フリードリッヒ・バローン・ド・ラ・モット・フーケ/作 (1811年)


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 ジロドゥの戯曲「オンディーヌ」はこちら
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<あらすじ>


 昔々、地中海の水界の王が一人娘のウンディーネに人間と同じ魂を持たせたいと願いました。魂を得るためには愛を持って人間と結ばれなければなりません。父王に頼まれた伯父キューレボルンは漁師夫婦の娘をさらってウンディーネと取替えっ子し、ウンディーネは漁師夫婦の娘として人間界で育てられました。そして年頃になったウンディーネはキューレボルンの誘導によって漁師の家へやって来た騎士と愛し合うようになり、結婚しました。こうして騎士と愛で結びついたウンディーネは魂を持つようになり、自由奔放な娘であったのが情を持つ優しい女性へと成長しました。
 ウンディーネは騎士に自分が水の精であることを打ち明けましたが、騎士は変わらぬ愛を誓いました。しかし二人の間にベルタルダという娘が入り込むようになりました。ベルタルダは昔ウンディーネと取替えっ子された漁師夫婦の本当の娘でした。領主に拾われて養女となっていましたが、本当の親を知らされた際の傲慢で恩知らずの言動が災いして領主夫婦から見捨てられてしまいました。ベルタルダに親しみを持つウンディーネはベルタルダを騎士の居城リングシュテッテンに連れて行ってやる事にしました。
 リングシュテッテンでの日常生活に戻る中で騎士の心は人間であるベルタルダに傾いていき、次第にウンディーネを疎むようになりました。騎士の貞節を疑うキューレボルンは頻繁に現れて騎士を監視し、ベルタルダを脅かしました。ウンディーネは水界からの出入り口である中庭の泉をふさいでキューレボルンを封じましたが、泉の水を好むベルタルダは文句を言い、騎士に叱られた末に家出をしてしまいました。
 騎士はベルタルダを追いかけたましたが、山奥でキューレボルンに襲われてベルタルダともども危うく命を落としそうになりました。そこへウンディーネが駆けつけ、二人を助けました。さらにウンディーネは騎士の命を守るために決して破ってはならない水界の禁忌を教えました。…水の近くでウンディーネを罵ってはいけない。もし罵ればウンディーネは水界へ戻ることになるが、残された騎士は決して再婚してはならない。もしも再婚するようなことがあれば、その時は恐ろしいことになる…。騎士はそんなことはしないとかたく約束しました。
 そして3人の生活に平和が訪れましたが、意気消沈したベルタルダを慰めようとドナウ川下りをした際に再びキューレボルンが現れ、攻撃を加えてきました。ついに騎士は我慢しきれなくなり、禁忌を破ってウンディーネを罵ってしまいました。ウンディーネは嘆きながら水界の掟に従って水の中へ消えました。 
 騎士はしばらく嘆き暮らしていましたが、やがてさびしさから回りの反対を押し切ってベルタルダと再婚することにしました。そして結婚式の当日、中庭の泉の水を使いたくなったベルタルダは石を取り除けさせて泉を開けてしまいました。ウンディーネは泉から出現し、身もだえしながらも水界の掟に従って、口づけと自分の涙をもって騎士の命を奪いました。
 騎士を葬った墓の近くから澄んだ小川が流れ出し、いつしか墓を取り囲みましだ。人々はそれを見てウンディーネが愛しい男をいつまでも両腕に抱きしめているのだと信じるようになりました。
(終わり)




<詳しい物語>


 昔々、ドイツの森林地帯にきれいな湖があり、その湖に突き出た岬に年老いた漁師とその妻が養女のウンディーネと共に住んでいました。漁師がある日の夕方家の前で網をつくろっていると、背の高い化け物のような白い男が出て来て何やらうなずいているような気がしてゾッとし、思わず祈りの言葉を唱えました。背後の大きな深い森は化け物が出るという恐ろしい噂があるのです。それに漁師自身も何度か夢の中でその化け物を見たような気がするのです。
 しかし落ち着いてよく見ると、小川が白いしぶきをたてて湖に流れ込んでいるだけでした。ほっとしている漁師の目に立派な服装をした見知らぬ騎士がこちらへやって来るのが見えました。フルトブラントというその騎士は宿を所望し、漁師は気持ちよく騎士の願いを受け入れました。
 漁師夫婦が騎士をもてなしていると、養女のウンディーネが帰って来ました。騎士は美しいウンディーネに見とれ、ウンディーネも騎士をじっと見つめていたかと思うとなれなれしく近寄って行き、森にいたのなら森の中での出来事を話してちょうだい、と言いました。
 こんな夜更けに森の話をすれば悪霊が出かねない、と信心深い漁師はウンディーネを叱りました。するとウンディーネはすねてしまい、外へ飛び出して行きました。

