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love4 素顔



「‥ホントに、こんな所大丈夫なんですか?」

バイトが終わった後、黒神さんは僕をホテル専属の高級レストランに連れてきてくれた。
有り難いというよりは、申し訳ない気持ちの方が先立ってしまう。
まだ高校生の僕が、親でもない人にこんな所に連れて来てもらうのは正直気が引ける思いだ。

「ガキが生意気に金の事なんざ心配すんじゃねえよ、」

ただそう一言だけ言って、彼は自分の注文した品を手慣れた手つきで口に運んでいた。
僕はというと、この場の高級な雰囲気に完全に飲まれてしまって、いまいち動けずにいる。

「食っとけよ。お前に遠慮されると気味悪ィぜ」

僕はメニューを見てもよくわからないから、黒神さんが選んでくれたものを注文した。
・・この黒いのって、もしかしてキャビアとかいう奴だろうか。

「・・じゃあ、いただきます」

少し緊張しながら、ナイフとフォークを使って、なんとかそれを口に運ぶ。
口に含んだ瞬間、初めての味わいが口内にあっという間に広がった。
うまく表せないけど、・・すごくおいしかった。

「どうよ、」

さっきから、ずっと僕を見ていたらしい黒神さん。
僕の反応を伺っているみたいだった。

「すっごくおいしい。こんなの初めて食べました」

ちょっと興奮気味にそう言うと、彼はおかしそうに笑いながら「そうか」と短くこぼした。
そういえば、黒神さんが自然に笑っているところを初めて見た。
・・いつもは嫌な笑い方しかしないくせに、ちゃんとこんな風に笑えるんじゃんか。

「な、なんで笑うんですか!そうやって、すぐからかうんだから」
「悪かったよ。お前がいつになく無邪気だからつい、」

…まだ笑ってるし。

「あー、もう!」

恥ずかしさをごまかして、近くにあったグラスの中身を一気に飲み干してしまった。
・・水だと思ったそれは、思いのほかきついアルコールの味がした。

「水じゃない‥?」

空っぽのグラスの底に少しだけ残っていた液体の色は、鮮やかな紫色だった。
‥紫って。

「馬鹿野郎、それワインだぞ!」

僕の向き合いで笑っていた筈の黒神さんが、少し青ざめた表情で言った。

――――ワイン?

「未成年のくせに一気飲みしやがって‥」

大きく溜息をつく黒神さんが、僕の前にいる。

‥あれ。
なんか、視界がさっきより揺らいできた気がする。
おかしい。もう、酔ってしまったのだろうか。

・・・・勘弁してくれよ。










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