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save5 朝食



2006年2月21日 真崎翔太

今朝俺のケータイに、ある一通のメールが入った。
その送り主は、サークルの時に出会った草壁さん。

メールの内容は。


翔太くん、久しぶりだね。
元気にしてる?僕は相変わらずだよ。
ところで、たしか君と山瀬くんは北千住のアパートに住んでるんだったよね。
仕事の関係でそっちに寄るんだけど、もしよかったら会って話さないかい?
時間があればでいいんだけど、ぜひまた話がしたいんだ。
それに前回の活動は、山瀬くんがインフルエンザで来れなかっただろう?
だから、その時の活動の内容も話したいしね。
いきなりで、ごめん。


との事。
そう。ついこの間まで、山瀬はインフルエンザで寝込んでいた。
40℃近くの熱を出したもんだから、俺はどうしたらいいか分からなくなってしまったけど、
病院の先生が看病の仕方とかを教えてくれたからなんとかなった。

それに、草壁さんとは活動があるまで会えないはずだったのに、また私事で会うことができるなんて、嬉しい限りだ。
俺は、快くOKすることにした。


ホントですか!また話せるなんて嬉しいです。
喫茶店とかってのもなんなんで、もしよかったらウチにきてください。
汚くて狭いですけど、そっちの方が長く話せるし。
今日も大学があるんで、7時くらいに北千住の駅前で待ち合わせましょう。
大丈夫ですか?


俺は、そう返信をした。

草壁さんは、都内に勤める会社員。
彼についての詳しいデータはないけど、ただすごく優しい人だということはよく分かる。
それに、20代後半だというのにすごく落ち着いてて、柔らかな雰囲気の人だ。
なんていうか、俺にとってもすごく憧れの存在だ。

少し経ってから、草壁さんからの返信がかえってきて、俺の送った内容で了解との事だ。



いい気分で朝ごはんを作っていると、山瀬が起きてきた。
もう、すっかり回復している。
俺は、ひとまず安心する。

「はよー、」

山瀬に朝の挨拶をしながら、いい色に焼けてきた厚焼き玉子をひっくり返す。
タマゴの独特の香りが、俺の食欲を誘った。

「おはよ、・・朝飯何?」

「厚焼き玉子と魚。あと、飯と味噌汁。」

育ち盛りの青年にしては少ないと思われがちだが、朝はこのくらいでちょうどいいのだ。
なんたって、俺たち低血圧だし。



やがて俺たちは食卓につき、朝飯を食い始めた。

「なあ。今日、草壁さんがウチに来てくれるって。」

味噌汁をすすりながら、山瀬にそう教えてやる。
山瀬は、やっぱり草壁さんのことを尊敬してるみたいだし、きっと嬉しいんじゃないかな。

「・・マジで?」

厚焼き玉子に箸をつけようとしていた山瀬の手が、不意に止まる。
それにつられて、俺の動きも止まった。

「なんだよ?」

「いや。今まで休んでた分の補修があって、帰り遅くなりそうなんだよ。」

そうか。
そういえば、昨日も帰り遅かったみたいだしな。


「また今度にって、頼もうか?」

箸を置いて、ケータイに手を伸ばそうとする。

「いいよ。早く帰って来れそうだったら、帰ってくるし。断ったりしたら、草壁さんに悪いだろ。」

とくに表情も変えずにそうこぼして、山瀬は厚焼き玉子に箸をつけた。
まあ、山瀬が良いなら良いけど。


「・・わかった。」

・・・あれ。
なんで俺、こんな落ち込んだ声出してんだ。
意味わかんねえ。


「真崎?」

俺の異変に気づいたのか、山瀬がふと俺の名前を呼ぶ。

「どうかした、」

そう聞かれたから、「いや、別に。」と答えた。
だって、べつに俺はどうしもしない。
ただ、・・・なんか一瞬だけ、心が空っぽになったような気がして。
俺自身それがなんだかなんて分からないし、山瀬に言うほどのことでもないと思った。

「あ、お前。」

「ん?」

首を微かにかしげる。


「もしかして、最近俺の帰りが遅くて寂しい・・とか?」

にやっと笑って、山瀬が言った。
・・さも嬉しそうに。


「な、なに言ってんだよ!そんな訳ねえだろ、」

この瞬間に味噌汁を飲んでたら、絶対むせてたと思う・・。
だからって、別に動揺したわけじゃない。
呆れただけだよ、呆れただけ。


「はいはい。なるべく早く帰ってくるから、ちゃんと泣かないで待ってなさいよ。」

ごちそう様、そう言って席を立とうとする山瀬の腕をがしっと掴む。
ちょっと待て、の合図だ。

「お前、いい加減に・・・・あれ・・?」

山瀬の腕に手をかけたとき、俺は思わず間抜けな声を出していた。
・・だって。


「なんだよ、」

「・・腕、どうしたんだよ。」


俺が掴んだ山瀬の右腕には、掻き毟ったような痕が沢山あった。
そのせいで、腕には赤い線が浮き出ていて、なんだか痛々しい。


「ああ、これか。」

なんてことの無いように、山瀬は自分の右腕に触れる。
表情も、変わらない。

「今朝、起きたら虫がいてさ。幼虫みたいなデッカイやつ。なんか気色悪くて、」

そう言って、若干眉を歪めた。
虫が、居たのか。


「腕に?」

「そ。なんだか分かんねえけどな。」

変な話だな。
野宿してた訳でもないのに、そんな虫が居るなんて。


「夢でも見てたんじゃねえの?ありえん・・。」

そう茶化すと。


「ばか。こんだけ引っ掻いても、ちゃんと痛かったのに、夢な訳ねえだろ。」

あ、なるほど。
そういう理由で引っ掻いたのか。
じゃあ、本当なんだ・・。


「俺、虫嫌いだから嫌だな。帰りに、虫除けでも買ってくるか。」

最後に残った味噌汁を飲み干して、俺も席を立つ。


「頼む。」


そんな少し不可思議な話で、俺たちの朝食は終わった。










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