 残された漁師はしばし騎士を相手にウンディーネのわがままを嘆き、ウンディーネを養女にしたいきさつを語りました。
 …漁師夫婦はかなり年がいってから美しい女の子を授かりましたが、ある日その子が湖に吸い込まれるように落ちてしまい、いくら捜しても見つかりませんでした。家に帰って悲しみに沈んでいると、幼い女の子が水でびっしょり濡れて現れました。
 わが子は助けてやることができなかったが、せめてこの子は助けてやろうと養女にすることにし、変わった名だとは思いましたが、女の子の希望通りウンディーネという名前で洗礼を受けさせました…。
 このあたりまで話したところでものすごい音がしたので外を見ると、小川が氾濫して漁師の家のすぐ側まで水浸しになっていました。二人はウンディーネが心配になり、探しに出かけました。

 荒れ狂う小川の岸まで来た時、騎士は氾濫でできた中州にウンディーネがいるのを見つけました。渦巻く水に囲まれたウンディーネは幻のようにきれいでした。
 騎士はウンディーネを助けようと必死で渦巻く小川を渡りましたが、当のウンディーネは涼しい顔をして騎士の首に腕を巻きつけてきました。
 思わず騎士がウンディーネを抱きしめて接吻していると、いつの間にか漁師が川の向こうで二人を見とがめていました。そして家に帰って騎士に森の中での出来事を話してもらうという条件で、やっとウンディーネは二人とともに家に帰りました。そして騎士は話し始めました。
 …武道の試合に森の向こうにある町へ出かけた騎士はそこに滞在していた藩主の養女であるベルタルダという美しい娘と知り合いになりました。そしてベルタルダの希望で化け物が出ると評判の森へ冒険に出かけることになったのです…
(何とここでウンディーネは騎士に噛み付いたのです。騎士は若く美しい女性の乱暴な行為に驚きましたが、話を続けました)
 …しばらくすると、醜悪でずるそうな地の精(コーボルト)が出て来て騎士をなぶりものにしました。馬は驚いてしゃにむに走り、とうとう騎士は道に迷ってしまいました。道を見つけて進もうとすると、背の高い男が出て来てさえぎります。そうこうするうちに一つだけ白い男が邪魔しない道があったのでそこに進むと、白い男は「それでよし」とでも言うようにうなずきながらついてきて、漁師の家の手前で消えてしまったというのです…。
 水はなかなか引かずにあふれ返り、岬は孤立して島のようになってしまいました。騎士は町へ帰れなくなり、漁師の家に滞在する事になりました。そしてその間に騎士とウンディーネは親密さを増して行きました。
 しかし知れば知るほどウンディーネは自由奔放で不思議な娘です。騎士の中には美しいウンディーネを愛しいと思う気持ちと怪しさを感じて身震いする二つの気持ちが交錯するようになりました。



 ある日ハイルマンと名乗る神父が漁師の家に救いを求めてやって来ました。教区を見回ろうと船に乗っていると、待ち構えていたように見える白い大波にさらわれて船は転覆し、神父は島のようになった岬に打ち上げられたというのです。
 この様子では水は何時引くとも知れず、自分はもう修道院に帰ることもあなた方より他の人と会うこともないかもしれない、と神父は言いました。
 神父の言葉を聞いているうちに騎士もこの閉じられた世界がすべてのように感じられ、自分ももう元の世界に戻ることはないような気がしてきました。そしてここには美しいウンディーネがいて騎士にぴたりと身を寄せています。
 騎士の中でウンディーネを愛しいと思う気持ちがひときわ強くなり、騎士はハイルマン神父に、自分たちは許婚だから結婚式を挙げてくれと言いました。誰も反対する者はなく、ハイルマン神父は二人の結婚式を挙げました。

