ラーメン屋【紅蘭】を訪れた鷲海 英。ラーメン愛好家を自認する彼は、3日に一度は
この店にきて、お気に入りの『ネギラーメン』を食すのを楽しみとしていたのだった。
「・・・?」
 夜8時、そろそろ空いてきた店内にざっと目を通すと、自分のお気に入りの隅の席に先
客が陣取っていた。
 その客は英と同じくらいの年の少年だった。スタンダードな夏服の学生服、凛々しいと
いっていい顔立ちだろう。その少年がズゾゾゾゾッと豪快な食べっぷりでラーメンを食
べていたのだった。
(・・・できる)
 英はその少年の食べっぷりを見て、そんなことを思ったりしたのだった。ラーメン通に
しかわからない何かを、英は感じ取ったらしい。
 ま、それはさておき、本編です。


KISS? KISS!? KISS!!
 

 第七話 『勝負!?』


 無言の時間が哲と冴子の間に流れていた。
 二人は今、哲の部屋にいた。冴子にとっては初めて訪れた異性の部屋なのだが、二人の
雰囲気はラブラブどころか、まるでお通夜と言ったほうが適切かもしれない。
 原因の半分以上は哲にあった。彼が先ほど奪われたファーストキスのショックから立
ち直れずに、魂の抜け殻状態になっていたから会話が成立しないのだ。
 しかたなく、冴子は哲の部屋をなんとなく観察していた。
 壁に貼ってある伊藤乃絵美のでっかいポスターが目を飛び込んできたが、それ以外は別
に目を引くモノはない。勉強机があり、ベットがあり、TVがあり本棚がある。そんな感
じだ。
 ふと机に置いてある二つのフォトスタンドに冴子は気がついた。
 見ていいかと哲に訊ねようと思ったが、聞いても返事が返ってきそうにないので、勝手
に近づいて手にとって見る。
 両方のフォトスタンドには、それぞれ4人の男女が写っていた。
 それを冴子は両手にとって見比べてみる。左手にとったフォトスタンドには、哲を中心
に、冴子の知らない顔が2つ先ほど見た顔が1つ写っている。
 先ほどの法子&心に聞いた話から推察すると、この髪型だけ違う同じ顔の少女二人が青
海と今は亡き紅美の姉妹、そして、もう一人の眉毛が濃いがなかなかの格好いい少年が近
藤 葉だろう。中に写っている4人は笑顔が溢れている。見てるだけで、こっちまで楽し
くなれそうな、そんな写真だ。
 右手に取った写真、これには意外な面子が写っていた。
 写っているのは哲、英、美亜子に、自分、冴子だった。これはたしか去年の文化祭の時
に撮った写真だ。たしか英が校内で行われた『汁粉早食い大会』で圧勝した時に、記念に
氷川菜織が撮ってくれたものだったはずだ。ちなみに2位が哲で3位が美亜子、4位が冴
子だったはずだ。
 なんでこの写真が飾ってあるんだろう?
 そんな疑問が冴子の頭をよぎる。
「はぁ〜〜〜〜」
 哲は、よっぽどのショックだったのか、まだため息つきつき、落ち込みまくっている。
 いつもヘラヘラニコニコのイメージしかない哲が、ファーストキスだったとしても、あ
れほどの美少女とキスして、ここまで落ち込んでいるのが少し不思議だった。
「あのさ、哲」
 冴子は初めて哲の事を名前で呼んだ。ここでラーメン屋って呼ぶのは、何か場違いの気
がしたのだ。
「にゃんだい、サエちゃん」
 気の抜けきった哲の返事。思わずカッとなってボカッと一撃を加えた。
「いてぇ〜〜〜!」
「もう、シャキッとしろい、シャキッと!!」
 勢いに任せてそのまま怒鳴る冴子。立て板に水とまくし立てる。
「大の男がキスされたくらいで、そんなに落ち込むんじゃねぇよ! そんなに落ち込んで
ちゃ、相手の子にも失礼だろうが!」
 相手の子、つまり青海の事が口から出てしまった。すると先ほどの青海の台詞が再び頭
で再生される。
『大好きだよ、てっちゃん・・・』
 ムカッ! 何故かこみ上げる怒り。思わずもう一発、哲の頭にゴツンとこづいてしまっ
た。
「いってぇ〜〜〜い! なんばすっとね!?」
 埼玉生まれの埼玉育ちの癖に、バッタモンの方言で文句を言ってくる哲。ようやく彼ら
しくなってきたって感じだ。
「たく、サエちゃんは相変わらずの凶暴だなぁって・・・ そう言えばなんでここに居る
のお前?」
