MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

4.動物の眼・視覚

哺乳類の眼

 視覚全体について今までみてきましたが、今回より暫く、個別に動物種毎にどのような眼の構造になっているか、という点を紹介してゆきます。まず基本を確認するために、進化とは逆の順番になりますが、ヒトの眼から復習してみたいと思います。なお眼の構造についてはここを参照して下さい。
 人間の眼は、表面に
角膜がありその内側にレンズである水晶体があります。水晶体の前部には虹彩があり光量を調節する絞りの機能を果たしています。明るい環境下では虹彩が大きく広がる事で光りを絞り、光が少ないと虹彩は縮小し、レンズを覆う部分を少なくするように働きます。多くの脊椎動物では、虹彩の色はメラニン色素により褐色から青い色まで多彩に変化します。普通、目の色といわれるのはこの虹彩の色です。ちなみに女優のエリザベステーラは稀少な紫色の目をもつ事で知られていました。光が眼の内部に入る部分は瞳孔といわれる黒眼の部分になります。
 
人や哺乳類では水晶体の形が変形する事で焦点を合わせます。この形状変化は毛様体筋により行われます。また焦点は休息時に遠方視の状態にあります。水晶体の後部には透明な硝子体があり、硝子体を通った光は網膜に当たり、視細胞によって検出・増感され、神経を通って脳に伝えられる事になります。硝子体は蒸留水に匹敵するくらいの高い透明性をもっていますが、繊維状のタンパク質であるコラーゲンの網目の中にコイル状になったヒアルロン酸が埋まった構造をしています。硝子体の粘度は動物によりさまざまで、カエルは粘度は低く、魚は高粘度で人間は両者の中間の粘土をもっています。
 網膜には
視細胞層があり、ここで光を感じています。視細胞層の外側には色素上皮層があり、視細胞を通りぬけた余分な光を吸収するメラニン色素を大量にもって、眼球内の光の反射を防いでいます。瞳が黒い理由はここにあります。色素上皮は視細胞層で脱落した稈体の外節先端を取り込み、視細胞や感光物質の再合成や視細胞にビタミンAなどの必要物質を補給しています(ビタミンAは桿体の視物質ロドプシンの材料です)。網膜内には酸素や栄養分を運ぶ血管網が有ります。網膜はこの血管網の他に、外側から色素上皮層を囲む脈絡膜で囲まれており、この脈絡膜からも酸素や養分の補給を受けるとともに不要な老廃物を脈絡膜を通して排出しています。脈絡膜もメラニン色素を多量に含み、瞳以外から余分な光がはいらないように暗幕の役目を果たしています。また馬、犬や猫などの哺乳類では色素上皮細胞は透明で光を透過し、脈絡膜に揮板(タペータム)をもっています。このため光を反射し、夜に眼が輝いて見えます。これは少ない光を反射し、感度を高めているのです。タペータムには血管がなく、棒状の結晶構造を含む繊維層から構成されていますが、ネコではリボフラビンを含み450nmの光を520nmに光に変えて桿体の感度を高めているとの事です。なお、タペータムは哺乳類ではヒトやブタ、また鳥類、多くの爬虫類、両生類には存在しません
 脈絡膜の外側は
強膜で覆われています。この強膜は眼球の形を保ち、形を変える要因となる内外の圧力に対抗する役目を果たしています。この強膜は哺乳類では結合組織のみで作られていますが、他の大部分の動物では軟骨や骨で補強されています。哺乳類の強膜の大部分は白い不透明な硬い膜で、俗に“白目”といわれている部分に続がり、一部は透明になって“角膜”となります。以上のような構造で眼球ができているのです。単純化すれば、水晶体と網膜、色素上皮層の基本構造があり、それを栄養補給や老廃物の排出系である脈絡膜が支え、全体を角膜や強膜で保護しているのが我々の眼球であるといえるでしょう(なお哺乳類以外の魚類、爬虫類や鳥類などの脊椎動物では、角膜を取り囲む強膜の一部が骨化して“強膜輪”が形成され、眼球を保護する構造をしています)。また脈絡膜と網膜は外方(水晶体側)で融合し変形します。この融合部は通常水晶体辺縁部で膨れ、毛様体をつくり、ここで水晶体をつり下げています(鳥類や爬虫類では、毛様体が水晶体を環状に取り囲みます)。更にこの融合した層が水晶体表面に平行に伸びる事で虹彩ができているのです。またこの虹彩の内側(網膜)や外側(脈絡膜)の色素により虹彩に色がつく事になるのです。なお虹彩には筋繊維が存在します。鳥類や爬虫類では横紋筋繊維が両性類や哺乳類には平滑筋繊維が存在して瞳孔の開口部を開いたり絞ったりしているのです(魚類には虹彩の大きさが一定している種が多い)。次に光の結像についてみてみましょう。