 しかし結婚式に関しても不思議なことが起こりました。ウンディーネは立派な結婚指輪を二つ外から持ってきて、これは自分の両親がこの日のために用意してくれたものだと言ったのです。またハイルマン神父が言うには、この島のようになった岬には漁師一家と騎士と自分以外は誰もいないはずなのに、背の高い白い男が窓から騎士とウンディーネの結婚式をのぞいていたというのです。
 そればかりか式の間おとなしくしていたウンディーネは式が終わるともう我慢できないとばかりに暴れて気まぐれないたずらを始めました。ハイルマン神父がこれからは夫の魂と自分の魂を合わせるようにしなさいと諭すと、ウンディーネは自分には魂がないのにどうすればいいの、と不思議そうに訊ねました。
 一同は驚いて思わず身震いしてしまいました。その時、何かがウンディーネに近づいてきたのです。そしてウンディーネは涙を流しながら言いました。「魂って何て重いんでしょう。今まであんなに軽くて楽しかったのに。」
 そしてそれからというもの、ウンディーネは人が変わったように優しく情のある娘になりました。

 新婚の夜、騎士は悪夢にうなされました。騎士の心の中には自分は妖女と結婚したのではないかという疑いが消えなかったのです。今やすっかり情のある貞淑な女性に変身したウンディーネはそんな騎士の様子を見て不思議な身の上話を始めました。
 …私は水の精であり、父親は地中海の水晶宮に住む有力な水界の王なのです。水の精は魂やそこから生ずる複雑な感情など持たず、自然と一体となって楽しく生きていますが、死んでしまえば何も残りません。私の父親は死後も残る人間の魂を素晴らしいものだと考え、一人娘の私に魂を持たせたいと考えたのです。
 そのための唯一の方法は愛を持って人間と結びつくことなのです。そこで森の中で気ままに暮らす伯父のキューレボルンがまだ幼い私を漁師夫婦の娘と取替えっ子し、私は人間の世界で娘に成長しました。
 すると伯父のキューレボルンは地の精を使ってあなたを森の中で迷わせて漁師の家へ誘導し、洪水を起こしてあなたを漁師の家に閉じ込めたのです。そしてあなたが私に夢中になっているのを見計らってハイルマン神父の船を難破させてあなたと私の婚礼を執り行わせました。そして愛をもってあなたと結びついた今、私には父の願い通り魂が宿ったというわけです。
 しかしもしあなたが水の精との結婚を気味悪く思うならば、どうぞ今ここで私を捨て去ってください、そうすれば私は父の水晶宮に戻ります…

取替えっ子 → ヨーロッパの伝承で、フェアリー・エルフ・トロールなど伝承の生物の子と、人間の子供が秘密裡に取り替えられること、またその取り替えられた子のことをいう。(ウィキペディア「取替え子」の項目より引用)
 ウンディーネの話を聞いて深い愛を感じた騎士は、可愛い妻を決して見捨てないと誓いをたてました。
 かくして騎士とウンディーネは結ばれ、目的を達したキューレボルンは水を引かせたので、あたりは元通りの落ち着きを取り戻しました。そして騎士とウンディーネは名残惜しかったのですが、年老いた漁師夫婦と別れて修道院に帰るハイルマン神父と共に町へ向かって旅立ちました。
 森の中でキューレボルンが現れましたが、人間の魂を持つようになったウンディーネはキューレボルンを怖がるようになり、騎士は剣を持ってキューレボルンを退治しょうとしました。
 しかしキューレボルンはあざ笑うかのように流れ落ちる瀧に姿を変え、お前がウンディーネに貞節と愛情を守るかどうかこれからも監視し続けてやる、と不気味にささやきました。



