サロン・ウラノボルグ

エポス文学館 Home
サロン・ウラノボルグ Top





 第8章 コスミッシェス・インテルメツォー(宇宙的間奏)


       言葉の終末

          作・独唱 夜男爵(バロン・ナイト)


           <泣いているのかい
                       アガトス
                この美しい星の上を
                       天翔けながら>
                         ――ポオ「言葉の力」


 ごらん
 流れ落ちる星々を
 矢のようにふる
 光のなみだを
 墨を流した空に
 日輪は黒く燃える
 この終末の惑星に
 星々が涙する
 ごらん
 地に流れる赤い炎を
 岩々をのみつくす
 一面の溶岩流
 人影のない惑星に
 熱い命が燃えつきる
 この終末の星に
 苦悶がにえたぎる

 泣いているのかい
         アガトス
 この星の滅びの定めに
 この星の失われた言葉に

 ごらん
 地の果てから
     地の果てへ
 空いっぱいにはためく
 終末の告知者を
 日輪を呑み
 地を蒼ざめさせ
 いまでは災いを見あきたように
 刻々と逃れていく
 あのまがつ星

 さあ
 未練のなみだをふくがよい
 星々よ
 失われたことばを
 いつまでも空に描くがよい
 あののがれゆくほうき星に
 あのわざわいの告知者に
 旅の定めをゆだねよう
 さあ アガトスよ

 *   *   *

 あの時から長い歳月が過ぎたね
 運命の星で
 わたしたちがことばの末期を
    見届けた時から
 まがまがしい彗星(ほうきぼし)の空を掃く
 そのあとを追って
 わたしたちが旅立った時から
 思い出すのも
 目眩がするような歳月が

 あれからただに
  時が経ったばかりでなく
 こんなにも遙かな思いに駆られるのは
 わたしたちの後にした
   たくさんの世界が
     追憶の空間をうめ
 わたしたちの心そのものが
 時空連続体となって
 一本の糸をつむぎだし
 この宇宙をからめとって
   いったのでもあろうか

 たくさんの世界を
   わたしたちは見たね
 星が生れ
  星が滅び
   星が成長して
 再び人類が頭をもたげるのを
 わたしたちは観察した
 無限の空間を馳せ
 無限の時間を翔け
 見るべきほどのものを見た
 わたしたちのなかには
 いつか知識がふりつもり
 宇宙の反復がたえまなくよぎり
 それはたとえれば
 うつろなフラスコに吹きこむ風が
 宇宙の空洞に鳴りひびかせる
 のぶといためいきににて
 わたしたちの口から
 倦怠(アンニュイ)のこだまをほとばしらせた
 わたしたちは<無限>というものに
  もはや疲れてしまった
 もし宇宙の<階段>があるならば
 わたしたちは屋上に出て
 無限の時間と
    無限の空間を
 見わたしてみたいものだ

 おいで アガトス
 この宇宙の見えなくなるまで
 どこまでも翔けていこう
 星々をこえ
    星雲をこえ
 星雲の星雲をあとにして
 もし神の顔がそこにあるならば
 この宇宙からの使者として
 苦情の一つも捧げようではないか

 ごらん
 この霧の一つ一つの粒が
 それぞれが一つの星雲で
 その星雲の中にまた星雲があり
 わたしたちが翔けのぼるたびに
 霧は深まるばかりだ
 どこまでのぼれば
  この悪い無限はつきるのだろう
 わたしたちを閉じこめた神は
  どこにいるのだろう
 ああ もう息が出来なくなったんだね
     アガトス
 数知れない星雲にむせかえって
 わたしたちの旅は終ろうというのか

 *   *   *

 乳もあらわな
 とらわれのアンドロメダ姫
 手首の鎖いたいたしく
 メドゥーサのこうべ
 天翔けるサンダル
 ペルセウスのつるぎを待ち焦がれる
 蝿は三角定規が気にいった
 嘆きの母
 カシオペアのとわの椅子のかたわら
 エチオピア王の宝冠は輝き
 竜に追われて馴鹿は去った
 オリオンよ
 非運の狩人よ
 ライオンの毛皮たけだけしく
 ふりあげた棍棒は
 いかなる女神にむくいんとする
 天の蛇遣い
 アスクレピウスも癒やせない
 深傷を胸に
 さあ
 舟出しよう
 いにしえのアルゴーの勇者たちよ
 エリダヌスの岸づたい
 くじらの咆え
 水蛇のおどる
 南の海へと
 おしゃべり鴉が運んでくる
   銀のカップに
 エリダンの水を汲もう
 ごらん
 行手にまねく
 アケルナルの輝きを
 この人生では
  旅立ちそのものが
   報酬であるかのような
 あの星の輝きを

 *   *   *

 星々がはげしく降る
 終末の墨色の空
 ひかりの花が身投げする
 みてごらん
 あの睡りの国の
    書割りのような
 むかし月と呼ばれた天体を
 地平を半分おおいながら
 いつまでも空に出るのを
        ためらっている
 あの巨大な岩のテーブル――
 わたしたちの旅は終った
 無限の時がたち
 無限の空間を隔てて
 再びこの滅びの星にめぐりあった
 わたしたちの探したものは
    何だったのだろう
         アガトスよ
 古い伝説がいま
    わたしの心に浮かぶ
 神の手のひらを
    無窮の宇宙と思い
 馳せ回った賢い猿のことが
 その猿に似てわたしたちも
 わたしたちの心の宇宙を
 無限に旅していたのではないかと
 わたしたちの心こそ
 この宇宙ではなかったのかと
 考えの及ばないあせりが
    宇宙の無限とも映り
 限られた命のうらみが
    時の無窮とも映り
 すべてはわたしたちの心から
    発したことだとは気づかずに
 おのれの手のひらのなかを
    馳せ回っていたのではないか
 わたしたちの索めたものは
    何だったのだろう
         アガトスよ
 それはこの<おのれ>から
    脱けだすことではなかったのか――
 ごらん
 ふつふつとたぎる火の川を
 死にかけているこの惑星の
    断末魔の苦悶を
 音もなく火山が燃え
 沈黙の灰が大地にふりつむ
 やすらぎなく舞う炎の蝶は
 つぎつぎと火口を追い
 命の最後の蜜を貪ろうとする
 やがてこの惑星に
    死がおとずれるだろう
    沈黙が凍えるだろう
 かつてこの惑星でかわされた言葉を
    だれがおぼえているだろうか
 そこに思想が火花をとばし
 情熱が血を流したことを

 やがて夜がおとずれるだろう
 無の中から
 すべては再びくり返されるだろう



作品名:言葉の終末
作者:夜男爵
copyright: baron night 2009
入力:エポス文学館
Up: 2009.8.16
2010.10.9:リューリッシェスをコスミッシェスに改め