夜男爵の部屋


第三夜 奇人

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       風の中の家 第三話   奇人

                     羽和戸玄人 


 森の中の浮浪者のキャンプ。リーダーには女の子と男の子の、小学生ほどの子供がいる。もちろん学校へは行かない。浮浪生活が学校である。いつでも水泳パンツを身につけていて、風呂の代わりに泳ぐのが得意だ。自然の用はあたりかまわず足す。便所というものを知らないから、たまに後援者の家に泊まったりすると、箪笥の中や、適当な容器の中へでも排便する。後援者がいるというのは、何しろ浮浪生活がキャンピングのようにブームになって、そのはしりのリーダーは有名人なのである。リーダーの行く所、マスコミをふくめて必ず人が集まる。今この北国の、まだ水のぬるむ季節とはいえない、うそ寒い湖のほとりには、時ならぬ多くの浮浪志願者の群が、その数も分からぬほど岸の周囲の林の中に、三々五々たむろしている気配があった。そして今夜はそれらの者たちが一堂に会すべく、大祭の雰囲気が、彼らボヘミアンどものいつもは無感動な気分を浮きたたせてさえいたのである。その集いの場所へと、あたかもねずみの本能のように、誰もが湖を泳いで渡ることに暗黙の了解ができていた。まだ時は早いのであるから、リーダーと二人の子供と、彼の二度目か三度目の妻は、木々の間の黒土の上に寝そべったり、腹ばったり、時々ベゼをかわしたりしている。だれもが湖へ入ることに不安を覚えていない。浮浪者は皆泳げるものと確信していて、その確信が皆に伝染している。ただ彼らは急がないのである。何かを目的として行うことがない。すべては偶然であり、気まぐれでなければならない。そこで誰も何ごとかを言いだ出しもしなければ、自分から行いもしないのである。何かの気運が高まった時に、自然と行為が生まれるのである・・・。