 頭に出来たコブをさすりながら、哲がうっかり忘れていたことを思い出したようだ。途
端に劣勢になる冴子。
「そ、それよりお前、どうするんだよ、あの青海って子の事!」
 強引な話題転換を試みた。すると哲の顔が如何にも「困ったぁ〜〜」って感じになる。
「まいったよなぁ〜、今更青海にあんな事言われたってなぁ〜」
 哲は髪の毛をモシャモシャと両手で掻きむしり、困惑を表現している。
 あれ? 冴子は気がついた。哲はあんな美少女に愛の告白をされて困っているようだ。
と言うことは、哲には青海と・・・
「お前、あの子とは・・・ どうすんだよ?」
 実に中途半端な質問だが、哲は意をくんでくれたようだ。困った顔のまま、こう答えた。
「だって、青海が好きなてっちゃんは、3年近く前のカモシカのような俊脚だった哲なん
だよ。今の野球に燃えるてっちゃんじゃないんだよなぁ」
 ・・・そういう訳らしい。哲が言いたいことはわかる、理解できた。青海という少女は
きっと想い出の哲を好きなのだ。そして、恋人だった葉という少年より、想い出の少年を
心が選んでしまったのだろう。
 でも、その想い出の少年は、昔とは少し変わってしまったのだ。
「葉の野郎がしっかりしてりゃあ、こっちに来るなんてことなかったんだよ、たくぅ!」
 哲のファーストキスを奪われた怒りの矛先は、最終的に葉という少年に落ち着いたよう
だ。女の子に甘い哲らしい決着の付け方だ。思わず冴子は苦笑する。
 それと冴子の中に妙な安心感があった。それは青海と交際しようなんて気が哲にはサラ
サラないと確認できたからだろう。でも、冴子はまたそんな自分の気持ちに気がついてい
ない。ここまで鈍いヒロインで恋愛モノをやるのはきついかもしれない・・・
「じゃあ、あたいは帰るよ。婆ちゃんに心配させたくないからな」
「お前のばーちゃん、心配だと飲みにいっちゃうもんな」
「まったくだ」
 哲が途中まで送ると言って立ち上がった。秘密のバット素振りゾーンまで行くついでと
いうことらしい。いつもなら、照れもあって断ったかもしれないが、今日は何故か哲の申
し出が心地よかった。
「あたい、お前が野球始めた理由聞いちまったんだ」
 ふと、哲の部屋を出るとき、冴子が口を開いた。後ろめたさもあったが、それよりも哲
に隠し事をしていたくないと言う気持ちが、無意識に働いたようだ。
 先に部屋を出ようとしていた哲の足がピタっと止まる。
「紅美って子の為だったんだろう」
「まぁね。だってあいつさ・・・」
 そこで哲が振り向いた。困ったような笑顔、意外な反応だった。
「夢枕に立つんだよ、何度も何度も! あたしを甲子園に連れてかなきゃ、ずっと化けて
でて『頑張れドカベン』歌ってやるって脅すんだもん! そんな未来いやだろ!?」
 ずる。古典的な反応で転ける冴子。どうも、哲の姉ちゃんズが言ったのと違う印象をう
ける。
「ってわけで日本陸上界期待の星だったてっちゃんは、やむなく野球界の風雲のアイドル
に転向とあいなったのだよ」
 そう言うと先だってスタスタと部屋を出て行ってしまった哲。冴子はポカンとなったけ
ど、その後こみ上げてくる笑いに腹を抱えながら、慌てて哲を追っていった。
 きっと、照れ隠しなのだろう。でも、紅美という少女のことを冗談に出来るくらい、哲
の心は前を向いているみたいだ。
 ふと、心の隅に紅美と同じ顔を持つ少女、青海のことが浮かんだ。彼女の時は紅美が逝
ってしまってから、止まってしまったんのだろうか?
 青海の寂しげな微笑を思い出す、そう思うと彼女が少し可哀想に冴子には思えた。    
「?」
 哲を追って玄関をでると、哲が立ち止まってどっかを見ていた。視線の先を追ってみる
と、そこには一人の男が立っている。
 男は哲は無言で見つめている、睨んでいると言っていいかもしれない。
 哲も男を見つめている。こめかみにバッテンマークが浮かんでいるのが、何となくわか
った。哲はバットという凶器を持っているので、もし乱闘沙汰になりそうだったら止めな
くてはと冴子は思ったりするのが彼女らしい。 
 あれ・・・?
 視線の先の男、ちょうど逆光になっているので顔や全体が見づらいが、どっかで見たこ
