play4 弥栄
風呂上りに、お気に入りのロックをガンガンでかい音で鳴らしまくる。
これが、俺の日課かつ、ポリシー。
そうすると、たいてい次兄の伸也(しんや)が俺の部屋までやってきて、「もっと音小さくできないのか」とか、一言だけ置いていく。
今日は、「明日、耳鼻科連れて行ってやろうか?」だった。
これが、べつに嫌味でも何でもなくマジだから、伸也はおもしろい。
「あー。アッツ・・、」
半乾きの髪をタオルで拭きながら、ベッドに座った。
お買い上げしてから5年以上経っているベッドは、ギシリと音を立てて、俺のカラダを沈める。
この感覚が、すきだった。
部屋の中に流れる歌を口ずさみながら、何気なくケータイを手に取った。
メールがきていないかを、チェックする。
未読メール 1件
・・あれ、メールきてら。
誰だろうと思いながら、受信メールを見る。
受信メール
06/09/04 21:58
From 弥栄
題名 たのむ
今日泊めて。
・・・・・・・・・・はい?
俺は自分の視覚の前に、電波を疑った。
これ、俺宛でいーの?
内藤宛とかじゃない・・?
・・どーしよ。
・・・・・・・うれしいスギ。
「・・・でも、なんで・・?」
そうだよ。
ホント、こいつはメールのとき言葉が足りない。
もちろん、同機種でも絵文字なんか絶対送ってこないし、絶対短文だ。
メールだけ見たら、とても今を駆けぬく高校生のメールとは思いがたい。
ワケがわからないので、とりあえず俺は弥栄のケータイに電話をしてみることにした。
お決まりの、プルルルルル・・。
なんか、変に緊張してしまう。
電波を通して、弥栄の声を感じる事ができるなんて、まったく今の時代に感謝感謝。
・・あ、繋がった。
『竜也、おせえ!このばかっ』
そして、繋がったと同時に、鼓膜が破れたかなと思うほどの振動数が俺の耳を貫いた。
素で、ビビる俺。
「急に大声でしゃべんなっ!俺の鼓膜、マジ危ういっつの!」
『だって、お前ン家の前で、三十分以上も待ってんだぞ』
弥栄の言葉に、チラと自分の部屋の時計を見る。
22:43
・・ごめんね、弥栄クン。
「悪ぃ、風呂入ってたンだよ。・・で?泊めてってのは、何?誘ってるんですか、」
『は?』
「あー、なんでもねえ。オマエ、このテんこと言っても通じないんだっけ。相変わらずのチェリーボーイだことで」
『・・なに言ってんだかまったくわかんねーけど、とりあえず部屋入れて。外、あっつくてしょうがない』
「玄関の前で待ってろよ。今、開けいくから」
わかった、という弥栄の返事を聞いて、俺は通話を切った。
さすがに下着だけで出るわけにも行かないから、エアコンの下にかけてあったジーパンを引っ張り出して急いで穿いた。
上は、暑いからいーや。
階段を駆け下り、玄関へと小走りする。
玄関の鍵を開けて、ドアをひらく。
そこには、白いTシャツにジーパン姿の弥栄が立っていた。
俺の顔を見るなり、顔をしかめる。
「・・きゅーに、ごめん」
電話での威勢はどこへやら、弥栄は俺を見上げてそういった。
こいつは身長が小さいから、どうしても俺と話すときは上目遣いっぽくなる。
そのたび俺は、うわ睫毛長。とか、黒目デカ。とか思っちゃうワケ。
イコール「かわいい」って感情、発動してますス。
「べつにいーけどさ。ま、中入れよ」
弥栄を家の中に入れ、玄関の鍵を閉める。
そして、そのまま俺の部屋へと連れて行った。
「・・で。弥栄クンは、なんで急にお泊り会やりたくなっちゃったんですカ?」
部屋にあるミニ冷蔵庫の中をあさりながら、とりあえず弥栄をベッドに座らせ、話を聞いてやることにした。
