会って、今すぐ抱きしめてやりたい。
・・僕はもう、稜に会えるだろうか。
会って、謝ったら、・・・・稜はいつも通りに笑っていてくれるだろうか。
稜には、もう泣いてほしくない。
『・・兄者。今、どこにいんの?』
ちょっとした間を置いて、稜が聞いてくる。
声のトーンがいつもよりやや低いくらいで、他はもういつもとあまり変わりは無かった。
・・・稜は強いな。
改めて、そう感じる。
「家の近くの自販機」
あえて、黒神さんの車の中とは言わなかった。
誤解されそうだから。
『・・会いたいんだけど、ムリ?』
僕だって、会いたい。
会って、ちゃんと話がしたい。
稜の目を見て、声を聴いて、安心したい。
・・僕は、稜の隣に居ていいんだって・・感じたいんだ。
「・・・・無理じゃない。僕だって、会いたい」
ありったけの勇気を振り絞って、僕は想いを声にした。
ホントは、僕が先に言うべきだったんだ。
僕が先に稜を安心させてあげなくちゃいけないのに・・・ごめんね。
『・・・サンキュ、』
「・・なんでお礼なんか・・・、」
僕まで、泣きたくなった。
まっすぐ過ぎる稜の思いが、少し胸に痛い。
『――なんでだろーな。俺にも、わかんねー』
苦笑する稜の声がする。
駄目だ、泣きそう。
事の発端は僕なのに、僕が泣いてどうするんだよ。
・・・ばか。
「じゃあ、今から帰るね。・・ほんとに、僕・・・帰っていいの?」
怖かったけど、聞いてみた。
稜は優しいから、ホントの事なんか言わないけど。
・・嘘でも、ホントでも「帰ってきてほしい」って言って欲しくて。
そんな僕は、すごい傲慢だけど、・・それほど、稜のこと・・好きってことなんだ。
『バカ兄者。当たり前だろ?・・・俺、待ってるからさ。早く帰ってこいよ』
これ以上、稜の声を聴いてたら、ホントに泣いてしまいそうだった。
それで、・・泣き出したら、もう一生涙が止まらない気がした。
僕は稜と違って、弱くて傲慢で嫌な奴だから。
稜と話してると、稜が優しすぎて、僕自身が嫌になる。
けっきょく僕らって、見た目も中身も全然似てないんだ。
「・・うん。じゃあ、またあとで・・・」
通話を切ろうとする、と。
『あ、兄者!』
「え?」
受話器を、再び耳に近づける。
なんだろ・・・・。
『あのさ。帰ってくるとき、あきらさんと一緒にきてくんねーかな』
思いもしなかったことを言われて、すぐに応対が出来なかった。
まさか、稜がこんなこと言うなんて考えもしなかった。
『あ、別に殴ったりしないぜ?ただ、兄者が尊敬してるって人と、会って話してみてえだけ。
・・・ダメか?』
稜の声は、黒神さんに聞こえてるはず。
僕は、黒神さんのいる方に目を向けてみた。
「俺は、別に構わねえよ」
黒神さんも、たぶん驚いてるんじゃないかな。
でも、なんとなくこの2人なら、うまく話せるんじゃないかなとも思った。
・・・・3人で、仲良くできたら理想だけど。
これも、傲慢・・かな。
「黒神さん、いいって」
『オッケー。・・じゃあ、待ってるな』
「うん。・・・ばいばい、」
最後は、僕から通話を断った。
・・・・なんか、最終的に思いもよらぬ事になったな。
和解・・でいいのかな、これは。
「じゃあ、車出すぞ」
ぼうっとそんなことを考えていたら、隣から黒神さんの声がした。
「あの、すいません・・。僕らのことなのに・・・」
「お前らだけの事でもねえだろ。俺も悪い」
車が動き出す。
脇に置いた缶コーヒーに、また口をつける。
「それにしても、稜だっけか。お前の弟なだけあって、やっぱ変わってやがる」
なんとなくだけど、嬉しそうな声だと思った。
「僕は、変わってないでしょ。稜は、変わってると思うけど」
微笑して、缶コーヒーを元の場所に戻す。
こんな風に、また黒神さんと普通に話が出来るなんて思わなかったな。
これからも、ずっとこういう風に・・友達みたいに一緒にいられたらいいのに。
「お前も弟も変わってるよ」
「ひどい」
「いい意味でな、」
もうすぐ、家の前に着く。
・・・・・稜に会える。
ごめんね、稜。
待たせすぎた。
今、帰るよ。