E・A・ポオ詩抄 

夢幻郷

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 エドガー・アラン・ポオ (1809-1849) の詩篇の中から夢をテーマにした作品を中心に選んでみました。こうしてみると彼がいかに夢にとりつかれた詩人であったかを、あらためて感じさせられます。この詩抄ではまた、若き抒情詩人としてのポオから、円熟した象徴詩人としてのポオの発展が見て取れる配列をとりました.。つたない訳詩ですが、ポオ詩入門として役立たせてください。(K)                      


                              翻訳copyright: syuuji kai 2007

                                

CONTENTS: 夢の日々/みずうみ/ひとり/至福の日・至福の時/夢/夢のまた夢/妖精郷/不安の谷/夢幻郷/ユウラリウム/鐘の歌 /アナベル・リー


   夢の日々

ああ、わが青春の日々がひと続きの夢であったなら!
永遠の光が朝をもたらすまで、わが魂(たま)
目覚めずにいたならば。
たとえ、あの長い夢が希望のない悲しみの夢であったとしても
目覚めている時の冷たい現実よりも悪くはなかったろう、
このうるわしい大地に生を受けてより、心は常に
深い情熱の坩堝であるほかはなかったこの身なのだから。
少年の私にとって夢は永遠であったように、
かの夢が永遠に続きうるものならば
それ以上の天国を望むなどはおろかといわまし。
夏空に日の明るく照る時にも、この私は
うるわしくも命に照り輝く夢に溺れて、
うつせみの世を忘れ、想いの中から生まれ出た者たちの住む
夢想の郷へと、わが心をゆだねていたのだから。
わが目にはその郷よりほかはなかった。
ひと頃だけの、ただひと頃だけの事とはいえ、
その狂わしい一時期はわが記憶から去りやらない。
魔力のような力が私をとりこにしたのだ。
それは、夜中に吹き寄せてきた、冷え冷えとした風が、
わが魂にその姿を落としていったのか。
はたまた、天心にかかる月が、眠る私を冷たく照らしたのであったか。
あるいは星ぼしが――それがどのようであったにせよ、
かの夢はあの夜風にも似て――過ぎるにまかせよう。

夢の中とは言え、私は幸福であった、
私は幸福であったのだ――そして私は
夢という主題を愛する。
あざあざしくも命を彩る夢よ、
かの、つかの間の、影のごとく、霞のごとくたなびく
この世の絵空事は、青春の溌剌とした希望が覚える以上の
楽園と愛についての、すべてがおのれのものとなる、うるわしい幻を
酔い痴れた眼(まなこ)にもたらすのだ。

               (原題:Dreams 1827)

   みずうみ

わが命の春の日々に
ひろやかな大地の上の
わがさだめのおもむかせた
ひとつの秘めた場所
こころ変わりなくいつくしんだ場所
荒寥としたみずうみの
いとしいばかりの寂しさよ
くろぐろとみぎわせまる岩
めぐりそびえる松の喬木
夜ともなれば闇のとばりおおう
みずうみとなく――地となく
夜風しめやかな音色に
わがかたえ吹くならい
おさないわがこころは目覚め
みずうみの孤独におののく
けれどおののきはおそれではなく
おののきはふるえるよろこび
こころの暗がりからわきいでる
なづけられないここちよさ
みずうみの毒ある波には死が
みずうみの淵にはふさわしい墓が
暗いおもいの慰めを
みずうみにくむ者には
こころまどうて楽園を
暗いみずうみにみつける者には

             (原題:The Lake 1827 text)

    ひとり

子供のころから
変わりもののわたしだった
わたしのもの見る目は
ひととは違っていた
ひととおなじ泉からは
こころのたかぶりを覚えなかった
ひととおなじ源からは
かなしみの情をくみあげなかった
ひととおなじ音色には
こころを悦ばせなかった
わたしのいつくしむものは
わたしひとりがいつくしんだ
あのころ――幼いわたしの
波立つ人生のまくあけに
善いことであれ
悪いことであれ
あらゆる底深いものから
いまなお身をとらえてやまない
神秘がとりだされたのだ
たぎり急ぐ流れから
いずみのみずから
山の赤茶けた懸崖から
めぐる日輪の
秋の金色のいろどりから
わがかたわらを走り
空を切りさきゆくいなずまから
嵐と雷鳴から
そうしてくもりない青空に
一片の雲の
わが目には悪魔とうつる姿から

         (原題:Alone 1875 Scribner's Magazine 遺稿)

   至福の日、至福の時

至福の日、至福の時を
わたしの打ちひしがれひからびた心は知っていた
誇りにみちた野望の夢は
はやわが身から飛び去っていった

野望!と言うべきか?確かにそのようなものだった
けれども、ああ、それらは消え去ってひさしい
わが青春の望みはもはやない――
けれども、過ぎるにまかせよう

誇りよ、今のわたしになんの関わりがあろう?
わがひたいにふりそそがれた毒を
べつのひたいが受けつぎもしよう――
しずまるがよい、わがこころよ!

