save3 約束
2006年2月11日 真崎翔太
俺と山瀬は、予定通りに先週の木曜日に例のサークル活動に出席した。
そこでは、薬物に関する自分達の知識、意見等が主導者によって問われていた。
サークル活動に参加している人達は、皆生き生きとしている。
その中でも、俺達は一人の男性と仲良くなることができた。
名は、草壁充(くさかべみつる)といった。
もう、サークル活動歴は二年近くになるという。
年は二十七で、俺達よりも年上。
兄弟がいなかった俺には、なんだか兄貴みたいな存在にも思えた。
草壁さんは、何もかもが初めてな俺達にとても親切にしてくれた。
―――再来週も活動があるから来てみるといい。
そう誘ってくれたので、 俺達はまたサークル活動に行くことに決めていた。
べつに今日自体は、どこかに出かけたりというトクベツな企画はしなかった。
ただずっと山瀬の部屋で、彼と一緒に過ごした。
いつも一緒にいるのに、不思議と会話は途切れない。
むしろ日を重ねていくごとに、俺達の親密さは増していく気がした。
「俺、コーヒー飲もっかな。山瀬もいるか?」
ベッドから立ち上がり、俺は軽く背伸びをしながら言った。
「ああ、頼む。」
ベッドに座ったまま俺を見上げ、ニコリと笑った。
山瀬がよく笑うヤツだということを、俺はここ最近知った。
クールそうに見えて意外とよく話すし、話題も豊富だ。
「ちょっと、待ってて」
そう言い残し、俺は一端部屋を後にした。
キッチンでお湯をカポカポ沸かしている間、俺は考えていた。
山瀬は、最近薬を飲んでいるのだろうか。
ここの所、直接は目にしていない。
でも、きっと薬物をやめるなんてことは、そんなに簡単じゃない筈だ。
俺もここ最近で、薬物関連の書物などをよくあさるようになったが、
やっぱり何年も何年も苦労を重ねても、復帰できる人はほんの一握りだそうだ。
だからせめて、山瀬にはその一握りであってほしい。
俺にできることなんて、米粒の小ささにも満たないかもしれないけど、少しでもいいからお前の支えでいてやりたい。
近頃、そう思い始めるようになっていた。
シュー‥
――――お湯が沸き上がるやかんの音が、俺を我に返してくれたみたいだった。
「山瀬、コーヒーできたぞ。」
先週、[effort]で買ったおそろいのマグカップに熱々のコーヒーを注いで、俺は部屋へと戻った。
「おー、サンキュ。」
雑誌を片手に、山瀬は言った。
こいつも、雑誌とか読むんだ。
「なに読んでんの?」
山瀬にマグカップを渡して、俺も隣に座る。
そのままの流れで雑誌を覗き込んでみると、そこには。
「詩の個展‥?」
「俺、尾野ミツヒデの詩が昔から好きでさ。来週の月曜までやってんの。」
山瀬が詩を好きだという話は、初耳だった。
「なんていうか、この人の詩には、魂みたいのがすっげー込められてるんだよ。
それ見るたび、ああ頑張って生きなくちゃなって思う。」
なんて、山瀬は嬉しそうに話した。
‥ああ。この表情、海の話をするときと同じだ。
―――本当に、心から好きなんだろうな。
そう思わせる様な笑顔。
山瀬のこの顔、俺はすごい好きだ。
山瀬はいつも俺に笑いかけてくれるけど、それとはまた違う。
俺もいつか、山瀬にこんな顔をしてもらえる時がくるだろうか。
「なんかいいな。そういうの、」
そして、コーヒーを一口飲んだ。
その味は、山瀬好みのブラックコーヒー。
だから俺には、ちょっと苦い。
「‥じゃあ、明日行くか」
少しためらってから、山瀬は俺と同じ様にコーヒーを口にしながら言った。
それを自然と目で追っていたら、行き着いたのはおそろいの色のマグカップだった。
男同士でおそろいなんて、なんだかちょっとくすぐったいけど、とてもいい心地がした。
「‥俺とでいいのか?」
俺の返答は、その一言だった。
だって、自分の好きなものを見に行くのは、やっぱり好きな人といった方がいいに決まっている。
少なくとも、俺はそう思うから、‥山瀬は俺なんかでいいのだろうか。
・・それが、心配だった。
「お前がいいから、誘ってるんだろ。」
ホロリと山瀬の口から、そうこぼれた。
まるで、なんて事のないように。
「あ、うん・・ありがと、」
予想してなかった言葉が帰ってきたから、俺はつい曖昧な返事をしてしまった。
しかも、なんか礼まで言っちゃってる。
・・・意味わかんねぇ。
「なーに急にかわいくなってんだよ。」
と、山瀬は俺の頭をいつもの調子でわしわしと撫でつけてきた。
・・・・こんなのって、なんか困る。
こうやってお前との思い出が増えるたびに、俺は戸惑うよ。
いつかはお前と離れなくちゃ行けないのに、思い出がそれを苦しめる。
・・辛い別れはしたくないんだ。
「ば、バッカじゃねーのっ」
そんな言葉で、果たしてごまかす事ができただろうか。
・・・・・・・俺が山瀬の言葉に、うかれていたことを。