グリム兄弟 (die Brueder Grimm )

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 兄のヤコプ・グリム(Jacob Ludwig Karl Grimm 1785-1863) と弟のウィルヘルム・グリム( Wilhelm Karl Grimm 1786-1859) は一つ違いで、共にドイツ中部の町ハーナウに生まれ、ベルリンで没した。ゲルマニスティク、言語学、民話学、神話学の開祖として、二人ながら学究の人生を歩んだ。なによりも、Kinder und Hausmaerchen (子供と家庭の民話)の蒐集によって、画期的な民話の世界を開いた。‘グリム童話’は1812年の初版以来、改訂と削除をへて、今日一般に読まれているテキストが成立した。二百篇を超える中から、ここでは少々風変わりな二篇を選んでみた。民話の持つ自在な語り口の魅力を、翻訳で味わってもらえれば幸いである。



                   よたものたち

                      グリム兄弟 作


 おんどりがめんどりに言いました。「そろそろクルミの実が、食べごろだな。いっしょに山へいってみるか。りすのやつが、みんなよこどりするまえに、いちどたんまりと食っておこうや。」――「そうさね。」と、めんどりは答えました。「そうすっか。ひとつ、ふたりでゆかいにやるとしよう。」そこで、ふたりはそろって、山へ出かけてゆきました。おてんきもよかったので、かれらはすっかりながいをして、晩(ばん)かたになってしまいました。あんまりたくさん、クルミを食べすぎたためでしょうか、それとも、えらぶってみたくなったためでしょうか、どちらだか知りませんが、ふたりはなんだか、あるいて家へ帰るのが、いやになってしまいました。そこでおんどりは、くるみのからで、ちいさなばしゃを、こしらえるはめになりました。ばしゃができあがりますと、めんどりはさっそくのりこみまして、おんどりにめいじました。「あんたが、ずっとひっぱっておくれ。」――「なんてずうずうしい。」おんどりは言いかえしました。「おらがひっぱるくらいなら、あるいて帰ったほうがましだよ。いやなこった、そうはとんやがおろすまいよ。ぎょしゃだいにすわって、たづなをとるならよかろうが、うまになるのはごめんだわい。」
 そんなふうに、言いあらそっていますと、一羽のアヒルが、ガアガア言いながらやってまいりました。「あんたがた、このどろぼうめ、おらのクルミの山に、だれがかってに入ってもいいと、言っただか。にがすものか、とっちめてくれる。」そう言うと、くちばしをひらき、おんどりめがけて、つっかかってゆきました。けれども、おんどりもまた、負けてはいませんでした。アヒルのからだのうえに、もうれつにとびかかり、けづめで、はげしくひっかいたものですから、アヒルはとうとうねをあげて、いのちごいをしました。ばつとして、言われるままに、ばしゃをひっぱるはめとなりました。そこで、おんどりはぎょしゃだいにのり、たづなをとって、ばしゃは走りだしました。「アヒルよ、いっしょうけんめいに走れ!」しばらく走ったところで、かれらは、みちを歩いている、ふたりづれにであいました。ひとりはとめばりで、もうひとりはぬいばりでした。ふたりは「ストップ、ストップ!」と、さけびました。そして、こう言いました。「もうすぐまっくらやみになって、いっぽも歩けなくなってしまいます。おまけに、みちもぬかるんでいます。ちょっとそこまで、のせていってもらえませんか。町の門前(ぜん)の、したてや組合(くみあい)のさかばで、ビールをのんでいるうちに、おそくなってしまったのです。」おんどりは、かれらがあまりばしょをとらない、やせこけたれんちゅうですので、ふたりとものせてやることにしました。けれども、ふたりは、おんどりとめんどりの、足のうえをふまないように、やくそくさせられました。