「・・ん、あのな・・」
冷蔵庫の中から、バイトん時もらった果汁100%オレンジジュースと個人的にご購入した缶ビールを取り出す。
両方の缶を弥栄の前で振って、「どっち?」って聞いたら、「・・俺、未成年だからこっち」といって、オレンジジュースの缶をとった。
俺も未成年だけど、精神的には成人してるから。
弥栄の隣に座って、缶ビールのプルトップをひくと、プシュッといい音がした。
この音を聞くと、一気に喉が渇くなんて現象によく陥る。
俺はビールに口をつけながら、弥栄を見すえていた。
「・・実は、ねーちゃんと喧嘩した・・つーか、」
手の中でオレンジジュースの缶を転がしながら、言葉に迷うような言い方で弥栄は言った。
高校生にもなって姉弟喧嘩かよと、最初に聞いたときは思ったが、弥栄姉弟には非常によくある話だ。
それも、けっこう些細な事がキッカケ。
前に喧嘩したときの原因は、弥栄の姉貴――由比さんのケーキを、弥栄が無断で食ったことだった。
・・だからって、弥栄はいつもうちに転がり込んだりはしない。
次の日に学校で、嫌ってほどグチを聞かされるだけだ。
なのに、今回は泊まらせろ?
この六畳一間の空間で、弥栄と2人きりで夜を明かせと?
正々堂々言っとくけど、俺は弥栄に手を出さない自信がない・・でス。
「で、今回の原因は?」
俺の家に泊まりにくるほどの理由だとは到底思えないが、とりあえず聞いてみる。
今回は、なんなのかねー・・。
弥栄の表情をうかがうと、機嫌悪そうにむすーと缶ジュースを見つめていた。
ちなみに、まだ一口も飲んでいないどころか、開けてすらいないらしい。
俺は缶ビールを床に置いて、弥栄の言葉を待つ。
「・・姫香、」
ぼそっと呟く弥栄の口からは、・・彼女の名前があがっていた。
由比さんとの喧嘩の原因が、内藤・・?
どういうことだ。
「・・内藤となんかあったのかよ?」
「・・なんもねー。だから・・、だと思う」
ギッと音をたてて、そのままベッドに倒れる弥栄。
そんな弥栄を、俺は首を傾げて見つめてみる。
「・・どーゆーイミ、」
・・問えば、
「・・ねーちゃんに、・・・姫香とどこまでいったって聞かれて」
ふいっと顔を横に背ける弥栄は、きっと照れてる。
たぶん、あんまり俺にも話したくないんだと思う。
・・ぶっちゃけ、好きな奴の彼女との話なんか俺も聞きたくはなかったけど。
「・・キスまでって言ったら、すげー笑ってくっから、俺が怒って・・そんで喧嘩ンなった、」
弥栄と内藤は、付き合ってんだ。
・・・やっぱ、キスくらいするよな。
わかってはいたけど、・・つらい。
心臓を、ぞうきんみたくしぼられたみたいに痛い。
どんなに俺が弥栄を好きでも、それは誰も受け入れてくれなくて、いらない気持ちだ。
それでもせめて、俺がこんなに弥栄のことを思ってるってコトくらい、本人に伝えたい。
すげー怖いけど、伝えたい。
だって、どうしようもねーくらい好きなんだよ。
「・・竜也?」
俺の返答がないのを不思議に思ったのか、弥栄が俺のほうへと顔の向きを戻した。
その後、俺にはほぼ感覚がなかった。
自分の手の動きとか、考えてたこととか、全部わからなくなってた。
・・だからって、これは罪以外のナニモノでもないんだろーけど。
「ッ、ん・・、」
気付いたときには、俺は弥栄の真上にいて、唇には柔らかい感触だけが触れていた。
・・俺、今コイツにキスしてる。
弥栄も弥栄で、驚いているのか身動き一つしようとしない。
―――床に、弥栄の持っていた缶ジュースが落ちる音が聞こえた。