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love4 信用



授業が終わった後、僕は稜を廊下の隅に呼び出して、さっきまでに起こったことを洗いざらい説明した。
お屋敷の男がまた現れて、僕ら兄弟のことを嗅ぎ回っていたこと。
それでも、僕と稜が双子ということはまだバレていないらしいこと。
そして、それをバラさないためには、いつも通り「兄者」と呼ばれては困るということまで、すべて話した。
僕の話を聞いた稜は、意外にもその話を冷静に受け止めていた。

「じゃあ、俺はしばらく名前で呼べばいーわけな?」
「そういうこと」

そう頷いた僕を見て、稜はすこし困った顔をしていた。

「なに?」

首を傾げる。

「いや、名前…呼べっかなーと思って」

故意に目を逸らされたことに気付く。
僅かに窺える稜の横顔は、仄かに紅潮していた。

「小さい頃は呼んでたでしょ」

なんとなくその反応がおかしくて、意地悪をいってみる。
案の定、稜は照れた顔を俯かせて、もごもごと呟いた。

「…今は、はずいんだよ」
「変なの」

そして、僕らはどちらとともなく、笑い合うのだった。



あれからいつも通りに授業を受けて、部活の練習にでた。
それ自体に、いつもと変わったところは特になく、あっというまに放課を迎えた。
昼間のこともあってか、榛名センパイは珍しく俺と二人で帰ると言った。
もちろん、俺もそれに快く承知した。
榛名センパイは、学校の最寄り駅から15分くらいの所から通っている。
俺は地元なので、チャリか徒歩通学。
その大半が徒歩で、今日もまた然りだ。

他愛もない話をポツポツ続けていると、歩道を歩いていた俺たちの横に、黒い乗用車が乗り付けた。
なんだと思い目線を向けてみると、車の窓ガラスがゆっくりとおりてきた。

「よう。久しぶりじゃねえか」

そこから覗いた顔は、見知ったものだった。
指通りの良さそうな黒髪に、それに相反するような真っ白な眼帯がすこし痛々しい。
いつでも鋭さを感じる左目は、睨まれてるわけではないとわかっていながらも、時々ひるみそうになる。
黒神彰その人は、突然のことに驚いた俺の表情を見て、さぞかし面白そうな顔をしていた。

「びびったあー…。仕事帰りすか」

胸をなで下ろしつつ、問う。

「野暮用だ。知り合いに頼まれてな」

そう言うあきらさんは、ひどくめんどくさそうだ。
これとないほどに、彼らしい表情だとおもった。
すると、何かに目を留めたらしいあきらさんが、不意に窓から手を伸ばしてきた。
その指先がたどり着いたのは、俺の首筋だった。

「な、何…?」

急なことに、思わず声が上ずる。

「お盛んだな」

そこを軽く撫でて、横にいる榛名センパイに視線を流した。
そして、にやりといやらしい笑みをつくる。
たぶん、お屋敷の奴につけられたキスマークのことを言ってるんだろう。
…しかも、それをつけた相手が榛名センパイだと思っている、らしい。

「ば、バッカじゃねーの…!榛名センパイは、そんなんじゃねーって」

ムキになっている俺をみるあきらさんは、相変わらず楽しそうだ。

「分かってる。ジョーダンだ」

そう言われても、まだなんとなくそわそわしてしまって、榛名センパイの顔を見ることができなかった。
…だって、なんかきまずい。

「…そういや、ここらで変な奴等を見なかったか」

話が変わり、それと同時に真剣な目つきになったあきらさんに問われる。
変な奴等といわれて思い浮かぶのは、お屋敷の二人しかいなかった。

「それって、お屋敷のヤツらのこと?」

思うままに聞いてみる。

「お屋敷?」
「俺らの学校の近くに最近できたデッケー家。そこに変な奴が二人…」

お屋敷のことを知らないらしいあきらさんにそう説明をしていると、不意に腕を思いっきり引っ張られた。
もちろんその犯人は、車に乗っているあきらさんなわけはない。

「センパイ…?」

俺の腕を掴んでいたのは榛名センパイで、その顔はひどく不機嫌だ。

「行くぞ、バカ」

そのまま、ムリヤリ歩かされる。
わけのわからない俺は、ただその力に抗おうと必死だった。

「ちょ、放せって…」

後ろを振り返って、あきらさんをみる。
なんだよ、この昼ドラの不倫劇的なシーンは。

「モテる男はつれえな」

あきらさんは呆れたような顔で何かを言ったようだが、あいにく俺の耳に届くことはなかった。



榛名センパイに引っ張られながら歩く俺を、行き交う町民の皆さんは当然ながら変なモノをみる目で見ていた。
(幼稚園生には「赤ちゃんみたーい」と指を指されて笑われた)

「いい加減、放せってば!」

腕を強く振ると、今度は呆気なく俺を拘束していた手は離れていった。
センパイは、なにも言わない。

「…なに怒ってんですか」
「怒ってねーよ」

反論しようとして榛名センパイの目を見ると、たしかにそれに怒りの火は灯っていなかった。

「お前が所構わず、べらべら喋るからだろーが」

口調や表情が冷たいのは、いつものことだ。
別段、怒っているわけではないらしい。

「あれくらい話したって、べつに…」
「もし、それ以上追求されたら?お前の性格上、はぐらかせねーだろ」

正直、図星だった。
でも、あきらさんは信用できる人だ。
俺が不利になるようなことを、好んでするようなタイプじゃない。

「でも、あの人は…」

弁解の言葉を紡ごうと口を開くと、目で制された。
睨まれたのだ。

「信用できます、ってか。そんな事に何の根拠があんだよ。…裏切られねーなんて保証は、どこにもないだろうが」

その榛名センパイの言葉は、なんとなく俺に向けられた言葉ではない気がした。
それこそ、根拠なんてないけど。

「けど、それじゃあ…俺はセンパイのことも信用しちゃいけなくなる」

そんなことを思っているわけではなかった。
言いたかったわけでもない。
ただその時は、そんなことを言う榛名センパイになんとなく腹が立っていた。

それなのに、センパイは俺の言葉を否定してはくれなかった。

「そうだよ。だから、お前も俺を信用するな」

行くぞ、とさっきのように言われて、反射的にセンパイの後を追う。
暗い路地を二人で歩いているときも、俺はきっとセンパイを信用し続けるんだろうと思った。










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