「俺、お前の事、好きだ」

 哲の口が動いて、その言葉をたしかに自分に、冴子にそう告げた。
 哲の目は、今までに見た事ないくらい、そう、マウンドに上がっている時なんか比較で
きないくらい、真剣な光を帯びている。
 そして、そのまま黙って冴子の顔を見つめ続ける哲。
 その言葉を聞いた瞬間、ものの見事にホワイトアウトしていた冴子の頭が、ゆっくりと
ゆっくりと、哲の告白の意味を理解していった。
 そして、その言葉の意味がわかっていくと、今度はもの凄い勢いで顔が真っ赤っかにな
っていく冴子。その横に熟したトマトでも置いてぜひ比べてみたいほど、顔が紅潮してい
る。
「あ、あのな・・・」
 冴子はあたふたと身振り手振りを交えて何かを必死に言おうとしている。
 哲は、まるでキャラが変わったかのような真剣モードを継続中である。
「えっとな、あたいな、そのな・・・」
 対する冴子のパニックレベルは、マックスに達してしまった。頭から湯気が見え
るくらい顔が紅潮している。
 そして、冴子の思考はブラックアウト。本能が体を突き動かした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 窓ガラスが割れそうなくらいの大絶叫。
 そして繰り出されたのは閃光の右!!
「はぎゅがぶ!!」
 相変わらずの謎の悲鳴を上げ、哲は吹っ飛んだ。そのまま部屋の壁に激突!
 そして加害者の冴子は、絶叫を上げながら既に部屋の外に飛び出して行っている。あま
りのパニックに自己防衛本能が働いたようだ。
 冴子の絶叫は商店街全体に轟き渡り、のちに『桜美町にハウリング女出現!』という噂
を生むのだが、それは後日のお話である。
 んで、閃光の右を食らった被害者哲はと言うと・・・
「・・・いいパンチだぜ。さすが俺が惚れただけあるぜ・・・」
 とニヤリと不敵に笑って、そのまま壁にめり込んだ状態で、本日2回目の失神となった。
 「あばたもえくぼ」なんて諺があるけど、パンチ力にも魅力を感じるとは・・・ 
 哲はどうやら本気で冴子に参っているみたいだ。

気を失った哲は、自分が戦国時代で金平糖を売って歩いている奇妙な夢を見たのだが、
これは本編にはいっさい関係ない。

KISS? KISS!? KISS!!
 

 第十一話 『墓参り』


 そして、深夜。田中冴子の部屋では・・・
「あぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」
 ベットで寝そべりながら、今だ耳まで真っ赤な顔を両手で覆い隠しながら、冴子はジタ
バタしている。
 先ほど哲に食らわした右ストレートは、完全な無意識で放たれたモノだったから、冴子
がジタバタしているのはその前の哲の突然の告白が100%原因になっている。
 何せムードもへったくれも前触れもまったくなく、いきなり「好きだ」と言われたから
そういう色恋沙汰にまったく無縁で抵抗がない冴子の脳味噌は、思考が不可能な程ショー
トしてしまったようだ。
「あぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
 冴子の悶絶の絶叫は、朝方まで続いたのだった・・・

 朝7時30分。
 ピピピピピピッ! ピピピピピピッ!
 リズミカルな電子音が冴子の意識を徐々に覚醒させていった。目覚まし時計の音だ。
 冴子の使っている目覚ましは、ほっとくと音が際限なく大きくなるタイプなので、冴子
の耳にその音が認識出来たときは、かなりの音量になっていた。
 それに気づき、慌てて目覚ましを叩いて止める冴子。「あぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」と
叫んでいるうちに疲れて眠ってしまったようだ。
 頭は重いし、喉はカラカラ、おまけに鏡をみたら髪はボサボサで、目は真っ赤っかで腫
れぼったくなっている。
「ふぅ・・・」
 今、学校は期末試験が終わって試験休みに入っているのだが、ハンドボール部の部活はある。
無論、野球部もあるに決まっている。
「どんな顔して、アイツに会えばいいんだぁ・・・」
 さっきから何度もその事を反芻する冴子。そう思うと、戸惑いと気恥ずかしさが胸のあ
たりでモヤモヤと沸き上がる。そして、昨日の激動の一日を振り返り、またまた顔が自然
と真っ赤になっていく。
「はぁ・・・」
 ズル休みでもしたい気分だが、根が真面目な冴子にそんなことが出来るわけがない。
それにどうせ九時頃になったら『田中冴子個人マネージャー』を自称する橋本みよかが迎えに来るに決まっているのだ。
そのみよかに気の利いた言い訳なんぞ自分に出来るわけがないし・・・
 とりあえず、身体だけでもサッパリしとこう。
 そう思って冴子はタオルを引っかけて部屋を出ていくのだった。

