play5 遭遇
「ほんじゃ、時間空いたらテキトーに落ち合おーぜ。頑張ってネ、学級委員サン♪」
―――――文化祭当日で賑わう校門前。
俺のシャツを着て、俺と同じシャンプーの匂いをさせて、唐沢はゴキゲンに去っていった。
当の俺は、これからどう片付いていない資料の言い訳をしようかと必死に考えなければならない。
昨晩酒を飲んだせいでだるさも頭の痛さも少々残る。
そんな最悪なコンディションなわけだが、気分だけは悪いものではなかった。
・・まあ、その理由は言わずもがな。
大和と別れてから、俺は自分の委員会の持ち場へと向かっていた。
チュウシャジョーセービ。
退屈なことこの上ない仕事だな。
いつもならサボるとこだけど、そんなとこ大和のヤツにみられたら後々なに言われるかわかったもんじゃない。
それにアイツもいっぱいある仕事頑張ってるみてーだし、俺も駐車場整備くらいは頑張らねーとな。
そんな柄にもないことを思ったりして自分にさぶいぼをたてている、と。
「お、弥栄じゃん」
手作り感あふれる屋台に囲まれている通路のはしっこに、マイスイートラバーちゃんを発見。
弥栄は委員会にも入ってないし、クラスの出し物の当番くらいしかやることもないから暇なんだろうな。
・・よし、いっちょお兄さんがお相手してあげようじゃない!
「やーさー、」
か、と呼び終わる前に、ふとこちら側に歩いてくるゆるふわ系美少女兼弥栄の彼女・・である内藤姫香が目に入った。
・・なるほどな。
そりゃ付き合ってるんですもんね。文化祭ぐらい一緒にまわったりしますよね。
あーあー・・・・イヤなもん見ちまった。
それでも恋する人間とは不思議なもので。
見たくない、知りたくないと思うのにそれを目で追ってしまうのですよネ。
・・そう。気づいたら、俺は弥栄と内藤の二人の後を追っていた。
弥栄たちは適当にたこ焼きやらアイスやらを屋台で買って、今はどうやら座る場所を探しているようだった。
一般客も生徒もいる中、なかなかに文化祭は盛況なようで、座って落ち着ける場所というのも早々見つからないみたいだ。
もう諦めりゃいいのにと思い始めたところで、弥栄が指をさしながら方向を変え歩きだした。
「・・・あー‥」
途中で買ったフランクフルトをかじりながら二人を遠目から目で追っていると、体育館裏に消えていくのがわかった。
そんな少女漫画じゃあるまいし、勘弁して下さいよ。
そう思いつつ、前に進もうとする俺の両足。
こちらも勘弁願いたい・・。
体育館の脇からそっと顔を出して、二人を見つめる。
会話はあまりよく聞こえないけど、楽しそうに談笑しているのは見て取れた。
こうはたから見てると兄妹みたいに見えて和むんだけど、それでもあいつら付き合ってんだよな・・。
わかってはいるけど、そういう実感がわかない。
もう戻ろうかと思い始めていた矢先、事は動いた。
隣に座っていた内藤の手を軽く引いて、弥栄がキスをしたのだ。
突然のことに内藤も驚いているようだったが、俺だって驚いた。
たしかに人気もなくていい雰囲気だったかもしれない。
でも、あのキスのキの字も知らないような弥栄が学校で自分から彼女にキスするなんて想像もつかなかった。
内藤の柔らかそうな髪を優しく包み込むその手で、俺をめちゃくちゃにしてほしい。
儚げで小さな内藤の唇を愛おしげに啄むようにして口付けるその唇も、舌も、歯列もすべてを自分自身で舐め回すようにしてたしかめたい。
ぜんぶ、ほしい。
弥栄の心も、身体も、ぜんぶがほしい。
そんなことを考えてる俺を、弥栄は知らない。
知らなくていいと思ってた。
俺の気持ちも知らなくていい。伝えなくていい。
でも、やっぱり殺したつもりだった恋は殺し切れてなかった。
弥栄が好きだ。
お前の子供っぽいとこ、なんやかんや文句言いながらも優しいとこ、気がきかなそうで実は気がきくとこ、意外と短気なとこ、授業中の寝顔が可愛いとこ。
弥栄のいいとこもわるいとこも全部含めて好きだ。
それでも、・・どんなに思ってもきっと伝えても弥栄は俺のものにはならない。
わかってるのに、こんな気持ちはつらいだけなのにどうしようもなかった。
この瞬間、乱入して弥栄を引っ張って連れ去るか?
そんな勇気、俺にはない。
今の俺には音がしないように踵を返して、その場を後にすることしかなかった。
俺はどこか安心したかったのかもしれない。
弥栄と内藤の関係は友達の延長みたいなかんじだって。
もしかしたら、弥栄と友達な俺にもまだちょっとでも可能性はあるんじゃないかって。
でも、そんなわけなかった。
弥栄はちゃんと内藤を女として見てて、内藤もきっと弥栄を一人の男として好きなんだ。
二人は好き合ってて、それで付き合ってる。
友達の延長なんかじゃない。
そんなのよく考えれば分かることだったのに、それでも俺は心のはしっこで期待してた。
そんなきたない考えで二人の後をつけて、見せつけられて。
誰が見ても自業自得だった。
それなのに胸の奥がズキズキして、息が苦しくて、気がついたら全速力で走ってた。
どこに向かっているかはわからない。
ただこの胸の痛みを、息苦しさを走ったせいにしたかったのかもしれなかった。