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love7 苦悩



移動教室の帰り道、花螢の双子の兄に会った。
話しかけられたのは初めてと言ってもいいほどで、正直驚いていた。

そして、この兄は花螢の様子がどこかおかしいと気づいていたようだった。
もちろん記憶の件ではない。

花螢の奴は、どういうわけか今日一日暇があっては俺のところに顔を出していた。
3年の教室にも臆することなく訪ねてくるのはあいつらしいと思ったが、
さすがにこう頻繁なのはどうしたのかと考えてみた。
・・・・ああ、俺は花螢のことをバカに出来ないほどのバカだな。
考えるまでもなかったのだ。

・・花螢が記憶をなくしたと、俺に打ち明けたとき。
俺は自分でも気づかないうちに、とんでもない嘘をついていた。
―――――――「俺とお前は付き合っていた」。
それに対して、何も疑わなかった花螢を見て、ありえないほどの罪悪感に駆られた。
そして、我に返った俺は嘘であったことを告げようとしたが、麻田が来たことにより、それを阻まれる。

そんなこんなしているうちに、本当のことが言い出せなくなって今に至る。
花螢は「付き合っている」という俺の言葉を信じて、こうして度々俺を訪ねてくるのだ。
まるで"恋人"のように。


「榛名ー、プリント」

後ろの席の奴が俺の背中をペンの先で突付いた。
顔を上げると、前からプリントが回ってきていた。

・・そうだ。いろいろ考え事をしていたせいで忘れかけていたが、今は授業中だ。

「・・ああ、悪い」

そう言って、プリントを回す。

「今からテスト出るとこ言うぞー」

黒板の前に立った教員が、かったるそうに話している。

双子の兄に問い詰められ、俺はバカ正直に話してしまった。
嘘を打ち明けた時の兄の顔が、未だ脳裏から離れない。

相手が記憶喪失なのをいいことにこんな嘘をつく俺を、きっとひどく軽蔑したことだろう。
俺だったら、そうする。
・・なんであんな嘘を言ったのか。
こんな女々しく悩むのは、自分でも嫌になる。

そして、罪悪感を感じながらも、俺に笑いかけてくるあいつを見て、
密かに胸を高鳴らせている自分にもまた嫌気が差していた。


「この問4はしっかり理解しておけよー」

教員が指示した箇所に適当に丸をつけ、ぼうっとしていると、ポケットに入っているケータイが振動した。

誰だと思い、ディスプレイを見ると、そのメールは花螢からだった。
心臓がドクン、と嫌な音をたてる。

もし、双子の兄が花螢に本当のことを話していたら?
俺はたちまち「恋人」のカテゴリから、「記憶喪失の後輩に嘘をついた最低な先輩」へと没落する。

・・・・でも、まあそれもいいのかもしれない。
俺が最低であることは事実であるし、その罰としても最もな肩書だろう。

ある程度の覚悟を決め、メール画面を開いた。


差出人:花螢稜
件名:件名なし
本文:休み時間教室行ったらいなかったヽ(`Д´)ノ
昼メシは一緒に食えますか?
ちょーおもろい動画みっけたんで、榛名さんにも見せたい!


思わず肩透かしをくらう内容に、またもや俺の胸中は複雑なものとなる。

記憶をなくしている今だけは、花螢とこうしていられる。
そうどこかほっとしている反面、まるでいつものように無邪気に俺に懐いてくる花螢に対して申し訳なくなった。

――――今更、言えるか?
俺達は付き合ってなんかなかった、なんて。


宛先:花螢稜
件名:件名なし
本文:悪い、昼はやることある。


考えた末、そうディスプレイに打ち込み、送信した。

双子の兄に話したことで、俺は改めて自分が救いようもないバカなことをしたと気付かされた。
そんな今、花螢と向き合って飯を食う気にはなれなかった。

やっぱり、花螢に真実を打ち明けるべきだろう。
どう言うか、どのキッカケで言うか。
その考えがまとまるまで、あいつとは距離を置く。

・・それがいいだろう。


「じゃー、テストの話終了。授業戻るぞ」

いつの間にかテスト範囲の話は終わっていたらしく、俺のプリントはほぼ真っ白に近かった。

―――――ため息をついた。










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