KISS? KISS!? KISS!!
−幕間劇場☆ 諏訪内 哲の受難−
それは、ラーメン屋『紅蘭』の看板息子、哲くんが出前を届け終わった帰りの出来事だ
った。
ふと、前方にフラフラと頼りなげに歩く、長い髪の少女がいることに彼は気づいた。フ
ラフラの原因は、自分の力の許容量以上のモノを買い込んでしまったためであろう。
人の良い哲くんは、手伝ってあげようとその少女に近づいていく。
その時、彼の身に思いも寄らぬことが起きた。
「あ、あ、あぁ〜!」
少女が何かの拍子にバランスを崩したらしい。このままじゃ荷物ともども、アスファル
トに叩きつけられてしまう!
「!」
咄嗟に反応した哲くん。ピッチャーであるのに野球部一の俊足をほこる彼は、見事なダ
ッシュを見せ、少女のピンチに駆けつけようとする。
が・・・
世の中と、このSSの作者は甘くなかった。
何故か、彼の足下に空き缶が転がってきたのだ。
そして当然のお約束が彼を待っていた。
ズッデーーン!!
古典的な擬音とともに、哲くんはこけた。それは見事にこけた。
見事に背中をうって、苦痛で声もでない彼に、更なる悲劇が!
「きゃぁ〜〜〜!」
哲が救出にむかった少女の公称サイズ83センチのお尻が、悲鳴とともに彼の腹にのし
掛かってきたのだ。
「!!」
不運は重なるものだ。少女の体重プラス買い物の重量が、哲の鳩尾に勢いよくのしかか
ってしまった。あまりの苦痛に泡吹いて悶絶する哀れな哲くん。
「・・・あれ、よかったぁ〜、柔らかいところがあって」
だがある意味、真の不幸は少女のこの台詞だろう。彼女は自分のお尻があたったのが人
間の腹とは気づかず、何事もなかったように、「よいしょ」と立ち上がると、そのまま先
ほどのようにヨタヨタと歩き去ってしまったのだ。
「・・・アスファルトの道路に、柔らかいとこなんてあるかい」
そんな哲くんの嘆きも少女には届かなかった。
その翌日、哲くんは少女に思いもかけない場所で再会した、St・エルシア学園の廊下
でだった。
彼の異性の友人、信楽美亜子から紹介されたミャンマーからの転校生、鳴瀬真奈美が少
女の正体(?)だったのだ。
案の定真奈美は、彼にお尻と荷物を助けてもらったことなど、微塵もおぼえていなかっ
た。いや、それは正しい表現じゃなかったので訂正。
案の定真奈美は、彼にお尻と荷物を助けてもらったことなど、まったく気づいていなか
った。
『こいつ、ただもんじゃねー』
哲くんは笑顔で自己紹介する眼鏡の少女を見て、心の中でそう呟いたのだった。
さて、本編にもどります。
第二話 『胸のうずき・・・』
6月11日
冴子はグラウンドのど真ん中で、伊藤正樹によって短パンをずりおろされ、スポーティ
な下着姿をさらすことになった。
いきなりこう書かれても何のことかわからないだろうが、このことはこのお話にはなん
の関係もないので、はしょらせていただく。
ただ、こういうことには目ざとい野球部のエース兼キャプテンが、野球部で練習中たま
たまその現場を目撃し、小声で「ラッキー♪」と言ったことなど、冴子は知る由もない・
・・
6月12日
「・・・なんだ、アイツ休みかよ」
練習の休憩時間、冴子は最近の習慣になっていた陸上部見学に足を運んだが、そこには
お目当ての正樹は、走っていなかった。
どうやら、今日はお休みのようだ。
そういえば・・・
と、冴子は今日の正樹が、いつもと違っていたことを思い出した。
何か、殺気立っている、そんな感じだった。
「おい、煎餅屋!」
仕方なく、みよかがうるさくなる前にと、ハンドボールコートに足を戻す冴子を呼びと
める声がした。顔をめぐらすと例のおちゃらけコンビ、哲&美亜子がこっちに向かって走
ってくるのが見えた。
「サエ、たいへんたいへん!」
美亜子がいつになく慌てている。彼女のキャラクターに合わないくらい慌てている。
「あん、どうしたんだ?」
今日はからかいに来た訳じゃなさそうだ。
「マサヤンが柴崎と、喧嘩した!」
哲もめずらしく慌てている。あたふたと手足を意味無く動かしている。ちなみにマサヤ
ンとは伊藤正樹のこと、哲は人に勝手なあだ名をつける習性があるのだ。
「え!?」
ダイレクトに冴子はビックリした。昨日、短パンをずりおろされた事すら、忘れてしま
った。
「なんとか先生たちにばれる前に終わったから、大事にはならなかったけど、あいつも何
考えているんだよ、まったく!」
「ホント、正樹くんって、なんかたまってたのかなぁ?」
二人して、友人の突然の乱行が信じられずって感じだ。
「マジかよ・・・」
正樹はついこの間、陸上部において100メートル代表を選考するための決定戦に勝利
し、St・エルシア陸上部の100メートル競走正代表に選ばれたばかりだ。これが、口