とある気がするのだ。
「ふぇふ!」
 突然、男が意味不明の音を発した。思わず怪訝な顔になってしまう冴子。すると哲が妙
に静かな声で言った。
「口にあるモン食ってから話せ、葉」
 葉、それで冴子は合点がいった。会ったことはないがつい先ほど写真でみたのばっかり
だ。
  ・・・え? そこで正体がわかってから改めて葉を見る冴子。これは、もしかしなくて
もマズイ展開では・・・
 きっと葉は青海を追ってこの桜美町に来たのだろう。恋人に振られた男が、振られた原
因の男に会いに来て、穏便にすむのだろうか・・・
 もし乱闘騒ぎになりそうだったら、二人を殴り倒してでも止めなきゃ・・・
 冴子は、彼女らしい剣呑な決意を固めた。
 ずずずずずず〜〜〜!
 すると、そんな決意に水を差すような音があたりに響いた。逆光でよく見えなかったの
だが、葉はラーメンのドンブリを持っていたらしい。そして、それを見事な食べっぷりで
かたづけていってる。
そして、一気にスープまで飲み干して、改めて、
「哲!」
 と力強く言った。先ほどの「ふぇふ!」は哲と言ってたらしい。ドンブリがなければ、
凛々しい立ちポーズと言っていいだろう。
「お前、いつから家でラーメン食ってた?」
 哲が彼らしくない静かな問いを発した。冴子にはその質問の意図がくめなかったけど、
葉がひるんだ気配がした。
「もしかして2時間くらい前に来て、家に入り込もうとしたけど、親父のラーメンの匂い
につられて店に入って、ずっとラーメン食ってたんじゃないのか?」
 ギク! そんな擬音が聞こえそうなくらい、葉が更にひるむ気配がした。図星らしい。
「だって、なぁ、お前の親父のラーメン、もう三年も食ってなかったから、仕方ないじゃ
ないか」
 どうやら哲の先の相棒だった葉も、現相棒と同じくラーメン好きらしい。
「と、とにかく、青海はどうした!? あいつがお前に会いに行くっていうから慌ててお
ってきたんだ!」
 その言葉を聞いて冴子はある事を思い出した。哲は、自分のファーストキスを奪われた
原因を最終的に、この目の前の男のせいにしたんだっけか・・・
「来てたんなら、とっとと来いや、おのれは〜〜」
 哲のガラが急速に悪くなっていく。でも、ここで乱闘騒ぎなんぞ起こして、その事が公
にでもなったら、下手したら出場停止だ。冴子はギュッと拳を握りそれを阻止しようとする。
狙いは哲の後頭部だ。
「お前、青海とラーメン、どっちが大事なんだよ」
「・・・・・・ 青海にきまってるだろうが!」
「なんで間が空くんだよ!」
 ついに堪忍袋の緒がぶっちんと切れた。冴子がその正拳を叩き込む前に哲の方が早く動
いていた。橋本先輩顔負けの凄いダッシュだ、よっぽど怒っていたのだろう。
 だが、その哲はダッシュした途端に転けていた。勢いが強かったので、転げ方も豪快だ。
ズッテンズッテンと三回くらい転げて、自分の家の壁にぶつかる。
「やめろ馬鹿」
 いつの間にか、哲の横に英が立っていた。どうやら彼が哲の足を引っかけたらしい。ち
なみにこいつもラーメンのドンブリなぞ持っている。
「なにが原因かはしらんが、勝負はこれでつけろ」
 そして、これまたいつ用意したのかはわからないけど、グローブを哲に放る。
 最後に哲のもっていたバットをとり、葉に無言で突き出す。葉もそのバットを無言で受
け取った。この二人には何か共感しあうものがあるみたいだ。 
「ふ、面白いじゃないか、やるか、葉?」
「望むところだ!」
 突然現れた英の段取りによって、二人は野球勝負をすることになったようだ。
 二人とも顔を見合わせ不敵に笑いあう。
 そして笑いあいながら、そのまま歩いていく。なんか不気味だ。
「来ないのか?」
 いきなりの展開についていけなくなっていた冴子に、英が問いかけた。
「あ・・・ あぁ、行く行く!」
 慌てて英と一緒に二人の後を追う冴子。
 話は何故か、一昔前のスポコン物のような展開を迎えてしまったようだ。
 さて、二人の勝負の行方は!?

 −続く−
 
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