 夜おそくなって、かれらは、いっけんのやどやにやってきました。かれらは、このさき、夜みちを、ゆきたくはありませんでしたし、アヒルもまた、足もとがふらふらして、あっちへころび、こっちへころぶありさまでしたから、そんなわけで、とまることにしたのです。やどやの主人(しゅじん)は、はじめのうちは、もうあいた部屋(へや)がないからなどと、いろいろ言いわけを言って、ことわりました。おそらく、うさんくさいれんちゅうと見て、用心したのでしょう。けれども、かれらは、たいへん口じょうずでしたから、めんどりが来るとちゅうで産みおとした、たまごをあげようとか、一日にひとつずつたまごを産む、アヒルをあげようとか、うまく言いくるめましたので、やどやの主人も、とうとうしょうちして、かれらをひと晩(ばん)とめることにしました。そこで、かれらはごちそうをはこばせて、またまた、たらふく飲んだり、食べたりしました。
 つぎの日の朝早く、まだやどのものたちが、みな寝ているあいだに、おんどりは、めんどりをおこしました。そして、たまごをとりもどしてくると、くちばしであなをあけ、ふたりして、むさぼるように、飲んでしまいました。そして、からだけのたまごを、かまどに、投げすてておきました。それから、かれらは、まだ寝ている、ぬいばりのところへゆき、そのあたまをひっつかんで、やどやの主人の、いすのクッションにさしておきました。そして、とめばりのほうは、主人のタオルにさしておき、あとはどうとでもなれ、とばかりに、野原を、いちもくさんに、逃げてゆきました。おくがいで寝ることがすきな、アヒルはと言いますと、いち夜を、やどやのにわですごしましたが、ふたりが、とぶように逃げていくようすを聞きつけ、すっかりげんきになりました。川を見つけると、さっそくとびこんで、およぎくだってゆきました。ばしゃの前につながれるよりは、ずっとはかばかしく進んだものです。二、三時間たってから、やどやの主人は、やっとはねぶとんのベッドから、おりたちました。顔をあらって、タオルでふこうとしますと、とめばりが顔のうえをこすり、右の耳から左の耳まで、赤いすじができてしまいました。それから、かれは台所へゆき、たばこをすおうとして、かまどに近づきますと、たまごのからが目にとまりました。「今朝は、どうも、頭にくることばかりだ。」かれは、そうこぼしながら、ふきげんになって、おじいさんの代(だい)からのいすに、こしをおろしました。けれども、たちまち飛び上がって、さけびました。「あいたー!」 なにしろ、ぬいばりが、かれを、頭にくるどころか、もっとひどい目に、あわせたものですから、かれは、とうとう、すっかり腹(はら)をたててしまいました。さくばんおそく来て、とまったきゃくたちがあやしいと、めぼしをつけました。そこで、かれらを、あちこちさがしましたが、どこにもすがたが見あたりません。そんなわけで、かれは、一つのちかいをたてました。たらふくと食べて、食いにげをしたあげく、おんがえしにいたずらまでしていく、そんなよたものたちを、こんごは、けっしてとめたりはするものかと。

                            (原題:Das Lumpengesindel )

  


           こわがりを学びに出たわかもの

                   グリム兄弟作



 ふたりのむすこを持っている父親がいました。兄のほうはりこうで、気がきいていましたから、どんなことでもうまくできました。ところが、弟のほうはとんまで、覚えたり学んだりすることが、まったくだめなのでした。弟のすがたを見ると、人びとは言いました。「これでは父親のくろうもたえまいなあ。」なにかのしごとがある時は、いつも兄がかたづけるのでした。ところが、おそい時間やま夜中などに、父親がものを取りにいかせたりすると、そして道が教会墓地(きょうかいぼち)や、きみのわるい場所などを通るときは、兄はこんなへんじをしました。「いやだよ、お父さん、ゆきたくないよ、こわいもん。」兄はこわがりやでした。また晩かたに、だんろをかこんで、はだのあわだつようなものがたりが話されると、聞いている人たちは、「ああ、こわい!」と、なんども口に出しました。かたすみにこしかけた弟も、いっしょに話を聞いていましたが、いっこうになんのことだか分かりませんでした。「“こわい、こわい”って、みんなしきりに言うけれども、おいらにはすこしもこわくない。こわいってことは、きっと、おいらの知らない、なにかのわざにちがいない。」