 町では騎士が森で化け物に襲われて死んでしまったのではないか、とみんな心配していました。自分がつまらない事を言ったからだとベルタルダは自分を責め、誰よりも嘆き悲しんでいました。そこへ騎士がウンディーネを連れてハイルマン神父とともに現れたので、みんな騎士の無事と幸せをとても喜びました。しかしベルタルダだけは別で、騎士に美しい妻がいるのを見て以前よりもいっそう嘆きは深くなりました。
 どういうわけかウンディーネはそんなベルタルダを一目見た時から言いようのない親しみを覚えて愛するようになりました。そうこうするうちにベルタルダもウンディーネが好きになり、騎士とウンディーネ、ベルタルダの三人はとても仲良しになりました。
 ある夜、三人は噴水のあたりで騎士の居城であるリングシュテッテンにベルタルダも一緒に連れて行く相談をしていました。すると噴水の中からキューレボルンが現れて、ウンディーネにベルタルダを連れて行ってはいけないと忠告しました。
 ウンディーネは無視しようとしたが、キューレボルンが、ベルタルダは漁師夫婦の本当の娘である事を教えたので、ウンディーネは一転して大喜びし、これをベルタルダと漁師夫婦に教えて喜ばせてやろうと思いました。

 翌日、ベルタルダの聖名のお祝いが華やかに催されました。ウンディーネはベルタルダの養親である藩主夫妻やみんなの前でベルタルダの本当の親が見つかったことを告げ、漁師夫婦を呼びました。
 漁師夫婦は感極まってベルタルダに抱きつき、ウンディーネはそれを見て目をうるませました。しかしベルタルダは嫌悪感をむきだしにして漁師夫婦を突き飛ばしました。そしてこれは自分を貶めようとするウンディーネの陰謀だと言い、ウンディーネと漁師夫婦を「ペテン師と金で雇われた貧乏人」と口汚く罵りました。
 漁師の妻は自分の娘が性悪女になったことを情けなく思いましたが、本当に自分の娘なら両肩の間と左足の甲にすみれの形をしたあざがあるはずだと申し出ました。
 藩主夫人が別室で確認すると確かにベルタルダには漁師の妻が言う通りのあざがありました。藩主夫妻はベルタルダの恩知らずな振る舞いに失望して嫁入り支度金を与えて縁を切ってしまいました。
 漁師夫婦もその悪い性質が治らないうちは連れて帰る気はない、と去って行きました。皆から見捨てられたベルタルダは騎士とウンディーネの哀れみを乞い、結局騎士とウンディーネはベルタルダを可哀想に思ってリングシュテッテンの城へ連れて行くことにしました。

 そして三人はリングシュテッテンへと旅立ちましたが、途中でキューレボルンが現れて再びベルタルダを一緒に連れて行ってはいけないと忠告しました。しかしウンディーネは自分はもう人間の妻であり魂もあるのだからあなた方の仲間ではない、みんなが気味悪く思うから二度と現れないでくれとキューレボルンを追い払い、ベルタルダをかばいました。
 そしてキューレボルンの出現に脅えるベルタルダに自分が水の精であり、自分とベルタルダは水の精によって取り換えっこされたということを打ち明けました。ベルタルダはその時からウンディーネを気味悪く思うようになってしまいました。


 やがて三人はリングシュテッテンに到着し、城での生活が始まりました。落ち着いた日常の生活に戻ったことは騎士に変化をもたらしました。心がウンディーネから離れて人間であるベルタルダに傾いていったのです。キユーレボルンが現れてベルタルダを脅かしたことも騎士の心変わりを加速しました。
 次第に騎士は魔物との関わりを断ち切れないウンディーネを疎み始めました。そしてベルタルダはそれをいいことに女主人面をしてウンディーネを脇役に押しやりました。ウンディーネとベルタルダの意見が食い違うと、騎士はいつもベルタルダの言い分を通してウンディーネをひどく叱りつけるのでした。そんな時でもウンディーネは哀しそうな顔をしながらもおとなしく騎士に従っていました。