 外から眼に入射した光はまず角膜により曲げられます。水晶体レンズにより光が曲げられると一般に思われているかと思いますが、実際には
大部分の光は“角膜で曲げられている”のです。レンズの屈折性能はレンズ材料の屈折率nとその焦点距離fを用いてn/fで示されます(この指標の単位はディオプトリ:Dと呼ばれます)。nが大きいほど、また焦点距離が短いほど光りを大きく屈折できるのです。人の眼は無調節時には屈折力が約60Dですが角膜のみで43Dとなります。また水晶体は13Dから26Dまで変化する事ができます。このように眼における光の屈折の大部分は角膜での屈折に依存し、水晶体レンズを用いて、より微妙な焦点合わせを行っている事になります。これは陸生動物に共通しています。空気層と角膜層で屈折率に差が有る事でこのように機能しています(ちなみに水と角膜はほぼ同じ屈折率です。このため、水中では角膜で光を大きく屈折する事はできません。従って、水中で十分に光を屈折するためには、水晶体の曲率を大きく球形に近くするか、他の方法を援用して焦点を合わせる必要があります)。逆にいえば生物が陸上に上がるのに併せて角膜が発達したともいえるでしょう。このようにレンズの位置を変えず、レンズの形状を変えて焦点合わせをしているのがヒトの眼です。
 哺乳動物の眼球では、毛様体筋の収縮・弛緩により、水晶体(レンズ)の厚みを増減する(霊長類)か、前後に移動させる(他の大半の哺乳類)の2種類の焦点合せが行われています。前記のように、人間では、毛様体が収縮する事でレンズの曲率を大きくして(レンズを丸く膨らませる)近くに焦点を合わせ、逆に弛緩させて(レンズを薄く平らにする事で)遠くに焦点を合わせているのです。なお、馬やラットでは毛様体筋の発達は貧弱です。そのためこの筋肉の動きだけでは焦点合わせは不完全で、これらの動物は遠視の傾向にあります。馬の眼球はピンポン球のようなきれいな球形ではなく、ややゆがんだ形状をしています。網膜が湾曲した形状をしている事を利用し、馬は頭の位置を変える事で近い場所に焦点を合わせをします。例えば、遠くを見る時にはあごを引き上目使いに、近くを見る時には逆にあごをあげて対象物を注視するのです。なお、鳥類や爬虫類では毛様体は環状に水晶体に付着していますが、哺乳類では毛様体は水晶体に接触しておらず、水晶体は毛様体後縁に付着する繊維によって懸垂されているという差異があります。
 なお、ニュートンのプリズムによる太陽光の分析(屈折)は学校で習う有名な実験ですが、屈折現象では光の波長により屈折の程度が異なります。青い短波長の光は最も大きく屈折し、赤い長波長の光は屈折の程度は小さくなります。従って、通常レンズでは青い光は手前(レンズ)側に、赤い光はこれよりも遠くに結像します。これを
色収差といい、カメラのレンズではこの補正がなされていますが、人間の眼にはこの色収差の補正機構はありません。通常、人間の眼は赤や緑などの長波長成分に焦点を合わせているため、青い光はぼけて見えるはずですが、脳でこれを修正しており、日常活動ではこのボケに気づく事はありません。なお水晶体は屈折率に分布をもつタイプのレンズが採用され、球面収差が補正されています。ちなみにレンズ中央部では屈折率は1.41程度ですが、中心から離れるに従い,屈折率は低下し、レンズ周辺部では1.34程度に小さくなります。これにより周辺部での光の屈折を緩やかにし、中央部と同じ位置に焦点が合う機構になっています。また人間の場合、網膜の結像場所の中心(中心窩)には直径1.5〜2mm程度の濃い黄色の“黄斑”があります。この黄斑にはカロテノイド系の色素であるルテインとゼアキサンチンが集積しています。中心窩には強い光が当たるため、これらの色素でエネルギーをもつ青色光を減少させて保護し、光により活性酸素が生じても、それを消去するように働いているのです。また、短波長の青色光を吸収するため、色収差による像のボケを低減し、コントラストを改善するのにも役立っています。なお牛や豚などにはこのような黄斑はありません
 中心窩には視細胞である
錘体細胞(後述)という色を検知する細胞が非常に高い密度で分布しています。この錘体は明るい日中の視力を確保する重要な細胞です。中心窩の中心では視細胞と神経節細胞が等しい数だけありますが、視細胞から軸索が放射状に伸び、中心からはずれるに従い、双極細胞や神経節細胞の数が多くなるため網膜が厚くなります。中心窩では、凹レンズと同じように、中央が窪み、次第に厚くなる事で入射光が屈折し、像を拡大して見ているのと同じ効果を実現しています。この中心窩から少し離れると錘体細胞は激減し、代わりに桿体細胞が増えてきます(中心窩には桿体細胞はありません)。我々は、明るい所で見るときには、錐体細胞が多く分布している中心窩で見る対象をとらえる様に眼を動かしているのです。なお、中心窩は哺乳類では霊長類のみがもっています。一方、他の哺乳類の良く見える領域を網膜中心野と呼んでいますが、この領域は山羊や犬では丸く、馬、牛、ブタやうさぎ、チータなどでは横の線状をしています。また中心窩は霊長類以外では鳥類、トカゲやカメ、魚類で発達しています。
