love7 翌朝
榛名センパイに家に送ってもらってしばらくしてから、電話があった。
そのときのセンパイの声はめずらしく真剣で、俺に「落ち着いて聞け」といって、要件を手短に述べた。
それは、俺がもっとも知りたかったこと――お屋敷の奴らが、なんで俺を追っているのか。
その理由を、榛名センパイは教えてくれた。
簡単にいえば、アイツらのボスの前世と俺の前世はデキていたらしい。
そして、ボスは前世サマ至上主義。
前世と同じような人生を辿るべく、俺を探している。
・・それと同時に、前世たちの恋路を裂いたという兄者の前世―――すなわち、兄者のことも探してる。
前世と同じ人生?・・そんなの俺に言わせてみれば、真っ平ゴメンかつ、イミフメイなわけだが、まあ・・・人それぞれの嗜好ッちゃ嗜好だし、そこについてはとやかく文句を言うつもりもない。
ただ、だ。そいつ自身がどうしようと勝手だけど、他人様を巻き込むなと、俺は声を大にして言いたい。
(他人様っていうのは、この場合もちろん俺や兄者のことなワケだが)
他人には迷惑かけないようにしましょう、なんていう初歩的なことは、幼稚園生ですら知ってる常識だぞ。
それを、大のオトナもしくは物心ついたガキ・・・が、今まさに実行しようとしてるなんて言うのは、一体どういうことだ。
世も末ですね、なんてテレビで評論家にとやかく言われたって、文句いえねーぞこれは。
ということはともかく、俺としては捕まったらどうなるかなんてことは、あんまり考えたくねーわけであり、とりあえずは捕まらない努力をするしかない。
俺を追ってくるあの二人がすぐに捕まえないところを見ると、おそらく相手は様子見をしているんだろう。
それなら、その隙にどうにか打開策を考える。
俺はぜってー捕まらないし、兄者にだって指一本触れさせねー。
根拠はないけど、自信だけはあった。
その旨をセンパイに伝えると、いつもどおりセンパイは、俺のことを「バカ」といって笑った。
それでもまあ、それは俺を見下しての言葉なんかじゃなくて、センパイなりに励ましてくれているのだと勝手に解釈する。
俺は、ホントはセンパイが優しいってことをちゃんとわかってるつもりでいたし、現にこうやって、俺のために大事な情報を探って、教えてくれる。
まあ、クールすぎるあの男の精一杯の励ましだったんだと思う。
「・・榛名センパイ。いろいろ巻き込んですんません」
電話の先で、相手のため息が聞こえる。
センパイは、こうやって俺に気を使われるのがキライらしかった。
「でも、俺・・ちょっと嬉しかったンすよ」
『・・・・は?』
俺の言葉を聞いたセンパイが、少し間をおいて、電波越しにハテナを送ってきた。
俺も一呼吸おいて、口を開く。
「だって、やっぱセンパイは信用できるって確信できたから」
やっぱり、俺は間違ってなかった。
センパイは信用するなって言ったけど、・・・こんなに頼りになるセンパイを信用しねーアホがどこにいるってんだよ。
俺だって、そこまでキちゃいねーぞ。
「・・・・・・・バカが、」
聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で、そう毒づかれたが、今回ばかりは笑って見過ごすことにした。
だってさ。なんか、そういう雰囲気じゃん?
じゃあ、どういう雰囲気って、口に出して説明できるほど俺自身も理解しちゃいなかったけど、それはなんとなく肌で感じた。
電話越しだって、相手の思ってることとかは少しでも伝わる。
今は、こうやってセンパイとあほみたいな会話をしてることが楽しかった。
それは、たぶんセンパイも。
こんな勝手な解釈をしてることがバレたら、グーで思いっきしアタマ殴られそうだから秘密・・ってことにしとくけど。
―――そしてその後も、しばらく俺たちは電話の間で他愛もない話をし続けるのであった。
そして、翌日。
時が経過するのなんて早いもので、もう俺はいつもどおりの朝を迎えていた。
昨晩は、榛名センパイと電話した後に風呂に入り、そのまま床についた。
俺が疲れていると思ってか、兄者もそっとしておいてくれたし。
正直、そんな気遣いですら、今の俺には目から鱗ならぬ目からビームが出てしまうほどにありがたい。
いや、実際は一般的な善良市民である俺が、そんなもの出せるわけないんだけど、・・まあ、それほど兄者に感謝してるっていうものの例えだ。
「・・・・稜。・・その、さ。榛名さんから聞いたことって、やっぱりホント・・・なんだよね」
学校への道のりを、兄者と歩きながらの朝の会話の第一陣がコレ。
いつぞやのサスペンスネタで盛り上がってた日々が、いっそのこと懐かしい。
あ。蛇足だけど、もちろん榛名センパイから得た情報は、一つとして見落とすことなく、兄者に伝えた。
兄者だって他人事ではないし、むしろ生命の危機がかかった一大事!
