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play4 夜酒



蒸し暑さが残るこの時期、バイクで切る風は妙に心地よく感じた。
唐沢の背につかまりながら、ぼうっとそんなことを考える。

「あっれー。お前ン家って、どこだっけ?」
「そこ曲がって・・・・・・あ、」
「はっ?どこだよ、・・ッて、あら?もしかして、今ンとこ?」
「もしかしなくても、今んとこだけど」
「ばッか、言うのおっせーよっ!あんな間際に言われたんじゃ、俺のバイクテクをもってしてもムリだっつーのッ」

お前はそんな鋼鉄のバイクマンだったのかと、心の中でツッコむ。
俺はそれを声に出す代わりに、ため息で返事をした。

「つーかさ。今日の大和クンは、いつにも増してなんでそんなに枯れちゃってるワケ?」

余計な一言も聞こえた気がするが、一先ずスルーして答えてやることにする。

「さっきも言っただろうが。疲れてんだよ」

「だーからぁ、なんでそんなに疲れてんだッて聞いてんの」

なんで疲れているのか。
その答えは、中1の問題を解くに等しく簡単なことだ。
学級委員≠ニかいう、つけられたくもないレッテルに縛られ、振り回された挙句に、今度は熊田妹騒動。
やれ俺の体は俺のものなんだ。少しくらい、休ませろ。
そんな愚痴すら受け流す世間に、俺はうんざりしたのだ。
・・と、まあ半ば大げさな解釈を繰り広げると、唐沢からはなんとも意外な反応が返ってきた。

「オマエ、だいじょーぶか?自殺とかすんなよ、マジで」

どうやら、俺の言葉をこれでもかという程素直に受け止めたらしかった。
あながち間違っちゃいないが、たかが文化祭準備の過労で自殺はしないだろ。自殺は。

「・・馬鹿か」

メットをのせた頭がおもい。
唐沢の腰にまわした指先が、すこしだけ汗ばんでいる。
蒸し暑いというよりは、腹のあたりが無性に熱いのだ。
・・疲労と気温で、体がイカレたと思うことにしておく。

「オイコラ。人が心配してンのに、バカとはなんだバカとは―――」

「・・じゃあさ。俺が死なねーように、このままどっか連れてけよ」

俺の言葉を聞いた唐沢が、近くを走っていたチャリのオッサンが振り返るほどの大きな笑い声をたてて、こういった。

「そーゆうのッて、ツンデレってンだぜ」

疲労、気温。
―――さて、次はなんと言い訳するかな。




普通はさ。「どっか」連れていってくれと頼まれたら、定番は海とかだろう。
そこまでいかなくても、せめて夜景がきれいに見える橋の上とか。
まあ、・・まずコンビニはないと断言しておこう。

「夜景ッてなあ〜・・。オマエは、俺に何を求めてンだよ・・?」

何でも揃うコンビニ様は偉大なんだぜ、と何故か誇らしげに語る唐沢。
なんで、お前がエラそうなんだ。

「だって、エライもん」

俺の小言をしっかり拾って、ニカッと白い歯を見せて笑う。
そこは受け流してもいいところだったが、まあその笑顔に免じて許してやらないこともない。

「まーさ。こーゆう時は、パーッと酒でも飲んで、イヤなことは忘れなさいよ」

そういうなり、酒が陳列された棚から、いち、に、さん、し・・と次々に商品を籠の中に入れていく。
目の前に貼られた20歳未満は購入禁止≠フ文字が読めねーのか、お前は。

「それで?この山ほどの酒を、お前はどこを占拠して飲むつもりなんだ」

軽く15本近くの酒を籠に入れた後、唐沢は「ん?」と言って、俺の顔を見上げた。
なんだ、その「なに当たり前のこと聞いてンだよ」的な顔は。

「そりゃ、お前ン家しかないっしょ?」

まあ、たしかに俺の家はおふくろの帰りも遅いし?
妹は、最近できたとかいう彼氏との電話やらメールに忙しいらしく、自室に籠りっきりだし?
酒を飲むならもってこいと、お前は言うかもしれねーけど。
・・俺の承諾もなしに、決定ですか。