 ある時、父親は、かれにむかって言いました。「おまえ、そんなすみっこにおるのか。大きくなって、ちからもだせようというのに。おまえもまた、じぶんのみをやしなうだけのことは、学ばなければいかん。お兄ちゃんのせいをだしとるのを、見ならうがよい。おまえには、どこか、ぬけたところがあるからなあ。」――「分かったよ、父さん」とかれは答えました。「おいらだって、なにかを学びたいんです。そうだ、できることなら、おいら、みにつけたいことがあるんです。それは“こわい”ってことなんです。おいらまだ、ぜんぜん“こわい”ってことを知らないんだ。」それを聞いて、兄は笑いました。そして心に思いました。「おやおや、ぼくの弟は、なんてばかものなんだろう。しょうらいの見こみが、まるでないよ。へびの子は、小さくても人をのむというのに。」 父親は、ためいきをついて、答えました。「こわいということはな、きっとおまえにも分かる時がくる。しかし、それでパンにありつけるわけではないのだ。」
 それからしばらくして、教会の堂(どう)もりが家にやってきました。そこで父親は、かれになやみごとをうったえました。下のむすこが、なに一つまんぞくにできないこと、なんのしごとも知らず、覚えようともしないこと、を話しました。「まあ、こうなんだ。わしがあいつに、どうやってみをたてるつもりかときいてみると、こわがりをみにつけたいとぬかすのさ。」「よろしい」と堂もりは答えました。「こわがりたいなら、わしのところで修業(しゅぎょう)したらよかろう。わしのところへ、よこしなさい。むすこさんを、きっとしこんでみせましょう。」父親はよろこびました。「これでむすこも、すこしはものになるだろう」と考えたからです。そこで、堂もりは、わかものをじぶんの家にひきとりました。かれは、かねを鳴らすしごとをあたえられました。二、三日して、堂もりはかれを夜中におこしました。ねどこを出て、教会の塔(とう)にのぼり、かねを鳴らすよう言いつけました。「おまえもこわいということが、きっと分かるにちがいない。」そう考えて、堂もりはこっそり先まわりしました。わかものが塔にのぼり、まわりを見まわし、かねのつなをにぎろうとした時、階段(かいだん)の上の、音をひびかせるあなのあたりに、白いひとかげが立っているのが見えました。「そこにいるのは、だれだ」と、かれはさけびました。しかし、そのひとかげはへんじをしません。ゆれも、うごきもしません。「へんじをしろ」と、わかものはさけびました。「でなければ、こっちへ来い。こんな夜中に、こんなところで、なにをしている。」堂もりは、しかし、じっと立っていました。そうやって、わかものに、ゆうれいだと思わせようとしたのです。わかものは、もういちどさけびました。「こんなところでなにをしている。おまえがしょうじきものなら、口をきけ。さもないと、階段の下へつき落としてしまうぞ。」「まさかほんきじゃあるまい」と堂もりは考えました。そして、ひとこともしゃべらずに、石の像(ぞう)のように立っていました。そこでわかものは、みたびよびかけました。またしても、おう答がありませんので、わかものは走りよって、そのゆうれいを階段の下へつき落としました。ゆうれいは十だんほどころげ落ちて、かたすみにのびてしまいました。それから、わかものはかねを鳴らして帰り、だまってベッドにもぐりこむと、またねいってしまいました。堂もりのつまは、おっとの帰りを長いこと待ちわびていましたが、いっこうにもどって来ません。とうとうふあんになり、かのじょはわかものをおこして、たずねてみました。「うちのひとがどこにいるか、知らないかい。おまえのさきに、塔へ上がっていったんだけど。」――「知りません」と、わかものは答えました。「けれど、階段の上の、ひびきあなのあたりに、だれか立っていました。へんじをしなかったし、たちさろうともしなかったので、おいらどろぼうだろうと思って、下へつき落としました。あれがそうだったのかどうか、ごじぶんで見てきてください。おいら、きがひけて。」つまが飛んでいってみると、かたすみにころがって、うなっているおっとを見つけました。足のほねが、一本おれていました。
