love15 三人
たった一日だけのことだったのに、今日はやけに長く感じた。
初めて味わった、兄者が「ホント」に隣にいない感覚。
つらくて、いたくて・・自分がどうにかなりそうで。
それだけ、俺の中での兄者が占めてる割合ってすごいんだと改めて思った。
そして、あと少しで兄者が家に帰ってくる。
その時には、「あきらさん」も一緒に来てほしいって頼んだ。
自分でも、なんでそんなことを思いついたのかはいまいちわからないけど、その考えだけは偽りとかそんなんじゃないって、ちゃんと分かってる。
――兄者と俺・・・ちゃんと、話せるだろうか。
「・・・・・兄者、」
無意識のうちに、呟いてた。
自分でも、少しびっくりしたくらい情けない声。
・・やっぱり、俺・・・すごい兄者不足。
早く会いたい。声聞きたい。抱きしめたい。「スキ」って言いたい。
「俺ってば、すげーへたれかも・・」
今更ながらに、そう自覚してしまう。
兄者に言ったら、きっと「そんなのとっく前からでしょ」とか言われるんだろーな。
でも、さ。しょーがねえよ、兄者。
好きだからこそ、へたれちゃうもんなんだって俺は思う。
「・・・・・・」
玄関のチャイムが鳴ったとき、すぐそこには兄者とあきらさんがいる。
いつ鳴るのかと、ただ緊張が募るばかりだ。
もうそろそろ・・か?
自分の部屋からリビングにきて、けっこう経った気がする。
それって、ただ時間が流れるのが遅いだけなのだろうか。
・・・早く会いたい。
会った途端に抱きついたら、兄者は怒るかな。
兄者だって「会いたい」って言ってくれたし、平気かな。
でも、あきらさんって兄者のこと好きなんだよな。そしたら、嫌味か。
そんなことばかりが、頭の中で循環していた。
・・・そうだ。
いつもどおりでいいんだ。
いつもどおり、笑顔で「おかえり」っていうと決めたんだ。
・・おかえり
おかえり
おかえり
ピーンポーン
「!」
再会時のイメージトレーニングをしていた矢先に、とうとう家のチャイムが鳴らされた。
・・・兄者が、帰ってきたんだ。
とりあえず俺は、小走りでリビングから出て、玄関へと向かう。
なんか、数時間前の光景と被る。
デジャヴみたいだ。
ドア、開けていいんだよな?
そしたら、そこには兄者と・・俺の知らない男が一人立っているはずだ。
一回、深呼吸をして・・ドアに手をかける。
ガチャ、
「ただいま。・・稜、」
いつもと変わらない声。
顔は、少しだけ疲れた感じ。
それでも、俺に笑いかけてくれてる兄者の顔があった。
会いたかった。
他人からしたら、短い時間の距離だったかもしれないけど、俺には長くてつらかった。
「おかえり、兄者」
俺も、頑張っていつもと変わりないよう返したつもりだった。
それでも、どこかぎこちなく感じるのか、兄者は若干微笑している。
そして、俺は勇気を出して、兄者の隣へとゆっくり視線をずらしてみた。
長身で、黒いスーツを少し着崩していて・・黒髪で、黒い瞳で・・・右目は白い眼帯に覆い隠されてる。
この人が、あきらさん。
勿論顔を合わせたはずはないのだけど、どこかで会った気がするのは気のせいだろうか。
「は、はじめまして・・」
当然ながら気まずいが、俺はなんとかして最初の一言を投げかけてみる。
クールな見た目に反して、愛想がよかったりすると話しやすいんだけど。
・・どうやら、そんなギャップ性は持ち合わせていないらしかった。
「お前が、稜か」
俺が全身全霊の勇気を振り絞っていった一言も呆気なく無視して、あきらさんは言った。
やっぱり、ぶあいそ・・いや、クールな人みたいだ。
兄者も、どことなく心配そうに俺たちの初交流を見つめている。
「あ、はい」
「お前ら、双子なのにマジで似てねえんだな」
生まれてきてから今日までに何十回と聞いてきたセリフを、あきらさんは何の躊躇もなく言ってのけた。
そして、すっかり隙だらけになっていた俺の顎を持ち上げたのだ。
そこで、ばっちりと目が合ってしまう。
ありえないほどの気まずさに、思わず眉根を寄せる俺。
あきらさんには、気まずさとかいうのはまったくないのだろうか。
「だから、似てないって言ったでしょ」
あきらさんの横で、そう兄者が付け足すように言った。
俺たち双子が似てないことは、既に言ってあったようだ。
さすがは兄者、とこんな状況下ですら、思わず感心してしまう。
「まあ、こういう勝気そうな奴も嫌いじゃねえけどな」
顔を近づけられたまま、そんなこと言ってくるもんだから、案外シャイな俺は照れてしまって、顔を背けたりする。
「べつに、勝気じゃねーって」
顎を掴むあきらさんの手をはらう。
ふだん、こんな年の離れた男と話すことがそうそうない俺は、どうしていいかわからないでいた。
・・しかも、兄者のことを好きだという人に、どう接すればいい?
