〜バレエ「オンディーヌ」アシュトン版〜


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 昔々、パレモンという騎士がおりました。パレモンはベルタ姫を妻にと望んでおり、ある日狩から帰って来たベルタに宝石のついたお守り(amulet)をささげて求愛しました。しかし、傲慢なベルタはパレモンに対して素直になれず、彼を無視するふりをしてどこかへ行ってしまいました。
 取り残されたパレモンが意気消沈していると、水の精オンディーヌが現れました。美しいオンディーヌに魅入られたパレモンはそっとオンディーヌに近づいて抱きしめましたが、オンディーヌはパレモンの心臓の鼓動にふれ、魂がある事に驚いて神秘の森へと逃げ帰ってしまいました。パレモンはオンディーヌを追って駆け出しました。その様子を見ていたベルタは嫉妬にかられ、彼らの後を追って行きました。
 すっかりオンディーヌの虜となったパレモンはオンディーヌに求婚し、オンディーヌも彼を愛するようになりました。しかし地中海の王ティレニオは、魂を持つ人間であるパレモンはいつか必ずオンディーヌを裏切り、オンディーヌは自分でパレモンを殺すはめになる、と言って結婚に反対しました。水の世界には、人間の男が水の精を裏切った場合、その水の精自身が裏切った男を殺さなければならない、という掟があるのです。
 しかし愛し合う二人はティレニオの警告を無視し、森の隠者に結婚式を挙げてもらいました。
 結婚した二人は船に乗りましたが、二人を追いかけて来たベルタも船に乗り込みました。パレモンは愛のしるしにと宝石のついたあのお守りをオンディーヌに与えましたが、嫉妬心をかきたてられたベルタは、それは私にくれたものでしょう、とパレモンを非難しました。オンディーヌはお守りをベルタに渡してあげましたが、そこへティレニオが現れ、ベルタからお守りをとりあげて水の中へ持って行ってしまいました。
 ベルタを気の毒に思ったオンディーヌは水の中に手を入れて代わりの首飾りを取り出し、それをベルタに与えようとしましたが、ベルタは恐がって首飾りを投げ捨てました。水夫たちも気味悪がり、オンディーヌを水の中に投げ込んでしまいました。すると再びティレニオが現れて嵐を起こし、オンディーヌを連れて消えてしまいました。嵐はひどくなり、船は沈んでしまいましたが、岩につかまったパレモンとベルタは助かりました。
 オンディーヌがいなくなり、さびしさに耐えられなくなったパレモンはベルタと結婚式を挙げました。しかしオンディーヌは死んだのではなく水の世界に帰っただけであり、水の掟に従って自分を裏切ったパレモンの命を奪わなければならなくなりました。
 オンディーヌはパレモンのもとに現れました。パレモンはやっと自分が愛しているのはオンディーヌだけである事を悟りましたが、もう遅すぎました。悲しみにもだえながらも、オンディーヌは死の口づけによってパレモンの命を奪いました。
 そしてオンディーヌはパレモンの亡骸を水の世界に運び、いつまでも抱きしめていた、という事です。
(終わり)





第一幕・第一場 (ベルタの城の屋外)
 昔々、森と碧い水に囲まれたとある国にパレモンという騎士がいました。パレモンは美しいベルタ姫を妻にと望んでいましたが、女王様のように取り巻きに囲まれたベルタは、思わせぶりに振舞うかと思うとつれない態度をとる事もあり、パレモンはそんなベルタを理解できずに振り回されていました。
 今日も取り巻きに囲まれたベルタは森へ狩に行き、笑いさざめきながら帰って来ましたが、そこへパレモンが現れ、宝石のついたお守り(amulet)を捧げて誠実に求愛しました。しかしベルタは鼻先であしらうように笑いながらお守りをパレモンに突っ返し、取り巻きたちとどこかへ行ってしまいました。
 取り残されたパレモンはすっかり傷ついてしまいました。 