うるさい生活指導の教師なんかに見つからなかったのは、ホントにラッキーだった。ばれ
たら、代表取り消しは間違いなかったろうに・・・
「マジだ、マジ! 巫女さんが上手くおさめてくれたみたいだけど。あいつ、あさって大
会だろう? たくぅ、なにやってんだよ」
ちなみに巫女さんとは、正樹の幼なじみにして、With You本編のヒロインはっ
てた、氷川菜織の哲の呼び方だ。
ちなみにもう一人のヒロインの鳴瀬真奈美は、とある理由で哲から『怪人ドジラー』と
呼ばれている。とある理由は、先に説明してあるのも一因になっている。
「菜織が、か。そうか・・・」
哲から、菜織のことを聞かされると、冴子の胸の奥でまた正体不明のうずきみたいなも
のが、かすかに感じられた。厭なうずきだった。
最近の冴子は、面にこそ出していないが、自分でもわからないうずきをよく感じていた。
正樹が、菜織や真奈美に笑顔を向けているとき、彼女らに励まされているとき、ふいに
胸の奥がうずくのだ。
「まぁ、なんとか事なきとなったから、良しとしたほうがいいかもしれないけど・・・
って煎餅屋、聞いてるのか?」
いつの間にか、物思いでボーっとなっていた冴子。哲や美亜子の声が聞こえなくなって
いるようだ。
「サエー?」「煎餅屋ー?」
哲と美亜子が、冴子の両ほっぺをそれぞれ片方ずつ、むにゅーと引っ張った。さすがに
我に返った冴子は照れ隠しに拳固を二人の頭に降らす。
ゴンゴン! 鈍い二連音がした。そして、頭をおさえてうずくまる二人。
「サエがぶったぁ〜」
「しかも、グーだ、グー」
冴子のゲンコはかなり効いたらしく、哲と美亜子は目をうるうるさせて、頭を抑えてい
る。
「フン!」
いまの暴力で、暗くなってた気分もかなりスッキリしたらしい冴子。こんな娘がヒロイ
ンやっていていいのだろうか?
「しかし、なんだって正樹のやつ、柴崎なんかにつっかかっていったんだ?」
お互いの頭をナデナデして痛みを緩和させようとしている二人に、冴子が訊く。そのへ
んがどうも不思議だったのだ。
伊藤正樹という男が、意味もなく喧嘩をふっかけるとは、どうしても思えないのだ。き
っと正樹にそうまでさせる原因が柴崎にあったのだろう。
「・・・たぶん、乃絵美さんだろう」
すると答えは真後ろ上方からあった。
「わぁー!」
突然、背後から声をかけられ、ビックリ仰天飛び上がる冴子。
彼女、こうみえてかなりの恐がりなのだ。それも折り紙つきの。
そして、その恐がりの冴子は勢いつきで、目の前にいた哲に飛びついて抱きついた。哲
の上半身はコアラのようにしがみつく冴子によって、おおい隠される。
「あのね・・・」
宿り木にされた哲は、憮然とそう呟くが、冴子には聞こえなかったようだ。しかし哲も
華奢という言葉とは対角線上に近い位置にいる冴子に抱きつかれてもフラフラしないの
は、大したものだと誉めてあげたいところだ。
「サエ〜、ヒカルくんだよ」
「え?」
おっかなびっくり、目を開けると、そこには男子野球部影のキャプテンと呼ばれている
鷲海 英が無表情で立っていた。
「はぁ〜、おどかすなよ」
勝手に驚いておいて、何を言ってるんだか・・・
「驚かす気はなかった」
無表情でそう言うと、英はそれ以上なにも喋らずただ立っている。冴子には英が何しに
自分たちのトコに来たのかさっぱりわからなかった。
去年の夏の大会を応援にいって以来、冴子は美亜子と一緒に、何度か哲と英とロムレッ
トでお茶したりしたことあるのだが、そんな場所でも英はほとんど喋らない。黙々とロム
レット本日のおすすめケーキを食べているだけだ。甘いものには目がないそうだ。
ちなみに英は、休憩時間が終わっても、帰ってこない哲を強制連行しに来たのだったが、
その対象人物は冴子によって使用中なので、冴子が離すのを待っているのだった。
「あ、そういえばさっき、乃絵美がどうとか言ってたな?」
やっとこ落ち着いた冴子は、何事もなかったように英に訊こうとしたが・・・
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」
聞き覚えがありまっくてる少女の絶叫が、グラウンドを震わすかのように轟いた。
「田中先輩、なにやってるんですかぁ〜〜〜!!」
声がどんどん近づいてくる。おそるおそる声がした方向に冴子が首を巡らすと、そこに
はわかりきっていた答えがこっちにむかって顔を真っ赤にして走ってくる。土煙があがるほどの勢いで迫ってくる。ドドドドドッという効果音をつけてあげたいところだ。
「み、みよか、いつもすまないな」
そして、急ブレーキで停止した少女、橋本みよかに冴子はひきつった愛想笑いを浮かべ
る。この興奮状態(哲は密かに、『怒りのコケシモード』と命名している)にあるみよか