「それで?」
さっきから表情一つ変えないこの男は、そう疑問符つきで短くいった。
「は?」
「てめえは、なんでわざわざ俺を呼び出したのかって聞いてんだ」
俺が疑問形でかえすと、若干イラついた口調でさらに返事がかえってくる。
「黒神さん。そんなこと聞かなくても、わかってるんでしょ?意地悪ですよ」
「こいつの口から直接聞かなきゃ、真実は分かんねえだろうが」
兄者が指摘すれば、あきらさんが反発する。
この二人、普通の友達みたいに仲がいいのかもなんて思ってしまう俺は、ポジティブすぎなんだろうか。
「べつに、すげー壮大な意味があるってワケじゃねーけど。・・ただ、なんとなくあんたに会ってみたくて」
あのとき、不意に「あきらさんも」って出た言葉。
きっと、あのときの俺は混乱してて・・それでも、兄者が尊敬してるっていう人に会ってみたくて。
会うことに少し躊躇いもあったけど、それよりも話してみたいって気持ちのが強かったんだ、きっと。
「・・・・。」
俺の言葉をきいたあきらさんは、相変わらず表情には乏しいけど、なんとなく驚いている気がする。
絶句してる・・というか。
「あれ?俺、なんか変なこといった?」
一応、兄者にふってみる。
兄者も兄者で、面白そうな顔をしてる・・気がする?
「・・劉。こいつは、天然なのか?」
大きなため息と共に、あきらさんが兄者に問う。
こいつというのは、・・もしかして俺のことだったりするのか。
「天然・・だったんですね。僕も知らなかった」
兄者も、あきらさんの意見に賛同気味のようだ。
当の俺は、まったく意味がわからないでいる。
「・・おい。2人して、納得してんなよ。どこのだれがどうだって?」
まさか、この俺が天然だなんて、兄者はともかく、初対面のこいつにまで言われる筋合いは1ミリもねえ!と啖呵を切りたいのはやまやまだが、ここは少し抑え目に抗議の声をあげることにする。
「お前が天然だってんだよ。今の、俺のことが気になったから会ってみたかった・・って聞こえるぜ」
と、俺はいつの間にか反撃されていた。
「はあ!?んなワケねーだろ!俺は、兄者の人選を心配してッ・・」
「悪かったよ。冗談が過ぎた」
ムキになった俺の頭に、ポンと置かれる大きな手。
・・なんか、すごく大人の余裕を見せ付けられた感じだ。
どうせ俺は、すぐムキになるようなガキだし、あんたみたいに手は大きくねえし、余裕はねえよ。
でも、兄者がすきって気持ちなら、負ける気がしなかった。
「・・稜?」
俯いた俺を、兄者が些か不安そうな声で呼ぶ。
大丈夫だって、兄者。
もう俺・・逃げねえし、兄者のこともちゃんと考えられるからさ。
「俺、ぜってえ負けねーんで」
キュッと唇を結んで、決死の覚悟であきらさんに臨む。
笑われるだろうか。
笑われてもいい。
とりあえず、今の俺はまだまだだから。
だから、いつかあきらさんの顔が引きつるくらいのイイ男になってやる。
「べつに、お前は負けちゃいねえよ」
俺にチラっと目線を流して、あきらさんはいった。
考えても見なかった反応に、思わず言葉を失う。
「むしろ、劉はお前を選らんだんだから、俺の方が負けてんだろうが」
そう表情も変えずに、すんなりと負けを認めるところなんか、とうてい俺にはマネできない。