 桿体細胞は暗い中でも視力を確保する細胞ですが、周辺部にゆくに従い、分布の密度は減少します。錘体細胞、桿体細胞の機能については後述しますが、人間の場合、錐体細胞が約650万個、桿体細胞が1億2千万個存在しています。ネコの錐体細胞は人間の1/6、犬も人間の1/10といわれ、
哺乳類は色視覚はあまり発達していなく、錐体細胞の方が、桿体細胞よりも少ないのが特徴です。ちなみに人の眼では417nmの青色、532nmの緑色、560nmの赤色の3色の錐体視物質とともに495nmの光を感ずるロドプシンが、またマウスでは380nm前後の紫外と510nm程度の緑色の2つの錐体視物質が確認されています。犬も430〜475nmの紫と550〜620nmの黄色の2色視です。従って、赤い色を赤として見分ける事は不得意です。
 網膜には多くの動脈や静脈が分布しています。これらの血管や視細胞につながっている視神経は視神経乳頭といわれる部位から眼球の外に出ています。視神経乳頭部位には視細胞がないことから“盲班”とも言われていますが、
盲班をもつのは脊椎動物の特徴です。
 人間の眼の特徴の1つは静止しているものを見ていても、眼球が常に動いている事です。眼は一定の光を当てられると、その応答が次第に減衰、つまり光順応して見えなくなってしまいます。これを防ぐために人間の眼球は常に動いているのです。また人間では左右の眼が一緒になって動いている事も特徴です。さて余談ですが、角膜と水晶体の間には眼房という部分があります。ここには房水が満たされており、血管のない角膜や水晶体に栄養を補給する役目をはたしています。この液体は毛様体から分泌され、虹彩上部に位置する静脈官(シュレム管)から排出されています。眼圧とよく言われているのはこの房水による圧力です。シュレム管からの排水がうまく働かなくなったりすることで眼圧が高くなると頭痛を引き起こし、極端な場合には
緑内障となります。また水晶体が濁ると白内障となりいずれもレーザ治療やレンズ交換等の手術が必要となります。いずれも加齢により増加する病気です。この他、瞳孔の大きさも加齢により小さくなるために網膜照度が低くなり、より明るい照明を必要としたり、加齢により光の透過率が減少するという現象も生じます。水晶体自体も加齢とともに柔らかさを失うようです。また、水晶体は乳児の状態では淡いレモンイエロー色ですが次第に黄褐色に着色され、60歳ころにはコーヒーブラウン色に着色します。なお人間の水晶体がレモンイエローをしている事で青、特に紫外光は眼の内部に届きません。このようにレンズ、黄斑などは青フィルターとして働き、徹底的に短波長側の光を排除しており、また後述するように青を感受する視細胞(青錐体)の数も少ないのが人の眼の特徴です。寿命が長く、かつ昼行性に移行した事でこのように有害な短波長光を徹底的に排除するようになったのかもしれません。
 また網膜から視覚中枢までの機能低下も生ずる事で視力が低下します。色に関していえば特に
加齢により青系統の色の認識能力が低下するようです。染色関係の色照合業務では適正年齢を18歳から27歳と判断した例もあります(ただし白内障手術で人工水晶体に入れ替えた人では20歳台の能力が確保されたとの報告がありますす)。
 さらに余談になりますが、人間にはまぶたがあり上から下に閉じる構造になっています。大部分の哺乳類でも同じ構造で角膜の乾燥を防いでいますが、なかには
まぶたが下から上に動く動物もいます。ゾウやカバ、ラクダ、ネズミなどです。
 また瞳孔は人間や犬では丸い形をしていますが、
ネコやキツネなどでは縦長のスリット形状をしています。他方、馬や牛などの家畜では横長になっています。このような形状の違いは、ネコなど夜行性の動物では明るい所で光を遮り易いスリット状が良い事と、草むらや茂みなど縦長の障害が多い中では縦長の瞳孔が有利である事、一方、地平線まで広がる草原で生きていた馬などでは、周囲全体を見渡す必要があった事によるのではないかといわれています。なおイルカは三日月形の瞳孔をしています



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