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save6 夢魘



2006年2月21日 真崎翔太

今日は大学の講義を聞いている間も、いまいち身が入らなかった。
たぶん、今日の約束の為だ。
草壁さんと話せる事も勿論楽しみだったけど、これでまた、山瀬との目標が一歩前進するという事が何よりも嬉しかった。

徐々にでいいから、薬から放れて行く事。
これが完全に達成されるまで、俺はお前のそばに居て、できるだけサポートするから。
何時か、そう約束をした。
だからこそ俺は、言葉だけの約束じゃなくて、ちゃんとそれを実行に移したかった。

今日、草壁さんから話を聞く事で、それがまた一つ叶う訳だ。
俺は、そのせいでどこか浮かれているのだ。


「おう、真崎〜。」

講義のあと、友人が声をかけてくる。
俺も、ようと答える。


「なあなあ。これから、T大のオンナノコと合コンあんだけど、おまえ行かない?」

T大といえば、所謂お嬢様大学。
医者やら政治家の娘が通うような、俺たちには到底縁のなさそうな御家系のお嬢さん方が通う大学だ。
それがまた、なんでうちの大学なんかと合コンなんて。

「T大とか、なに繋がり?」

と、俺はいたって素直に問う。
対する友人は、誇らしげなニヤつき顔で俺に言った。

「俺のいとこがT大生でさ。で、どう?今日、ひま?」

ずいっと俺に顔を近づけて、真剣な表情で聞いてきた。
俺の答えは、当然一つの迷いもなく出される。

「悪いけど、ムリ。先約ある。」

席を立つ。

「え〜!T大との合コン蹴るほどの先約ってなんだよ?」

すっかりぶーたれた表情の友人が、さらに詰め寄ってくる。
ずいぶん、しつこいな。
そんなに人数足らないんだろうか。


「まさか、彼女トカ?」

「残念ながら、一人身だっての。つーか、俺じゃない奴当たれよ。他にもいるだろ?とくに相手がT大じゃ。」

俺が歩き出すと、友人もその後を小走りでついてくる。


「お前がいんだって!やっぱ、イケメンも何人か入れとかンとさ〜」

人数稼ぎのためにそんなお世辞言ったって、行ってやれんもんは行ってやれんのだ。
俺には、今日約束があるんだから。

「ハイハイ。その言葉だけは、聞いといてやるよ。大体、山瀬とかのが・・、」

・・イケメン、だよな。
背は高いし、わりとクールに見えるし、顔も整ってるし。
悔しいけど、奴はイケメンの部類にラクラク余裕で入ると思う。


「だってさ〜、山瀬って彼女居ない?」

・・・・山瀬に、彼女?
軽々と、まるでなんてこともないようにそう告げる友人。

・・いや。なんてことない、よな。
べつに、山瀬に彼女の一人や二人いたって、おかしくない。
なのに、なんで俺はこんなに驚いてるんだろう。


「・・聞いたこと無いけど、」

家に連れ込んだ事はないし、そんな話を聞いた覚えも無い。
俺には、話す事じゃない?
俺には、関係ない?
・・・そう思われているんだろうか。

「なんか、前噂で聞いたんだよな〜。ま、あいつはモテるしな。」

彼女もちじゃ合コン誘えねーよと、友人は苦笑した。
このとき、俺はどんな顔をしていたんだろう。
無性に頭が重くて痛くて、つらかった。

・・・・・つらい?
つらいのは、なんでも話してくれてると思ってた山瀬が俺に彼女の事を言わなかったから?
それとも、――――山瀬に彼女が居たから?


「・・じゃ、俺行くわ。」

軽く手を上げて、俺はほぼ一方的に友人と別れた。
後ろからは、数口の文句と抗議の声が聞こえてくる。
・・・・・文句を言いたいのは、俺の方だ。

ちくしょう、山瀬の奴・・なんなんだよ。
彼女ってなんだよ、そんなの聞いてねえよ。

・・なんで俺は、こんなにイライラしてんだよ。




吐き出しようの無いモヤモヤした気分を抱えたまま、俺は家に帰った。
こんな気分のまま、草壁さんに会いたくなかった。
なんとか、しなくちゃな・・。
こんなの俺らしくない。

時計を見る。
・・5時半か。待ち合わせにはまだ暫くあるし、少し仮眠でもとるか。

俺としては、これで少しは気分が落ち着くだろうという作戦だった。
ということで、俺はリビングのソファに横になり、そのまま眠りについたのだった。



真っ暗い闇の中。
あれ、俺なんでこんな所に居るんだっけ。
はやく家に帰らないと、あいつが心配する。
今日は、俺が食事の当番だし、きっと腹をすかせて待っているに違いない。


(――――――・・?)