 つまはおっとを家にはこびこむと、大声をあげながら、わかものの父親の家へおしかけました。「おまえさんのむすこは、ひどいことをしてくれたもんだ」と、かのじょはさけびました。「うちのひとを、階段からつき落としたんだよ。おかげで、足を一本おっちまったよ。あのろくでなしを、早くうちからつれ帰っておくれ。」父親はびっくりしてかけつけました。そして、むすこをしかりとばしました。「なんといまわしいことを、してくれたものだ。きっと、あくまにそそのかされたにちがいない。」――「父さん」と、むすこは答えました。「聞いてください。おいらがわるいんじゃないんです。あの人は、夜中に塔の中で、なにかわるいことをたくらんでいるもののように、立っていたんです。おいらには、だれだか分かりませんでした。へんじをするか、たちさるよう、三度もけいこくしたんです。」――「ああ」と父親は言いました。「おまえがそばにいると、まったくろくでもないことばかりがおこる。わしの目のとどかないところへ、行ってしまえ。おまえの顔など、もう見たくもない。」――「分かりました、父さん、よろこんでそうします。でも、夜明けまで待ってください。そしたら、おいらはたびに出て、こわがりを学んできます。そうなれば、おいらも、じぶんのみをやしなうだけのわざが、みにつくわけですから。」――「なんでも、おまえのすきなことを、みにつけるがよいさ。」父親は言いました。「わしには、どうでも、おなじことだわ。五十ターラーおまえにやろう。そのかねで、世(よ)の中に出るがよい。だが、おまえがどこから来たか、おまえの父親がだれかなんていうことは、けっしてだれにも話してはならんぞ。おまえのことで、はずかしい思いはごめんだからな。」――「分かりました、父さん、おっしゃるとおりにしますよ。父さんがのぞむなら、おいらそんなことを、口にはだしません。」
 夜が明けると、わかものは五十ターラーのおかねをポケットに入れて、かい道(どう)を歩き出しました。そして、みちみち、しきりにひとりごとをつぶやきました。「こわがりたいものだ。こわがりたいものだ。」すると、そのひとりごとを聞きつけて、一人の男がちかよってきました。そして、しばりくびの柱(はしら)の見えるところまでやって来ると、その男はわかものに言いました。「ほら、あそこに柱が見えるだろう。あそこで、七人の男が、なわやのむすめと、婚礼(こんれい)をあげたのさ。今は、飛ぶれんしゅうをしているところさ。あの下にすわって、夜が来るまで、待ってごらん。そうすれば、きっと、こわいということを思い知るさ。」――「それだけのことですか」と、わかものは答えました。「それならばかんたんだ。もしそんなにてっとりばやく、こわがりをみにつけることができたなら、おいらの五十ターラーを、あんたにさしあげます。明日の朝早く、おいらのところへ、また来てください。」
 わかものは、しばりくびの柱のところへゆき、その下にこしをおろして、夜のくるのを待ちました。寒いので、かれは火をおこしました。深(しん)夜になると、しかし、風がたいへんつめたくなり、たきびにあたっても体があたたまりません。しかばねが風につき動かされて、ぶつかりあい、、あちらこちらとゆれています。そこで、わかものは思いました。「下の、この火のそばにいても、こごえるのに、あの上のれんちゅうは、さぞ寒さにもだえていることだろう。」そして、わかものはどうじょうしんにとんでいましたので、はしごをかけて上にのぼり、一人ひとりのつなを切りはなし、七人を下におろしました。それから、火をかきおこし、息でもえあがらせ、かれらがあたたまるように、たきびのまわりへならべました。ところが、かれらはすわったままで、み動きしません。火がかれらのいふくに、もえうつりました。そこで、わかものは言いました。「じぶんたちでちゅういをしないと、もう一度上につるしてしまうぞ。」しかし、死人(しにん)たちは、聞く耳を持たないので、だまりこんでいます。ボロのいふくを、もえるがままにほうっておきます。わかものは、とうとう、はらを立てて言いました。「おまえたちがちゅういしないつもりなら、おいらも助けてやるもんか。おまえたちといっしょに、もやされてはたまらないからな。」そして、もう一度かれらを、じゅんばんに、つるしあげてしまいました。やがて、かれは火のそばによこたわり、ねいってしまいました。あくる朝、男はわかもののところへやって来て、五十ターラーもらうつもりで言いました。「どうだい、こわいということが分かったろう。」――「ちっとも」とわかものは答えました。「どうして、そのことが分かるものか。上にいるれんちゅうは、口がきけない上に、とんまときている。じぶんらの着ているボロ着(ぎ)を、もやしてしまうしまつなんだから。」そこで男は、今日のところ、五十ターラーもうけそこねたことが分かりました。男はたちさりながら、言いました。「あんな人間には、これまで会ったことがない。」
