哲、葉、青海。
 この三人が一同に会すのは、哲がこの地を離れて以来、そう3年ぶりになる。
 哲が会うのを避けてきたというのもあるが、葉と青海もあえて哲に逢おうとは思わなか
った。今、三人の前にある墓に眠る一人の少女を、少しでも思い出さないようにするため
に・・・ 
 その三人が、再び出逢った。
 別れの原因の少女の墓前で・・・

 −今回は一寸シリアスになるはずです−

KISS? KISS!? KISS!!
 

第12話 『心の中に』


 三人とも無言だった。
 昨日は、それぞれでは再会を済ませていたが、三人で顔を合わせると明らかに空気が違
う。
 気まずい、とは違う。
 重いのだ。三人の別れた理由、時間、想いが・・・
「・・・てっちゃん、どうして今日来たの?」
 どれくらいの時が流れただろう?
 青海が伏し目がちに、口を開いた。
 その青海の言葉に、哲はハッとした感じで、改めて二人をキョロキョロ見る。
「わ、悪い! 意識とんでた! 二人が居るなんて思わなかったんでさぁ」
 ばつが悪そうに片手で二人を拝んで謝る哲。その様子に、二人の方がキョトンとしてし
まった。
「しかし、何でかち合ったんだ、こんな日に? 月命日でもないだろうに」
 けっこう動揺していた葉と青海と違って、哲には動揺は面に出ていない。ホントに仲の
いい友人に話しかける口調になっている。
「いや、心ねーちゃんから電話があって・・・」
 葉は青海と顔を見合わせて、まだ戸惑いを隠せない感じでそう言った。
「え、小姉から?」
「うん、今日久々に紅美の墓参り行くから、お供しろって・・・」
 葉の言葉を青海が続けた。
 二人の言葉に哲は、
「はぁ・・・」
 と呆れたような、困ったような、そんな溜め息をした。
「あぁ、そりゃきっと小姉ェが訳わかんない気の使い方したんだろう」
 家を出るとき、玄関先で「ちょいと、遠出してくるからさ」と言っただけで、何処に行
くとは告げてないのだが、勘のいい哲の姉の心は、哲の行動を察したようだ。
 そして心なりの「決着をつけてこい」というメッセージなのだろう、目の前にいる二人
は。ちょっと変わっているけど、弟想いなのだ、彼女も。
「まぁ、とりあえず・・・」
 哲は、まだ状況に戸惑いを隠せない葉と青海を置いて、三人のまえにある墓石に向き直
った。
「来たぞ、紅美」
 線香も上げず、花も供えず、哲はそのまま合掌し、目を伏せた。
 きっと、ずっと前から哲は一人でこうしてきたんだろう。二人もそれに続くように墓前
に手を合わせた。
 
 −その頃−

「えっと、竜泉寺とか言ってたよな」
 何も考えず、自分でも訳が分からぬまま、心の欲求に従ってここまで来てしまった少女、
田中冴子が駅に到着した。

「さて、改めまして・・・」
 長い長い合掌の後、哲が二人に向き直った。
「こうして、三人でって、あれ以来だって覚えてるか?」
 哲が爽やかに笑いながら、二人に話しかけた。何だろうか、葉や青海は昨日再会したは
ずの幼なじみの少年に、不思議な違和感を感じた。
「まぁ、小姉ェがこうして場を作ってくれたんだ、俺の話を聞いてくれ」
 そう二人を見つめる哲の眼差し、それはとても優しかった。
 葉と青海は、お互いの胸の中の違和感を押さえながら、ゆっくり頷いた。
「俺がさ、野球を始めた理由、知ってるよな。紅美の代わりに、アイツが目指していたト
コに行こうって思って、始めたんだけどさ・・・」
 哲は自分の左手を見つめながら、静かに話し始めた。その掌は何度もマメを作っては潰
したため、立派な野球タコが出来上がっている。
「やっと気がついたんだ。俺って逃げてたんだなって・・・」
 思いも掛けない言葉が哲から出た。葉も青海も何か言おうとお互いの顔を見合わすが、
言葉が上手く出てこない。
 哲が続ける。
「俺、紅美が死んじゃったの、俺のせいだって思ってたんだよ。だってアイツさ、あの大
会で俺の応援に行く途中、事故に遭っちゃっただろ」
「それ、違う! てっちゃんのせいじゃないよ! あれは、あの時私がっ!」
 青海が慌てて口を挟んだ。
「いや、青海のせいでもない。あの時、俺が二人を置いてあの信号を渡らなきゃ!!」
 そして、その青海の言葉に被せるように、葉も言った。
 紅美は交通事故で短い生を終えてしまった。
 場所は、競技場のすぐ傍の大して大きくない交差点だった。
 陸上、全国大会まで進んだ哲を応援するために急いで道を走る三人、紅美、青海、葉。
 葉は急ぐあまり二人を置いて、赤になる間際の信号を渡って先に行ってしまった。
 そして、その信号が再び青になったときに、悲劇は起きた。
 信号が青になった、二人の少女は先に待つ葉にせかされて慌てて信号を渡った。
 その時、左折を急ぐ乗用車が何の確認もしないで急スピードで曲がってきたのだ。少し
遅れた青海が轢かれそうになった時・・・
 紅美が思いっきり青海を突き飛ばした。そして、かわりに紅美が・・・

