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love4 料理



けっきょく、榛名さんとの関係を確認することはできなかったけど、
とりあえず榛名さんがぶっきらぼうだけどほんとはいい人で、
俺の味方してくれてるっていうのはよくわかった。

そんな榛名さんのフォローをもらいながら、部活はなんとか無事終えることができた。


さりげないところでフォローしてくれる榛名さんは、
やっぱ年上ってかんじがして頼り甲斐があってカッコいいし、
そりゃもしほんとに付き合ってたとして…男同士ってことに戸惑いがないって言ったら嘘になるけど、
榛名さんみたいに優しくてカッコいい人なら前の俺も惚れてたのかもしれない。

――――――記憶を失う前の俺は、榛名さんと付き合っていたんだ。
俺はいつの間にか、自然と思うようになっていた。




「花螢、帰るぞ」

いつも帰りは一緒に帰っていたんだろう。
榛名さんが自然と俺に声をかけてきた。

「あ、はい」

急いで荷物を詰め込んで、「おつかれさまでーす」と部室に残る部員たちに挨拶しながら、
榛名さんの後について行った。



「部活中はなんとかなってたみてーだな」

学校からまあまあ離れた辺りまで歩くと、榛名さんはそう切り出した。
やっぱり、心配してくれてたんだ。

「先輩のおかげっすよ。俺一人だったらワケわかんなくて、てきとーに理由つけて帰ってたと思います」

そう言って笑うと、榛名さんもわずかに口元を綻ばせながら俺の頭を撫でた。

「…そうやって笑うと、記憶がねーのが嘘みたいだな」

俺を見る先輩の目があまりに優しくて、俺はたまらない気持ちになる。
記憶がないのが申し訳ないし、思い出せない自分自身に対しても歯がゆさを感じた。

「…先輩、」

自分の目線を上に向けて、先輩の目を見つめる。
少しだけ視線を落として、その下へ。

そのまま、視線に入った先輩の紅い唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。


「…ッバカ、何やってんだお前は!」

不意打ちのことに驚いたのか、先輩は俺の肩を掴んで引き剥がした。

「俺たち、まだキスはしてなかったんですか?
今時の高校生にしちゃ、ずいぶんウブだったんすね」

なんとなく気まずくて笑ってみる。
目の前にいる先輩の顔色はあまり変わらないものを、明らかに動揺していた。

「それとも」

一呼吸おく。

「…記憶のない俺とは、こういうことしたくないですか?」

自分で言いながら、痛々しいと思った。
先輩のことも困らせてると思った。

それでも先輩は、何も言わずにさっきみたいに優しく頭を撫でてくれる。
先輩に頭を撫でられながら、今は何も考えずにただこのままでいたいと思った。






家に帰ると、キッチンからカレーの匂いが漂ってきた。
部活後で腹も減っていたので、条件反射で俺の腹がなる。

「ただいまー!なになに、夕飯作ってくれてんの?」

リビングのドアを開け、キッチンへとそのまま向かった。

「おかえり。部活が早く終わったから作ってみたんだけど、
やっぱり稜みたいにうまくは作れないや」

そう微笑する劉の手元をふと見ると、その細い指は絆創膏だらけだった。

「指どうしたんだよっ」

俺は思わずその痛々しい指先を手に取る。

「痛・・っ」
「わ、悪い」

勢いあまってしまったせいで、傷に触れてしまったらしい。
慌ててその指先から手を離す。

「大丈夫だよ。慣れないことなんてするもんじゃないね」

そう笑ってごまかす劉。
この指先を見るに、きっと劉は料理が苦手なんだろう。
無理するなと喉まで出かかっていたところで、劉がまた口を開いた。

「・・でも、稜のために作りたいって思ったんだ」

ドクンと心臓が高鳴るのを感じた。
そう言う劉の横顔は優しげで、まるで女神みたいだと思った。
・・こんなの――――兄貴相手に思うことじゃないよなあ。

「あー・・と、俺って料理得意だったんだっけ」

俺はそれをごまかすように制服のシャツを腕まくりして、劉の隣に立つ。

「そりゃもう。家事全般、断然僕より家庭的だったよ」

意外だと思いつつ、ためしに転がっていたトマトを手にとって包丁で切ってみる。
身体が覚えているのか、気づいた時には手際よくそれを処理し終えていた。

「すごい!やっぱり身体に染み付いてるのかな。なんかちょっと嬉しい」

記憶を取り戻したわけでもないのに、劉は本当に嬉しそうに笑っていた。
劉が喜んでる顔を見ていると、俺の胸もなんだかぽかぽかする。

それと同時に、脳裏にある光景が浮かんだ。
キッチンで並んで料理をする二人。
これは俺と劉だ。
楽しそうに笑いながら、肩を並べている。

これは、俺の記憶――――?


「なんとなくだけど、思い出した・・かも」

俺の言葉に、劉はカレーを混ぜる手を止めた。

「え・・?」
「こうやって劉と料理してるとこ、今頭に浮かんだんだ。
これってたぶん、俺の記憶だよな?」

俺の顔をじっと見つめていた劉の大きな目元に涙がじわりと浮かぶ。

「劉・・?」
「ご、ごめん。でも、嬉しくって」

溢れ出た涙を慌てて拭いながら、劉はほかほかと湯気をたてるカレーに目を向けた。

「こうやって、少しずつでもいいから僕らのこととか稜自身のこと・・思い出していけるといいね」

絆創膏だらけの指先が、コンロのスイッチを止める。
うまくは言い表せないけど、たまらない気持ちが胸の奥から沸き上がってくるのがたしかにわかった。

「・・そうだな」

俺が頷いて笑うと、劉もつられたように笑っていた。

まだまだ俺には思い出さなくちゃいけないことがたくさんあるけど、
それでも俺は今が幸せだと感じていた。










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