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love8 気持



「…稜、どうかした?」

昼休みに入り、机を向かい合わせに稜と弁当を食べていた。

・・いや、訂正。
正しくは、僕だけが弁当を食べ、稜はさきほどから箸を動かさずにぼうっとしていた。
声をかけても反応がない。

「稜ってば」

痺れを切らした僕は、止まったままの稜の腕を掴んで、軽く揺すった。

「おわっ!?ご、ごめん。なに?」

ようやく気付いたらしい稜は、我に返ったように驚き、その拍子に箸を落とす。

「どうしたの?さっきからおかしいよ」

さっきから。
詳しく言うと、4限の授業後からだった。
どこか考え込んでいる様子で、宙を見据えている。

…そんなことを言えば、僕だって何も考えずに惚けていたかった。
3限の休み時間に榛名さんと話して、そこで榛名さんが稜にとんでもない嘘をついていることを知った。

記憶を失う前、稜と榛名さんが付き合っていたなんて。
それを聞いたとき、怒りよりも驚きの方がえらく勝っていたように思う。

たしかに榛名さんと稜は、仲が良かった。
でも、それはあくまで部活の先輩と後輩の仲で留まっているものだと当然思っていた僕は、
そんな嘘をついた榛名さんに驚いていた。

付き合っていたなんていう嘘は、たちの悪い冗談か、…もしくは。


「…あー、うん」

稜が落とした箸を拾う。
顔をあげた先にあったのは、どこか浮かない表情。

榛名さんの嘘の真相を、僕は稜に話していない。
そりゃあ本当のことを言った方がいいんじゃないかって迷ったけど、
榛名さんの真相もわからない今、なんとなく言い出せないでいた。

…もし、からかいじゃなくて、本当に榛名さんが稜のことを想っていたら?
そう考えたら、僕からそれが「嘘」だなんて言えるわけがない、そう思ったんだ。

「わり、箸洗ってくる」

眉を寄せて困ったように笑いながら、稜は席を立った。

教室を出る稜の背中を目で追いながら、僕はため息をついた。




なんとなく憂鬱な気分から抜け出せない。
劉にも気を使わせているのは目に見えたし、申し訳なかった。

俺の考えすぎかもしれないけど、なんか榛名さんから避けられてるような気がして、それが気にかかっていた。

「はあ…」

ため息をつきながら、蛇口へと向かう。

と、そこには偶然にも榛名さんがいた。

「は、榛名さん…」

思わずそう口にすると、それに気づいた榛名さんが洗っていた手を止め、顔を上げた。

「…お前か、」

目が合うと、すぐにそれは逸らされる。

…やっぱり、俺は避けられてるんだろうか?

「い、忙しそーっすね。昼、ちゃんと食えそうですか?」

忙しそうって、今手洗ってただけだけど。
なんか話さなきゃっていう思いから、適当なことを言った。

「ああ、まあな。…じゃあ、俺行くから」

挨拶もそこそこに、榛名さんは俺が止める隙も与えないまま、その場を去って行った。

…やっぱり、おかしい。
俺の考えすぎかと思ったけど、やっぱり変だ。

いきなり素っ気なくなるなんて、俺は自分でも気づかないうちに何か気に障るようなことをしただろうか。
いや、もしそうだったとしても、榛名さんのキッパリした性格からして、おそらくその場で俺は叱咤を受けるはず。
…だとしたら、なにが原因だっていうんだ?

俺は頭の中のもやもやをさらに倍増させながら、冷えきった水で箸を洗う。
その冷たさに、思わず顔をしかめた。





放課後になり、どこか気が重いまま部活をこなした。
もちろん榛名さんのおかしな態度は変わらないままで、俺の悩みが晴れることはなかった。

…このままでいいわけがない。
というか、俺自身がすっきりしない。
もし悪いとこがあったなら言って欲しいし、それを言おうとしない榛名さんもらしくなくて嫌だった。

だから部活後、俺を置いて先に帰ろうとする榛名さんを引き止めた。

「待ってください。一緒に帰りましょーよ」

適当に荷物をバッグへとぶち込み、俺は榛名さんの腕を掴んだ。

振り返った榛名さんは、驚いたように少し目を見開いて俺を見た。

「・・だから、忙しいって言ってんだろ。お前とちんたら帰ってる暇はねーんだよ」

また、目を逸らされる。

もう限界だった。
理由もわからないまま避けられて、こんなの納得できるわけがない。

俺は掴んだままの榛名さんの腕を引っ張って、そのまま部室を出た。

「おい!花螢!聞いてんのかっ」
「聞いてますよ!歩きながらでいーんで、ちょっと付き合ってください」

後ろから、ざわざわと騒ぐ部員の声が聞こえる。
「榛名がさらわれた!」とか「あの榛名さんを稜が!?」とか、まったく第三者はお気楽なもんである。
まあ、今はそれがうらやましーけどな。



少し学校から離れたところまで行くと、俺はようやく歩みを止めた。

「…お前な、どーいうつもりだよ」

不機嫌そうな声音を全開にして、榛名さんが俺の腕を解こうとした。

それでも、俺は離さない。

「それはこっちのセリフっすよ。なんなんですか、今日の昼頃から…榛名さん、おかしい」

俺の言葉に、榛名さんの顔色が変わることはなかったが、どこか困っているように感じた。

「俺、なにかした?それとも、いつまでも記憶戻らない俺に、愛想が尽きたんですか」

いざとなってそれを言葉に出すと、やっぱり辛かった。
心臓の辺りがざわついて気持ち悪い。

「そんなこと、誰も言ってねーだろうが」

僅かに眉根を寄せて、榛名さんは今度こそ俺を見てくれた。

その瞳からは、なにも読み取れそうにはないけど。

「だったら、なんなんすか」

言葉の先が滲む。
・・・かっこわるい。
逃げ出したい。

でも、俺の気持ち・・伝えたいし、伝えてほしい。
榛名さんの思ってること。

「俺、記憶なくなって部活とかも不安で・・でも、榛名さんがいたから、こうやって楽しく部活やれてる。
部員の奴らとだって、楽しくやってけてる。
・・嬉しかったんすよ。ぶっきらぼうだけど、俺のことちゃんと心配してくれて、優しくしてくれる榛名さんがいてくれたこと」

ぼたっと雨粒のように涙が地面に落ちた。

記憶も戻る気配がなくて、どこか気弱になっているのかもしれない。
以前の俺は、こんなに弱かったんだろうか。

・・榛名さんを困らせていただろうか。

「花螢・・、俺は」

言葉がつまったように、榛名さんはその先を口にすることはなかった。
その代わりにそっと優しく抱きしめてくれる。

今の俺には、それだけで充分だったのかもしれない。
心の奥がすうっと軽くなっていった。

「・・もう、俺を置いてったりすんな」

抱きしめられながら、俺は小さく悪態をつく。
これくらいは許してほしい。

「・・・悪かった」

俺を抱く手に力がこめられたのがわかった。

それに安心して、俺はゆっくりと目を閉じて、榛名さんの体温を感じていた。









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