 騎士が遠くへ出かけたある日、ウンディーネはキューレボルンが出入りできなくなるように出入り口である中庭の泉をふさごうとしました。泉の水が肌を美しくすると思っているベルタルダは文句を言いましたが、ウンディーネはとりあわずに召使に大きな石で泉をふさがせ、石にキューレボルンを封じる呪文を彫りこみました。
 腹をたてたベルタルダは騎士が帰って来ると、早速ウンディーネが横暴なことをしたと言いつけました。騎士はウンディーネを叱りつけようとしましたが、ウンディーネは騎士を別室へ連れて行き事情を話しました。
 本来ウンディーネにとって力強い味方であるはずのキューレボルンを騎士やベルタルダを守るために封じたウンディーネの真心を、騎士はひしひしと感じました。そして騎士の中には久しぶりにウンディーネへの愛情がよみがえり、ウンディーネに優しい態度をとりました。
 さらにウンディーネは騎士の命を守るために以下のような忠告をしました。
…水辺や水の上で私を罵ったりきつく叱ったりしてはいけません。この禁忌を破れば私はあなたの側にはいられなくなり、父親の元へ帰らざるをえません。そしてあなたが再婚するようなことがあれば再びあなたのところへ来ざるを得なくなるのですが、その時は取り返しのつかないことになります…。
 騎士はそんな事はしない、とかたく約束しました。
 ベルタルダは今回も自分の言い分が通るものと思っていましたが、騎士は泉はふさいでおくから石をどけてはいけないとベルタルダに言い渡しました。ショックを受けたベルタルダは腹いせに置手紙を残して家出をしました。
 それを読んだ騎士の中にはベルタルダへの想いがさっと燃え上がり、ベルタルダが向かったという黒谷めざして馬を走らせました。黒谷は山奥にある秘境でキューレボルンの勢力範囲です。不吉な予感がしたウンディーネは騎士とベルタルダを守るために白馬を駆って黒谷へと向かいました。

 案の定、黒谷ではキューレボルンが待ち受けており、ベルタルダを装って騎士を惑わせようとしました。腹をたてた騎士は何があっても魔物からベルタルダを守ろうと決心しました。そして捜し続けた末に山腹付近でベルタルダを見つけました。
 疲れて脅えきったベルタルダは素直に騎士に従いました。騎士はベルタルダを馬に乗せて帰ろうとしましたが、馬はキューレボルンの出現に脅えていたので暴れて言うことをききません。
 騎士が困っていると、折りよく白い2頭の馬にひかせた荷馬車が現れました。騎士は白い服を着た馬方に頼んでのせてもらうことにしました。
 これで助かった、と安心していると、いつの間にか荷馬車はずぼずぼと川の深みへ入って行きます。騎士が驚いて馬方を見ると、馬方はキューレボルンに変身し、白い波になって騎士やベルタルダに襲いかかってきました。馬も馬車も泡立つ大波となり、騎士とベルタルダを飲み込もうとしました。
 もはやこれまでと思われた時、白馬にまたがったウンディーネが現れて、荒れ狂う川を叱りつけました。すると川は波立つのを止め、静かになりました。こうして騎士とベルタルダはウンディーネに助けられ、無事に城へ帰りつきました。



 この事件があってからはベルタルダもおとなしく遠慮がちとなり、騎士のウンディーネへの愛も復活して城には平和が訪れました。
 そんなある日、意気消沈してしまったベルタルダを慰めようとして三人でドナウ川下りをすることになりました。三人は快適な船旅を楽しみましたが、次第にキューレボルンが勢力を現し始め、波や風で邪魔をし始めました。そしてついには船の回りをぎっしりと気味の悪い化け物で取り囲ませてしまいました。
 騎士は水妖の女と結婚したばかりにこんな目にあうのだとウンディーネに腹をたてました。しかしここは水の上です。ここでウンディーネを叱りとばしては禁忌を犯すことになります。騎士はならぬ我慢をし続けました。
 ウンディーネはもう船旅はやめてお城へ帰りましょうと言いましたが、騎士の心の中にはなぜ自分の生活がこうも化け物に支配されなければならないのかとの怒りがこみ上げて来ました。
 一方ベルタルダはぼんやりしてしまい、騎士からもらった金の首飾りをはずして川面にかざし、ちらちらするその光を見つめていました。すると川の中からにゅっと手が出て来て首飾りを持ち去り、その後からあざ笑うような声が聞こえてきました。
 ウンディーネは川の中に手を突っ込み、見事なさんごの首飾りを引き出してベルタルダに渡そうとし、「代わりにこれを持ってこさせたから、これで我慢してね」とベルタルダを慰めようとしました。
 それを見ていた騎士の堪忍袋の緒はついに切れてしまいました。騎士はウンディーネの手からさんごの首飾りを奪い取り、川へ投げ捨てました。「いつまで奴らと組んでいるんだ、この魔物め!お前なんか水の中へ帰れ!二度と人間の邪魔はするな!」
 哀れなウンディーネは身も世もなく嘆き悲しみ、「それではお別れです。くれぐれも貞操は守ってください。」と言い残して水の中へ消えて行きました。



