love11 馬鹿
榛名センパイと二人で、アホみたいに街ナカを走り回ってどのくらいが経ったんだろう。
ようやく落ち着いた先は、学校からけっこう離れたところにある公園だった。
ベンチに座ると、お互いに乱れた息を整えようとしばらくは無言でいた。
そこで少ししてから先に口火を開いたのは、榛名センパイだった。
「・・少しは落ち着いたかよ」
あんなに真剣に走ってるセンパイは久しぶりに見た。
さっきまで目の前にあったセンパイの後ろ姿を、なんとなくぼんやり思い出してみる。
・・正直、すごく心強かった。
「なんとか」
息が落ち着いてきたところで、俺は溜息とともに返答した。
「・・・ったく、だからじっとしてろっつったろーが」
ため息つきたいのはこっちだとばかりに、頭を軽くはたかれる。
・・・・ごもっともです。
「あと、人を簡単に信用すんなとも言った。お前は俺の忠告を全部無視したんだよ」
慰められるとも思ってなかったが、まさかこの状況で怒られるとも思っていなかった。
センパイのいうことはほんとに的をえてるし、第一そんなことを思っている時点で俺はあまちゃんなのだ。
俺のことを思って言ってくれた言葉を、俺は知らず知らずのうちに無下にしていた。
そんな事実に今更ながらに気づいてしまって、なんともいたたまれなくなる。
殿にそそのかされて、アイツのことなにも知らないのに「いい人そう」とかいう思い込みだけで行動して。
―――その結果があれだ。
あんなのお人好しでもなんでもない。
それこそほんとに、ただのバカだ。
倉庫に連れ込まれたことは、完全に俺の落ち度でしかなかった。
「・・俺、マジでバカだ」
センパイの顔が見れない。
「俺がバカなせいで、みんなに迷惑かけた」
現に、兄者と黒神さんがどうなっているかはわからないんだ。
もし万が一にも二人に何かあったら、俺は死んでも死にきれない。
だからといって、なにもできない。
そんなバカで無力な自分にひたすら自己嫌悪することしかできない。
つらかった。
「ほんとにすいません」
膝の上で固く結んだ拳が震える。
唇を痛いくらい噛み締めていないと、涙が出そうだった。
絶対に泣きたくない。
すべて自分で招いたことだ。
泣くのはおかしい。そんなのは逃げだ。
そんななけなしのプライドくらいは、せめて突き通したかった。
―――すると、いきなり隣から伸びてくる手が視界の端にうつった。
そしてあれやという間に頭をぐっと引き寄せられる。
先輩の肩に頬が触れた。
そのままずっと、センパイは何も言わなかった。
気にするなとも、いつもみたいに「バカ」とも。
それでもこれがセンパイなりの優しさで、俺はそれをひどく心地いいと思った。
目を閉じて、ただひたすらに願う。
――――兄者、あきらさん。
頼むから無事でいてくれ、と。
じめじめした薄暗い倉庫で、今までなにが行われていたのか。
考えただけでもはらわたが煮えくり返るような思いだった。
目の前にいる男を、僕は絶対に許さない。
「僕が稜の兄だ」
静まり返った倉庫に僕の声だけが響いた。
そして、いつぞやに出会った金髪の男が「やっぱり!!」と声をあげる。
「殿ォ、こいつオニイチャンだって。どーする?やっちゃう?」
ゴーグル越しの目がらんらんと輝きながら、主謀者を見ていた。
なぜだろう。
不思議と恐怖は感じていなかった。
恐怖に勝る怒りってやつ、なのかな。
「待て、楢宮。そう簡単にはいかせないよ。それは神のご意志ではない」
ゆっくりと僕らに近づいてくる。
神だ先祖だとそんなスピリチュアルな世界に興味はない。
ただ僕は、稜を苦しめるこいつらと決着をつけにきたのだ。
「おっと。こっちだってそう簡単にはさせねえぜ?」
僕の前に制するようにして、黒神さんが言った。
・・どういう意味だろう。
黒神さんはこいつらに匹敵するような武道のセンスを持ちあわせているのだろうか。
たとえそうだとしても、戦力外な僕を除いて3対1では分が悪すぎる。
一体どういうつもりなんだ・・?
「それはどういう意味でしょう」
男の言葉とともに、後ろにいた黒服と金髪が前に出てくる。
相手以上に、僕の方がそう黒神さんに問いたい。
部活中にいきなり現れた黒神さんに「稜が危険だ」と言われ、事情も作戦もわからぬままここまで来た。
「あんまり大人を甘く見るんじゃあねえよ」
そう言って、腕時計に目を向ける。
そろそろか。
黒神さんの口はたしかにそう動いた。
「く、黒神さん・・?」
まさか爆弾でもしかけてるんじゃないだろうな。
わけのわからぬまま、僕はただこの不利な状況よりも
黒神さんが無茶ぶりを企てているんじゃないかということの方に不安を覚えていた。
この人なら無茶なことでもやりかねない。
そんなことを思いながら内心ハラハラしていると、遠くから何か音が聞こえてきた。
・・・これは。
「ゲッ!オマワリ・・!?」
驚いたような金髪の声。
そう。それは明らかにパトカーのサイレンの音だった。
「知り合いのオッサンからの頼まれ事でな。お前らの事は調べさせてもらったぜ。
窃盗から傷害までずいぶん手ェ出してたみてえじゃねえか」
サイレンの音が近づいてくる。
「若ェうちからなんでそんな事に手ェ染めちまったんだよ」
そう問う黒神さんの目は、どこか憐れみの色さえ感じられた。
たしかに僕らと変わらない年頃で、そこまでのことをするのには何か理由があるのだろうか。
・・だとしても、こんな他人の心をまるっきり無視した行為を許すわけにはいかない。
「おいおいおいおい!!俺はもうムショには戻りたくねーかんな!」
そう喚き散らして足早に逃げる金髪。
「殿、今までお世話になりました」
黒服も一礼して、その場を立ち去った。
あまりにあっけない別れ。
それは、この3人の繋がりの軽薄さを物語っていた。
「ちょ、あんた達・・!」
反射的に追おうと足を踏み出すと、黒神さんが僕の腕を掴んだ。
「あとは石貝さん達に任せな」
石貝さん・・ってどこかで聞いたことあるような。
流れ的に刑事さんの名前かな。
そんなことが少し引っかかったが、僕は改めて目の前の主犯者に目を向けた。
彼は自分を置いて逃げていった部下達に驚きも怒りもせず、
ましてや自分自身も逃げようなどとは考えてはいない様子だった。
その感情を映さない瞳に、僕は少しだけ興味を持った。
「よければ話してくれませんか。・・なんでこんなことをしたのか」
僕がそう言うと、隣からは「言うと思ったぜ」というハスキーボイス。
黒神さんは何もかもお見通しみたいだ。
対する彼は一瞬息を詰まらせたように見えたが、やがて笑みを浮かべ口を開いた。
「そうですね。貴方にはお話をする義務がある。大それた話ではありませんが・・お話しましょう」
まだ僕の中には怒りも驚きもいろいろな感情がひしめき合ってはいたけど、
とりあえず彼の話に耳を傾けることにした。