 と、庭にある泉がさざめき始めました。中に誰かいるようです。そして泉から美しい娘が姿を現し、不思議そうにあたりを見回しました。…人間なのだろうか?それとも水の精なのか?…驚いたパレモンはひとまず物陰に隠れて様子をうかがう事にしました。
 不思議な娘…水の精オンディーヌは身体についている滴を払い、あちらこちらにふれて回りました。見るものすべてが珍しくてたまらないのです。やがてオンディーヌは自分の影に気がつき、無邪気に影と戯れ始めました。
 その美しく無邪気な姿を見ているうちに、パレモンはすっかりオンディーヌに心を奪われてしまいました。そしてパレモンはそっとオンディーヌに近づき、彼女をとらえました。
 驚いたオンディーヌは逃げようともがきましたが、パレモンは離しません。やがてオンディーヌは宝石のついたお守りに気がつき、そのきらきらした美しさに興味を示しました。
 パレモンがお守りを渡してやると、オンディーヌはお守りを持ってうれしそうに踊りだしました。そしてひとしきり踊った後、お守りをパレモンに返しました。そしてパレモンに心を開いたオンディーヌはパレモンと見つめあい、二人は恋に落ちました。
 しかしパレモンの心臓が脈打っており、魂が宿っているのに気がつくと、オンディーヌは驚いて神秘の森へと逃げて行きました。オンディーヌの素直さ、無邪気さにすっかり心を奪われたパレモンは、彼女の後を追って駆け出しました。

 扉の影からベルタが出て来ました。駆け引きをしながらも本当はパレモンに気があるベルタは、こっそりと物陰からパレモンの様子をうかがっていたのです。
 そんなベルタも大変なショックを受けていました。何だったのだろう、今の出来事は?泉の中から出て来た不思議な娘…その娘にすっかり心を奪われて追いかけて行ったパレモン…。
 ベルタは取り巻きたちを呼びました。そして彼らに事情を話し、謎を解くべく、彼らと共に、オンディーヌやパレモンの後を追って森の方へと駆け出して行きました。

第一幕・第二場 (神秘の森)

 オンディーヌは伯父である地中海の王ティレニオが支配する神秘の森へ逃げ帰りました。ここには森の隠者と言われる世捨て人が住んでいるのですが、それ以外の人間が足を踏み入れる事は滅多にありません。
 オンディーヌはほっとして、さきほどのわくわくするような出来事を思い浮かべ、うっとりしていました。と、そこへパレモンが現れ、オンディーヌに求愛しました。オンディーヌは戸惑いを振り払い、パレモンの愛を受け入れました。
 と、オンディーヌはティレニオの怒りの気配を感じ取り、パレモンの手をとって逃げ出しました。ティレニオはパレモンがオンディーヌを追ってやって来た事が気に入らないのです。水の精や森の精を集めて警戒を始めました。
 やがてオンディーヌはパレモンと手をとりあって戻って来ましたが、ティレニオはじめ、水の精や森の精は二人を引き離そうとしました。しかし二人は固く抱き合い、離れようとしませんでした。
 そこでティレニオはオンディーヌに警告しました。…魂を持つ人間の世界には裏切りというものがある。そのうちその男も必ずお前を裏切るだろう。そうなったら水の掟によって恐ろしい事になるのはお前もよくわかっているではないか…。
 水の世界には、人間の男が水の精を裏切ったらその水の精自身がその男の命を奪わなければならない、という掟があるのです。
 しかしもはやパレモンと愛し合っているオンディーヌはティレニオの忠告を聞く耳を持ってはいませんでした。二人は森の中を行き来する隠者をつかまえ、結婚式をあげてくれ、と頼みました。ティレニオたちのいきり立った様子にびっくりし、最初は断った隠者でしたが、やがて二人の望みを聞き入れ、隠者の手によって二人は結ばれました。

 そこへベルタが取り巻きたちとやって来ました。ティレニオは邪魔者の侵入に怒り、水の精や森の精は彼らを追い出そうと追い回しました。ティレニオはベルタに襲いかかりましたが、隠者がベルタを助けました。しかし、ベルタがオンディーヌの事を隠者に聞こうとしているところへ再びティレニオが現れ、ベルタを激しく攻撃しました。
 ベルタはほうほうの体で逃げ帰りましたが、以後、水の世界はオンディーヌとパレモンの間に入り込もうとするベルタに目を光らせる事になりました。


第二幕 (地中海の港)


 オンディーヌとパレモンは港にやって来ました。ちょうど帆船が出航するところだったので、二人は船にのせてもらう事にしました。出航を前に荷物を積み込んだり見送りの人が手を振ったり、港はとても賑やかでした。
 二人は幸せいっぱいでしたが、そこでちょっと奇妙な出来事がありました。水夫が魚を持って通りかかったのですが、オンディーヌは水夫から魚を取り上げ、海に逃がしてしまったのです。パレモンも驚きましたが、水夫はオンディーヌの行動を不審に思ったようでした。
 そこへベルタがやって来て船長にお金を払って船に乗り込みました。パレモンは不愉快さを隠せませんでしたが、オンディーヌとパレモンの間に割り込む隙をねらってやって来たベルタは頑として降りようとはしません。しかしなぜかオンディーヌはベルタに好意を感じているようで、無邪気に歓迎するのでした。