   *      *      *
 
 U市の駅前であったろうか。記憶に定かではない。夕方の雑踏の中で、書店の雑誌を立ち読みしていた。行きたい場所はほかにあったのだが、ただ何となくその店の前に足を止めて、手当たり次第の雑誌にパラパラと目を通していた。やがて立ち読みしている者の中に、知った顔のあるのに気づいた。どうもTらしかった。TとはU市にある大学を出て以来一度会ったきりで、その後消息を絶っていた。某商社に勤めたTから会いたいという連絡があって、喫茶店で落ち合った時、大学時代の印象とまるで変わっていないのが、妙に気を滅入らせたことを思い出す。着ているものはもちろん商社マンのそれであったが、何年も浪人したというこの友人が学生時代に発散していた、ある陰気な気分が、そのもの言いやものごしにやはり濃厚にまつわりついていた。酒の店に移ってから、Tは何かおかしいような皮肉のような調子で、人なれしたね、と言った。それはむしろ商社マンであるTに期待されてよいことであったが。その時最後に交わした言葉は、お互い今の仕事をやめるかもしれないということであった。
 その言葉どおりにTは転変の人生を送ったのであろうか。もしそうだとしても、そこから華々しい未来が想像できないのだった。TはあのままのTであって欲しかった。今見るTはどちらのTであるか、外見からは判断がつかなかった。サラリーマンの服装をしていても、そこから服装が表わしているスピリットを感じとれなかった。
 いつまでも知らぬふりをし通すのもどうかと思われたのでちょうど読んでいた雑誌の中で、「明日のジョー」という漫画がドイツで翻訳出版されたという記事が出ているのが目にとまったのを機会に、その漫画のファンであったTにその記事を見せて、話のきっかけにすることにした。それはDer Held des Fechtens とかいう題で、原作よりも勇ましい感じがした。Tはうなずいて二言三言かすかにつぶやいたようだったが、特に興味もなさそうで、また読んでいる雑誌に目を戻した。その取りつくしまのなさそうな様子に気おくれがして、しばらく無言で立ち読みをしてから、当初の目的であったU市の大きな書店へ赴くべく、心残りではあったが、Tに背を向けて歩きだした。だいぶ行ってから、Tが後ろからこちらを呼んでいるのに気づいた。Tのところへ戻ると、Tは昔のままの何だかくたびれた様子で、これから例の人のところへ行くのだが、君も来ないか、と言った。その誘い方がいかにも気のないものであったが、ここで別れてしまうのも惜しく思われたので、悦んでついていくことにした。
 いつの間にか線路のガード下をくぐりぬけ、駅の反対側の、ネオンの寂しい、自動車道ばかりある方面を二人で歩いていた。特に話がはずんだわけではなく、総じて黙しがちであったが、Tとの間には先程の書店の店先でのような気まずい緊張感がやわらいで、かつてのように、隔てない間柄というわけでは決してなくても、互いに何とないうさんくささを覚えつつも、二人でいることの安心感を探りあっていた。その昔の感覚が一種の錯覚を起こさせたのであろうか、ここをこうしてTと歩いているのはこれが初めてではないという気がしてきた。たしかに前にもこんなふうにTに誘われて、町外れに住んでいるある奇人的な人物のところへつれられていったことがある。何年、何十年ぶりかでたまたまTに出会ったことで、再びその人物の存在が思い起こされ、その人物の棲処が、長く時と記憶の中にうずもれ去っていたのが掘り起こされる。同時に、私はTがそういう奇人物とつきあいがあり、そういう人物の世界をどこからとなくかぎつける特別な感覚のようなもの、また私に欠けているそうしたつきあいへの勇気を何となく備えていることに、嫉妬に近い感情のコンプレックスを覚えていたことをも思い出した。
 広いアスファルト道路が幾本も交叉している所へ出ると、そこを越えてその蜘蛛手のような道のどれであったか、わき道とおぼしい、いささか狭い舗装路を私たちはたどっていった。私は道順をよく記憶にとどめておこうと思ったが、その入っていった道が幾本目の道であったか、すでにその道を歩いている時からおぼつかない気がした。ただ、交叉点からひとつの広い自動車道に対して、目だたないながらも鋭角をなして、ややのぼり気味に夕闇の中に伸びていたその発端の感覚が、一瞬の記憶としてとどめられたが、次に訪れる時に再びその感覚を発見できるかどうかおぼつかないのだった。道はどこまでも真直ぐで、住宅はまばらになり、木立が目立つようになった。やがてこの道の突きあたりの更に奥のあたりに、かの奇人の住まいのあるらしい気配が、私の頭の中でおぼろな形を取りだした。
 すると、ふいにその人物が私とTの前に姿をあらわしたのだ。たまたま出歩いていたのであるか、それともわざわざ私たちを出迎える途中であったのか、いずれにしてもTを認めて上機嫌に近寄ってきた。同じくふいに上機嫌に饒舌になったTと、年来の知己のように肩をたたき合い親愛を示し合っている。その人物はむさい風体(なり)をした中年の男であった。頭はわずかな毛を残して茶色に禿げあがっており、ごつい丸顔には、剃ってから日のたった堅い髭が雨後の空地の雑草のように繁茂し、それにもかかわらず何とない人の良さの印象が首から上全体に感じられるのは、その他意のない柔和な眼差しのおかげだったろう。着ているものは垢と汚れが何年も付着したような作業服であった。しかし、そうしたことよりも、私がこの乞食とも労務者とも仙人とも知れない人物に好感を覚えることができなかったのは、やはりTに対して嫉妬のような感情にとらわれたためであったろうか。
 Tはしかし私の方にその人物の注意を向けようとしていた。私が大変頭のいい男であるとTは紹介した。奇人は私の方に笑いを含んだ柔和な眼差しを向けた。私はどう答えてよいか一瞬窮したが、次の瞬間にはTの言葉をそのまま逆手に取っていた。私は実際頭のよい男であると、半分はTの嫌味ともとれる言葉に開き直り、半分は正直をよそおって応じた。そして私のもくろみでは滑稽味をもそれに加えるつもりであったが、結果はどうも道化師としての役柄には失敗して、何だかひどく嫌味な自慢を口にしたような後味だけが残った。すると奇人は笑いながら、それは楽しみなことだと言った。私はあらぬ邪推をしていたのかもしれない。Tも男も、ただ素朴に私を誉めただけのことであって、これから始まるであろう何らかの議論(外にこの男を訪ねるどんな目的があろうか)に、私の意見が期待されていることを、私は皮肉ぬきで素直に受けとればよかったのであろう。
 それにしても、一体どんな議論が始まろうというのか。私自身は少しの期待もそれに寄せていないばかりか、あらかじめ不毛が予想された。何よりも私の頭の良さが、私自身さえ信用が置けないのである。そうするとやはりTや奇人の言葉には皮肉があるように感じられた。
 