 そして朝の九時、計ったかのように煎餅屋の店先にいつもの声が響いた。
「田中先パ〜〜〜イ、お迎えに上がりましたぁ♪」
 そして、その明るい声とは正反対のオーラを纏った冴子が、顔を出してくる。
「お〜〜〜す、おはよう、みよか・・・」
 そう挨拶する声も、まるで日本中の不幸を覗いてきたかのような暗い声音になっている。
「た、田中先パイ、なにかあったんですかぁ? すっごい顔してますよ・・・」
「そ、そっかぁ?」
 すごい顔って言われて、思わず頬に手を当ててしまう。
 気のせいかもしれないけど、玉のお肌が少し荒れているかもしれない。
 そんなこんなで明と暗がくっきりわかれた二人の登校の道すがら、相変わらず話題のマ
シンガンを発射しているみよかが、こんなことを言い出した。
「・・・そう言えば、さっき駅で諏訪内先輩に会いましたよ」
 ドッキーーーーーン!!
 今までの話題に、全部生返事だった冴子、心臓が飛び出しそうなほどビックリして、み
よかに向き直った。
「でで、て、哲、なんななぁだってぇ!?」
 声も裏返り、見事に動揺をさらけ出しながら、冴子がみよかに訊く。愛する先輩のあま
りの狼狽えぶりにみよかは目を白黒させながら、先ほどの哲との邂逅を再現する。

「お、コケシ娘じゃないかい?」
 大好きな田中先輩のモトに一路向かうみよかは、そんな声で呼び止められた。
 自分をそんな無礼なあだ名で呼ぶ男は一人しかいない。
「むぅ〜〜、誰がコケシ娘なんですかぁ!?」
 駆け寄って昨日のように鉄拳グリグリを敢行しようとしたみよかだったが、そのみよか
の突進を哲は頭を押さえて止めてみせた。哲の腕に食い止められて、届かぬ腕をブンブン
回すみよか。朝から、何とも微笑ましい光景である。
 そのままブンブンがしばらく続いていたのだが、あまり戦闘向きではないみよかの体力
はあっという間に底をつき、肩で息をしながら哲への攻撃をやめる。
「きょ、今日はこのくらいで勘弁してあげますぅ・・・」
「そうか、それはありがたいや」
 最後に哲はみよかの頭をポンと軽く叩くと、駅への道を歩いていった。
すっかり子供扱いされてふくれっ面のみよかが駅へと消えていく哲の背中に訊いた。
「諏訪内先パイは、どこへいくんですかぁ?」
 すると哲は手だけあげて答える。
「墓参りだよ」

「・・・ってわけなんですよ、ひどいですよね諏訪内先輩って、こんな可愛い女の子捕ま
えて『コケシ』扱いするんですモン!」
 みよかに取っては、哲がどこ行こうが知ったこっちゃないので、話の内容は哲がコケシ
扱いしたことに重点が置かれた話になっていたが、冴子にとっては哲の最後の言葉に意識
がズームしてしまう。
『墓参りだよ』
 墓参り、墓参り・・・    
 これは予想できない哲の行動だ。お盆でもないのに、いきなり墓参りに行くなんて・・・
 そこで冴子の頭に、昨日、心から聞かされた哲の身の上話が蘇る。
 哲の幼なじみ、今はもうこの世にいない紅美という少女の事を・・・
 きっと、その彼女の『墓参り』に行ったのだろう。
 そう思うと、冴子の胸が少し疼いた。

 その日の練習は散々だった。パスを受ければ取り損ねて顔面直撃。パスを投げれば大暴
投。シュートをしてはバーにもかすらず、あげくにただ走っても蹴つまずく。
 午前中の休憩時間になる頃には、もう身体が生傷だらけでボロボロになっていた冴子だ
った。
 集中が全然全く微塵も出来ていないからだ。理由は、言わずもがな、だろう。
 ちなみにその理由の少年は、野球部創って以来、初めて練習を休んでいた。野球のグラ
ウンドも、今日は明るさ30%ダウンといった感じになっているが、こちらはコレくらい
が調度いいかもしれない。いつもが騒がしすぎるのだ。
「・・・ホント、どうしちゃったんですか、田中先輩」
 いい感じに冷えたタオルを頭に乗っけて、みよかに渡されたスポーツドリンクを飲みな
がらただ呆然と野球部方向を眺める冴子。みよかの言葉も耳に届いていないようだ。
 今日、哲に会ったらどうしたらいいか、さんざん悩んでいたのに、その哲がいなけれな
いないで、またこんなに心が騒いだりする。
 そして、哲のことを想うと、心が無性にざわめいて、このままじっとしていられなくな
る。
 恋心とはかくも微妙で不可思議なものみたいだ。
「・・・ちょっと、行ってくる」
 冴子はいきなり立ち上がると、脇に控えて健気に団扇で冴子を仰いでいたみよかにタオ
ルとスポーツドリンクを渡すと駆けだしていた。
「え、先輩、どこ行くんですか!?」
 問いかけに対する答えはない。冴子は一目散に野球部のグラウンドの方に走っていく。
「もう、今日の田中先輩、すっごく変ですぅ!!」
 奇行が目立つ今日の冴子に、振り回される形になっているみよかだった。  

