love3 平気
自分の気持ちの真実に気付いた僕は、土曜日を迎えた今日も、清々しい気分でバイト先へと向かうことができた。
僕は、黒神さんに憧れてる。
それに偽りはない。
だから、もし今度客としてきてくれた時には、なんのわだかまりもなく、話したかった。
あわよくば、友達のような関係でいたかった。
それでいいんだ。
・・僕が本当に好きなのは、稜。
バカだけど優しくて、僕のことを誰よりも理解してくれる稜が好きだ。
今までだって、僕が困っている時に助けてくれたのは、いつも稜だった。
うざいってくらいに、僕のことを大事にしてくれる。
そんな稜に、僕はこれからも答えていきたいんだ。
――僕も、稜が大事だって。
やがて、バイト先に着いた。
僕は土日のみの勤務だから、部活が終わったら、急いでシャワーを浴びて、超特急でバイトに行かなくちゃいけない。
「りゅーう、久しぶり!」
店に入るなり僕を迎えたやけにテンショの高いこの男は、バイト先の友達の和光(わこう)という。
髪は栗髪に染めていて、今風の高校生といった風貌だ。
人懐っこい性格なせいもあってか、よくお客さんに頭を撫でられたりと、随分可愛がられいてるようだった。
そういえば、和光と黒神さんは会ったことがあるんだろうか。
黒神さんは、和光みたいな奴が好きそうだ。
・・くどいてそう。
「久しぶりー。・・・ところでさ。お客さんで、眼帯したリーマン知ってる?」
興味本位で聞いてみた。
なんとなく、黒神さんと和光は少しでも接触したことがあるのか気になった。
「あー、知ってる!むちゃくちゃイケメンの人でしょー。でもあの人、最近平日にはこないよ」
ちぇー、と和光は残念そうな口振りで答えた。
この感じだと、和光は黒神さんとは直接接触したことはないんだろう。
同時に、黒神さんの被害者は僕だけということになったわけだ。
その後の和光の話に適当に相槌を打ちながら、僕は綺麗にメニューを並びなおしていた。
すると、遠くの方でドアの開く音と共にベルが鳴った。
お客さんがきた合図だ。
「いらっしゃいませー」
相変わらずメニューを並べながら、そうお決まりの言葉。
すると、ツカツカと革靴の歩く音がふいに僕に近づいてくるのが鼓膜から理解することができた。
・・・・・・ヤバイ。接客の態度、悪かったかな。
「・・どこ見て言ってんだ、」
振り返りざまにグイッと顎を持ち上げられて、僕は反射的に相手の顔を睨んだ。
・・だって、その声は忘れもしないあの人の声だったから。
「・・黒神さん、」
その人の名を呟き、顎を掴む手を振り払う。
「お前、土日だけなんだろ。」
僕がメニューを並べていたテーブルにドカッと座り込んで、煙草に火をつける。
相変わらず、見目だけはさまになる人だと思った。
「ええ、まあ・・って、なんで知ってるんですか」
「ここの店長が言ってたんだよ、」
ふー、と煙草を軽く吹かした。
白煙が、僕らを包み込む。
「・・聞いたんですか、」
「・・・・・・ああ、」
僕の質問に少し黙り込みながらも、ようやくそう答えてくれた。
今日ほど心持がしっかりしていなかったら、また前のように考え込んでしまったかもしれない。
それでも僕は、あえてその理由を聞こうとはしなかった。
「ご注文は、」
いつの日かの様に、店員としての一言を彼に投げかける。
「・・・オマエ、」
そう、また煙草を吹かして。
色っぽい流し目を、こちらに向けて。
・・・黒神さんは、言ったんだ。
「・・またですか、」
「俺は初めてだぜ?前は、石貝さんが言ったんだ」
僕が呆れて溜息をつけば、黒神さんはそう捻くれたことを言ってくる。
まるで子供だ。
「どっちでも同じですよ。僕は勤務中なんだから、真面目に・・」
「―――どっちでも同じなのか、」
煙草の灰を灰皿に落としながら、彼は僕の目を見た。
・・そんな質問は、まるで予想していなかった。
どうしてこの人は、こんなに僕を困らせるのだろうか。
そんな事を、僕に言わせたいのか。
・・ああ、本当にコノヒトは、
「・・相変わらず、意地悪なんですね」
「数週間ごときで、人間変わりゃしねえよ」
そう軽くかます彼は、やっぱり大人だった。
「・・同じじゃない、と思います」
子供の僕には、そう答える事が精一杯だった。
彼がどう答えて欲しいのかは、僕なりに理解しているつもりだ。
「・・この後、空いてるのか」
僕の下唇を親指で撫でながら、黒神さんは言った。
優しいその指先が、僕には自然と温かく感じる。
「・・空いてますけど」
その時、とくに僕の頭の中は空っぽだった。
何も考えずに、彼の問いに答えていた。
「・・・そうか」
そう言った彼は、やがて僕の唇から指を離して、続きの言葉を言うのであった。
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受信メール
06/03/11 16:58
From 兄者
題名 ゴメン。
今日、遅くなっちゃうから、先に夕飯食べててくれる?
僕の分は、作らなくて平気だから。
ゴメンね。