 青海は、自分を責めた。紅美は自分をかばって死んでしまったのだから。

 葉は、自分を責めた。あそこに自分がいたら、紅美は死ななかったに違いないと。

 そして哲も・・・

「俺はなんで陸上なんてやったんだって、思ったんだ。紅美はあんなに野球をやろうって
誘ってたのに、なんでって」
 そう、彼も自分を責めたのだ。陸上をやっていなければ、紅美はあの場所に行くことは
なかったのだから。
「でさ、俺、逃げちゃったんだよ。紅美の為って言い訳つくってさ、走ることから・・・」
 哲の告白に、二人は言葉を挟めなくなった。哲は分かったのだ、きっと二人が気がつい
ていない何かに。そう漠然とだけど感じられた。
 そして、たどたどしいながらもそれを言葉にして二人に伝えようとしていることも。
「それで、あっち行って、慌てて野球始めたろ。紅美の為って、そりゃ必死でやったおか
げで、何とか形になってきてさ・・・」
 哲は、左手をグーパーさせて、何かを思い出すみたいな目になっている。
「そしたら、俺の中で何かが変わってきたんだ。紅美のためだけじゃない何かがさ」
 そして、哲はまた二人を真正面から見据えた。笑っていた。
「で、気がついたんだ。俺、あいつの為とか言っておいて、結局、逃げてたんじゃないか
なって。自分のせいで死んだって認めるのが怖くて、必死でさ」
 また、そこで「違う」と言いそうになった青海と葉だったが、その言葉は出なかった。
哲は笑っているのだ、とても優しく。
「最近、ようやく紅美のことを想い出して、笑えるようになったんだ、俺」
 言葉は静かに続いた。
「あいつの笑顔がここにさ・・・」
 と、哲は自分の胸を指して、
「イッパイあることを思い出せるようになってさ、それで、ようやく気がついたんだよ。
俺って、間違っていたんだなって。紅美のことを忘れるのが怖くて、紅美が死んじゃった
ことから逃げっちゃって・・・ それで・・・」
 哲の瞳が懐かしい幼なじみをしっかり見据えている。何とも言えない優しい光を放って。
「紅美と同じくらい大事だったお前らからも逃げちゃったんだなって」
 紅美と同じくらい大事。
 その言葉は青海と葉の胸にダイレクトに突き刺さった。
 青海と葉は、哲の顔を見て、そしてお互いの顔を見合わせて、哲の言葉の意味を確認し
ている。
 何をするにも、いつも、どこでも、ずっと一緒だった四人。
 それは、哲も葉も紅美も青海も、四人だからじゃなかったはずだ。一人一人が一人一人
を大事にしていた、そんな仲だったから、だから四人で居るのが楽しかったのだ。幸せだ
ったのだ。
「俺達、戻ろう。また、あの頃に・・・」
 そう言った哲の瞳から、涙がこぼれた。笑顔のまま、涙を流していた。
「それでさ、進もうよ。俺達が、紅美のこと忘れるわけないって。想い出してみろよ・・
・」
 哲はまた胸を指して、言った。
「いっぱい、あるだろ。アイツの笑顔が・・・」
 それだけ言うと、もう限界だったらしい。哲は顔を伏せて、泣いた。必死で声を押し殺
しながら、泣いた。
 そして・・・
 葉も、青海も、涙を流していた。
 堪えていたものがあふれ出して止まらない。二人ともそんな泣き方だった。
「わ、私、てっちゃんが、てっちゃんが一人になっちゃってから、ずっとね、ずっと心配
だったんだ・・・ てっちゃん、紅美がいなくなって一人になっちゃったのに、私の傍に
はいつも葉ちゃんが居てくれるのに・・・」
 青海が嗚咽と共に、ずっと心に出さなかったことを、告白し始めた。
「葉ちゃんは、てっちゃんのこと、紅美のこと、忘れろって言うの。それでね、とても優
しくれるの。でもね、忘れろって言われるたびに強く想い出しちゃうの。てっちゃんのこ
と!」
 声がどんどん大きくなっていく。想いの堰があふれ出して止まらないのだろう。
「葉ちゃんのこと大好きなのに、心の中にいつもてっちゃんがいて、あの時みたいに哀し
そうに泣いてるの! どうにかしてあげたかった、泣くの止めてあげたかった! 紅美の
