love12 理由
仲間であったはずの2人に目の前で裏切られてもなお、悲しみも焦りも何も感じない瞳。
まるで人形のようにきれいで、でもどことなく憂いのある目の前の男。
もちろん怒りがおさまったわけではなかったけど、それと同時に彼に対する興味が微塵もないと言ったら嘘になると思った。
だから、少し冷静になって彼の話を聞いてみようと思ったんだ。
そして彼は、薄く血色の良い唇をゆっくりと開いた。
「生まれてからずっと、僕は厳しく育てられてきました。ご先祖のように有能であれ。そう言い聞かせられながら」
きっといい家の生まれなんだろう。
物腰といい、なにしろ「先祖」がどうとか言っている時点でそんな気はする。
僕なんて自分の先祖がどんな人だったかすら知らないもんな。
「ところが僕は親の期待に値するほどの人間ではありませんでした。
見限られた僕は金の入ったトランクひとつで家を追い出されました」
話している間も、その目はずっと何も映さなかった。
僕と黒神さんは黙って聞いている。
「大金もそろそろ底を尽きようとしていたところで、僕は疑問を持ちました。
なぜ僕には何もないのだろう。ご先祖のようになりたい。そうしたら父母も僕を認めてくれる。
そして僕は楢宮達を雇い、やがて財を手に入れました。これでご先祖様に一歩近づいた。
あとは――――、」
あとは、稜だけ。
稜を手に入れさえすれば、この男は晴れて先祖の生き写しとなる。
そういうことだろう。
たしかに気の毒な生涯を送り、苦労もあっただろう。
それには本当に言葉がつまる思いだ。
でも、それと稜を巻き込んだことはまた別物だ。
自分の欲のために人を巻き込んでいいはずがない。
すっかり話に聞き入っていて気づかなかったが、サイレンの音がいつの間にか止まっていた。
「僕は所詮まがい物です。だから彼の事も手に入れることはできなかった」
悲しい人だと思った。
彼は自分の居場所を取り戻すために欲に溺れてしまったのだ。
「これからどうする」
黒神さんもどこかバツが悪そうな顔で、言葉を発した。
「自首します。僕はご先祖のようにはなれない。もう頑張る必要がなくなりましたから」
そして、倉庫の扉の方へとゆっくり歩みを進めていく。
その背中は、やはり悲しいものだと思った。
「これからは!」
自分でも気づかないうちに声を張り上げていた。
黒神さんも驚いてこちらを見つめている。
「これからは自分のために・・自分自身と向き合うために頑張ってみてください」
僕には、両親もいて稜という大事な人もいて。
だからまだ世の中の辛いことなんて、きっと半分も経験していないんだと思う。
そんな僕が言うのはえらそうなのかもしれないけど、この人には改めて自分と向き合って、そして幸せになって欲しいと思った。
きっと根から悪い人なわけではない。だからこそ、腐らないで自分を大切にして欲しかった。
そして、彼はなにも言葉にはせず、ゆっくりと一礼してその場を去っていった。
プルルルルルル‥
突然の着信音に、俺はハッと我に返る。
榛名センパイも俺の方を見て、電話に出ろと視線で促した。
「もしもしっ?」
俺は誰からの電話かも確認することなく、慌てて通話ボタンを押した。
『もしもし、稜?大丈夫?』
聞き慣れた兄者の声。
思わず目頭の奥がじわっと熱くなるが、なんとかこらえて声を出す。
「こっちはだいじょぶ。兄者は?あきらさんもケガとかへーきなのかよ?」
『黒神さんの作戦勝ちだよ、おかげで傷ひとつない。事件も無事解決した』
詳しいことはあとで教えるね、と兄者のいつもどおりの元気そうな声を聞いて、安心した。
よかった。2人ともケガもしてないし、なにより無事でほんとによかった。
『とりあえず、黒神さんの運転で今そっちまで迎えに行くから』
俺は今いる公園の位置を兄者に伝えて、通話を切った。
思わず安堵の溜息が漏れる。
「大丈夫だったのか、」
隣にいた榛名センパイの声に、俺は頷いた。
「ケガもないし、事件も解決したみたいです。
今、あきらさ・・えっと前にセンパイも会った強面の眼帯の人が迎えにきてくれるって」
そう言うと、センパイはわずかに眉根を寄せる。
なんとなく思い返してみると、たしかにセンパイとあきらさんのファーストコンタクトは気まずい雰囲気だった。
「お前ももう大丈夫みたいだし、俺歩いて帰るから」
そう行ってベンチから立ち上がろうとするので、慌ててセンパイのジャージの裾を掴んだ。
「あきらさんあんな見た目だし、すぐ茶化してきたりするけど、悪い人じゃないんで!
俺も兄者も仲良くしてる人だから、センパイにも紹介したいっつーか・・」
このままセンパイを帰すのもなんだか憚られて、ついワケのわからないことを口走る俺。
正直、自分でも言ってて意味がわからん。
「お前はともかく、俺とお前の兄貴は関係ないだろうが」
そう言って榛名センパイは、深い溜息をつきながら俺を見下ろしてくる。
まあ見るからにあきらさんとセンパイは水に油だし仕方ないかと肩を落としていると、いきなり頬をギュッとつままれた。
「ってェ・・!?」
「みっともねーから、すぐしょげんな。・・わかったから」
相変わらず呆れたような顔をしてるけど、やっぱり榛名センパイは優しい。
「センパイって、ほんとツンデレっすよね。いや、ツンツンツンツンデレくらい?」
「あ?なんか言ったか」
「いいいいたいいたいたい!!!」
こんなアホで平和な日常が、兄者達のおかげで無事帰ってきたらしい。
まだあんま実感ないけど、とりあえず早く二人に会いてーな。
しっかりと自分の目で二人の元気な姿を見ないと、気持ち的にいまいちまだ落ち着けない。
そんで二人に会ったら、榛名センパイも入れて四人でなんかウマいもんでも食いに行きたいな。
センパイに頬をつままれながら、俺はそう内心ほっこりとしていた。