love9 再来
榛名センパイとか、事情をなんも知らない部員たちと他愛もない話をしているとき、
俺はその間だけでもいつもの俺でいられた。
もしこの件に決着がついたら、みんなに大声でお礼をいいたいくらい。
ま。そうしたところで、たぶん榛名センパイ以外の奴らは
全員ぽかーんとしてるだろうけどさ。
「おーい、榛名くん!」
俺と榛名センパイでパス練をしているとき、
ふと校庭の端からセンパイを呼ぶ声が聞こえた。
俺はすぐに気づいたけど、どうやら榛名センパイは気づいていないらしい。
けっこう聞こえると思うんだけど、・・実は耳遠いのか?
「センパイ。あの人、呼んでるんじゃないすか?」
声の主の方を指差して教えると、
榛名センパイは明らかにめんどくさそうな顔でため息をついた。
・・なんだ?気づいてたのか。
そう思って首を傾げていると、やれやれといった感じにセンパイが口を開く。
「この時期に転校してきた変わった奴だよ」
この口調からいくと、榛名センパイにとってはあんまりお気に召さない相手っぽいな。
俺はもう一度顔を上げて、なんとなしに向こうを見やる。
ん?こっちに手振ってきてる・・?
あれってもしかして、俺に向かって振ってんのか・・?
しばらく考えてみて、ひらめいた。
「・・あ!」
どこかで見たことのある顔だと思ったら、あの人・・今朝俺とぶつかった人だ。
相変わらず、にこやかな顔してんなー。
そう思いつつ、一応軽く手を振り返す。
「なんだ、知り合いかよ」
「知り合いっつーか、朝ちょっとぶつかって・・」
俺の反応に不服そうなセンパイにそう説明すると、
ボールをパスしながら一言念押しされる。
「いつもにやにやしやがって、いけすかねえ。あんまかかわんなよ」
あのさわやかな笑顔はにやにやとはいわねーんじゃないかと思いつつも、
一応俺は「はあ」と生返事をかえした。
俺的には、どうもあの人が榛名センパイが言うような
悪い奴にはみえないんだけどな。
まあ、それ自体に根拠はないし、榛名センパイはもともと
ああいう種の人間は苦手そうではある。
そんなのは人の価値観だし、そこを強制的に正すべきだとは俺も思わないから、
それはそれでかまわない。
なんてごちゃごちゃと頭の片隅で考えていたけど、
俺はいつの間にかそんなことも忘れて、パス練に勤しんでいた。
「あー、お前達。悪いが、保健室から救急箱を取って来てくれないか。
麻田が怪我したらしい」
パス練中に部長の大庭さんが寄ってきて、そう俺たちに頼んできた。
しかし、相変わらずこの人は練習中でもねむそうだな・・。
「ほんっと今年の二年は、ドジが多いな」
一瞬、榛名センパイからの冷たい視線が刺さった気がするけど、
気のせいってことにする。
それより、だっち(麻田のことを俺はだっちとよぶ!※サッカー部参照)が心配だ。
「部長。だっち、だいじょーぶなんすか?」
「だいじょぶだいじょぶ。ふざけててコケただけらしいからな」
部長の軽さ(という名のテキトーさ)にちょっと不安になりつつも、
榛名センパイに「ほら、行くぞ」と呼びかけられたので、俺はしぶしぶ歩き出した。
「マジでだいじょーぶなんすかねー・・」
その辺にあった小石を蹴りながら、俺は明らかに不満げな声を上げる。
「あいつが大丈夫ってーんだから、大丈夫なんだろうよ。
お前もドジなんだから、気をつけ・・・・」
「ッてェ!」
蹴っていた小石に滑って、ザ・転倒・・なんてありがちすぎる展開に、
自ら心の中で嘲笑。
言われた先から転ぶとかいうあるイミ素晴らしい自分のお笑いのセンスに、
呆れるを通り越していっそのこと感動した。
なんか、つくづく俺ってバカ・・?
「ったく・・怒る気にもなんねえな」
「ごもっともです・・」
腕を組んでこれでもかというほどに見下してくる榛名センパイの対応に、
自分のバカさがつくづく身にしみる。
「これ以上ケガされてもたまんねえし、お前はここで待ってろ」
これはケガした俺への榛名センパイなりの配慮なのか、
それとも心のそこからそう思ってるのかは定かではなかった。
だけど、正直今の状況下でのこの言葉はちょっとありがたい。
「なんつか、今回ばかりはバカですんません・・」
「お前がバカなのは、年がら年中だから安心しろ。
・・とりあえず、そこでじっとしてろよ」
「はーい・・」
そういって去っていく榛名センパイの背中を見送った後、
俺はとりあえず通路の真ん中にいるのもジャマだと思い、端によけることにした。
ケガをしたといっても膝をすりむいてるくらいだし、そこまで大げさなものじゃない。
今は少し痛むけど、ちょっとすればすぐに引くだろう。
木陰に身を寄せて、ふうっと息をつく。
心なしか、すこしおちついた。
こうやってなんとなく部活してる奴らとか下校してる奴らを見ることって、
そうそうないもんな。
これって、時間のゆとりってことなのかと少しほっこりしてしまう。
ふだんは部活やってたりして気づかないけど、
たまにはこうやってぼんやり辺りを見回すのも悪くないと思った。
「―――おや、君は」
その矢先、割とすぐ横から声がした。
どこかで聞いたことのある声のような気がしたけど、すぐにはわからなくて。
俺のこと"君"なんて呼ぶオジョーヒンな奴、周りにいたっけとか考えたけど
思いつくはずもなく。
それでも、顔をみた瞬間にすぐ認知することができた。
「・・あ。朝の、えーと・・・・?」
朝にぶつかって、さっき部活中にみた榛名センパイのクラスメイト。
それにしても、よくあうな。
さっき校庭の脇を通っていたのは、帰ろうとしてたんじゃなかったのか。
「そうですね・・・周りの者は、僕の事を"殿"と呼びます」
との・・?