至福の日、至福の時を
わが目はかつて見、いつか見もしようが
誇りにみちた野望のこの上ない輝きは
もはや過ぎ去った

もしかの誇りにみちた野望が
かつて覚えた苦痛とともに
今また与えられたところで
かのこの上なく輝かしい時をまたとは生きまい

その翼の上では黒い合金が
羽ばたきとともにある芳香をふりまき
それを知る心ですら
破滅させる力を及ぼすのだから

    (原題:The Happiest Day, The Happiest Hour 1827)

     夢

暗い真夜中に
うつつなく夢見たのは
過ぎし日の喜びー―
いのちとも
ひかりともたのむ夢さめれば
わがこころひたすらにうらがなし

あわれこし方へと
さし返すひかり
見るものごとに照り映えて
昼とても
何か夢でないもの
わがほとりにある

きよらな夢よ
きよらな夢よ
世の人あげて
われを責める中に
かのうるわしのひかりこそ
わがこころおどらせ
孤独のたまの
みちびきともなれ

そのひかり
夜と嵐に
遠くふるえたとて
白日の真理(まこと)のなかに
夢ほども清く明るく
何か輝くものある

      (原題:A Dream 1945 text )

    夢のまた夢

この口づけをあなたの額に受けてください
今あなたとお別れするに当って
これだけのことを言わせてください――
あなたのおっしゃるとおりに、これまでの
わたしの日々は夢に等しいものでした
望みは一夜にして、一日にして、
夢まぼろしと、またたくまに失せ去りましたが
かといって、失せたことに違いはあるでしょうか?
わたしらの目に映るもの、わたしらがそう見えるものは
みな夢の夢にすぎないのですから
わたしは磯波荒いなぎさに立って、波音に
聞き入りながら、手には金色の砂をにぎりしめています
ほんのわずかな砂粒なのに、なんと速やかに
指のまから波間にこぼれ落ちてゆくことでしょう
わがなみだもまた、わがなみだもまた!
神よ!もっとしっかりとにぎりしめることは
かなわないのでしょうか?
神よ!その一粒でさえも、無情の波から救うことは
かなわないのでしょうか?
わたしらの目に映るもの、わたしらがそう見えるものは
みな夢の夢にすぎないのでしょうか?

      (原題:A Dream Within A Dream 1850 text )

   妖精郷

おぐらい谷間――おぼろに広がる大水――
目にどんよりと森の影、
それらのものの形、見きわめるすべなく
したたる一面の涙におおわれ
その郷にいくつもの巨大な月
満ち欠け――満ち欠け――満ち欠けて
夜の一刻(とき)一刻を――
おやみなく位置を変え――
その蒼白な顔から吐く息で
星の明かりを消しやり。
月の時計の子の刻ともなれば
中でもひときわ透きとおったひとつが
(みなの審議で最上と認められた
たぐいの月が)
険しい嶺のてっぺんに腰すえて
地上におり来(く)る――おり来る――なおもおり来る
そのおおどかな光輪は
ゆるらかな衣となってふり来る
村々の上、館(やかた)の上、
ところかまわず
不思議の森の上に、海の上に、
翼に乗った精霊の上に、
あらゆる眠たげなものの上に、
それらをことごとく光の迷宮に
うずめつくすまで――
その時それらは、いかに深く、ああ、深く
眠りの嗜欲につつまれることか。
(あした)になれば、それらは目覚め
それらをおおった月光の衣は
空へと舞いあがりつつ
嵐をまき起こす
その騒動の様は、例えれば
はばたく黄色い信天翁(あほうどり)か。
それらはもはや同じ目的では
つまり、贅沢にも、天幕としては
くだんの月を必要としない
とはいえ、月光の微粒子は
四散してにわかに降りそそぎ
かの空をたずねゆく
地上の蝶たちは
(決して満ち足りることのないものたちよ!)
ふたたび地に下り来って
ふるえる羽の上に
その見本をもたらすのだ。

     (原題:Fairy-Land 1845 text )