兄者があきらさんを尊敬する気持ちが、なんとなくわかった気がした。
だから俺は、兄者とあきらさんはいい友達であって欲しいし、できれば俺もあきらさんと親しくできたら・・なんて傲慢にも思ってしまう。
こんな気持ち、二人に伝わるだろうか。
「「あの、」」
ふいに、俺と兄者の声が重なった。
同時に、顔を見合わせる。
「あ、ごめん」
「兄者から言えよ」
「稜からでいいって」
「さすがは双子だな」
俺たちの会話を見て、あきらさんはおかしそうに頬を緩めた。
その表情に、場の空気も次第に和み始める。
「で、なんだ」
俺と兄者を交互に一瞥して、改めて聞いてくる。
兄者の眼を見ると、「稜から」と明らかに俺に振っているようだ。
仕方なく、俺から話すことにする。
「その・・俺、まだまだガキだから、ちょっとしたことでうじうじしたり、心配んなっちゃったりするんですけど・・」
俺の話を、兄者もあきらさんもなにも言わずに聞いている。
テンパりそうだけど、とりあえず俺の気持ちが伝わるように話してみようと努力する。
「それでも、やっぱ兄者のこと束縛とかしたくないし、あきらさんとも今までどおり、仲良くしててほしい」
俺の言葉に、二人とも驚いていたようだった。
無理もないかもしれない。
あれだけ余裕のなかった俺が、ここまで譲歩することができるようになったのだ。
少しは成長したのかと、自分自身でも褒めてやりたくなった。
「そんで、できれば俺も・・なーんて願望があったりするんすけど、やっぱ図々しい?」
苦笑いしながら、冗談めいた口調で話をしめる。
みんなで仲良く!なんて小学生の目標みたいだけど、やっぱりそういうのって理想的でもあると思う。
「・・劉の話は、」
「――僕も、そんな感じです。黒神さんには申し訳ないですけど、やっぱり僕はあなたといい知り合いでいたいんです」
遠慮気味に、兄者があきらさんの投げかけに答えた。
やっぱり、兄者もそう思っていたようだ。
「申し訳ない?俺をフッた時点で、既に申し訳ないだろ」
冗談まじりなあきらさんの言葉に、兄者が小さく笑って「すいません」という。
俺たちを取り巻く空気が、なんとなくいい雰囲気だなと感じた。
「それで、・・黒神さん」
兄者が本題に戻した。
俺も、あきらさんを食い入るように見つめる。
とりあえず、ここからスタートできたらいい。
俺も、兄者も、あきらさんも。
「ああ。――考えておく」
そういって、俺たちに背を向けた。
別れ際まで、俳優みたいだ。
俺と兄者は、目を合わせて笑った。
「・・・・あ」
あきらさんが、振り返って俺のほうを向く。
俺は小首をかしげる。
「これからも劉の事、ずっと大事にしてやれよ・・稜」
「も、もちろん!」
いきなりそんなことを言われて、焦って答える俺。
・・・・・・って、今なんか・・。
「思い出した!」
兄者がバイト先に忘れたコンポを取りに戻ってる間に、俺は一人の男に会っていた。
それで俺は、その人にこういった。
「そいつのコトすっげー大事だから、待っててやりたいんすよ」
・・・・あきらさんだったんだ。
俺、あのとき言ったことを恥じないように、ちゃんと兄者のこと大事にする。
兄者のこと、ちゃんと信じて待っててやる。
絶対!!
いつの間にか、遠ざかったあきらさんの背中に、俺はそう誓った。