リヒャルト・フォン・フォルクマン=レアンダー
(Richard von Volkmann-Leander 1830-1889)


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 沼に落ちたハイノ



 「わたしらの息子は狩りの達人じゃな」と、年老いた王は言いました。「かれは毎日いしゆみ(弩)をたずさえ、馬に乗って森へ出かけてゆくよ。ところが、どれだけたくさん獲物をしとめても、一度として持ち帰ったことがないのじゃ。射とめた獲物は、みんな貧しい者たちに分け与えてしまうのじゃからな。あれはとても気立ての善い子じゃよ」
 こんなことを、年老いた王は王妃に言いました。しかし、森のなかののろ鹿たちは、まったく別の考えをしました。鹿たちは、まったくハイノを恐れなかったのです。かれらはもう長くかれを見知っていましたので、かれらに何も害を及ぼしたりしないことが、分かっていたからです。ハイノはいつでも、馬に乗って、森の端まで通りぬけるだけでした。森のはずれには、一軒の小さな家が建っていました。その家は樹木ややぶにすっかり囲まれていて、窓や扉もツタやスイカズラがびっしりと覆っていました。そして扉の前には、青い目の娘(こ)が立っていました。王子がやってくるのを見ると、かのじょの大きな青い両眼は、喜びで星のように輝き、かのじょの満面を照らすのでした。
 ハイノはあい変わらず獲物を持ち帰りませんし、いつでも一人で馬に乗って出かけます。そして父王が、かれと共に馬で出かけたときも、かれは一匹の獲物もしとめませんでした。そこで老王は、狩りというのも、何か特別の事情があるのにちがいないと気づきました。かれは一人の従者に、こっそりとハイノのあとをつけさせました。従者は王にことの次第を語りました。それは老王には我慢のならないことでした。かれは激怒しました。というのは、ハイノはかれのただ一人の息子でしたし、かれをある有力な王の娘と結婚させようと、考えていたからです。そこで老王は、二人の下僕として仕える猟師を呼び、かれらに頭ほどの大きさの金塊を見せ、二人が青い目の娘を亡きものにしたならば、それを取らせようと約束しました。
 ところで、青い目の娘は、一羽の雪のように白い鳩を飼っていました。それは森中で一番高い木の梢に、毎日とまって、城のほうを見張っていました。ハイノが青い目の娘に会うために馬にまたがると、鳩はすばやく先に飛びたって、翼でもって窓をたたき、こう叫ぶのでした。