    不安の谷

静かな谷がむかしはほほえみました
だれもすむひとのいない谷でしたが
ひとびとはいくさにでかけてしまい
やさしい目をした星たちは
よごと紺青(こんじょう)の塔から
花たちの見まわりをするよう
まかせられたのでした
花園のまんなかには赤い日の光が
ひねもすたゆたっておりました
いま旅人たちのつたえる谷は
不安にみちたかなしみの谷
ものみなゆれうごく
このみいられた寂寥(せきりょう)の谷に
やすらうものはただ
おもいなやむ大気ばかり
ああ 風もないのにさわぐ木々
霧ふかいヘブリジズのさむざむとした海ににて
ふるえるあれらの木々
ああ 風もないのにいそぎ過ぎる雲
やすらぎのない空をひもすがら
不安にざわめくあれらの雲は
とりどりの人の目をかたどった
谷のすみれのうえを過ぎ
名もない墓にすすりなく
ふるえるゆりのうえを過ぎ
ゆりはみをふるわせます
そのかぐわしいこうべからは
とこしえのつゆ玉としたたり
ゆりはすすりなきます
そのかぼそいくきからは
とこしなえのなみだ宝玉とちり

    (原題:The Valley Of Unrest 1845 text )

   夢幻郷

夜という名の魔王の
黒い玉座に厳しく支配する
ただ悪霊ばかりが行きかう
暗く寂しい道を通って
近頃この土地にたどり着いた
北の果ての薄明の国から
空間を越え 時を越え
彼方に厳かに横たわる
不気味な荒寥の国から

底なしの谷 限りない大水
深淵 洞窟 巨木の森
一面に滴る露のしずくに
そのかたち覆い隠され
山々とこしえに
  岸なき海に落ち
海わき立ち
  休みなく火の空をこがれ
湖はてしなく
  孤独のおもわを広げ
  孤独の死のおもわを広げ
その静寂(しじま)の湖水に
  静寂の寒々した湖水に
ふるえる百合の雪を浮かべる

その寂しく広がる湖のほとり
  寂しく死せる湖の
ふるえる百合の雪を浮かべ
  悲しく広がる湖の
悲しく寒々と広がる湖の岸に
山々の麓に
  かすかにつぶやく川のほとりに
  とこしえにつぶやく川のほとりに
灰白の森に
  蟇(ひきがえる) 井守住む沼地に
食屍鬼(グール)徘徊する
  暗鬱な池沼のほとり
およそ不浄を極めた土地に
およそ憂愁を極めた片隅に
そこに旅人は愕然として遭遇する
経帷子まとうた過ぎにし追憶
おののき嘆息して
傍らよぎる物の怪に
地へまた天へと
その昔(かみ)苦しみ逝(さ)った友どちの
白衣(びゃくえ)の亡霊に

悲しみの限りない心には
ここは平和なやすらぎの郷
影の中歩む魂(たま)には
ここは おお ここは黄金郷(エルドラード)
だがこの郷を旅する旅人は
この郷を目の当たりに見ようとしない
目の当たり見てはならない
生ある人のひ弱な眼には
この郷の秘密はとわに明かされない
そうこの郷の王はおぼしめされ
総なす目蓋の開闔(こう)を禁じられたのだ
こうして彷徨い過ぎる悲しみのたましいは
ただ黒眼鏡を透してこの郷を眺めるばかり

夜という名の魔王が
黒い玉座に厳しく支配する
ただ悪霊ばかりが行きかう
暗く寂しい道を通って
北の果ての薄明の国から
近ごろ故郷(ふるさと)に舞いもどって来た

     (原題: Dreamland  1845 )

    ユウラリウム

空灰色にくすみ
枯葉ひからび
枯葉朽ちはて
うらさびた十月の夜
とうに忘れた昔のこと
オウバアのお暗い湖畔に
ウイアアの霧の郷のま中に
オウバアのじめじめした沼べの
ウイアアの悪鬼の住む森の

糸杉のそびえ立つ道を
ある時わたしのたましいと
わたしのたましいサイキイと
糸杉のそびえる道を歩めば
わがこころは火の山の
ころがる焼け石さながらに
流れやまぬ溶岩流
地の果ての国の
ヤアネックの硫黄の川
最果ての北の国の
ヤアネックの山にうめく川

ふたりの会話はしめやかに
ふたりのおもいはしなえ なえ
ふたりの思い出はとだえ たえ
この月の十月であることを知らず
いかなる晩であるかも気づかずに
(ああ、ひととせの夜の中の夜であったものを!)
オウバアのお暗い沼とも知らずに
(かつてここに旅したとは言え)
オウバアのしめりの沼も覚えず
ウイアアの悪鬼の森も覚えず