は冴子がお化けの次に苦手なものと言っていいだろう。
「と・に・か・く!! 離れてくださいっ!!」
「へ?」
そこで冴子はやっと思い出したようだ。自分が哲にしがみついたままだったということ
を。
「思い出させてくれてありがとね・・・」
長いことしがみつかれていた哲が憮然とした声をだす。彼は、冴子に抱き締め付けられて
いたため、自分で身動きできなかったのだ。そりゃ、不機嫌にもなるだろう。
あわてて離れようとした冴子。だがそのために支えていた側の哲がバランスを崩してし
まった。
どってーんと、冴子が哲を押し倒すような感じで二人はもつれて倒れ込む。
「あたたた、おい大丈夫か?」
冴子は哲が何気なくかばってくれたので、そんなにダメージはないようだ。あわてて立
ち上がる。そのとき、スルッっていう妙な音がした。
「最近、災難続きだな・・・ だいじょう・・・」
そこで、哲の言葉が止まった。なんか、突然魂を抜かれでもしたように、ピタっと動き
まで止まってしまった。
「あん?」
哲の急変を不思議に思い、冴子は視線を美亜子らにむけた。すると美亜子はため息をつ
いて呆れていた。みよかは、さらに真っ赤になって口をワナワナさせていた。そして英は
無表情のまま、ボソッと哲の急変の原因を言った。
「ユニフォームの上」
ハッとなって冴子が、哲を見ると・・・ 自分が着ているはずのユニフォームが、哲の
首に引っかかってぶら下がっている。
ってことは・・・
冴子は今度は上半身の下着姿をグラウンドでさらしてしまったらしい。薄いピンクのス
ポーツブラが、外気にさらされている。
・・・・・・・・・
わずかな沈黙のあと・・・
「わぁぁぁぁぁ〜〜!!」
色気のない悲鳴。それに続いて、鈍い打撃音。そして最後に哀れな少年の嘆きが聞こえ
た。
「・・・俺が、悪いの?」
諏訪内 哲、彼はもしかして女難の相でも出ているのかもしれない。
こうして、話が見事に脱線してしまい、冴子の疑問はどっかにいってしまった。
その日の放課後。
右頬に痛々しい絆創膏を貼った哲と、その加害者冴子は、二人並んで家路にとついてい
た。
あの後、みよかは叫ぶ、哲はピーポーピーポーと救急車がわりの英と美亜子に保健室
に運ばれると、いろいろあったが、何とか練習も終わって、たまたま校門のところで出会
った二人は、そのまま何となく一緒に帰ることになったのだ。
「巫女さん、お前の仕業だって一発で見抜いたぞ」
絆創膏をさすりながら、哲が呆れたように言う。この絆創膏は菜織が貼ってもらったよ
うだ。彼女は保健委員をやっているので、今日もたまたま残っていたのだろう。
「あたい、手が先に出ちまうからな。ごめんな」
さすがの冴子もシュンとなっているようだ。昨日のようにずり下ろされたのだったらま
だわかるが、今回の『下着さらし』は冴子に原因があり哲は全然悪くない、にもかかわら
ず手をあげてしまったことを少しは反省しているみたいだ。まぁ、明日には忘れているだ
ろうが・・・
「まぁ、いいさ。そういえばマサヤンの喧嘩の原因な、なんとなくだけどわかったぞ」
「!?」
冴子の歩みがピタっと止まる。正樹のことを聞いたら、忘れていたうずきがまた胸をか
すかに締め付けたのだ。
「乃絵美ちゃんが原因みたいだな。あの子、柴崎となんかあったみたいだから」
そんな冴子の異変に気づかず、哲が言葉を続ける。
「まぁ、あいつシスコンだから・・・ ん? どうした煎餅屋?」
いつの間にか一人で先に進んでしまった哲が、足を止めて胸を手で押さえて立ち止まっ
ている冴子に気づき、首を傾げる。
「なんか、あたい変なんだよ・・・」
冴子は、何も考えずに、自分自身に問いかけるように、口を開いた。
哲は、そんな冴子の少し虚ろで、哀しそうで、泣きそうな顔を何も言わずに見つめてい
る。
「あたい、いつからかわかんないんだけど、正樹のこと、聞いたり、見たりすると、なん
か、ここが痛いんだ・・・」
左胸を手で握りしめながら、冴子は美亜子にも言っていないことを哲にうち明けた。何
故か理由はわからない。ただ、哲の顔を見ていたら自然と出てしまったのだ。
哲なら答えてくれる、そう思ったのかもしれない。
突然の告白だったが、哲はうろたえることなく、一つため息をついた。そして、いつも
の明るい彼とは違った、優しい大人びた表情で冴子の頭にポンと手をおいた。
暖かく、そして以外と大きい掌を冴子は感じた、不思議とイヤじゃなかった。
「そっか、お前自身が気がついてなかったんだ」
哲の続いての言葉は、冴子の知りたかったことでもあり、気がつきたくなかったことで
もあった。
「おまえ、伊藤正樹のことが好きなんだよ、きっと」
−続く−
第一話へ戻る/第三話へ
頂き物の間へ戻る
表門へ戻る