  「小枝が鳴っていますよ
   お馬がやってきますよ
   愛くるしい青い目の娘よ
   お馬でおいでですよ」

 そこで青い目の娘は扉の前に立ち、ハイノが来るまで待つのでした。
 さて、白い鳩が夕方に二人の下僕の猟師が、こっそりと森に向かっているのを見たとき、何か良くないことが起こりそうに思われました。鳩は急いで城へ飛んでゆき、ハイノの部屋の窓のガラスをたたき、かれがやって来て窓を開けると、見たことのすべてをかれに報告しました。そこで、かれは息つく間もなく、森の中へ駆けいりましたが、小さな家についたときには、すでに下僕の猟師たちは青い目の娘をしばりあげ、どのように殺そうかと相談しているところでした。そこでかれは、二人の猟師の首をはね、城に持ち帰って、父王の部屋の前の敷居に置いておきました。
 老王は一晩中眠れませんでした。扉の向こうに、かすかなすすり泣きやうめき声が、しきりに聞こえたからです。夜が明けると、かれはベッドから起きあがり、いったい何ごとなのかを調べてみました。すると、下僕の猟師たちの首が二つ、敷居に置かれていて、間にハイノからの手紙がありました。その手紙には、次のようなことが書かれていました。――わたしはもはや、父も母もないものとみなします。わたしは毎晩、青い目の娘の家の前の敷居で、ひざに抜き身の剣をおいて寝ることとします。かのじょに害を及ぼそうとして来る者は、だれであっても、あの二人の下僕の猟師にしたように、首をはねてしまいます。たとえそれが、王様自身であってもです。
 老王はこれを読んで、大いに戸惑いました。かれは王妃のところへゆき、すべてを話しました。王妃はそこで、王が青い目の娘を殺させようとしたことを、さんざんに叱りました。こんなふうです。――「あなたは、なんでもだめにしておしまいになる。なんでもかんでも、しまつしてしまえばよいなんて!あなたがた男性は、だれもかれも、まるでなっていませんこと。いつもいつも、曲げよ、さもなくば折れ、ですからね。ですから、今日もあなたのシャツが六枚洗濯されてきましたが、六枚が六枚、えりひもがまたもなくなっていました。どこへ消えてしまったのでしょうね。あなたがまた引きちぎってしまったのです。根気よくほどけばよいものを、もつれさせてしまったからです。ハイノもあなたにそっくりです。やれやれ、わたしがもとにもどさねばならないなんて!」
 「分かった、分かった」王様は答えました。王妃の言うことがもっともだと感じたのでしょう。「落ちついておくれ。そうしからんでもよかろうに。それで事態がよくなるわけでもあるまいし」
 そこで、王妃は一晩中、ベッドの中で何度も寝返りをうちながら、どうしたらよいかを考えました。明るくなると、かのじょはすぐに牧場へ出かけてゆき、黒い実のなっている毒草を掘りだしました。それから森の中へ入り、道にまっすぐ植えておきました。
 王妃がもどると、王はかのじょのした事をたずねました。そこで王妃はこう答えました。――「わたしは王子のために、赤い花の咲いている草を道に植えておきました。その花を折りとる者は、最愛の人を忘れてしまうのです」
 次の日の朝、ハイノが森の中を歩いていると、その草は道ばたに立って、美しい赤い花を咲かせていました。花は朝日をうけて照り輝き、気が遠くなるほどの強い香りを放っていました。しかし、昨夜はしとどに露が下りたにもかかわらず、草も花も乾ききっていました。そこでかれは言いました。

  「これはどんな草なのだい
   露のおかない草なのかい」

 すると花は答えました。

  「だれにも見つけられない花ですよ
   でも王子様ならべつなのですよ」

 そこで、彼はまたたずねました。

  「おまえを折り取ってしまおうかね
   ぼくのゆくてにあるおまえをね」

 すると花は答えました。

  「そうすればもっと美しく咲いてみせましょう
   ほこり高い王子様ですもの」

 そこで、かれは我慢ができなくなり、その花を摘み取りました。そのとたんに、かれは最愛の人を忘れてしまいました。そして、城の両親のもとへ戻りました。
 母親が戻ってくる息子を見ると、かれはチョッキに赤い花をさしていました。かのじょは万事うまく行ったことを知り、王を呼びました。王は息子を迎えに出、金の兜(かぶと)と、金の鎧(よろい)を授けて、言いました。――「わたしは年老いて、弱っている。世の中へ出て、外ではどうなっているかを見てきなさい。二年後にそなたが戻って来たとき、そなたに王国を継がせよう」 そこでハイノは、三十人のお供を選びだし、かれらと共にあちこちの王国を訪れ、世界のすばらしさを見てまわりました。
 さて、ハイノが訪ねてこなくなったので、青い目の娘はかれに見捨てられたことに気づきました。かのじょは毎朝白い鳩を放ちました。鳩はハイノを見つけるまで、世界中を長らく飛びまわらねばなりませんでした。そして、毎晩のこと、白い鳩はもどってきますと、青い目の娘に、ハイノがどこにいて、無事でいるかどうかを告げるのでした。

  「わたしのいとしい勇者は なにをなさっていますか
   王の血を引く わたしの若いお方は」

 すると鳩は答えました。

  「世界じゅうを 旅していらっしゃいます
   勇ましく ほこり高くていらっしゃいます」

  「わたしのことを お忘れでないかしら
   わたしのことを もうお思いでないのかしら」

  「あの方は あなたのことをお忘れです
   お酒の席でも お食事の席でも
   雨が降っても 陽が照っても」

 早くも二年間が過ぎ去りました。すると、ある晩のことです。白い鳩は、翼に一点の血のしみをつけて、戻ってきました。
 そこで、青い目の娘は尋ねました。

  「わたしのいとしい勇者は 何をなさっていますか
   王の血を引く わたしの若いお方は」

 そして、翼についた血のしみを見て、とても沈みこんでしまいました。「かれはお亡くなりになったの」と尋ねました。

  「めっそうもありません
   お亡くなりなんて!」

 鳩はクゥークゥー鳴いて答えました。

  「鬼火の沼で 溺れておしまいです
   鬼火の沼に 沈んでおしまいです
   葦の生いしげる 沼地の中で
   あの方は魔法にかけられています
   神様 お憐れみを
   鬼火の女王の 白い腕の中で」