やがて夜の年老いて
星時計の朝をさししめす時
星時計の朝をほのめかす時
道の果てに灯るは
霧にうるんだほの明かり
くすしくものぼりくる有明の月
つのふたつの月
アスタルテのダイアちりばめた月
ふたつの角のさやかな月

そこでわたしはつぶやいた
「あれはダイアナよりも情けがある
ためいきの霊気(エーテル)をわたり
ためいきの領域に酔いしれ
うじむしの絶えぬところでは
ほおにかわかぬ涙を見てきたのだし
いま獅子星座のかたわらを来たって
天界の道へと
天界の忘却(レテ)の平和へと
わたしらを招きよせる
獅子をおそれずのぼり来たって
輝くまなざしで照らしくれる
獅子のねぐらをのぼり来たって
愛のこもったたまなざしで照らしくれる」

だがサイキイは指さして言った
「かなしいことです わたしには
この天体が信じられません
くすしくもその蒼白さが
おお いそぎましょう
おお ぐずずずなさらないで
おお にげましょう
にげましょう さもないと」
こうおののき語り サイキイは
その翼をひくくたれ
翼はつちにまみれ
おそれのあまりすすり泣き
その羽をひくくたれ
羽はつちにまみれ
羽は痛々しくつちにまみれ

わたしは答えた
「それはただ夢のうわごとなのだ
このふるえる明かりをたよりに行こう
この水晶の光をみにあびながら
今夜その神秘をつげる光は
望みにうるわしく輝いているではないか
ほら あんなにも照り輝きながら夜空をのぼっていく
ああ 信じてもまちがいなかろう
きっとあの光は
ふたりを正しく導いてくれる
信じてもまちがいなかろう
きっと正しく導いてくれよう
あれは天国へと
夜空を輝きのぼるのだから」

こうサイキイをなだめて口づけし
その憂鬱を晴らしつつ
そのためらいと憂鬱をうちけしつつ
やがて道の果てにたどりつけば
立ちはだかるは墓の戸
伝えにきく墓の戸
そこでわたしは言った
「いもよ この伝説の墓の戸に
しるされているのは どのような名か」
サイキイは答えた
「ユウラリウム ユウラリウム
あなたの亡くなったユウラリウムのお墓」

たちまちわが心は灰色に翳った
ひからびた枯葉のように
くちはてた枯葉のように
そこでわたしは叫んだ
「たしかに十月のことだった
去年のちょうどこの晩だった
わたしはこの地へ旅をした
この地へ旅をして
おののき覚える荷を運んだ
その年の夜の中のこの夜に
ああ いかなる悪魔のまどわしか
今わたしは知る
オウバアのこのお暗い沼
ウイアアの霧の郷
今わたしは知る
オウバアのこのしめりの沼
ウイアアの悪鬼の森を」

     (原題: Ulalume 1850 )

    鐘の歌

     T

聞いてごらん
そりの鈴の音(ね)
銀の鈴の音を!
なんていっぱいの楽しさを
つたえる音色だろう
凍った夜の大気を
しゃらん しゃらん しゃらん しゃらん
鳴りわたる
星たちは
夜空いっぱいにかがやき
すきとおった喜びで
ふるえてるようだ
ひめやかな韻律で
拍子をとり とり
わきおこる鈴の音に
鈴の音のミュージックに
しゃらん しゃらん しゃらん しゃらん
            しゃらん しゃらん しゃらん
鳴りわたる鈴の音に
ふるえおこる鈴の音に

     U

聞いてごらん
婚礼の甘い鐘の音(ね)
金の鐘の音を!
なんていっぱいの幸せを
つたえる諧音だろう
さわやかな夜の大気に
喜びの音がひびきわたる
とけた金の音色から
ひとつに和した鐘の歌が
なんと流れるようにわくことか
耳かたむける山鳩は
月影見あげてよいごこち
鐘つく塔の小部屋から
なんとまあとうとうと
心地よい調べのわきたつことか
なんとまあうねりながら
なんとまあ遠くまで
想いを未来に運ぶことか
鐘をゆさぶれよと
鐘を鳴りひびかせよと
どんなにおさえがたい歓喜を
つげ知らせることか
鐘のかねのかねのかねの
      鐘のかねのかねの
鐘の諧音をうち鳴らし
鐘の韻律を歌わしめ