・・・・それなのに、俺からの情報を聞いた後の兄者の反応は、いつもの如く薄くて、拍子抜けした・・なんてのは、もういつものことである。
「ま、受け止めたくはねーけどな」
ぴっかぴかの快晴もむなしく、俺らの心はひどく雷雨の模様。
さすがの俺も、こんな状況下の中で、いつものテンションを保てるほどの強靭な心は持ち合わせていなかった。
「とりあえず、僕たちは逃げることしかできないよね。・・不本意だけど」
どこか不満げな兄者の言葉に、俺は頷いた。
さっきも申したとおり、俺は一般的な善良市民であるので、当然いきなり戦闘まがいのことが起きても、即戦力には到底ならないし、ましては便利な未来型ネコ型ロボットなんてのもお友達にはいない。
――――だったら、逃げるしかないだろ?
こんなことがいつまで続くかなんてわかりもしねーけど、向こうさんの気持ちが変わるまで、俺らは逃げるしかない。
「ホント、ちょー不本意だよなー。俺が魔法でも使えれば、あんな奴ら、ちょちょいのちょいっとやっつけられんのに・・」
誰しも一度はするような妄想を頭の中で繰り広げていると、いきなり肩先に小さな衝撃を受けた。
何だと思い、横に目を向けてみると、そこには見知らぬ男が一人。
どうやら、俺はこの男に軽くぶつかられたらしかった。
うちの学校の制服を着てるし、見た目的にはおそらく上級生だと想定。
「ああ、すみません。ぼうっとしていたもので」
ぶつかってきた男は、まぶしさを感じるほどのにこやかな笑みを俺に向けて、謝ってきた。
細かい身のこなしといい、その穏やかそうな表情といい、身体中から、俺とは到底無縁な"上品さ"というものが満ち溢れているような男だった。
「・・あ。いや、」
改めて男の顔を見返すと、そいつは高校生のわりには大人びた端正な顔立ちをしていた。
こんな奴が、うちの学校にいたなんて知らなかったな。
まあ、他学年なら、それも大いにありうるかもだけど。
「では」
まぶしい笑みを引き連れたまま、男は去っていった。
・・なんか、あの笑顔にすっかり脱力してしまった俺。
人間、あんな笑顔を顔にはりつけてられるもんなのか?
むしろ、それに胡散臭さすら感じた俺だったわけだが、まあもう会うことも無いだろーし、そんな気に留める必要も無いだろう。
ということで、気を取り直して、兄者との会話に戻ることにする。
「ま、お互い気をつけて生活するっきゃねーよ」
「・・そだね」
一見、平凡な朝。その裏には、非日常。
無力な男子高生には、あまりに過酷すぎる現状をどう乗り越えるべきか。
そんなの、ただでさえ常日頃にバカだなんだと言われてる俺がわかるわけがねー。
だから、とりあえずは現状維持。これしかない。
なるべく誰も巻き込まない形で、一件落着するのが望ましかったけど、どうもそうとも言ってられなくなってきた。
俺は、もうすでに榛名センパイを巻き込んでしまっている。
今後、まったく無関係であるはずの榛名センパイが危険に晒される可能性だって、十分に起こりうるのだ。
それだけは、耐えられなかった。
だからこそ、俺自身がしっかりしなくちゃいけない。
俺がとる一つ一つの行動に、ちゃんと責任を持たなくちゃいけない。
それだけは、頭に入れておこう。
ここのところで、一気に(俺にとっては)膨大な量の情報が、俺の小さな脳みその中に入り組んできたわけだが、そういう大切なことだけはきちんと憶えておかなくちゃいけない。
・・そう改めて思った俺だった。