 そこで、青い目の娘は白い鳩を肩の上にとまらせ、道案内するように命じて、ハイノを探す旅に出ました。
 三日間さすらったのちに、かのじょはハイノが魔法にかけられてとらわれている、鬼火の沼にやって来ました。かのじょは道にじっとすわって、日の暮れるのを待ちました。暗くなると、空が曇りだし、雲が飛びかいました。雨がパラパラと、はんの木の茂みを鳴らしました。すると、ほどなくして、かのじょは沼の奥の方に、最初の小さな青い炎(ほのお)が、いくつか燃えあがるのを見ました。そこで、かのじょはスカートのすそをたくしあげ、葦の生いしげる中へ勇ましく下りたち、鬼火どもをしかと見つめながら前へ進んでゆきました。それはとても骨の折れる歩みでした。足はすぐにくるぶしまで沈んでしまいましたし、風が髪を肩に打ちつけましたので、かのじょは立ち止まって、それをうなじで大きな髷(まげ)に結わねばなりませんでした。そして、雨はかのじょの両頬に流れました。おまけに、沼はどんどん深くなってゆきました。そして青い鬼火どもは、どんどんと数を増してきて、あちこちに立ち現われ、かのじょをこ馬鹿にしようとしているかに思われました。というのも、鬼火どもは、ひと時静止したり、またはかのじょに向かってくるかのように見えましたが、かのじょがすぐにそれらにたどりつけると思っていると、たちまち沼の中央に飛びもどったり、突然消えて、また離れた場所に現われたりするのでした。かのじょはもう、膝まで沼に沈んでいましたので、二歩三歩進むのがせいいっぱいで、そのつど休まねばなりませんでした。すると、嵐がやみ、鎌のような細い月が雲間から現われ、かのじょの前には、大きな暗い沼の中央に、鬼火の女王の魔法の城が立ち現われました。
 死のように静かな沼の水面から、白い階段が大きな、開かれた広間へと通じていました。金の柱頭をいただいた、青や緑の水晶の柱が、いく本もその広間を支えていました。広間では、色とりどりのあや模様をなした、無数の鬼火が、それらの中央に高くぬきんでてただよっている、特別に明るく燃えた炎の周りを、ぐるぐる踊りまわっていました。すると、群れの中から突然に、いくつかの鬼火が離れ、二つの輪をつくり、渦巻きながら、広間から飛びだして来ました。その輪の一つは、城のきざはし(階)のすぐ前で留まっていましたが、いま一つの輪はぐんぐん近寄ってきました。そして青い目の娘は、額に金の環(わ)をつけた、十二人の青白い、とても美しい若い女たちを、すぐさま見てとりました。その金環の前部には、小さな金の皿が突き出ていて、その中で青い鬼火が燃えているのでした。女たちは乱舞しながら、青い目の娘の方へふわふわとやって来て、かのじょをとり巻きました。そして、城から魔法の楽の音が響きだすのに合わせて、女たちは歌いました。

  「輪舞の中に
   輪舞の中に
   やさしい妹 青い目の娘よ 加わりなさい
   城の中では
   城の中では
   すてきな仲間が あんたを 招いているよ

   ほら 目くばせしてるでしょう
   手まねきしてるでしょう
   あんたを歓迎して 招いているのよ
   お忘れなさい この世で愛したものなんて
   わたしたちの群に おはいりなさいよ」