かわり、だから、昨日!!」
「哲に会いに行ったのか・・・ はぁ、俺も馬鹿だ」
 青海の告白を止めたのは、葉の泣き疲れた、かすれた声だった。
「ホントに馬鹿だ。イヤになるくらい、馬鹿だ」
 馬鹿馬鹿を連発する葉、自分の頭をゴンゴンと叩き始めた。
「そうだよな、忘れられるわけないのに、必死になって忘れようとして。それが青海のた
めだなんて思ってたなんて、ホント、馬鹿だ、俺」
 葉も、彼なりに必死だったのだろう。残された一人の少女を、きっと紅美と哲の分まで
幸せにしようとしていたのだろう。
 二人とも、いや離れていた哲さえも、紅美の死に縛られていたのだ。ただ、そのことに
気がつかなかったのだ。みんなが、紅美の死を自分の責任にしていたから。
「お前が馬鹿なのはわかってるから、頭叩いて遊ぶのやめとけ」
 自傷に走り始めた葉を止めたのは、顔を上げた哲だった、声が少し枯れているが、思い
っきり泣いて、すっきりした顔になっている。
「青海は、昨日、俺が投げてるの見て、どうだった?」
 哲の問いかけに、青海はまだしゃくり上げながら、答える。
「紅美のかわりに必死で、投げてるみたいで、可哀想だった・・・」
 その答えを聞いて、哲は思わずウ〜〜〜ンと唸る。そして、頭を掻きながら今度は葉に
訊く。
「じゃあ、葉は昨日、俺が投げているの見てどうだった?」
 葉はその問いに腕を組んでちょっと考えてから答えた。
「よくやるって思ったのと、それと・・・」
「それと?」
「こいつ、本気で野球やってたんだなって思った」
「えらい、さすが埼玉屈指のスラッガー!」
 期待通りの答えが出たらしく、哲は葉の肩をバンバンと叩いて喜んでいる。
「どういうことなの?」
 哲の今の質問の意図がイマイチ掴めていない青海が、男二人に訊いてくる。
「哲は今は、紅美の為だけじゃなくて、自分の為にも野球やってるってことを言いたいみ
たいだな」
 葉の答えに、哲が補足する。
「それと、俺、野球やってて楽しいんだ。紅美の事抜きにしても始めてよかったと思って
いる。そういうことだよ青海」
 そして哲は、青海の頭に手を置いて髪をくしゃくしゃとなるように、乱暴になでる。
「あ〜〜、てっちゃん、それやだって知ってるでしょ!」
 その手を振り払って、頬を膨らませて怒る青海。
 その二人を楽しそうに、呆れたように見る葉。
 戻ってきていた、あの頃の哲と葉と青海に。
「だから、お前は葉の心配していればいいんだよ。俺、あっちで楽しくやってるからさ」
 再び、青海の頭を掴んでウリウリと撫でる哲。青海は昨日のこと、哲に言った言葉、そ
れに突然のキスなどを想い出したらしく、葉を見ながら、気まずそうな顔になった。
 哲は詳しく知らないのだが、青海と葉、初体験以来かなり気まずい関係になっていたの
だ。心の呼び出しがなかったら、こんな風に逢わなかっただろう。
「お前、青海のこと好きだろ?」
 哲が葉に突然、ストレートに訊いてきた。青海の顔がボッと火のついたように赤くなる。
「好きだ」
 その問いに更にストレートで答えた葉。
「青海は?」
 そして矛先は青海に。青海は、真っ赤になったまま、モジモジと人差し指を合わせなが
ら蚊の泣くような声で言った。
「・・・好きだよ」
「それでよしっと!」
 哲は最後にポンっと青海の頭を叩くと、今度は葉に向かってドンと青海を押しつけた。
葉がそれを受け止め、二人が抱き合う格好になる。
「二人でよく話し合え。まぁ、葉より俺の方が格好いいのは万人が認めるトコだけどさ」
 そして、哲は歩き出した。
「てっちゃん・・・」
「哲・・・」
 その後ろ姿を二人は抱き合ったまま見つめていた。
「また、来るよ」
 哲が足を止めて振り返ってそう言った。
「そうだな、甲子園行けても行けなくても、予選が終わったら。そん時、また話そう」
「うん、またね・・・」
「あぁ、俺も頑張る」
 再会の約束、三年以上離れていた絆が戻った。
「じゃな」
 哲は二人から離れていった。二人も、それを軽く手を振って見送った。

