save4 感情
2006年2月12日 山瀬昇
急な話だった訳だが、俺と真崎は約束通りに詩の個展会へと足を運んだ。
いきなりの誘いに誘った俺としても、十中八九断られるだろうなと思っていたから、
オッケーされたときには嬉しさを通り越して、拍子抜けって感じだった。
会場まではそう遠くもなかったので、俺達は車で行くことにした。
もちろん、真崎の運転だ。
「山瀬。お前、なんで免許とんねえの?毎度毎度、俺は大変なんですケド。」
なんてぶつくさ文句を言いながら、それでも真崎はハンドルを握って、運転を続ける。
ホントに嫌だったら、電車で行けばいいのに・・やさしいくせに、素直じゃない奴。
「だって、東京で免許取ったって大変なだけだし。ガソリン代くうわ、車置くトコないわ、たいして使わないわ・・。
わりにあわねーだろ?」
ダッシュボックスに入っている真崎のCDをあさりながら、俺は言った。
マット・モンローにモンキーズにビートルズ。
今時の若者のくせに、コイツは洋楽しか聴かないんだ。
そのくせ、英語はてんでダメ。
けど本人は、「好きだから聞いてるだけ。」とかなんとか言って、いつも俺に英文テストの答案用紙をグチャグチャにして投げつけてくる。
ホント、ガキみたいな奴だなとか思いながらも、内心は「かわいい」とか思っちゃってる俺って、やっぱ変だろうか。・・変だよな。
「でも、こーやって現に役立ってるだろーが。」
赤信号で止まっている間に、真崎は車のサイドポケットから黒い色した煙草の箱を取り出して、そこからこれまた黒い煙草を一本だけ取り出した。
・・あれ。こいつ、煙草吸うんだっけ。
「・・何、」
俺がその様子をジッと見つめていたら、真崎は煙草の先にライターで火を移しつつ、訝しげな表情で俺を見据えた。
「お前、煙草吸うんだっけ。」
「口寂しいだけ。べつに、好きじゃないよ。」
そう言って、煙草を吹かした。
真崎のその姿は、どことなく色っぽくて、少しだけ心臓がコトンと動いた気がした。
・・・最近の俺は、相当どうかしちゃってるらしい。
「ふーん。ま、煙草もヤクとおんなじでさ。くせになると危ないから、ほどほどにしとけよ。」
とか、俺が言えた義理じゃないけど、とりあえず言ってみた。
俺だって、いつも心配されてるままじゃいられない。
「・・・じゃー、山瀬が煙草の代わりしてくれんの?」
「・・・・は?」
表情も変えずにそんなことを言ってくるもんだから、俺はこれ以上にないって程に驚かされる。
口寂しい真崎が、煙草を吸う。
・・・俺が、その煙草のかわりになる・・。
それってキスとかそーゆー類の事だよな・・?
「それは、俺がお前にキスしろってこと・・なわけ?」
と俺が聞けば、真崎は一瞬目を丸くして驚いてたが、やがてまた何も言わずに煙草を吸い始めた。
真崎の白くて細い指先の間に挟まっている黒いフィルムの煙草が、煙を出しながら、俺のほうを向いている。
真崎は、信号を見てる。
・・・・・俺は、
「ジョーダンだろ、何本気にしてんだよ。」
俺がよほど真剣な顔でもしていたのか、真崎は可笑しそうに笑いながら、俺に目線を合わせた。
俺も目線を向けた。
二つの絡み合う視線が、俺にはなんだか痛かった。
「あー、そうですか。」
そして俺は、真崎の手の中にあった煙草を奪い取って、そのまま吸った。
・・肺に、煙が流れ込んでくるような感覚。
嫌いではなかった。
「・・おい、」
俺に煙草を奪い取られた真崎の不機嫌そうな声が聞こえたが、そのまま聞こえないフリをしていた。
―――この煙草特有の甘い香りが、俺の鼻をついた。
個展会には、たくさんの人が集まっていた。
この人の詩の良さを分かってくれる人が、こんなにたくさんいるのだと思うと、俺はとても嬉しく思う。
・・真崎も、夢中になって壁に展示してある詩に耽っていた。
「気に入った?」
「ああ、すげー気に入った!」
まるで、少年のように瞳をキラキラさせながら、真崎は言った。
・・さっきの色っぽさとのあまりのギャップに、俺は内心戸惑う羽目になる。
「特にこれ。」
そう言って、目の前に展示されている額を指差す。
その詩の題名は、[いのちの方程式]。
ぼくときみが生きる
それは いのちがあるという事
いのちがある
それは ぼくときみがここにいるという事
それはまるで 数学の方程式のよう
それはまるで いのちの方程式のよう
人と命とのつながりが、透明な言葉で綴られていた。
自然と、吸い寄せられるような詩だ。
「なんか、すげー共感できちゃってさ。『あー、わかる!』って。」
嬉しそうに話す真崎。
よかった。
誰に共感してもらうよりも、―――嬉しい。
今日は、大好きな詩を見れたことも然り、・・・新たな自分自身の感情にも気付き始めてしまった。
真崎の事が、好きなのかもしれない。
俺のことを思ってくれる優しい性格も、
時折見せる色っぽい仕草も、
・・・いつもの元気な真崎も。
俺は、そんな真崎の事が気になってしょうがない。
これは、「好き」という感情なのではないだろうか。
――――まだよくわからないけど、ずっと真崎の傍にいられたらいいとおもう。