 そしていよいよ船は出港しました。オンディーヌとパレモンは幸せにあふれて手をとりあいましたが、いつしか波が高くなり、水夫たちは、嵐が来た、と騒ぎながら帆を降ろし始めました。
 船が揺れるのでベルタは気分が悪くなりましたが、オンディーヌは浮き浮きとしているようにさえ見えました。そしてオンディーヌは、もっと高く、もっと高く、とでも言うように波を手であおり始めました。
 するとそれに呼応するかのように波は一層高くなり、水が船の中に流れ込んで来ました。パレモンも帆を降ろそうと水夫たちと一緒に綱を引き、一方ベルタは荒れ狂う水に翻弄されてふらふらになりました。
 オンディーヌはそんなベルタの姿を見て可哀想に思い、水たちに海へ帰るように合図をしました。すると船に入り込んだ水はきれいにひいて行き、船は平静を取り戻したのでした。
 オンディーヌはベルタを気づかいましたが、ベルタも水夫たちもオンディーヌを気味悪がって遠ざけました。パレモンにもオンディーヌに対する不審感が湧き上がりましたが、みんなに嫌がられたオンディーヌが悲しむのを見てオンディーヌへの愛情が甦り、愛しそうにオンディーヌを抱きしめました。それを見たベルタの嫉妬は燃え上がり、何としてもパレモンを取り戻してやる、と決心するのでした。

 パレモンはオンディーヌを慰めようと、オンディーヌが好きなあのお守りをプレゼントしました。するとベルタが、「それは私のものでしょ、あの時私にくれたじゃないの。」と抗議しました。
 パレモンは、「あなたは突っ返したじゃないか。」と言い返しましたが、オンディーヌはベルタに悪いと思い、お守りをベルタに渡してやりました。
 パレモンは怒りましたが、ベルタは船べりに行って勝ち誇ったかのようにお守りを高く掲げました。すると突然ティレニオが現れ、お守りをベルタからとりあげて海の中へ持って入ってしまいました。
 ベルタは、オンディーヌが海の魔物と結託してお守りを奪ったのだ、と非難しました。そしてベルタに扇動された水夫たちはこれ以上の災難が起こるのを恐れて、オンディーヌを担ぎ上げ、海へ落とそうとしました。しかしそれはパレモンが必死になって何とかとめました。
 ベルタや水夫たちに気味悪がられたオンディーヌはとても悲しんでいましたが、ベルタと仲直りしようと、海に手を突っ込んできれいな首飾りを取り出し、「代わりにこれで我慢してね。」と、ベルタに差し出しました。しかしベルタは余計に気味悪がり、首飾りを投げ捨てました。
 そこへ怒ったティレニオが現れ、海はまた荒れ始めました。水の精たちが船に乱入して来て船を荒らしました。再度ふりかかった災難に、もうこれ以上オンディーヌを許す事はできない、と水夫たちはついにオンディーヌを海に投げ込んでしまいました。

 怒ったティレニオはますます海を猛り狂わせ、水の精たちは暴れ回りました。水夫たちは何とか沈没を逃れようと必死で綱を引きましたが、水の精たちは帆を引きちぎりました。パレモンはベルタをかばいながらよたよたと荒れ狂う海に翻弄され続けました。
 そしてついにマストは折れ、船は難破してしまいました。水夫たちは全滅してしまいましたが、岩につかまったパレモンとベルタは助かりました。


第三幕 (海に面したパレモンの城)
 オンディーヌがいなくなり、さびしさに耐え切れなくなったパレモンはベルタと結婚する事にしました。そして婚礼の日がやって来ましたが、なぜか暗い空気が城をおおい、とりわけ海は無気味で陰気な色を浮かべていました。
 式が終わるとベルタはパレモンに肖像画を贈り、祝宴の準備をしに行きました。広間で一人になったパレモンは肖像画を眺めていましたが、いつしかパレモンの目には肖像画がオンディーヌの姿に見えてくるのでした。
 やっぱりパレモンは今でもオンディーヌを愛しているのです。それがあんな形で別れる事になろうとは。心の痛みを感じながら、パレモンはオンディーヌが消えた海の彼方を見やりました。すると波間に悲しげなオンディーヌの姿が見えます。オンディーヌは何かを懸命に訴えようとしているようにもみえました。
 パレモンはしばしその姿にじっと見入っていましたが、そこへベルタが戻って来ました。パレモンは夢をさまされ、我に返りました。

