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love9 決意



「稜、明日なんだけどさ」

夕食の席で、ふとそんなことを持ちかけてみる。

食卓には稜が作った彩りのいいおいしい食事が並べられていて、
料理の腕はもうすっかり取り戻せたという感じだ。
このまま記憶の方も徐々に戻ってくれればと思うけど、
そんな気持ちは心の中にしまっておく。

今この状況が1番辛いのは、紛れもなく稜だから。

「うん?」

「せっかくお互い部活も休みだし、どこか出かけない?」

気晴らしにもなるだろうし、いろいろな所に行くのはきっといい刺激にもなるだろう。
僕はそう考えていた。

「あー・・」

対して、どこか困ったような顔をして、稜は笑う。
てっきり喜んで飛びついてくると思っていただけに、拍子抜けだった。

「ごめん。明日は、榛名さんと約束してて・・」

―――――榛名さん。
昼間、学校で元気のなかった稜が、帰ってきた頃には普段通りに戻っていた。
・・もしかしたら、2人の中で何かあったのかもしれない。

こうやって、僕の知らないところでどんどん2人の距離が縮まっていってしまう恐怖感。
僕だけ取り残されてしまうような、そんな感覚。

でも、僕にはどうしようもできない。
記憶を失う前、僕と稜はたしかに付き合っていたけど、
それだって、稜と榛名さんが出会う前に僕らが付き合っていたからであって。
もし仮に、僕らがこういう関係になるより先に、今のように榛名さんが稜に告白していたら・・?
もしかしたら、僕らの関係性は変わっていたのかもしれない。

そう思ったら、僕に今の彼らをとやかくいう資格はないのだと考えてしまう。
僕は・・・臆病だから。


「―――そっか、了解。楽しんできて」

語尾が震えそうになるのをどうにか抑え込む。

「なんかお土産買ってくるよ。劉って、甘いものとか好き――――、」

ふと僕の顔を見た稜が息を飲んでいる。


え・・・?
どうしたの?

「ど、どーしたんだよ!」

僕の心の中での言葉をオウム返しに言われて、
ようやく自分の頬が酷く冷たくなっていることに気づく。

これは、涙だ。

「あ、あれ。なんで・・」

「そりゃこっちのセリフだって!具合悪いのか?」

イスから立ち上がって、慌てて僕に駆け寄ってくる。
稜に触れられた肩だけが、熱をもつ。

・・ああ。
僕は、あとどれだけ我慢することができるだろう。

「大丈夫だから・・ごめん、」

肩の熱が全身にまわってしまう前に、稜の手を剥がした。

いけないってわかってるのに、何度も何度も思い出して、
重ねて・・・・自分を追い詰めてしまう。
こんなことしたって、稜の記憶も、今までの稜と僕の生活も戻るわけじゃないのに。

「・・理由はわかんねーけどさ、」

泣き出した理由を僕が割らないと踏んだのだろう。
膝を折った稜は僕の手を握って、僕の顔を覗き込んだ。

今は、そのまっすぐな視線がただただ痛く感じる。

「兄弟なんだから、頼れよな」

稜の優しい声色で「兄弟だから」と言われることに、胸がぎゅっと締め付けられる。
優しく手を撫でる指先に、締め付けられた胸が熱を帯びる。

自分でも、矛盾していると思う。

「・・うん。そうだね」

その返答と共に、僕はやっと決意する。

もう、自分ばかり悲しんでいてはいけない。
僕は、「花螢稜」の兄として、弟の幸せを願ってやることを決めた。

今の稜が楽しいというなら・・僕は、それを喜んで、後押ししてあげるべきなんだ。

自分の気持ちを押し殺してでも。
それが稜のためになるなら。


「――――――――、」

急に空を見つめたようにぼうっとする稜を見て、
前にもこんなことがあったような・・デジャヴのような感覚に陥る。

「・・稜?」

「わ、悪い。冷めちまう前に食べよーぜ!」

僕の呼びかけに我を取り戻したようで、慌ててイスに戻る稜。

僕はそんな稜の反応を不思議に思いながらも、胸の奥にしまい込んだ熱い想いを払拭するように、
再び箸を動かし始めた。










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