 わかものは、さらに、たびをつづけました。そしてまた、ひとりごとをつぶやき始めました。「ああ、こわがりたいものだ。ああ、こわがりたいものだ。」それを、彼のあとから近づいて来た、荷(に)ばしゃのぎょしゃが聞きつけ、たずねました。「おまえさんはだれかね。」――「知りません」とわかものは答えました。「どこから来たのかね。」ぎょしゃは、さらにたずねました。――「知りません。」――「父親はなんというお人じゃ。」――「おいら、答えるわけにいかないんです。」――「さっきから、しきりと、なにをつぶやいているのかね。」――「はあ」とわかものは答えました。「おいら、こわがってみたいのですが、だれもおいらに教えてくれないのです。」――「ばかなことを言うもんではない。」ぎょしゃは言いました。「わしといっしょにお出で。おまえのめんどうを見てあげよう。」わかものは、ぎょしゃについて行きました。日のくれに、かれらは、とあるりょかんにつきました。その夜は、そこでとまることにしました。へやに入るなり、わかものは、またもや大声に言いました。「こわがりたいものだ。こわがりたいものだ。」それを聞いたやどやの主人(しゅじん)は、わらいだして言いました。「そんなにこわがりたいなら、ここいらにうってつけのばしょがあるよ。」――「あれあれ、よけいなことを言いなさんな。」おかみさんは言いました。「ものずきな人たちが、これまでもたんといのちを落としているんですからね。きれいなまなこをしたわかものが、二度と日の光をおがめないなんて、いたましいことじゃありませんか。」ところが、わかものは言いました。「たとえどんなにむずかしいことでも、おいらはきっと学んでみせます。そのために、おいらはたびに出たんですから。」わかものは、くりかえし、やどの主人にせがみましたので、とうとうつぎのような話をしてくれました。ここからほど遠くないところに、まほうにかけられたお城(しろ)がたっているので、そこへ行って、三夜(さんや)、城の中で寝(ね)ずのばんをしさえすれば、かならずこわさをおぼえることだろう。そのことをなしとげたものには、王さまはごじぶんのむすめを、よめにあたえるやくそくをなさった。そのおひめさまは、よにも美しいおかたである。城の中にはまた、ばくだいな宝(たから)がかくされていて、わるい霊(れい)によってまもられている。その宝が見つかれば、びんぼう人も、おおがね持ちになれるだろう。すでにたくさんのものが、城の中へ入っていったが、これまで一人として出てきたものはない、という話でした。そこでわかものは、つぎの朝、王さまのところへ出向いてゆき、言いました。「おゆるしくださるなら、おいらはあのまほうの城で、三夜、寝ずのばんをしたいと思います。」王さまはわかものを見ました。王さまは、わかものが気に入りましたので、こう言いました。「なんでも、三つのものを、ねがいでるがよいぞ。ただし、生きものであってはならない。それらを持って、城に入るがよいぞ。」そこで、わかものは答えました。「それでは、火と、旋盤(せんばん)と、ちょうこくとうつきのさぎょうだいを、おねがいします。」
 王さまは昼のうちに、かれのねがいでたものを、すべて城の中にはこばせました。夜になると、わかものは城へ出かけてゆき、ひとへやにあかあかと火をたき、ちょうこくとうののったさぎょうだいをそばにおき、せんばんの上にすわりました。「ああ、こわがりたいものだ」と、かれは言いました。「どうやら、ここもきたいはずれのようだな。」ま夜中になって、かれは火をかきたてようとしました。いきをふきこんでいると、とつぜんかたすみから、さけぶ声がしました。「ワオ、ニャオ、なんて寒いんだ。」――「ばかだなあ、おまえたち」と、かれはさけびかえしました。「なにをさわいでるんだ。寒いなら、こっちへ来て火にあたれば、あったまるだろうに。」