 やがて招待客たちが到着し、祝宴が始まりました。コミカルなダンスが踊られ(ディヴェルティスマン〜dressed in commedia dell'arte costume)、座はおおいに盛り上がりました。
 そしてパレモンとベルタが手を取り合ったその時です、恐ろしい様子をしたティレニオが水の精たちを連れて現れました。ティレニオはパレモンとベルタを引き離し、水の精たちはベルタを城から引きずり出しました。招待客たちも追い出され、パレモンは水の精にとらえられて意識を失いました。
 そしてティレニオはオンディーヌを呼び出しました。現れたオンディーヌは苦しみにやつれていましたが、ティレニオはそんなオンディーヌに厳しく命じました。「さあ、水の掟に従い、あの男の命を奪うのだ。」
 オンディーヌはこの過酷な運命から逃れようともがきました。しかしティレニオはオンディーヌを引き戻し、掟の実行を促して水の精たちと共に立ち去りました。

 その時、パレモンが意識を取り戻しました。そして本当に愛しているのはお前だけだ、とオンディーヌを抱きしめ、口づけをしようとしました。
 しかしオンディーヌは「もう遅いのです。」と言って口づけを拒みました。パレモンはなおも愛するオンディーヌを求め続けましたが、オンディーヌは身をのけぞらせて頑なに拒みました。なぜならば、この口づけはただの口づけではなく、パレモンの命を奪う死の口づけなのですから。
 しかしついにパレモンはオンディーヌの口びるをとらえました。かたく口びるを重ねあうオンディーヌとパレモン。しかしその瞬間パレモンは激しい衝撃を受け、のけぞって倒れました。オンディーヌは悲痛な思いでパレモンにすがりつきましたが、すでにパレモンは息絶えていました。

アポテオーズ (海の底)


 オンディーヌは海の底へパレモンの亡骸を運んでいきました。そしていつまでもその腕の中に抱きしめていた、という事です。
(終わり)





<オンディーヌ基本情報>

    振付    フレデリック・アシュトン
    音楽    ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
    原作    ウンディーネ (フケーの幻想小説)
    初演    1958年10月27日 於コヴェントガーデン王立劇場 
           英国ロイヤルバレエ
           配役   オンディーヌ・・・・・・・マーゴット・フォンテーン
                 パレモン・・・・・・・・・・マイケル・ソムズ
                 ベルタ・・・・・・・・・・・・ジュリア・ファロン
                 テイレニオ・・・・・・・・・アレクサンダー・グラント
 「オンディーヌ」はアシュトンの4番めの、そして最後の三幕もののバレエです。フォンテーンのためのバレエを考えていたアシュトンですが、シェイクスピアの「テンペスト」や「マクベス」といった候補をおしのけて、長い間心の中で暖めていた水の精の物語が浮上してきたのでした。 
 原作であるフケーの「ウンディーネ」は子供時代からのお気に入りでしたし、1939年にはルイ・ジュヴェが演出したジロドゥの「オンディーヌ」を見て刺激を受けていたのです。フォンテーンも水の精の物語をとても気に入りました。
 アシュトンはロマンティクバレエの全盛期に作られたジュール・ペローの「ナイアド」やポール・タリオーニの「コラリア〜気のうつろいやすい騎士〜」といった水の精を主役にしたバレエの台本も研究しましたが、最終的にはフケーの原作に戻り、登場人物の名前を変更してこのバレエ「オンディーヌ」を作りました。
※ ウンディーネはフランス風にオンディーヌとなり、騎士フルトブラントはパレモンに、キューレボルンはティレニオになりました。ジロドゥの「オンディーヌ」では騎士の名前はハンスです。キューレボルンやティレニオにあたる人物に名前はなく、水界の王となっています。
 音楽はハンス・ヴェルナー・ヘンツェに依頼しました。マリウス・プティパがチャイコフスキーに対してしたように、アシュトンは細かい注文を次々と出し、緊密な協力関係を築きながら創作したようです。
 ただ音楽の仕上がりはチャイコフスキー並み…というわけにはいかなかったようですが、それでもアシュトンはこの音楽に合わせて主役オンディーヌを中心に水の動きを表現しようといろいろと工夫をこらしました。 

 アシュトンの工夫はあちらこちらで報われているようには思いますが、ただこのバレエは予備知識なしで見たのではかなりわかりにくいように思います。
 というのは、オンディーヌがみずからパレモンの命を奪うのは非情な水の掟があるからなのですが、それはバレエの中ではうまく表現できません。ですから見ている方には、愛し合っているのになぜそんな悲惨な事になるのかよくわからないのです。
 この水の掟は16世紀の錬金術師パラツェルズスの地火風水に関する古文献に由来しています。