「さーてとッ!久しぶりに飲み明かすぞー」
「お前、確実に自分が飲みたいだけだろ」
「そんなまさか!ボク、お酒とかほんと飲めないですし」
「言ってろ」

そして俺と唐沢は、唐沢による唐沢のための(本人曰く、俺のためらしいが)唐沢の一存により、俺のマンションへと向かう事になった。



恋は盲目なんて、一体全体誰が言い始めた?
恋してる間は、その相手が誰よりも素敵に美化されてみえるってか。
そんなのは、洒落ごとだと始めに言っておこう。

「でさあ〜、ッて、おォーい。聞いてンのかい、坊主クン!」

ばしばしと力任せに俺の背中を叩いてくるこいつは、一応俺の恋の相手であるわけだが、その様と言ったら、美化だなんだとは程遠い存在のように思える。
酒のせいで顔は真っ赤だし、目は起きてるんだか寝てるんだかわからないほどにトロンとしてるし、加えて何よりも絡みがうざい。
時に、人が酔ってる様をエロいだなんだとぬかす奴もいるが、俺の場合は例外だな。
いや、むしろ唐沢がその対象外だということか。

「人の仕事の邪魔をするな。こうやって、付き合ってやってるだけでもありがたく思え」

酒缶を片手に、上から任された仕事を片づけようとするわけだが、当然アルコールの入った脳みそでそれを容易に遂げることはつらい。
そこまで酒に弱いわけでもないが、なにしろ飲み始めたのが2時間前だ。
付き合わされた本数も本数なので、そろそろ俺の体もギブを申し立てている。

「なに言ってンよー。お・れ・が付き合ってやってんだろー」

紙にペンを走らす俺の指を絡め取って、そのまま抱きついてくる。
酒くせーし、酔った状態でそんなことをされても、正直なところ微妙だ。

「つーか。明日文化祭なんだから、今日は帰れよ」

首に絡めてくる、すっかり力の抜け切った腕を振りほどく。
今なら、ナニをしても抵抗されなさそうだが、あいにくこんな酒臭い男はごめんだ。

「ばあーか。飲んだら、バイクのれねーよ。学級委員のくせに、そーゆうジョーダンはやめろよな〜」

あははははと、これ以上にないほどのムカつく笑い声をたてた挙句、唐沢はまた新しい缶のトップルを開けた。
・・・そのまま、アル中になってしまえ。

飲んで2時間ほどが経った今になって、俺は唐沢にある違和感を覚えた。
いつもなら、奴がこれだけの時間内に一本も煙草を吸わないなんてことはありえないのだ。
とくに、酒を飲んでいるときは。
禁煙でも始めたなら、それはそれでいい傾向なことこの上ないわけなのだが・・いきなり、そうした経緯はなんなのだろうか。

なんて、どうでもいいことを考えてるうちにペンを走らせ、俺。

「そういや、煙草は吸わねえのか。いつもは、酒のつまみとばかりに吸ってたくせに」

3秒前まで自分に言い聞かせていたことはどこへやら、けっきょくは気になってる。
俺はいかにも思いついたようにそう発言し、これでもかというほどにべたべたしてくる唐沢を少しだけ引き離した。
少しだけってところに、惚れた弱みがあるなんてのは、まあ見逃してほしい。

「あーあー。やっと、気づいたんかよ・・っとわ」

語尾についた言語は何語ですかと聞き返す間もなく、気づけば唐沢の作業着は遠慮なく酒を浴びていた。
・・今日から俺は、こいつを酒乱男と呼んでやろうか。

「何やってんだよ。一発芸か何かのつもりか」
「だれがお前相手に、そんな身体はった一発芸するか!はやくタオルっ、もしくは大量のティッシュ!」

俺はわりとエコな男なので、部活用のタオルを2〜3枚ほど奴に投げてやった。
作業着に染み込んだ酒を、せかせかとタオルで吸収しようと奮闘している唐沢(もとい酒乱男)。
まあ、もとはといえばハメはずして飲みすぎたこいつが悪いのだ。
なんというか、どんまいとしか言いようがない。