 ウンディーネがいなくなって深い喪失感を感じた騎士は嘆き暮らしました。そしてやはり悲しい思いをしていたベルタルダと二人でウンディーネを懐かしんでいました。しかし月日がたつうちに段々と悲しみは薄れ、落ち着きを取り戻していきました。
 そんなある日、年老いた漁師がやって来て、奥方不在の城で騎士とベルタルダが二人で暮らしているのは世間体が悪いから、とベルタルダを連れて帰ろうとしました。
 ウンディーネばかりかベルタルダまで失ってしまうことを恐れた騎士は、漁師にベルタルダと結婚したいと申し込みました。漁師は、ウンディーネは死んだとは決まっていない、それにウンディーネの失踪の素ともなったベルタルダと騎士が結婚するのはよくないことだ、と反対しました。
 しかしついには騎士とベルタルダの情熱に押されてしぶしぶながら反対を引っ込め、結婚式のためにハイルマン神父が呼ばれました。
 ところが神父もこの結婚に反対しました。きっとウンディーネは生きている、ここ2週間ほどウンディーネが神父の夢枕に立ち、騎士の命と魂を救ってくれと訴えるのだ、と言うのです。
 しかし今さら決心を変える気にはなれない騎士は他の神父を呼び、結婚式は数日中に行われることになりました。ハイルマン神父はどうやら別種の式の準備が必要だと思い、近くにとどまって一人でその準備を始めました。
 さて、騎士は騎士でおかしな夢を見ました。
…騎士は白鳥の背中に乗って地中海の上にいて、下の水晶宮でキューレボルンとウンディーネが話しているのを聞いています。何があろうと自分は騎士を愛しているから幸せなのだと言うウンディーネに、キューレボルンは言います。…あいつが再婚したらお前は水の掟に従ってあいつの命を取らねばならない…ウンディーネが言い返します。そんな事ができないように城への出入り口である泉は大きな石でふさいであるのです…。
 目を覚ました騎士はこの夢の意味をしばし考え込み、ウンディーネが水晶宮から戻って来るようなことがあれば取り返しがつかないと言っていたことを思い出しました。しかしいったん走り始めた騎士の心はもはや止められませんでした。

 そして予定通り騎士とベルタルダの婚礼が行われました。祝いの席は豪華でしたが、何か陰気で不吉な気持ちがした招待客たちは早めに引き上げてしまいました。騎士にも不幸の影が宿っていました。
 ベルタルダは一人ではしゃいでいましたが、豪華な衣装を選り好みしているうちに首筋にあるそばかすが気になり始め、「中庭の泉の水は肌をきれいにしてくれるのにねぇ」とため息をつきました。
 今や奥方となったベルタルダの機嫌をとろうとした召使は、下男に命じて泉をふさいでいた石をとりのけさせてしまいました。
 すると石は途中からひとりでに動き出し、地面に転がりました。そして噴水のように何かが噴き出しました。それは白いヴェールをかぶった一人の女…ウンディーネでした。
 ウンディーネは恐ろしい定めに身もだえしながら騎士の部屋へ入って行き、水の掟に従って騎士の命をもらわなければならないと告げました。
 騎士は恐ろしく思いましたが、逃れられない運命なのだと悟り、ウンディーネに接吻してもらって死にたいと言いました。ウンディーネは泣きながら騎士を抱きしめてこの世ならぬ接吻をしました。ウンディーネの涙は騎士の目から胸へ入り、騎士は絶命しました。ウンディーネは控えの間にいた召使に「あの方を涙で殺しました。」と言い残して泉の方へ消えて行きました。



