メランコリック詩集 「雨の日」
ロングフェロー・他
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CONTENTS: 雨の日・陽光(ロングフェロー);病気の薔薇(ブレイク);深淵より我は叫べる(ボドレール);情け知らずの魔女(キーツ) |
雨の日 ヘンリー・ウォヅワース・ロングフェロー *註1 暗くうそ寒くうっとうしい一日 雨は降りしきり風は止まない 朽ちかけた壁にしがみつく蔓草は 風の吹くたびに枯葉を散らす 暗くうっとうしい一日 暗くうそ寒くうっとうしいわが人生 雨は降りしきり風は止まない 朽ちかけた過去にしがみつくわが想いは 風吹くたびに青春の希望を散らす 暗くうっとうしい日々 静まれ、悲しむ心よ、嘆いてはいけない 雲の裏には陽が輝いている お前の定めはだれしもの定め だれの人生にも雨の降る日はある 暗くうっとうしい日々がある (原題:The Rainy Day) 陽光 ヘンリー・ウォヅワース・ロングフェロー ここにてしばし、わが馬よ、立ち止まれ 再び見るこの土地こそは その昔(かみ)、ありし人びとの 陰なす方より浮かみくるよすがなれ 過去と今とはここにて出逢う 時の潮(うしお)の流れゆくほとりに 岸辺の足跡ばかりぞ 目には残る、途切れしままに これは街へと向かう街道 あれは緑なす小道の教会へと下れる あの小道を貴女と歩んだ ああ、いとも優しいわが友と! 菩提樹の並木の影が 草の上にゆれていた そのゆれる枝と影との間で 貴女もまた影となって歩んだ 貴女の衣は白百合の装い 貴女の心は白百合の心 あの日、私と歩んだのは まことに神の聖天使の一人 木々の枝は、わが目には 身をまげてあなたの手にふれ 草むらのクロ−バーは身を伸ばして 貴女の足に口づけした “眠れ、眠れ、今日の日には 土と愚行より生まれし、つらきわずらい” あの甘美なる安息日の朝に 村の聖歌隊は厳かに歌った 窓の日よけの隙間からは ヤコブの夢に見た天の梯子かと ひとすじの金色の陽光が 埃を浮かべて射し込んでいた 時として、干し草の香りのする そよ風が窓辺に吹き入っては 賛美歌の本のページを ひらひらとめくっていった 人の良い牧師の長い説教は 私には長く思われなかった 彼は美しきルツについて語り、 私は貴女のことを思っていた 彼の祈りの言葉は長かったが 私には長く思われなかった 心の中で私は彼とともに祈り やはり貴女のことを思っていた ああ、しかし、この土地はいまや同じではない 貴女はもはやここにはいない 貴女がいなくなるとともに この地の陽光も輝きを失った 私の心に深く根づいた想いは 黒々と聳える松の木のように 昼の光を暗くし、低いため息を 絶え間なくつきもしよう さわれ頭上の雲の背後には 日輪の隠れいて 遠き野原を照らすがごとく この思い出は来し方に照り輝く (原題:A Gleam of Sunshine ) 病気のバラ ウィリアム・ブレイク *註2 バラよ 病気なんだね おまえは 真夜中に 目に見えない虫が 嵐の中を飛んできて 悦楽に赤く染まった おまえのしとねを見つけだした 虫の秘密の欲情は おまえの命を破壊する バラよ おまえは 病気なんだね (原題:The Sick Rose ) 深淵より我は叫べる シャルル・ボドレール *註3 わが心の奈落の闇の底より わが愛するただ一人の‘あなた’に憐れみを祈る 鉛色の地平の劃(かぎ)る宇宙のまなかより 恐怖と汚穢のうごめく夜のさなかに祈る 一年(ひととせ)の半ばを熱のない陽は沈まず また半ばは地のうえを夜がおおう 川なく緑なく森なく生き物も棲まず 地上の極北よりもすさめる国にさまよう 氷の太陽の惨たる寒冷にまされる また古き渾沌の夜の大いさにまされる いかなる恐怖がこの地上にあろうか 時の糸のゆるゆると繰りだされゆくままに 愚鈍の睡りにおちる小獣どものありさまに われは定めをうらやみなく生きられようか (原題:De profundis clamavi ) 情け知らずの魔女 ジョン・キーツ *註4 なにを悩んでるのかね 鎧の騎士よ 蒼ざめ ひとりぼっちで さまよいながら 沼のすげ草はすがれて 鳥も歌わないのに なにを悩んでるのかね 鎧の騎士よ そんなにやつれて 悲しげに リスはどんぐりを たんとたくわえ 刈り入れも終ったのに 見れば あなたの百合のひたいは 悩みにしめり 熱の玉をうかべ あなたの頬のバラは これまた見るまに 枯れしおれていく ‘わたしは牧場(まきば)で おみなにでおうた お伽の仙女めいて まばゆいばかりのおみなに 髪はながく 足はかろやかに 眼ざしのことざまなおみなに おみなのかしらに 花輪をかずけ また腕輪に においたつ帯も おみなにあたえ おみなわたしをみつめ まことわたしをいとおしみ ためいきつくも とろけるような わが早足の馬に おみなを乗せ ひがないちにち わきめもやらねば おみな身をしなわせ 身をかたよせ 歌うよ あやかしの歌 舌とろかす蕪(かぶら) 野の蜜 天来の甘露 わがために おみな見つけくる まことおみなのことば へんちくりんだが わたしが大好きとな おみな あやかしのほらに わたしをさそい おみな泣き おみないたくなげく わたしはそこで おみなのまなこ 乱れ乱れた おみなのまなこ つぶらせる くちづけ四つほどで おみな歌いあやせば うとうと とろとろ ふかくのねむりに わたしの見た夢は くわばらくわばら さむざむした 岡のなぞえで つい近ごろ わたしの見た夢は ほの蒼白い王たち 王子たち ほの蒼白い つわものたち 死びとのような 蒼い顔色で こぞって叫びおったわ “情け知らずの あやかしの美女に たぶらかされてる あなたですぞ” たそがれめいた ほのぐらさに 見ればおぞましくも ひからびたくちびる かっとひらいて 吐くいましめの言葉 覚めればわが身は 岡のなぞえに さむざむして こうしてわたしは ひとり蒼ざめ さまよいながら ここにとどまる 沼のすげ草はすがれるとも 鳥はたえて歌わなくとも’ (原題: La Belle Dame sans Merci ) *註1 Henry Wadsworth Longfellow (1807-1882)。19世紀米国の国民的詩人。代表作「エヴァンジェリン」。 *註2 William Blake (1757-1827)。19世紀英国の詩人にして画家。代表作「無垢の歌」「経験の歌」。ここでは少々自由訳にしました。原詩を載せておきます。 The Sick Rose O rose, thou art sick! The invisible worm, That flies in the night, in the howling storm, Has found out thy bed Of cimson joy, And his dark secret love Does thy life destroy. *註3 Charles Baudelaire (1821-1867)。19世紀フランスの代表的な象徴詩人。Les Fleurs du Mal (悪の華)によって知られる。De profundis clamavi はバイブルの詩篇から取られた題。 *註4 John Keats (1795-1821) 19世紀英国ロマン派の詩人。La Belle Dame sans Merci はバラッド(小譚詩)の傑作。 作品名:メランコリック詩集「雨の日」 作者:ロングフェロー他 翻訳copyright:Shuuji Kai 2009 Up:2009・1・12 |