 心の中の紅美が、最高の笑顔を見せてくれたような気が哲にはした。   

 そして、もう一人の今、彼の心の中にいる少女に、無性に逢いたくなった。

 その時だった。

「て、哲!」
 竜泉寺の門前、哲は思いも掛けない方向から声を掛けられた。背後からだ。
 その聞きたかったはずの声に、まさかと思いながらも振り返ると、そこには・・・
「冴子?」 
 そう、哲が逢いたかったショートカットのボーイッシュな少女、田中冴子がそこに立っ
ていたのだった。
 冴子はStエルシアの制服を着て、部活に行くような大きなバックを肩に背負っていた。
 部活を早引けした後、家にもよらずにそのままここへ直行したみたいだ。
「なんでここに・・・?」
 さすがの脳天気男も、言葉が上手くでないらしい。ようやく、それだけを口に出したが、
問われた冴子も困っていた。
 それもそうだろう。冴子自身、何でここに来たのか、さっぱり分からないのだ。
「あのな、それは、そのな・・・」
 見事に返答に詰まっている冴子、実は三人の話も途中から聞いていたりしたのだが、そ
の事を言ってもいいのかも判断に困るところだ。
 ただ、このまま黙って哲を行かせたくなかった心が、勝手に哲を追いかけて彼の名前を
呼んでしまったのだ。
「まぁ、いいか。ちょうどお前に逢いたかったんだよ、俺」
 でも哲は余計な詮索はせずに、手招きで冴子を呼び寄せる。すると、昨夜の哲からの突
然の告白を想い出し顔が再び熟れトマト状態になる冴子だった。カチコチと音がしそうな
歩き方で哲に近づいていった。
 そして、冴子がすぐ傍に来たとき、
「!?」
 冴子は突然固まったってしまった。哲が思いっきり抱きついてきたのだ。
 少し痛いくらいの力で冴子を抱きしめた哲。そのまま、彼女の肩口に頭を乗せてきた。
「お、おい、昼間っから、こら!!」
 夜ならいいと言うわけじゃないだろうが、慌てた冴子がそんな事を口走っているのだが、
哲は力を緩めない。それと、少し様子が変だ。
「・・・悪い、少しこうさせてくれ。ちょっと、色んなことが溢れてきてさ、少しな・・
・」
 小さい、今まで聞いたことない哲の声だった。その声を聞いて冴子の胸はもの凄く高鳴
った。そして・・・
 そして、とても愛おしいと思った。
「良し!」
 そういうと今度は冴子の方から哲の頭を抱きしめた、力強く、それと優しく。
「うん、ありがとう・・・」
 哲が、本当に安心したような、安らかな声で礼を言う。
「いいって、いいって!」
 本当は火が出るかと思うほど恥ずかしいのだが、それ以上に愛おしさがこみ上げて止ま
らないのだ。
「俺、お前のこと好きだ・・・」
 そして、二度目の告白。でも、今度は鉄拳は飛ばなかった。その代わりに更に力を込め
て哲を抱きしめた冴子だった。これが、きっと今の彼女に出来る精一杯の返事なのだろう。

 新しい恋が、歩き出したみたいだ。
 ゆっくりと、不器用に。

 −続く−
 
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