「・・・?」
 野球部影のキャプテン、鷲海 英はなんか妙な視線を感じてノックをしているバットを
止めた。彼のファンというか取り巻きの女生徒たちが送る視線と違って、妙な力をもった
視線だった。
「?」
 視線の発生源は、バックネット裏、そこにハンドボール部の練習用ユニフォームに身を
つつんだショートカットの少女−冴子が、自分を何か例えようのない目つきで、ズンズン
と睨んでいる。
 冴子の目が、こっちに来いと強制している。それに逆らってノックを続けられる自信が
英にはなかったので、手を上げて、
「15分休憩」
 と間近の部員に告げた。すると、その部員が、英の言葉を受けて、
「15分休憩ぃ〜〜〜!!」
 と英の言葉を拡声した。ノックを受ける気満々だった部員は、思わずずっこけて「そり
ゃないッスよ、先輩〜〜」と言ってきた。哲がいなくても楽しく練習しているようだ。
 休憩に入ったと知るや、英の取り巻きのファンが数人、タオルやらドリンクやらを持っ
て彼の廻りに集まってくる。
 その取り巻く少女ズに、手のわずかな動きと目線だけで「ちょっと待ってくれ」的意志
を伝えると、冴子の所に歩いていく。
「なんだ?」
「哲」
 英の問いも短いが、冴子の答えはもっと短い。バックネットの金網越しに二人は会話し
ているのだが、冴子は金網に手をかけて、いまにもそれを破りそうなほどの雰囲気だ。
彼女なりに照れているのだが、端からみたら絶対そうは見えないだろうが。
「休み」
「どこに?」
「埼玉、草加」
「どこ?」
「竜泉寺」
「わかった、ありがと!」
 実に短い会話のキャッチボールだった。当事者以外にはまったくわからないやりとりだ
ったが冴子はそれだけ訊くとさっさと、また駆けていく。
 その後ろ姿を英は、見る人が見ないとわからないくらいの微かな笑みを浮かべて見送っ
ていく。
「理由なんて、ないんだよな、二人とも」
 そして、冴子はというと、こちらも初めて部活を早退した。
 部長も監督も今日の冴子がおかしいのは気がついていたので、早退の許可はあっさりで
た。
 追いすがるみよかにも気がつかず、冴子は自分でもわけがわからない衝動にかられて、
冴子は動いていた。
 どうしても哲に会いたくなったのだ。ちなみに会ってからどうするかは、まったく考え
ていないのが、彼女らしいといえばらしいが・・・

 同時刻、哲は自分が昔住んでいた街、草加煎餅で有名な草加市に来ていた。ちょうど冴
子が早退した時間が哲の到着時刻だったりする。
 実は彼、紅美の墓参りには毎年欠かさず来ているのだ。ただ、青海や葉に会うのが何と
なく気まずいので、早朝に来たり、命日より早く来たりしていたりしていたのだが。
 今日、墓参りに行こうと思い立ったのは単純な理由だった。冴子に殴られて吹っ飛んだ
時、ふとカレンダーの日付が目に入った。そこで気がついたのだが、このまま順調に勝ち
進んで行ったら、ちょうど甲子園に行ってるあたりに紅美の命日があったからだった。
 なら、比較的日程に余裕がある今のウチにと思って、今日いきなり墓参りにいくことに
したのだった、実に単純な理由づけである。
 それに、哲も彼なりに、この胸の中の想いを、紅美に相談したかったのかもしれない。
 途中、団子屋によってずんだ餅を食べたり、煎餅屋によって煎餅をかじったりと寄り道
をして、ちょうど昼くらいに目的地、竜泉寺に到着した。
 そして、目的の墓の前に来たときだった・・・
「え?」
 思わず声が漏れた。その声に気がつき、哲より先に墓前に立っていた二人の男女がこち
らを向く。
「お前、哲・・・」
「てっちゃん・・・」
 そう、そこには哲の幼なじみ、葉と青海が立っていたのだった。

 三人での再会。『想い』が『想い出』になりはじめる時が始まった。

 −続く−
 
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