そうわかものが言うと、二ひきの大きなくろねこが、いきおいよくはねてそばへやって来て、かれのりょうわきにこしをおろし、火のようなまなこで、かれをけわしくにらみました。しばらくして、からだが温まると、ねこたちは言いました。「あいぼう、ひとつトランプでもして、あそぼうじゃないか。」――「いいとも」と、かれは答えました。「しかし、その前におまえたちの前足を、見せておくれ。」そこで、ねこたちは、つめをさしのべました。「おやおや、なんて長いつめをしているんだ」と、かれは言いました。「ちょっとまった。まずそのつめを、切ってしまわなきゃ。」そう言うと、かれはねこたちのえり首をつかみ、さぎょうだいの上にのせると、その前足をかたく、ねじでしめつけました。「おまえたちの指を見たら、トランプをするきにならなくなったよ。」そう言って、かれはねこたちを打ちころしてしまい、池の中に投げこみました。しかし、その二ひきをかたづけて、もういちど火のそばにすわろうとしたときに、あちこちのすみから、くろねこやら、くさりを光らせたくろいぬやらが、ぞろぞろと出てきましたので、わかものはもはや、にげもかくれもできません。けものたちは、おそろしいうなり声をあげ、かれのおこした火を、足でふみつけ、ばらばらにして消してしまおうとしました。わかものはそのさまを、しばらく落ちつきはらって見ていましたが、とうとうはらを立て、ちょうこくとうをつかむと、さけびました。「出て行け、ならずものどもめ。」そして、切りつけました。にげさったものもありましたが、そのほかはみな打ちころして、池に投げこみました。へやにもどると、かれは火だねから、あらたに火をおこして、からだを温めました。そのまますわっていると、まぶたが開けていられないほど重くなってきて、ねむくてたまらなくなりました。見まわすと、すみに大きなベッドがあります。「これは、おあつらえむきだ」と言って、かれはベッドにもぐりこみました。しかし、目をとじようとすると、ベッドはひとりでに動き始め、城じゅうを走りまわりました。「まあ、いいさ」と、かれは言いました。「けっこうわるくないぞ。」ベッドは、六頭(とう)の馬につながれてでもいるように、へやを出たり入ったりし、階段をのぼったり、おりたりしました。そして、とつぜん、ひょいと上下さかさまに、ひっくりかえって、かれの上に山のようにのしかかりました。かれは、ふとんやまくらをはねのけ、はいだしながら言いました。「走りたければ、かってにするがいい。」そして、火のそばによこたわり、朝までねむりました。
 朝になると、王さまがやってきて、土の上にねている、わかものを見つけました。王さまは、わかものがようかいにころされて、死(し)んでいるのだと思いました。そこで、言いました。「りっぱなわかものが、じつにおしいことだ。」わかものは、それを聞いておき上がり、言いました。「まだ死んではおりません。」王さまはおどろき、よろこんで、どんなぐあいであったか、とたずねました。「たいへん、うまくいきました」と、かれは答えました。「ひと晩すぎれば、あとふた晩も、このちょうしですぎるというものです。」わかものが、やどやの主人のところへ行くと、主人は目を丸くしました。「生きたおまえさんに、またお目にかかろうとは、思いもよらなかった」と、かれは言いました。「おまえさんも、とうとう、こわいということが、のみこめたろうが。」――「とんでもない」と、かれは言いました。「まるでむだぼねでしたよ。だれか、おいらに教えてくれるひとは、いないものかなあ。」
 ふつか目の晩もまた、かれは古城(こじょう)へ出かけてゆきました。たき火のそばにすわり、いつもの口ぐせを、となえ始めました。「こわがりたいものだなあ。」夜がふけると、さわがしいもの音が、聞こえてきました。さいしょはかすかでしたが、だんだんそうぞうしくなり、いっとき静まったかと思うと、ついに大きなさけび声をあげて、体のはんぶんしかない人間が、えんとつづたいに、わかものの前に落ちてきました。「おやおや」と、わかものはさけびました。「もうはんぶん、足りないじゃないか。」すると、あらたにさわがしい音がおこり、あばれる音と、ほえる声がして、もうはんぶんもまた、ふってきました。「待ってろよ、いま、もうすこし火をおこしてやるから」と、わかものは言いました。