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play4 体温



※この話には、流血表現が含まれます。
 苦手な方はお気をつけください。























忍と付き合っていた頃の俺は、ほぼアイツの家に住んでいたといっても過言ではない状態だった。

住んでいた?飼われてた?
まあ、今となってはどっちでもいい。

あの頃の俺は、あんな最低な男のことも好きだと思っていた―――と思う。





「いッて、…」

この日は、たしかアイツのコップを割ったとかいうくだらない理由で殴られ、蹴られした後に犯された。

殴られたせいで目元も腫れてブサイクだし、鼻血やら痣やらで顔はグチャグチャだったに違いないが、
それでも忍は俺にキスをして、好きだと言った。

どんなに酷いことをしても、俺のことを好きだという忍のことを、俺は全く理解できなかったが、
ムリに理解する必要もないような気もしていた。

「忍のヤツ、ムチャクチャしやがって…」

気づくと、薄暗い部屋で、1人ベッドに仰向けになっていた。
俺の血やらナニやらでグチャグチャになったシーツは、決して長居したくなるような場所ではなかったが、
身体中が悲鳴をあげまくっていたので、到底動けそうにはなかった。

「あー…いてえ…」

じくじくする口元を指でなぞると、乾ききれていなかったらしい赤い血が指先を汚した。

あの頃の俺はヤンチャで喧嘩もよくしたし、最初の頃は、忍の暴力グセのことも、
ヤンチャの延長くらいにしか思っていなかった気がする。
それよりも、忍と付き合う前の俺は、惚れた腫れたのカンケーなんてものは、到底信じていなく、
その日に遊ぶ相手がいればいいと思っていて。
そんな俺に恋を教えてくれるといったのが忍だったから、
俺もわからないなりに手探りでそれに答えようとしていた。

「やっぱ、いねえのか…」

俺を殴った後、大抵忍は俺の前から姿を消した。
それは、3日だったり、1週間だったり、2週間だったり。
目安としては、大体俺のケガが治った頃に、いつの間にかふらっと帰ってきて、
いつもお決まりの一言をいってはなに食わぬ顔で普段の生活に戻る。

『傷、残らなかったね』

そういって、必ず俺の頬を撫でる。
この一言にどんな理由があったのかは、今でもわからない。

それでも俺は、いつも1人っきりの暗い部屋で、ボロボロになりながらも考えていた。

忍は衝動的に俺を殴るけど、本当は殴りたくなんかなくて、俺が傷つくことを恐れているのか?
だから、俺の傷が治るまで姿を見せないのか?

またもやポジティブな俺は、そんなことを考えていた気がする。


今から思えば、マジでバカだったよ。
もし本当に忍が俺のことを好きでいてくれたとしても、殴るとかおかしいだろ?
どんな理由があるにしろ、恋人を殴るとか俺は絶対したくねーし、そんなのは恋でも愛でもない。
結局、忍は俺に「恋」なんてものを教えちゃくれなかったんだ。

俺に恋を教えてくれたのは、忍でもなく誰でもない・・・・弥栄だと思う。
毎朝、眠そうな顔を見るのが楽しみで、俺の一言に笑ってくれるのが嬉しい。
そのためにマジメに学校に行きだしたら、めんどくさかっただけの学校が楽しくなった。

つまり、恋ってそういうことなんじゃねーの?
俺以外のヤツが見たら、至極くだらないことでも、俺にとっては唯一無二の幸せな時間。
それが弥栄といる時間。

だから、もうあいつに壊されたくない。
俺にも弥栄にも、大和にも熊田にも関わってほしくない。

永遠の片思いだって、なんやかんや俺は今が幸せなんだよ。

――――、ああ。
会いてえな、弥栄。






「ッ…!?」

肩先に痛みが走り、俺ははたと目を見開いた。
どうやら、気を失っていたらしい。
身体中のダルさやら激痛をみるに、忍との再会はどうやら現実だったらしい。

「おい!おまえ、どうしたんだよっ」

俺の鼻先にふわりと掠めた匂いの先を見やる。

「なんでっ」

大きな瞳に水たまりを作って、その紅い唇を震わせて。

…なんで。
そりゃ、こっちのセリフだ。

―――なんでいんだよ、弥栄。

「悪ィ、・・弥栄、ちょいイタイ…」

どうやら特に痛みを訴えていた肩先は、俺の生存確認のために、弥栄が揺さぶっていたせいらしかった。

まあ、こんな痛みなら悪くねーかな。

「ご、ごめん。っじゃなくて、」

コロコロと百面相する弥栄の顔を見ているだけで、俺の身体はすっと楽になる気がした。

目線だけでなんとなく辺りを確認したところ、やはり忍はこの場にはもういないようだった。
安心すると同時に、俺を殴ったあとは姿を消すところ、やっぱ昔と変わらねーんだなとか少しだけ考える。