「水精は人間の女のような姿をしているが、魂がない。人間の男に愛されてその妻になると、魂を持つに至る。夫はその妻を水辺または水上で罵ってはいけない。その禁を犯すと、妻は永久に水中に帰ってしまう。しかし死別ではないから、夫は他の女をめとってはいけない。もし他の女をめとるならば、水精自身が夫の命を奪いに現れることになっている。」(「水妖記〜ウンディーネ〜」フーケー/作 柴田治三郎/訳 岩波文庫の解説より引用)。

 また、ベルタが最初の場面でパレモンを袖にする意味がわかりにくいです。その後でパレモンがオンディーヌを愛し始めるとがぜん嫉妬のかたまりになって二人の間に割り込もうとするというのに…。これではベルタが変な人に見えてしまいかねません。
 これに関しては、「無邪気で自然の真実と一体になった水の精」と「複雑な魂を持つ人間」とを対比するため、ベルタ(本当はパレモンに惹かれているが、すぐになびいては軽く見られてしまうと思っている。)が恋の駆け引きをしている様子をまず描いたのではないか、と思うのです。素直で無邪気な水の精オンディーヌに対して、本心を押し隠し、すべて計算づくで駆け引きをする人間の女ベルタ、という構図ですね。
 また、たいして欲しいと思っていなかったものでも、他人のものになると素晴らしいものに思えてがぜん欲しくなる、と言う人間の性も同時に表現されているのでしょうね。このあたりはジロドゥの「オンディーヌ」の影響を受けている部分だと思います。

 それに加え、ドラマ的に弱い部分もあります。原作「ウンディーネ」では騎士フルトブラントが心変わりし、水の精ウンディーネから人間であるベルタルダへと心を移してしまいます。そして魔物と縁を切れないウンディーネに腹をたてて騎士がウンディーネを水の上でののしるという禁忌を犯した事から物語は悲劇へと突入していきます。
 しかしバレエ「オンディーヌ」では水難を避けようとする水夫たちがオンディーヌを海へ投げ込むのであり、パレモンのオンディーヌに対する気持が変化する過程はしかとは描かれていません。それ故、愛し合ったはずなのに悲劇へと突っ走るドラマが今ひとつ鮮やかには浮かび上がってこないのです。
 この部分のドラマの弱さもバレエ「オンディーヌ」をわかりにくくしている原因のひとつであると思います。

 そういったドラマ上の欠点があるせいか、音楽が弱いからか、この「オンディーヌ」は「シンデレラ」や「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」に比べると上演回数も多くはありません。アシュトン自身も他のカンパニーから上演したいという要請を受けても断り続けていました。
 しかしアンソニー・ダウエルがアシュトンを説得し、このバレエは1980代以降、また上演されるようになり、2000年4月にはミラノスカラ座でアレッサンドラ・フェリ主演で上演されました。(それでもそんなには回数は多くはないですが)。
 あまりにフォンテーンのカリスマ性が強すぎると言われていましたが、英国ロイヤルでもヴィヴィアナ・デュランテや吉田都、タマラ・ロホやアリーナ・コジョカルなどが素晴らしい舞台を見せてくれているようです。
 私は2009年の都さんとエドワード・ワトソンのDVDを見ましたが、都さんは水の精にぴったりで、とても感激しました。

 アシュトンは2幕を一番最後に作ったようですが、まさにこの2幕こそが一番この作品でドラマ的に弱いところ。ここを誰かプロットから変えてもっとドラマ的に説得力のあるものにしてくれないかなぁ、とちょっと欲張りな事を私は考えてしまいます。だって、この作品の雰囲気はとっても素敵ですから、もっともっと名作になって繰り返し上演されて欲しい、と思いますので…。





DVD「オンディーヌ」    OPUS ARTE
                2009年  於 コヴェントガーデン王立劇場
                配役     オンディーヌ・・・・・吉田都
                        パレモン・・・・・・・・エドワード・ワトソン
                        ベルタ・・・・・・・・・・ジェネシア・ロサート
                        ティレニオ・・・・・・・リッカルド・セルヴェイラ

                And its article "A CLOSE COLLABORATION" and SYNOPSIS    
水妖記(ウンディーネ)    フーケー/作  柴田治三郎/訳  岩波文庫
Ballet.co  (HP)




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このページの壁紙・画像は水澄ましの歌さんからいただきました


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