そうしてから、わかものがふりかえると、ふたつのかたわれは、ひとつに合わさっていて、おそろしげな男が、かれのいたばしょに、すわっていました。「こまるなあ」と、わかものは言いました。「その台は、おいらの席だよ。」男は、わかものをおしのけようとしました。しかし、わかものも、負けてはいません。男をらんぼうにおしかえし、かれの席を、うばいかえしました。すると、さらに男たちが、つぎつぎと、たくさんおりて来ました。かれらは、九本の足のほねと、ふたつのどくろを、手に持っていました。そして、ほねを立てると、九柱戯(きゅうちゅうぎ)を始めました。わかものはおもしろく思い、たずねました。「ねえ、おいらもくわえてもらえないか。」――「よかろう、金はあるか。」――「金なら、たっぷりあるさ」と、かれは答えました。「しかし、君らのまりは、すこしでこぼこしてはいないか。」そこで、かれはどくろを手にとって、旋盤(せんばん)にかけ、丸くけずりました。「ほら、ずっとよく転がるぞ。やあ、よいちょうしだ」と、かれは言いました。かれはいっしょに競技(きょうぎ)をして、いくらかの金をうしないました。やがて十二時の鐘(かね)がなると、かれの目の前から、すべて消えうせました。かれは横になって、ぐっすりとねむりました。つぎの朝、王さまがやって来て、たずねました。「こんどは、どうであったか。」――「九柱戯をしてあそびました」と、かれは答えました。「おかげで、お金を二三まいなくしました。」――「すると、そちはすこしもこわくはなかったのか。」――「はあ、それどころか、ゆかいにすごしました。こわいということが、分かりさえしたならなあ。」
 三日目の晩に、かれは、またまた、いつもの台にすわり、いかにも腹だたしげに言いました。「こわがりたいものだなあ。」夜がふけたころ、六人の大男(おおおとこ)が、一つのひつぎをかついで、入って来ました。そこで、わかものは言いました。「おや、おや、あれはきっと、二、三日前に死んだ、おいらのいとこどんにちがいない。」そして、指でまねいて、よびました。「こっちだ、こっちだ、いとこどん。」男たちは、ひつぎを地面に置きました。そこで、かれはひつぎに近より、ふたを開けました。中には死んだ男が、横たわっていました。男の顔にさわってみますと、氷のように冷えきっていました。「よしきた、おまえさんを、ちょっぴり温めてあげよう。」そう言って、かれはたき火のほうへ行き、じぶんの手を温め、それからその手を男の顔の上にあてました。しかし、死んだ男は冷たいままでした。そこで、かれは男をひつぎから出し、火のそばにすわると、男をじぶんのひざに乗せて、男の両うでをこすりました。そうすれば、もう一度血がめぐりだすだろう、と考えたのです。それもまた、ききめがないことが分かりますと、わかものは、あることを思いつきました。――「ふたりでいっしょに、ベッドにはいれば、ふたりとも温まるってもんだ。」そこで、男をベッドに運びいれ、ふとんをかけ、じぶんもそばにもぐりこみました。しばらくすると、死んだ男も温まりだし、身うごきし始めました。そこで、わかものは言いました。――「どうだい、いとこどん、温めてあげただろう。」しかし、死人(しにん)は話し始め、わめきました。――「さあ、おまえをしめ殺してやるぞ。」――「なんだって」と、わかものは答えました。「それがおいらへの、お礼(れい)かい。今すぐ、おまえさんを、ひつぎにもどしてやろう。」そして、男を持ちあげると、ひつぎにほうりこみ、ふたをしてしまいました。すると、六人の男たちがやってきて、かれを、ふたたび、運びさって行きました。「すこしもこわくなんか、ならないじゃあないか」と、わかものは言いました。「こんなところにいたって、一生(いっしょう)こわがりは、学べそうもないなあ。」