 しかし、青い目の娘は落ちつきはらい、大きな澄んだまなこで、亡霊たちをはたと見すえ、こう言いました。――「あなたたちの言うとおりになるわたしではありません。生きてこの沼から出られるかどうかは、天の神様だけがお知りでしょうが、たとえ死なねばならないとしても、あなたたちの言うとおりになぞ、するものですか」
 すると、若い女たちは、散りぢりに沼の奥へ逃げ去ってしまいました。しかし、かのじょらに代わって、それまで城のきざはしの前で、あちこち踊りまわっていた、二つ目の鬼火の輪が、ふわふわと近寄ってきました。それは十二人の、とても美しい、しかし死人のように青白い顔をした、若い男たちでした。額には、やはり青い鬼火が燃えていました。かれらは青い目の娘をとり巻き、かのじょの周りをゆったりと踊ってまわりました。そうしながら、代わるがわる白い腕を頭上高く伸ばし、背後の城の方を指し示しました。そして、とりわけ中の一人は、何度もかのじょに近づいては、かのじょを抱きしめようとするかのようでした。かのじょがよくよく見てみると、それはハイノでした。
 そのとたん、氷のように冷たい剣がかのじょを貫いたかのように、かのじょの心臓はちぢみました。かのじょは大声で叫びました。
 「ハイノ、神のご加護を、こんなひどい目にあってるなんて!」
 かのじょがこう叫んだとたんに、沼の上を激しい突風が吹いて、鬼火の灯(あか)りがかき消えてしまいました。沼の静かな水面がしわをよせ、黒い波が城の白いきざはしに打ち寄せました。すると、城は音もなく沼底に沈み、城のあった所には、昔の異教徒の漁師の家のなごりである、四本の腐った木の柱が立っていました。そして青い目の娘の前には、深い沼に腰までつかったハイノが、ありし日のままに、肉の身で立っていました。しかし、顔は青ざめ、悲しげでした。額には乱れた髪がかかり、兜と鎧は錆(さ)びついていました。
 「きみは、青い目の娘なのかね」と、かれは沈うつなおもむきで尋ねました。
 「ええ、わたしですとも、ハイノ」
 「ぼくに、かまわないでおくれ」と、かれは答えました。「ぼくは、だめになった男なのだよ」
 しかし、かのじょはかれの手を取り、勇気を出すようにと励ましました。そこで、かれは二、三歩、前に踏みだしてみました。それから立ち止まって、言いました。

  「青い目の娘よ ぼくは沈んでしまうよ
   青い目の娘よ ぼくは溺れてしまうよ」

 しかし、かのじょはかれの手をいっそう強くにぎり、答えました。

  「いいえ ハイノ あなたは沈みません
   いいえ ハイノ あなたは溺れません
   わたしにしっかり おつかまりなさい
   そうすればきっと あなたは救われます」

 そのようにして、かのじょは一歩、一歩、かれの前進をたすけましたが、かれは再三立ち止まって、言いました。

  「青い目の娘よ ぼくは沈んでしまうよ
   青い目の娘よ ぼくは溺れてしまうよ」

 そのたびに、かのじょはかれを慰撫(いぶ)して、言いました。

  「いいえ ハイノ あなたは沈みません
   いいえ ハイノ あなたは溺れません
   わたしにしっかり おつかまりなさい
   そうすればきっと あなたは救われます」

