KISS? KISS!? KISS!!
第六話 『KISS?』
「てっちゃん、ひさしぶりだね」
そう言った少女は、微笑んでいた。
「あみ・・・」
哲は、戸惑っていた。
冴子は、そんな二人の間に、入りこめないでいた。
「じゃ、煎餅屋、またな。あみ、寄ってくんだろ?」
すると、哲は冴子に少女を紹介することなく、とっとと自分の家に入っていく。
少女は冴子に一礼すると、哲の後を当然のようについていった。
ポツン。そんな感じで冴子一人取り残されていた。
あまりの急展開に、冴子は状況が把握できていない。もともと頭が回る方ではないので、
何も出来ずにただ一人立ちつくしている。
「まいったなぁ〜〜」
すると、いきなり背後から声がする。ビクッとして振り返ると、そこには心が立ってい
た。両手には中身一杯のパチンコ屋のロゴが入った袋を下げている。どうやら美亜子と別
れた後、パチンコ屋に行っていたらしい。袋には戦利品が詰まっているのだろう。
「まさか、あみがここに訪ねてくるとはなぁ〜〜」
どうやら心も彼女を知っているらしい。
「そうですね、法子もビックリしたよ」
また慌てて振り返ると、今度は諏訪内家長女の法子が、エプロン姿で立っていた。いつ
の間にか冴子は諏訪内姉妹に挟まれていたようだ。
「とりあえず、気になるか?」
心がいきなり冴子に話を振ってきた。きっと少女のことが気になるかという意味だろう。
自分でもわからないうちに、冴子はしっかり首を縦に振っていた。
「じゃあ、心のお部屋でお話しましょ」
「だな」
そして、冴子は諏訪内姉妹によって初めてラーメン屋以外の諏訪内家に足を踏み入れた
のだった。
心の部屋は、3階建ての諏訪内家3階にあった。隣が哲の部屋ということだ。
部屋の調度はいたってシンプル。でっかいパイプベットの他には、古い冷蔵庫と本棚、
それに年代物のラジオが置いてあるだけだ。フローリングむき出しで、絨毯すらひいてな
い。服などは、パイプベットの下にある収納ボックスにつっこんであるとのことだ。
「まぁ、適当に座ってくれ」
冷蔵庫にパチンコ屋で取ってきたと思われるビールなどを要領よく詰め込んでいく心。
どこに座ればいいかと思案していると、いつのまにか法子がクッションを持ってきて、
冴子に勧めてくれた。
そして、心が冷蔵庫からビールとウーロン茶を出し、自分はビールを、冴子達にはウー
ロン茶を渡し、ベットに腰をかける。
「さてと・・・」
すると心はベットの脇に置いてあった電話を手に取った。受話器を置いたまま、いくつ
かのスイッチを押す。それを黙ってみていると・・・
『何しに来たんだい、あみ・・・?』
!! 外部スピーカーから、哲の声が聞こえてきた。
「あ、あの、これって・・・?」
「哲の部屋の子機から、こっちに音拾ってるんだ」
冴子の戸惑いに、心はあっさり悪びれる風もまく答えた。簡単に言って盗聴だろう。
「うちでは、哲にプライバシーはない!」
そして、言い切った。隣では法子もウンウンと頷いている。なんだか、哲が哀れだ。
『てっちゃんに会いに、だよ・・・』
電話機の外部スピ−カーから、今度は少女の声がした。その声が震えているのがわかる。
冴子は二人に内心悪いと思いながらも、無意識で聞き耳をたててしまう。
『ヨウは、知ってるのかい?』
哲からまた知らない名前が出てきた。何故か冴子には哲と自分の距離がゆっくりと遠く
なっていくような感じがした。
それに・・・ 哲の声音がいつもと違うのだ。語調こそ変わりはないが、言葉の裏に、
いつも感じられる哲の優しさや暖かさが感じられないのだ。
「う〜ん、なんだか」
「困った雰囲気だね」
哲の姉達は、わかっているらしい。
スピーカーからは、二人の無言が伝わってくる。
「えっと、簡単に説明すると、あの女の子はな、楠 青海(くすのき あみ)って言って
哲の幼なじみだ」
「青い海、って書いてあみちゃんなんだよ」
ふいに心と法子が、冴子に向かって説明を始めた。言葉の中には二人の懐古も入ってい
るようだ。
「でな、哲がさっき言ったヨウって言うのが、近藤 葉(こんどう よう)って奴で、哲
の昔の親友、今の英みたいな仲だったんだ」
「葉くんは葉っぱって書くんだ。それともう一人、青海ちゃんと双子の楠 紅美(くすの
き くみ)ちゃんて居て4人は小さいときからずっと仲良しだったんだ」
心と法子によって交互に語られた4人、そして彼女たちの口調は明らかに『過去』のこ
とを語っていた。
「哲も葉も紅美も青海も、みんな私たちの弟や妹みたいなもんだったんだ」