     V

聞いてごらん
けたたましい警鐘を
真鍮の鐘の音(ね)を!
なんという激しい音(おと)
恐怖の物語をつげることだろう
夜の不意をうたれた耳に
おそれをふきこむ叫びよ!
言葉にならない恐怖の
とりみだした
叫び 叫び ばかりが
火の情けにすがって
おらび うったえる
耳もたない
あらぶる炎に
気のふれた説教をたれている
望みない望みをかけ
あくまでも説き伏せようと
炎はとびたつ
高く たかく たかく
炎よ 今こそしずまれ
蒼ざめた月がみまもるそば
今ておくれのまえに
鐘よ かねよ かねよ!
なんという絶望の物語を
恐怖の鐘の音の物語ることよ
どよめき
うちくだけ
ほえたけて
つづみうつ大気の胸に
おそれをみなぎらせることよ
けれど耳はよく知る
鐘のうなりに
鐘のひびきに
危険の近づき
危険の遠のくさまを
耳はさだかに聞き知る
鐘のみだれうちに
鐘のはたしあいに
危険のしずまるさま
危険のわきたつさまを
鐘の怒りのしずまるさまに
鐘の怒りのわきたつさまに
鐘のかねのかねのかねの
      鐘のかねのかねの
鐘の鳴りわたるひびきに
鐘の轟きわたるひびきに

   W

聞いてごらん
とむらいの鐘の音(ね)
くろがねの鐘の音を!
なんてたんまりと沈んだ思いを
単調な音色がかきたてるのだろう
夜のしじまをわたる
殷々とした音色におびやかされ
心はおののきふるえる
錆びついたのどからわきでる
響きのひとつひとつは
うめきの声
鐘つきたち――あのやからは
鐘楼の高みに住むやからは
いつでも一人きりで
くぐもったとむらいの単調な音を
うち鳴らし うちならし 
うち鳴らすごとに
人の心に重石をころがし
喜悦をおぼえるやから
男でもない 女でもない
獣でもない 人でもない
あれらは屍をくらう鬼ども
弔鐘をつくのは
かれらが王
鐘の頌歌を
うち鳴らし うちならし うちならし
    うち鳴らし!
鐘の頌歌に
おどけた胸をうちふくらませ
舞い踊りつつ
奇声をあげつつ
ひめやかな韻律に
拍子をとり とり
鐘の頌歌に
鐘の音にあわせ
ひめやかな韻律に
拍子をとり とり
脈うつ鐘の音に
鐘のかねのかねの
鐘のすすり泣きに
拍子をとり とり
につかわしい秘密の韻律に
とむらいの鐘
うち鳴らし うちならし うちならし
うち轟かす鐘の音に
鐘のかねのかねの
とむらいの鐘の音に
鐘のかねのかねのかねの
    鐘のかねのかねの
鐘のうなり声に
鐘のうめき声に

      (原題: The Bells 1850 )

    アナベル・リー

遠い遠い昔のことでした
海のほとりのある王国に
アナベル・リーの名で人の知る
ひとりのおみな子がおりました
かの女(じょ)の想いはただひとつ
わたしを愛しわたしに愛されること

海のほとりのその王国では
わたしは子供で かの女も子供でした
けれども愛をこえた愛で ふたりは
わたしとアナベル・リーは 愛し合ったのです
翼をつけた天使がうらやむほどの
それほどのふたりの愛で

そんなことから 遠い昔のこと
海のほとりのこの王国で
ある時雲から吹きよせた風が わたしの
美しいアナベル・リーを凍えさせたのです
すると 高い生まれの身内が来て
わたしのもとからおみな子を運び去り
海のほとりのこの王国の
墓の内へと閉じこめたのでした

天国にあってもこれほどの幸福を 半ばも知らない天使たちは
おみな子とわたしとをうらやんだのでした
そうです!(この海辺の王国ではだれもが知るように)
そんなことから 夜風が雲から吹きよせて
わたしのアナベル・リーを凍えさせ 死なせたのです

けれどもふたりの愛は 年たけた者たちの愛よりも
はるかに賢い人たちの愛よりも
ずっとずっと強い愛でした
天の高みの天使たちすら
海の奥底(そこい)の悪魔どもさえ
わがたまと美しいアナベル・リーのみたまとを
どうして引き離せましょうか

月が照れば 美しいアナベル・リーの夢を
わたしはかならず見るのですから
星ぼしが現われれば 美しいアナベル・リーの輝くまなざしを
わたしはいつもふりあおぐのですから
そんなふうに夜もすがら わたしは
いとしのー―いとしの――わがいのちにして
わが花嫁のかたわらに横たわります
海のほとりの墓の中の
とどろく波のほとりの墓の中の

     (原題: Annabel Lee 1850 )



作品名:詩抄<夢幻郷>
作者:エドガー・アラン・ポオ
翻訳・入力:脩 海(エポス文学館)
アップ: 2007.12.17