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love6 疑問



稜とベッドに入ってから、正直記憶を無くす前の稜の話をすることには少し抵抗があった。
前の稜のことを話すことは、今記憶を失ってしまっている稜を否定しているような気がしたし、
稜自身を傷つけるんじゃないかって思った。

だから最初はその話題を避けていたんだけど、それに稜が気づいて「前の話聞かして」と言ってきたんだ。
僕はほんとに驚いて、それと同時に稜は僕が思っていたよりもずっと強かったんだと実感した。

「あ、劉!」

そうやって話していた矢先に、ふと稜が僕の名前を呼んだ。
稜が僕の名前を呼ぶことに、僕はまだ少し慣れてない。

「指、血出てる」

僕の指を取り、稜が「ほら」と言う。
そこに目を向けてみると、たしかに指先についた傷から真っ赤な血が滲んでいた。

「さっき絆創膏しそこねた所が、なんかの拍子にひっかかっちゃったのかな?
でも、痛くないし大丈夫・・」

心配そうにしている稜をなだめようとする僕の言葉は、どうやら稜の耳には届いていなかったようで、
気づいた時には僕の指先は稜の口内に含まれていた。

「ちょ、稜・・!いいって、そんな」
「だって、まだ血止まんねーし・・」

口先で軽く傷口を吸われると、僅かにチリっとした痛みが指先に走る。
思わず耳をふさぎたくなるような水音が静かな部屋にこだまして、僕は顔が熱くなるのを感じた。
慌てて稜から目を背ける。

「もう落ち着いたかな?あー・・ビックリした」

血が止まったようで、ようやく稜の唇が僕の指を開放した。
・・ばか。僕のほうが何千倍もビックリしたってば。

「まだ痛む?」

僕が下を向いているのを見て、稜が心配そうな声をあげる。

「だ、大丈夫だから」

明らかに不審な態度を取ってしまって、即座に後悔する。

「もしかして・・恥ずかしかった?」

どこか嬉しそうな声色が、僕の耳をくすぐる。
バカな僕はムキになって顔をあげてしまった。

「恥ずかしくなんか・・っ」
「・・顔、真っ赤だぜ?」

なぜか満足そうな笑みを浮かべた稜が、優しく僕の頭を引き寄せた。
いきなりのことに、心臓がドクンと鳴るのを感じる。

・・駄目だ。こんなの、思い出す。
今までの稜とのこと、思い出してしまう。

「劉はほんと可愛くて、俺困る」

稜の胸のあたりに顔を寄せられたまま、稜の心臓の音を聞く。
そうしていると、自然と心が和らいできた。

「・・可愛いとかいうな」

思い出す、稜とのこと。
もし稜の記憶がこのまま戻らなかったら、僕はどう稜に接していけばいいんだろう。
今のように、仲のいい兄弟を演じる?
僕の本当の気持ちを稜には偽ったまま接することが正しいんだろうか。

・・・・わからなかった。
これからどうしたらいいのか、稜に対して僕ができることはないのか。
どんなに考えたって、わかるはずがなかった。

「はは、ごめん」

笑う稜に適当な言葉を返して、どこか複雑な気持ちのまま目を閉じる。
そうやって稜の温かい体温に抱かれて、僕はいつの間にか眠りについていた。





「ごめん、ちょっと榛名さんのとこ行ってくる」

休み時間、今日で何度目だろう。
稜が何度も榛名さんのところへ顔を出しに行く。

たしかに記憶を失う前だって、2人の仲はよかった。
それでもこんなに頻繁に会いに行っているところは見たことがないし、明らかに不自然だった。

どこか突っかかりを感じながら、気分転換に外の空気でも吸いに行こうかと廊下に出た。
すると隣の教室の前辺りを、なんとも絶妙すぎるタイミングで歩いている榛名さんを見つけた。

「あ、あの、榛名さん」

すれ違う手前で、僕はとうとう声をかけていた。
榛名さんと僕は、ただ稜の繋がりで顔見知り程度というだけだ。
こう言ったらなんだけど、榛名さんはお世辞にも愛想がいい方ではないので、
普段1対1ですれ違っても、僕が軽く頭を下げる程度で挨拶を交わすことはなかった。

「・・ああ、花螢の」

一瞬「誰だ、こいつ」っていう顔をされた気がする。
僕らの家でも何度か遭遇してるし、未だに認知されていないとなるとさすがに悲しくなってくるぞ…。
この人は、どれだけ他人に興味が無いんだか。

「その・・稜のこと、いろいろすいません」

稜は、記憶をなくしたことを榛名さんに話したと言っていた。
僕という「家族」以外に、唯一自分の状況を把握している榛名さんを稜は拠り所にしているんだろうか。

「別に。あいつに面倒かけられねえことのが珍しいからな」

そう言って、榛名さんは僕の顔を見た。
目が合い、なんとなく気まずく思っていると、その視線はすぐに逸らされる。

「・・お前らって、ほんと似てねえ」

兄弟ってこと忘れそうになる、と呟いた榛名さんは、なんとなくだがどこか戸惑っているように見えた。

そして僕はというと、こんなことは言われ慣れていたので、いまさらなんとも感じなかった。

「まあ・・それは、よく言われます」

僕が相槌をうつと、そこで会話は終わった。
稜はよく榛名さんと一緒にいて間が持つな…と感じたところで、本来榛名さんを呼び止めた目的を思い出す。

稜のことについて、聞くつもりだったんだ。

「そ、そういえば、今日やけに稜がお邪魔してるみたいで…その、何か・・」

なんとなく榛名さんの視線を感じて、言葉がしどろもどろになる。

僕の考え過ぎかもしれない。
僕以外に記憶の件を知っている榛名さんに、記憶喪失前のことを聞いたりしてるとか・・
そんなところだろうとは思う。
でも、こうも頻繁にとなるとやっぱり気になった。

「・・何かって、」

静かな榛名さんの声が、より一層僕に緊張感を与えた。

「なにか・・稜に、言ったりしましたか?」

言い終わった後、こんな言い方はなかったんじゃないかと自分を責めた。

榛名さんは、稜の先輩じゃないか。
それを、なんでこんな言い方しかできなかったんだろう。

まるで・・・・この人を疑うような言い方。

「・・そうだな、」

しかし、目の前の彼は長いまつげを伏せ、ほんの僅かに眉をひそめた。

ドクン、と心臓が嫌な音をたてる。


「付き合っていたと言った」


その言葉を聞いた瞬間、僕の目の前はまっくらになった。










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