 そこへ、これまでの男たちよりも大きい、おそろしげな様子をした、ひとりの男が入ってきました。それは老人(ろうじん)で、長い白ひげを生やしていました。「こやつめ」と、かれはさけびました。「今こそ、こわいということを、思いしらせてやるわ。なにしろ、おまえは殺されるのだからな。」――「そうは、とんやがおろすまい、さ」と、わかものは答えました。「おいらを殺せるもんなら、その前に、おいらをつかまえてみるがいい。」――「おまえなんぞは、ひとつかみじゃ」と、妖怪(ようかい)は言いました。「まあ、まあ、そんなにいばることも、なかろうさ。おいらも、おまえさんぐらいの力もちだ。もしかしたら、ずっと力もちかもしれないぞ。」――「それならば、ひとつためしてみようぞ」と、老人は言いました。「おまえが、わしよりも力もちだったら、おまえを見のがしてやろう。ついて来い、力くらべじゃ。」そして、老人はわかものの先に立ち、暗いろうかを通って、かなものを作るかじばへ、あんないしました。老人は、その場にあった斧(おの)を手にとり、ひと打ちで、かなしきを地面にめりこませました。「そんなことくらい、もっとうまくやって見せる」と、わかものは言い、べつのかなしきのほうへ、歩みよりました。老人はかれのそばに立ち、よく見ようとしましたので、白ひげがだらりとたれ下がりました。そこでわかものは、斧を手に取ると、ひと打ちで、かなしきを二つにたち割りましたが、そのさい、老人のひげを、いっしょにはさみこみました。「さあ、あんたをつかまえたぞ」と、わかものは言いました。「こうなれば、殺されるのは、あんたのほうだ。」そして、てつのぼうをつかむと、老人に打ってかかりましたので、老人はとうとう悲鳴(ひめい)をあげ、たのみました。「打つのはやめてくれ。おまえを大金持ちにしてあげよう。」そこで、わかものは斧を引きぬき、老人を解放(かいほう)しました。老人はふたたび先に立ち、城にもどると、わかものを地下室(ちかしつ)へあんないして、黄金(おうごん)のつまった三つのはこをさししめしました。「そのうち、一つのはこは、まずしいものたちに、二つ目のはこは、王にあたえよ。三つ目のはこは、おまえのものじゃ」と、老人は言いました。そうこうするうちに、十二時のかねが鳴り出し、ゆうれいは消えさりました。わかものは、ひとり、やみの中にとりのこされました。「なあに、ぬけだしてみせるさ」と、かれは言い、手さぐりしながら、もとのへやへたどりつくと、火のそばに横になり、ねむりこんでしまいました。
 つぎの日の朝、王さまがやってきて言いました。「こんどこそ、そちも、こわいということを学んだであろうが。」――「いいえ」と、わかものは答えました。「いったい、こわいというのは、どういうことなのでしょうか。おいらの死んだいとこがやって来ましたっけ。それから、ひげをはやした男がやって来て、おいらを地下室につれて行って、たくさんのお金のありかを教えてくれました。ところが、こわいということがなにかは、だれも教えてくれませんでした。」そこで、王さまは言いました。「そちは、城のまほうをといたのだ。わたしのむすめの、むこにしよう。」――「それは、たいへんうれしいことですが」と、わかものは答えました。「でも、おいらはあいかわらず、こわがりを学んでいないのです。」
 さて、黄金が地下室からはこび出され、婚礼(こんれい)がもよおされました。ところが、わかい王は、そのおきさきをたいへん愛(あい)していて、心からまんぞくしていたのですが、あいかわらず、れいの口ぐせが、なおりませんでした。――「こわがりたいものだ。こわがりたいものだ。」そこで、とうとう、おきさきのきげんを、そこねてしまいました。おきさきにつかえる女が言いました。「わたくしに、よい考えがございます。王さまを、きっとこわがらせてみせます。」かのじょは、城のそとへ出ると、にわの中をながれている小川(おがわ)へ行き、おけいっぱいに入れたこざかなを、城まではこばせました。夜になって、わかい王がねむりこむと、おきさきはふとんをめくりとり、こざかなの入った、おけいっぱいの冷たい水を、かれの上にぶちまけねばなりませんでした。こざかなは、かれのまわりで、ぴちぴちとはね回りました。そこで、かれは目をさまし、さけびました。「ああ、ぞくぞくする、ぞくぞくする、いとしいつまよ!なるほど、今やっと、こわいということが分かったぞ。」

        (原題: Maerchen von einem, der auszog, das Fuerchten zu lernen )



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翻訳・入力:脩 海(エポス文学館)
Up: 2007.4.22