「うん、そうだよね、みんな可愛かったし」
もしかしたら、二人は冴子に昔のことを話しているのではなく、帰らない昔を思い出し
ているだけなのかもしれない。冴子は二人をみてそう感じ始めていた。
ガバッ! そんな感じの音がスピーカーからする。何かがの感情が溢れて、そのまま自
分を止められず一方を抱きしめた、そんな感じの効果音に聞こえた。
『てっちゃん、会いたかったよ・・・』
涙声の呟きから青海が行動を起こしたと思われる。哲からじゃなくて、多少はホッとし
たが、でも部屋で二人っきりで抱き合っているとなると、やはり心境は複雑だ。
また、無言が戻った。
「青海ちゃんは、私たちがこっちくるまで、葉くんとつき合ってたんだ。今でも、そうだ
と思うんだけど・・・」
法子は自分の頭に指をのっけて首をハテナと傾げている。
「じゃあ、なんで今更哲に会いに来たんだ?」
心も法子ほど可愛げがないが、同じく首を傾げている。
『私、今日、ビックリしたんだ。てっちゃんが野球始めたって聞いても信じられなくて、
ずっと避けてた。でもね、昨日大きく新聞にてっちゃんが出ていたの見て、勇気を出して
見に来たの。そしたら、てっちゃん・・・』
『言わないでくれ・・・』
青海の言葉の続きを、哲は拒絶した。何かに耐えるような、そんな言葉だった。
『紅美そっくりに投げているんだもん、ビックリしたよ・・・ それと、悲しかったよ・
・・』
それから先は涙で言葉になっていない。
再び、無言。ただ、青海のすすり泣く声だけが、聞こえてきた。
え? 紅美そっくりに、投げている・・・?
青海の言葉の意味が、冴子にはわからなかった。でも、法子や心にはわかったらしく、
法子はクスンクスンと泣き出し、心もなにか内情に堪えているようだ。
「サエ、聞きたいか? 哲の昔のこと。野球を始めた理由を」
心が、真摯な口調で冴子に訊く。重い、質問だった。
冴子は、これまた自分の中の不可思議な想いに揺れながらも、しっかりと肯いた。
「あんまり、面白い話じゃないんだけどな・・・」
そう言って、心は話を始めた。冴子の知らない哲のことを・・・
よくある話、かもしれないな。
哲と紅美に青海に葉は、家が近くてさ、年も同じだったから、いつの間にか仲良くなっ
て、そして四人でいることが当たり前、そんな関係だったんだ。簡単に言えば凄く仲のい
い幼なじみ、だな。
そう、四人はいつも一緒だったよ。明るい哲、お転婆の紅美。妙に落ち着いた葉、それ
と大人しくて泣き虫の青海。タイプはバラバラだけど、本当に仲良かったよ。
その四人のなかに野球の大好きな女の子、紅美がいたんだ。
いつもさ、グローブもって哲や葉をひっぱりまわしてたっけ。
中学になると、大きくなってお互いを異性として認識するようになると、葉は青海、紅
美は哲といっしょにいることが多くなってきたんだ。
紅美は、ホントに野球が大好きでさ、口癖みたいに言ってたんだ。『私が甲子園のマウ
ンドに立つ女子第一号になってやる』ってさ。
変わった子、だろ?
哲はそんな紅美に負けないようにって、陸上始めたんだ。もともと足は凄く速かったか
らな、メキメキと頭角を現して、ついにはサエも知っている通り、全国一位にまでなった
からな。
葉は、親が野球好きだったせいか、リトルリーグに入っていて、中学時代からかなり有
名なスラッガーだったよ。今も野球やっていて、高校野球じゃけっこう有名らしいぞ。
青海は、そんな三人を応援するのが好きだったな。
ずっと、ずっと続くと思っていた、四人の関係。それがいきなり終わったんだ、四年前
の夏にね・・・
紅美が死んだんだ。交通事故、だった。青海をかばってだったそうだよ。
それも哲を応援しに行く途中でさ。
・・・凄く泣いた。哲は強い子で滅多に涙を見せたことなかったんだけど、その哲が思
いっきり泣いたんだ。
泣いて泣いて・・・ そして泣きやんだ哲がこう言ったんだ。
『俺が、紅美を甲子園に連れていく』ってね。
野球なんて、紅美のキャッチボールの相手しかしたことなかった哲がだよ。
みんな、私を含めてみんな止めたんだけど、きかなかった。
ちょうどその頃、うちの親父が独立して店を持つって話が決まっていて、心機一転って
感じで哲もこっちに引っ越してきたんだ。最初の予定では、私と哲はあっちに残ることに
なってたんだけど、この際だからって。
それ以来、哲は葉と青海には会ってないはずさ。紅美のかわりに野球やるって二人とも
大反対だったしな。気まずかったのもあったんだろう。