「くっそー・・大和、なんか服貸せ。ついでに明日のワイシャツもよろ。このくそあっちー時期に、2日連続おんなじワイシャツはきたくねえー」

そう言葉とともに、豪快にバイトの作業服であるらしいつなぎを脱ぎ捨てた。
つまり、今現在のあいつが身につけてるものと言えば下着のみということになる。
・・こいつは、俺に前科があるのをわすれてんのか?
否、こいつはただのよっぱらいだった。

「・・お前は俺を誘・・」

立ち上がったままの唐沢の顔を、ため息交じりに下から眺めていた矢先、その対象は座った俺に抱きつく形でいきなり倒れこんできたのだ。
自動的に、ほぼ真っ裸に近い唐沢の体重とともに倒れこむ俺はいろんな意味で単なる被害者にすぎない。


「タバコさあ」

俺の上に俯けた状態で倒れたままの唐沢が、偶然近くにあった俺の耳元でぼそぼそと喋っていて少しくすぐったい。

どうやらこいつは今の状態の経緯を話す気はないらしく、ちょっと前に話していた煙草の話題を提供してくるつもりらしい。

「・・なんだよ」

「弥栄クンにね〜、禁煙宣言させられちゃったんよ」

――――やっぱりか。
気づいた時には、そう心の中でつぶやいていた。

けっきょく、こいつにとって一番影響力のある人間は弥栄だ。
そんなことはとうに分かっていたつもりでいたが、やっぱりそれを目の前で見せつけられるのは幾分辛かった。
そんな俺に、唐沢はさらなる追いうちの一言を俺に投げつけてくる。

「やっぱ、好きな奴との約束はまもんねーとな」

やり場のない手を、爪が食い込むくらいぎゅっと握った。
こんな言葉は聞きたくない。今だけ、こいつの声が聞こえなければいいのに。


「だからな、なんか口淋しくってさあ。ちょい調子のって飲みすぎたかも・・」

お前に付き合うつもりだったのにごめんな、と湿った声がそう呟いた。

突き放されて、また戻されて。
お前は俺に気なんかないくせに、どうしてそう俺を振り回すんだよ。
唐沢の場合、それが無意識だからなおさらたちが悪い。

「・・もういいから、」

どけよ、という一言が喉の奥で突っかかった。
この語にも及んで、まだ俺自身は唐沢に執着するつもりらしかった。

―――いい加減、諦めたら。
一人の俺が言う。

―――このまま既成事実作っちゃえば、唐沢もなびくんじゃないの。
もう一人の俺が言う。


どれも違う。
今、俺はどうしたらいいのか・・どうすべきなのかはまだ分からない。
それでも俺の中で生まれたいくつかの案は、音を立てて弾け飛んでいった。
自分自身でどうしたらいいのか分からないうちに行動する事は、望ましいとは言えない。
だったら、この辛い時間も現状維持するしかないだろう。
辛い事と引き換えに、ちょっとした事でも俺は幸せを感じる事ができるのだ。
恥ずかしながら、恋をするっていうのもそういった点では才能なんじゃないかと自負する。

「サンキューな、大和。オマエって、見かけによらずいー奴・・」

耳元にあった声はしだいに小さくなっていき、やがてはフェードアウトしていった。

俺の上で、すうすうと気持ち良さそうに寝息をたてて眠る酒臭い男。
迷惑極まりないはずなのに、邪険にできない理由はとうにわかっている。
これも、どうしようもない男を好きになった、どうしようもない俺の一つのくだらない性なのだ。

一つため息をついて、重たい瞼を閉じる。
目を開けてしまえば、広がるのは片付けなくてはならない山ほどの資料だ。
もう知るかと、投げやりな言葉が呟き程度に口の端から漏れた。
資料の整理やら熊田の妹やら酔っ払いやらと、生憎俺の脳内は容量オーバー。
もうこれ以上は、なにもやる気になれない。

明日の朝、密かに絶望感に駆られるのは紛れもない俺なんだろうな。
それでも今は、身体の上の自分以外の体温と共に眠りに落ちてしまいたかったのだった。
これだけは、どうにも救いようがない・・本心なんだよな。










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