いつの間にか道は舗装路ではなくなり、郊外の森へとつづくらしい林道に変わっていた。ほどなくして、林の途切れた所に幾軒かの人の住みかとも思えない、打ち棄てられた仮住宅があらわれた。どれもトタン屋根の平屋であって、なかには全体がかしいだり、突っかい棒がしてある家もあった。その一軒の前へつくと、奇人は何か用でも思いだしたらしく、どこか裏手へ姿を消した。戸口だけ暗く私の前に口を開けていた。入るのを躊躇していると、Tはすたすたと先に入って、私のつづくのを待っていた。ゴミやらカビやらの匂いの籠った土間に立ってみると、一間きりの畳の部屋が黄昏の窓明かりに浮かびでていた。上へあがるのをなおもためらっていると、先に畳にあがったTがこちらに体を向けて変な笑いを見せた。Tの恰好はいやな予感を起こさせたが、後ずさりする間もなく、Tは水しぶきをあげて放尿していた。はじめ届くまいと高をくくっていたが、意外にのびて、なんだか重くなった体をうしろへ運ぼうとする間に、したたかに服をぬらされていた。
 私は呆気にとられて家の外にでた。まず服をすすがねばと思い、洗い場へ向かった。ここに住む者たちが共同で使っているのであろう、ポンプ井戸とコンクリートづくりの流し場を先程目にしていたので、そこで下着姿になり服をすすいでいると、奇人が笑いながら寄ってきた。私はばつの悪いところを見られたのと、Tから思わぬ歓待の洗礼を受けた当惑とで、沈黙したままでいた。よく見ると、男はごくありふれた、薄汚い底辺の労務者に思われ、その眼差しにどこか知人の面影をただよわせてはいたが、今や男に対する私の興味は、Tに対する嫉妬と同様に完全に薄れていた。私に何か語りかけたそうで、しかも済まなそうに遠慮している男の様子は、私をいらだたせるばかりだった。こうした底辺の人間たちを幻影的な好ましさでつつませ、その世界に通じているTのような男に嫉妬を覚えさせている私の中のどん底願望を、私は呪った。私の心は羞恥に固くなっていた。私は流し場と奇人を後にして、一本道を歩きだした。
 林の先には公園があり、そこを越えると町並があり、駅へたどりつけるはずだった。なんという駅であったかは忘れてしまったが、とにかくそこを目ざして漠然と歩いていった。周囲は様子が変わって、木々の間隔にゆとりを感じさせる公園に入ったようだ。あちこちの薄暗がりに、人の固まっている気配が感じられた。不安と嫌悪とがその固まりを避けるように私を歩ませた。この森の公園には、何の故かは知れないが、あの奇人のような連中が全国至る所から集まって来ており、密かな大会を開いているように思われてきた。褐色で無表情なその固まりは、闇の中でも昼の光でも変わりなく思われた。女の姿もあり、子連れさえ見かけられた。子供の姿は一瞬キャンプ場の錯覚を起こさせたが、それは一層心を暗くさせた。あたかも私が父親であり、同時に子供そのものであるかのように、広漠とした人生のキャンプ場が脳裏に広がったのである。私は足を急がせた。追いたてられるように・・・。
 木々はしだいに繁くなって、公園は雑木林へと移っていった。同時に道の起伏が顕著になって、小さな丘を越え、森閑とした谷地へ下っていった。いつの間にか道を間違えたのであろうか。しかし道はつづいており、谷の所々には木々に半ば隠れて屋敷などが見えていて、全く人通りもないわけではなさそうだった。それどころか、しばらく丘を下って谷の底におりつくと、木々のこんもりした丘陵に四方の視界をさえぎられてはいたが、広い道が一筋貫いていて、学校帰りの子供たちや、買い物に出た自転車や徒歩の主婦らが行きかいしていた。
 私は元気づいてその主婦らにまじって歩いていった。道はやがてのぼり坂にかかり、歩むにつれて勾配は急速に増していった。この丘を越えれば向こうに高速道の走行する気配があり、その脚の下をくぐって駅の方へ出られるらしかった。私はこれまで気にならずにいた背中に背負ったリュックサックの重さが、にわかに苦痛に感じられてきた。背後から何かにつかまれでもしたように、今にも背中から先に転げ落ちそうなしびれを感じた。とうとう勾配が丘の頂上に達するかと思われるほどに険しくなった時、その場所に小さなトンネルめいた、くぐりぬける口が四角く開いていた。その出入り口はあまりにも狭くて、リュックごとくぐりぬけることはできなかったので、リュックを下ろしてみたものの、かなりの嵩のあるリュックはおろか、身体さえぬけられそうになかった。当惑したが、背後には主婦たちが順番を待ってせまっている。彼女たちが日頃通りぬけているものを、私がぬけられないわけはないのだが。そう思って両腕を先に、無理に体をねじこんでみた。胴体のところでどうしてもぬけられない。頭のすぐ先には向こうの世界の四角い空が見えている。するとこの穴自体が狭まりだす気配が感じられた。上半身が圧搾されて、胸苦しさと呼吸困難とが同時に生じてきたようだ。ふとこれは神話にある何かの永劫の刑罰ではあるまいかと、そんな考えが頭にひらめいた・・・。

   


作品名:奇人
作者:羽和戸玄人
copyright: kuroto hawado 2009
入力:エポス文学館
Up : 2009.9.9