そして、哲は中学入って英を捕まえて、野球を一から教わって、ここまで来たんだ。姉
の私から見ても、贔屓目無しに大したもんさ。
あいつはね、まだ紅美と一緒なんだよ、きっと。
紅美そっくりの投げ方して、紅美の野球で甲子園に行く気なんだよ。
知ってるか? 哲って右利きなんだよ。それが紅美が左で投げていたからって、そこま
で真似して投げてるんだよな。
馬鹿な弟だろ、ホント・・・
そこが、可愛いんだけどな・・・
心の話は、そこで終わったようだ。
冴子は、ただ呆然としていた。
頭の中が、真っ白になっていた、知恵熱も出そうだ。
今の自分の気持ちが、冴子にはまったくわからなかった。
哲が可哀想だ。でも、それだけじゃない、理解不能な感情が、彼女の中に芽生えていた。
理解不能、だから戸惑っている。
ただ、胸の高鳴りだけが、ドキドキとして止まらない。
『・・・私ね、葉ちゃんに抱かれたんだ』
電話機のスピーカーから、青海の突然の告白が聞こえてきた。ビックリして電話機を見
つめる冴子。未体験領域の話だ。
哲は、ずっと黙っている。冴子は彼がどんな顔しているか、無性に知りたくなった。
そして、今までしんみりとしていた哲の姉達は、突然美亜子が憑依したかのように豹変
し、耳ダンボで好奇心に目を輝かせている。
『もう、てっちゃんも私の前からいなくなって随分たってたし、私には葉ちゃんしかいな
かったら、いいなって思ったんだ』
青海は淡々と静かに語っている。
『でね、葉ちゃんに抱かれたの。そしたらね・・・ 終わった後、私、泣いちゃったんだ。
葉ちゃんの事、大好きだったのに、泣いちゃったんだ』
青海は何を言いたいのだろうか。恋愛白帯の冴子には、先の展開がまだ読めていない。
『泣きながら、私ね、てっちゃんのこと呼んでいたの。凄く、てっちゃんに会いたくなっ
たの・・・ 今までずっと我慢出来ていたのに、急にてっちゃんに会いたくなっちゃた
の!!』
言葉の最後には、また涙が混じっていた。
『私、気がついた。葉ちゃんのことも大好きだけど・・・ 私、てっちゃんのことが葉ち
ゃんよりずっと・・・!』
そこで冴子はハッとして、思わず電話機を掴んで壁に思いっきり投げつけた! コード
が外れ壁に電話機があたり、バラバラに砕け壊れた。見事、全壊だ。
冴子は聞きたくなかったのだ、あの先の青海の言葉を・・・
「あの、サエ?」
「ちょっと刺激が強すぎました?」
突然の乱心に、唖然とする心と法子。冴子は、自分のしたことがまだわかっておらず、
まだ電話機を投げつけた姿勢のまま、固まっている。息も荒い。無意識の行動だったらし
い。
「小姉ぇ! 何があった!?」
そして、さすがに豪快な破壊音は隣の部屋にも届いたらしく、哲が慌てて部屋から出て
何事かと訊いてきた。
そこでハッと我に返る冴子。ここにいる理由、どう説明すればいいだろうか・・・?
それに自分はいったい何であんな事を突発的にやってしまたのか、全然わからない。
見事にあたふたとパニックしてると、「入るぞ!」という宣言とともに心の部屋のドア
が開いた。
「あ・・・」
「煎餅屋、なんでここに?」
ドアが開いた途端、目が合う二人。お互い言葉が出ない。だが冴子は哲の後ろに青海の
姿を見つけた。胸が、心が何だかざわめく。
「お姉さん達、ひさしぶりです」
青海の一変落ちついた挨拶に、今まで盗み聞きしていたとは思えないほど冷静に二人は
白々しく挨拶を返している。動揺と後ろめたさを感じているのは冴子だけのようだ。冴子
には挨拶はないようだ。
「てっちゃん、今日は帰るね。遅くなるとお父さん達心配するから」
すると青海は、先ほどまでとうって変わって明るい声と表情で、そう言った。
「あ、そうなのか?」
哲はその先に「気をつけて帰れよ」とでも言いたかったかもしれない。
でも、その言葉は言えなかった、何故なら・・・
「「「「!?」」」」
哲の唇を、青海が自分の唇を重ねることによって塞いでしまったのだ。
ようするに青海は哲にKISSをしたということだ。
咄嗟のことに、その場にいた四人は固まってしまっている。完全にして見事な不意打ち
だ。
「てっちゃん、大好きだよ。世界で一番」
そう言うと、ほんの一瞬、青海は冴子を見つめて一礼すると、その場を弾むように去っ
ていく。
「・・・ファーストキス、奪われた」
しばらくして哲の間抜けな台詞が、その場に響いたのだった。
−続く−
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