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love8 安息



「―――というわけでよ。情報は、ゼロに等しいって訳だ」

会社の近くの小洒落たバーで上司と落ち合ってから、10分近くが経過していた。
用件を一通り話し終えると、俺の向かいに座った男は煙草をふかして一息ついた。

「すまねえな、黒神。お前さんにサツみてえな真似させちまって」

申し訳なさそうにそう言葉にした男の顔は、警官であった頃の昔の面影を微かに残している。

「水くせえぜ。俺ぁ、これくらいの手間じゃたらねえ程の恩義を、あんたから買ってんだ」

俺が新しい煙草を口にくわえると、安っぽいライターを向けてきた。
息を軽く吸えば、やがて煙草に灯がともり、それを俺はどこか遣る瀬無い気持ちと共に肺から吐き出す。

「あんなもんは、もう過去の話だろ。お前さんはもうガキじゃねえし、俺はただの枯れたおっさんだ」
「あんたァ、酒さえ飲まなきゃいいオヤジだよ」
「うるせえやい」

ウィスキーの入ったグラスを、グビッと喉を鳴らして飲み込む。
俺もつられて、自分のグラスに手を添えた。

「―――あと少しで掴めそうなんだよ。まあ、もうちと待っててくれや」
「サツ時代の同僚の頼まれ仕事さ。俺にとっちゃあ、いつでもかまわんよ」
「そらァ、お気楽な仕事で結構なこった」

酒を少しずつ流し込みながら、男の顔を横目でみる。
この人と初めて出会ったのは、高校時代のデカイ交通事故に遭ったときだった。
あの時、色々と面倒を見てくれたのが、当時警官だったこの人だった。
この人の自由な生き方に憧れて、そんな大人になりたくて、今現在は同じ職場で働いている。
今でも本人には直接言わないものを、尊敬の気持ちは生き続けている。

「これでも感謝してんだぜ、・・石貝さん」

ぽつりとそう呟くも、酒の入ったオヤジの耳に届くはずも無い。
まったく、ありがてえ話だ。

「お、なんか言ったか?あー、くそ。もう酔いが回ってきやがった」
「何でもねえよ―――マスター、こちらさんにもう一杯」

やがて石貝さんの前に新しい酒が到着した頃には、当の本人はすでに就寝の様子だった。




いつも通りに授業して(大半は寝たけど)、いつも通りに部活して。(榛名センパイに怒られてばっかだ)
こんな当たり前のことにしあわせを感じるようになったのは、いつからだろう。
そんなのは、決まってお屋敷の奴等に出会ってしまってからだ。
事のいきさつを聞くと、出会うべくして出会ってしまったようだけど、できればそんな出会いにはすぐさま拒否権を発動させるべきだった。
昔から言うよな?
しらないひとには、ついていっちゃいけませんって。
それに対し俺は、着いていくどころか、半ば反面自分からつっこんでしまった感がある。
もしこの件が落ち着いたら、ちょっとはこの性格を見直す必要があるかもな。

「おい、花螢。お前、集中しろって何回言わせる気だよ。これだから、バカの脳みそは使い物にならねー」

いろいろ考え事をしながら部活に取り組んでることは、さっきから榛名センパイにはバレていた。
俺自身も部活に集中して気を紛らわせたいとこなんだけど、なかなかそうもいかない。

「すんません。なんかどーにも、やっぱ・・・ダメみたいっす」

そう言って、俺は苦笑する。
そんな顔をすると、きまって榛名センパイの機嫌が悪くなる事を知ってても、苦い笑いを浮かべる事しかできなかった。
また、罵られるかと思いきや、予想外にもセンパイは俺の肩を軽く叩いて、ぼそりとこういった。

「今度、パフェおごれ。・・それでチャラだ」

センパイの表情は相変わらず乏しいままだけど、しっかりと俺の心のうちはわかっていてくれてる。
それだけでも、俺は救われた。
だからつい、そのままの流れでちょっと調子にのってしまったり。

「今月は金欠なんで、来月でおねがいしたいんすけど・・だめ、ですよねえ」

どうみても媚売りの笑顔で様子を見るけど、そんなもんに騙されるのは職員室でお茶飲んでる掃除のおばちゃんくらいなもんだ。
とくにサドランクSプラスの榛名センパイ相手じゃ、叱咤されるのがオチだろーなとの我ながらの予測。
そして、再び様子見。

「・・・・。」

一見、いつも通りの無表情に見えるけど、俺にはセンパイが少し驚いてるように見えた。
いびられるネタはともかく、驚くようなこといった覚えは俺自身なかったんだけど・・?

「あー、と。榛名センパイ?」
「・・今日にしろ」

顔を背けて歩き出したセンパイが、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
その後を慌てて追いながら、俺は再度確認をとる。

「今日、って!センパイ、今の俺の話きーてました?俺、今金欠!金ねーのっ」
「しらねーよ。こっちくんな」

ユニフォームの袖を引っ張って、歩みを止めさせる。

「怒ってんすか?」

不意にセンパイの顔を覗き込んでやる。
・・・・・・・あ。

「おいバカッ、早くタオル持ってこい!」

グイッと思いっきり頭を押しやられて、完全に拒否られる。
センパイってば、まるでさっき言ったみたいな言い方してるけど、タオル持ってこいなんて命令。今初めてされたんですけど?

「はいはいっ!・・あ、てか」

振り返りざまに、ニヤリと笑んで見る。
対する彼は、明らかに不機嫌な形相で俺を睨んでいる。
で、思いっきり息を吸い込んで、そこそこの大声で一言。

「俺、センパイの照れた顔なんて見てませんから!」
「・・・・!バカケイ、お前・・ッ」

俺の一声に、一斉に校庭がどよめいた。(ギャグじゃねーぞ!)
そして、センパイの怒りゲージがマックスに達したと同時に、俺は走り出す。
言い逃げバンザイ。

掃除のおばちゃん以外でも、意外なところに該当する人間がいたっぽいな。










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