 言うに言われない苦労をして、二人はやっとのこと、遠くに沼の端と道路の見える所まで、たどりつきました。その時、ハイノは頑(がん)として立ち止まり、叫びました。「ぼくはもう、これ以上歩けないよ、青い目の娘よ。きみは一人でもどって、ぼくの母によろしく言っておくれ。きみは深くは沈まないから、きっと抜けだせるよ。でも、ぼくはほとんど胸まで沈んでしまった。」 そう言って、かれは振り返り、城が沈んでいったあたりを見返しました。
 「振り向いてはいけません」と、青い目の娘は不安げに叫びました。しかし、かのじょがかろうじてそう叫んだとたん、沼の真ん中から、一つの青い炎が、二人の方へただよって来ました。それはたちまちに近づいてきて、二人の前に鬼火の女王が姿を現わしました。かのじょは頭に白い睡蓮の花輪をいただき、黄金の蛇の王冠をつけていました。その蛇は、かのじょの髪の中と額のまわりで、かすかに動いていました。かのじょは、ハイノの胸の中まで見透そうとするかのように、燃えるまなこでかれを見つめました。それから、かれの肩の上に手を置き、訴えるように頼みました。――「帰ってきてちょうだい、ハイノ。」 かれは立ち止まり、かのじょを見つめ、こころが揺れ動きました。
 その時、青い目の娘は、かれの腰から剣を抜きとると、鬼火の女王に向かって振り上げました。しかし、鬼火の女王はにたりと笑って、言いました。――「お馬鹿さんだね。わたしに何をするつもりなのだい。わたしは血や肉の存在ではないのだよ。」 そして、かのじょはハイノをつかみ、ぐいと自分の方へ引き寄せましたので、かのじょの黒い巻き毛が、かれの顔にかかりました。そこで青い目の娘は、心痛のあまり叫びました。「恐ろしい女よ、あんたが血と肉の存在ではないとしても、わたしはここにいる人を、あんたの両手から救いだしてみせましょう。」 そして、かのじょはもう一度、力いっぱい剣を振り上げました。
 鬼火の女王は、ハイノの右手をしっかりと握っていましたが、むりやり一緒に連れていこうとしたとき、青い目の娘は叫びました。――「ハイノ、痛くはないわよ!」 そして、かれの腕を手首のあたりで、ばっさりと切り離してしまいました。
 すると、女王の額の鬼火は消え、かのじょ自身の姿も、霧が晴れるように溶けてなくなりました。そして、それまで青い目の娘の肩に止まっていた白い鳩が、ハイノの肩に飛び移りました。
 それを見て、青い目の娘は叫びました。――「もう大丈夫よ、ハイノ! 行きましょう。道まではもう遠くないわ。残った力をふりしぼるのよ。ほら、もう深くは沈んでいかないでしょ。」
 そして、二人は歩みつづけましたが、ハイノは相変わらず立ち止まっては、言いました。

  「青い目の娘よ ぼくの腕は燃えるように痛い」

 しかし、彼女は答えました。

  「ハイノ わたしの心はもっと痛むのよ」

 しかし、最後の道のりを、かのじょはかれを、かつぐようにして進まねばなりませんでした。かれが沼から最後の一歩を踏み出したとき、かれはぐったりとして道に倒れ、眠りこんでしまいました。そこで、かのじょはヴェールを脱ぎ、かれの腕に巻きましたので、出血が止まりました。――ハイノがおだやかな眠りについたのを見て、かのじょは、かれがかつて贈った指輪を指からはずし、ハイノの手の指にそれをはめると、帰国の途につきました。
 故郷に帰ると、かのじょはすぐさま老王のもとに出むき、かのじょの大きな青いまなこで、喜ばしげにかれを見つめながら言いました。――「わたしは王子様をお救いしました。まもなく、王様のもとへお帰りあそばすでしょう。神かけて申します。わたしはもう二度と、王様にお会いすることはありません。」
 すると老王は、かのじょを胸に抱きしめ、言いました。――「青い目の娘よ、わたしの娘よ、そなたは王女にひとしく、誇らかに王冠をかぶってよいのじゃ。そなたがハイノを許して、片腕の男を夫にする気持があるなら、そなたは一生かれの妃となってよいのじゃよ。」
 こう言うと、老王は扉を開け放ちました。ハイノが現われ、青い目の娘を腕に抱きました。王国中が喜びにわきたちました。人々はみな、王子を救った、美しく、敬虔(けいけん)な乙女を見たがりました。
 ところが、二人が祭壇の前に立って、指輪を交換する段になると、ハイノは右手がないことを忘れ、切り株のような腕をさしだしました。その時、奇蹟が起こりました。というのは、牧師がその切り株のような腕にふれると、そこから新しい手が生え出てきたからです。まるで、褐色の枝から、白い花が咲くようでした。しかし、手首の周りには、細い、赤いすじが、糸のようにとり巻いていました。そのすじは、かれの腕に一生ついたままでした。

(原題:Heino im Sumpf) 


    *       *        *


作品名:沼に落ちたハイノ
作者:リヒャルト・フォン・フォルクマン=レアンダー
訳者:脩 海 copyright:2016 shu kai
Up:2016.4.5
入力:マリネンコ文学の城