珍しいニックネームに、思わずへー!と声を上げてしまう。
だって、外見からも全然想像できないニックネームだし。
どっちかといえば「殿」よか「王子」ってかんじだぜ。
「おもしろいっすね。じゃー、俺も殿って呼びます」
「光栄です」
にっこり微笑まれたので、俺もおなじく笑みを返す。
やっぱり話してみても、今のところ悪い人には感じられない。
最初は胡散臭く感じた笑顔も、どうやら本物っぽい感じがするし。
「ところで、今はお暇ですか」
殿の言葉に、俺はすこし唸ってしまう。
お暇といっちゃお暇だけど、榛名センパイにここにいろといわれたばかりだ。
用件による・・かな?
「どーかしたんすか?」
「実は、倉庫の方に頼まれ事をされまして。
いかんせん転校してきたばかりなので、迷ってしまって・・」
倉庫ならここから近いし、案内だけしてすぐに帰ってくれば
榛名センパイの怒りをかうようなこともないだろう。
困ってる奴を見過ごしたら、男じゃねーしな!
「俺でよければ、案内しますよ。倉庫ならこっから近いし」
俺がそういうと、殿の顔がぱあっと明るくなる。
お、俺はお花畑を見た・・!
「ありがとうございます。お優しいのですね、」
「こんくらいたいしたことないっすよ。じゃ、行きますか!」
そういいつつも殿の言葉に悪い気はせず、思わず口元がほころぶ。
いい気分のまま脚を一歩を踏み出すと、まだ少しだけ膝の傷が痛んだが
歩けないほどではない。
センパイが戻ってきて俺がいなかったらめちゃ怒られそうだし、
はやく案内して戻ってこなきゃな。
「・・おや。右足、どうかされたんですか」
並んで歩いていると、ふとそう声をかけられた。
やっぱり傷が痛くてなんとなく引きずって歩いていたら、
それを殿に気づかれてしまったらしい。
「あー、と・・さっきコケただけなんで」
我ながらアホくさいと思いつつも、一応正直に答える。
「保健室には行かれましたか?」
「や、それほどのもんじゃないんでだいじょぶっす」
あははとごまかしつつも、殿は不安そうな顔をしていた。
うーん、やっぱいい人だなー。
他愛もない会話をしているうちに、俺たちは倉庫前についていた。
「ここです」
かかったとしても、まあ5分ちょっとか。
今から急げば、榛名センパイには気づかれずにすみそうだな。
「ご親切にありがとうございました」
深々とお辞儀をされて、俺はかえって恐縮してしまう。
俺の身近って、こんな礼儀正しい人いないもんな。
どう接していいか、いまいち困っちゃうぜ。
「転校してきたばっかだし、しょーがないっすよ。
これからも、なんかあったら頼ってください」
「そうですね。・・では、」
ふんわりした印象の瞳が伏せられ、睫毛長いなーとか感心していたら、
続きの言葉を発しようと殿の薄紅色の唇が開かれた。
「さっそく頼らせて頂きましょうか」
その言葉に「え?」と顔を上げたときには、時すでに遅し。
俺の口元は何ものかの手によって押さえつけられていて、
手は後ろからつかまれていた。
いきなり過ぎる展開に俺のちっさい脳みそはとうてい追いつけるはずもなく、
声を上げることも忘れていた。
「ワンコー、会いたかったぜ〜♪」
真後ろから聞こえる、思い出したくもない声。
―――お前のせいで、俺はキンパツ恐怖症になったんだぞ。
「倉庫まで、丁重に運んであげてね」
笑みを含んだ殿の声。
――――ああ。やっぱり、人を簡単に信用するもんじゃねえーんだな。
榛名センパイ、ごめん。
「了解しました。楢宮、もう傷つけるんじゃないぞ」
この声は・・ああ、トイレで会った男の声だ。
―――――なかなか懐かしい顔ぶれじゃねーかよ。
会いたくもなかったけどな。
そっか。
こいつら3人グルだったのか。
なのに俺って奴は、やっぱ自分からキケンな方につっこんでいって。
ほんとにバカだよなあ・・。
ずるずると倉庫の中に引っ張っていかれるままに、
俺は後悔しても後悔しきれない思いを胸の奥にひめていたのだった。