向こう側に、誰かが居る。
・・あれは、山瀬じゃないか?

そう思って、俺は声を出そうとする。
しかし、それは喉の奥でつまって、吐き出されることはなかった。

(・・声が、でない?)

山瀬のことを呼びたくて、何度も声を出そうとするけど、その行為は幾度繰り返しても実現されることはなかった。

(また、誰かが・・。)

更に向こう側から、また一人現れる。
顔はよく見えないが、それは俺の知らない女だった。


(山瀬の知り合い、か?)

すると、山瀬とその女は楽しそうに互いの手を握り合う。
同時に、俺の頭が痛いくらいにガンガンと鳴り出した。


(あ、)

2人はそのまま、どんどんと遠くに向かって歩き出してしまう。
声の出ない俺は、それを呼び止めることも出来ないで居る。
だんだんと、頭の痛みが激しさを増してくる。


イタイイタイ

山瀬・・待ってくれ
俺を置いてくな

イタイイタイ イタイ・・・・・、





「――――・・!」

はっとして、眼を開ける。
どうやら俺は、夢を見ていたらしかった。
夢の延長なのか、頭が痛い。
顔も、少し熱かった。

・・・なんで、こんな変な夢を見たんだろう。


「今、何時だ・・?」

額に染み出るように出た汗を拭いながら、壁に張り付いた時計を見上げる。
それは、7時20分を差していた。

「7時・・、20分・・・・・・?」

俺、何時に草壁さんと待ち合わせしてたっけ。
ソファから起き上がり、まだ寝ている脳を懸命に働かせた。

「7時だ!」

しまった。
約束の時間を、20分も過ぎてる。
とりあえず、草壁さんに謝りの電話を入れて、すぐに出なくちゃ。


『―――もしもし、』

電話に繋ぐと、草壁さんはすぐに出た。
いつもの、安心するような穏やかなあの声だ。

「・・・・あ、あの!草壁さん、ホントすいません!俺、寝ちゃって、それであのっ!」

頭の中が完璧にテンパッて、自分でも何が言いたいのかよく分からなかった。
そんな俺の声を聞いてか、電話の向こう側では草壁さんの笑い声が聞こえた。

『翔太くん、大丈夫だから落ち着いて。』

・・まだ、笑ってる。

「いや、あの・・ホント俺、今から行きますから!」

『よかったら、このまま僕が君の家に行くよ。場所は、何処ら辺かな?』

俺が大遅刻をしているにもかかわらず、草壁さんはそれについて一つも咎めようとせずに、果てやそんなことまで提案してきた。
どれだけ、心が広いんだろうか・・。
ひたすら、自分がちっぽけでつまらない人間のように思えてくる。

「駅前の商店街を抜けて、ひたすら一本道の【メゾン】てアパートですけど・・、」

『じゃあ、分かるかな。今から、向かうよ。』

じゃあね、とか何とか言って、草壁さんは俺との通話を切った。
俺に挽回の一つもさせずに。

―――あー・・。
申し訳なさ過ぎる。
約束の時間を破ったばかりか、草壁さんに手間までかけさせるなんて。

ひたすら自分を責めるものを、まだ頭の痛みは取れなくて、思わずソファに逆戻りしてしまう。


「熱い・・、」

身体が火照ってる。
・・熱、あるんだろうか。
体温計なんて画期的なものは、生憎この家には持ち合わせていない。
つか、熱なんか計ってもどうにもならんし・・。
まいったな、草壁さんがもうすぐ来るのに。


「・・あ。帰り、山瀬に薬買ってきてもらお・・・。」

俺はテーブルに投げ出した携帯を手に取って、その件のメールを山瀬に送った。


・・・ホント、今日はツイてねえな。
そう思いながら、俺は草壁さんが来るのを待っていた。










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