 そしてハイルマン神父の手で騎士の葬儀は行われました。いつの間にか白いヴェールをつけたウンディーネが葬列にまじり、ベルタルダの後ろについていました。ベルタルダは怒って追い返そうとしましたが、ウンディーネは優しく両手を差し伸べて哀れみを乞いました。それがベルタルダの心を動かしました。
 ウンディーネは騎士の墓に土をかける時も皆と一緒にひざまづいていましたが、いつしかその姿は消えてしまいました。そしてウンディーネがひざまづいていた場所からは澄んだ銀色の泉が流れ出し、小川となって騎士の墓をぐるりと取り囲み、近くの池に注ぎ込みました。
 それを見た人々は、哀れなウンディーネが両の腕に愛しい男をいつまでも抱きしめているのだ、とささやき合いました。
(終わり)




<MIYIU’sコラム>

 

 作者のフーケはドイツ後期ロマン派の詩人ですが、もともとは軍人で、ライン地方に遠征した時にある身分違いの少女と知り合い、恋に落ちて結婚しました。その結婚はわずか2、3年で破綻したそうですが、この「ウンディーネ」はその時の苦い経験から生まれた、ということです。
 実際には身分やものの考え方の違いから破綻したのでしょうが、それを「ウンディーネ」では人間と水の妖精というもっと超え難いものから来る愛の悲劇として描いています。そして背景として深い森林地帯に住む水妖の不可思議な世界が描かれており、読者も自分がドイツの森林地帯に迷い込んで不思議な冒険をしてきたような気になります。特にキューレボルンの変身の場面やウンディーネが白馬に乗って騎士やベルタルダを助ける場面、ウンディーネが噴水から噴出する場面など、幻想的な描写が素晴らしく、絵心をそそる場面です。
 フーケ自身も結婚の破綻に相当苦しんだのでしょう。相手との違いは最初からわかっており、それを納得して結婚したはずなのに、自分と同じ世界に属する者に出会ってしまうと、やはり同質の相手の方がよくなってしまい、異質の相手が疎ましくなってしまう。悲しいけれど、その気持ちはどうすることもできない。フーケも自分自身を許すことができなかったのでしょう。そしてウンディーネに騎士を涙でもって殺させ、少しはフーケの心もやすらいだのでしょうか。
 フーケは後年、その女性と仲直りし、長く友情を築いたそうです。



 フーケが「ウンディーネ」を創作するにあたって参考にしたのは、16世紀の錬金術師パラツェルズスの地火風水に関する古文献だそうです。
「水精は人間の女のような姿をしているが、魂がない。人間の男に愛されてその妻になると、魂を持つに至る。夫はその妻を水辺または水上で罵ってはいけない。その禁を犯すと、妻は永久に水中に帰ってしまう。しかし死別ではないから、夫は他の女をめとってはいけない。もし他の女をめとるならば、水精自身が夫の命を奪いに現れることになっている。」(「水妖記」フーケー/作 柴田治三郎/訳 岩波文庫の解説より引用)
 フーケは古文献に自分の経験を投影して、苦く哀しい、しかし幻想的でロマンティックな物語「ウンディーネ」を生み出しましたが、この「ウンディーネ」からも、有名なジロドゥーの戯曲「オンディーヌ」、ジュール・ペローやフレデリック・アシュトンのバレエ、E.T.A.ホフマンやチャイコフスキーのオペラが作られました。
 ジロドゥーの「オンディーヌ」は今も劇団四季が時々上演しています。
 アシュトン振付のバレエは今も英国ロイヤルバレエ団のレパートリーに入っています。もともとはマーゴット・フォンティーンの当たり役であったそうですが、吉田都さんの当たり役でもありました。
 都さん引退の少し前に発売されたDVDでは、無邪気な水の精であったのが人間の魂を持ったが故に、そして水の掟によって、永遠の愛と悲しみを背負うその様子が見事に表現されています。

 




<参考文献>


水妖記(ウンディーネ)    フーケー/作  柴田治三郎/訳  岩波文庫
世界幻想名作集 ウンディーネ   澁澤龍彦/編  フーケ/紀田順一郎の解説
ウィキペディア 「ウンディーネ」の項目




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