「あーっもう、とにかくオマエん家連れてくからな!」

いろいろ言いたいこともあったし、ボロボロな俺の姿を見て酷く取り乱すオマエを抱きしめたかったけど、
どうにも思ったように唇は動かないし、身体も相変わらず痛みに悲鳴をあげていた。


「ってワケで、悪ィ…一人で帰れる?」

目もまともに開けられず、視界は霞んでいたけど、弥栄の言葉の先が俺以外に向けられていたことは確かだった。

それは、瀕死状態の俺に更なるエルボーを喰らわせる。

「家すぐそこだし、私は大丈夫だよ。それより、唐沢くんが心配…私にできることってないかな?」

これが小鳥のさえずりかって納得してしまうような儚くて優しい声。
霞んだ視界に映りこんできた小柄なシルエットが、俺を覗きこむ。

弥栄の彼女である、内藤姫香がそこにはいた。

「ありがとな。でも、遅くなるだろうし、家の人も心配するから、オマエは帰ンな」
「うん、わかった。…気をつけてね」

そんなカップル2人のやりとりを目の当たりにした俺は、いとも簡単に心臓が剥がれ落ちそうになるのを感じた。

いつにも増して、ダメージ大。
弱ってるせいなのか、なんだかもう泣けてくる。
こんなものを見るくらいなら、俺のことなんか放っておいてくれてよかった。

意識が朦朧とする中で、最高に自分勝手な気持ちが爆発しそうになる。

「弥栄、内藤送ってやれよ。俺は大丈夫だし、」

潰れた喉に鞭打って出た言葉がこんな嘘。

俺はちっとも大丈夫じゃないし、弥栄にはそばにいて欲しい。
全部嘘だ。

「3回まわってワンできたら、竜也が大丈夫だって信じるよ」

「…弥栄クンのドエス」

ふっと笑いが口端から漏れる。

一番欲しい言葉こそ一生貰えないものを、弥栄はこんなどうしようもない俺に優しくしてくれる。
それだけで十分だって、ずっと思ってきたつもりだったのに…俺は、いつから間違えたんだろう。

「竜也。今から背負うから。ちょっと痛くても、ガマンしてな」

ほとんど力が入らない俺の身体を、まるで壊れ物を扱うようにゆっくりと抱き寄せる。

もう、家になんて帰らずに、ずっとこうやってお前に抱きしめてて欲しい。
・・もし、これで死んでも、ぶっちゃけ本望だって。

「・・竜也?」

あれ。・・・・・おかしい。
目から冷たい何かが伝い、傷口が沁みる。

なんで…なんで泣いてるんだろ、俺。

「ごめんっ、痛かったか?」

俺の涙は、すぐに弥栄にバレて、余計にこいつを不安にさせる。
・・わからない。わかるはずなかった。
なんで今さらになって、涙なんか出るのか。

ただ、無性に弥栄の体温が心地よくて、優しくて・・冗談じゃなく、このまま死んでもいいと思ってしまった。

「いてえけど、痛くない」

ワケのわからない言葉は、ますます弥栄を混乱させたみたいだけど、
俺がふっと笑うと、弥栄はどこか安心したように俺の頭をそっと撫でた。


やっぱ、俺。オマエのこと好きだよ、弥栄。
だからこそ、本当にいつかこの気持ちに区切りをつけなくちゃいけない。
オマエが内藤を大事に思ってるように、俺ももちろんオマエのことが大事だから。
だから、オマエのこと困らせるようなことは、しちゃいけねーんだ。

・・わかってるよ。
でも、もう少しだけでいいから、オマエの体温を俺にちょうだい。










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