ストーリー辞典に戻る





 成人を迎えたジークフリート王子は、摂政である母の王妃から明日の舞踏会で花嫁候補の中から妃を選ぶように言い渡された。憂鬱になったジークフリートは、ふと見上げた空に白鳥の群れが飛んでいるのを見つけ、魅入られるように白鳥を追って狩に出かけた。、
 そのまま寂しげな湖のほとりに来たジークフリートは、王冠をいただいた一羽の白鳥が美しい娘に変わるのを見て驚いた。娘の名はオデットで、フクロウの姿をした悪魔に侍女もろともに白鳥に姿を変えられ、夜の間だけこの湖のほとりで人間の姿に帰ることが許されているのだった。その悪魔の呪いはまだ誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓いによってしか解けないのだと言う。
 一目で恋に落ちたジークフリートはオデットに、私が永遠の愛を誓って悪魔の呪いを解いてあげましょう、と申し出た。オデットもまたジークフリートに惹かれ始めており、その言葉に希望を持つが、上空には二人を見張るようにフクロウの姿をした悪魔が飛んでいた。
 翌日の舞踏会でジークフリートは花嫁候補の誰とも結婚しないと宣言して王妃を嘆かせたが、そこへ見知らぬ貴族が娘を連れて現れた。ロットバルトというその貴族の娘オディールはオデットにそっくりだった。オデットのふりをしたオディールに誘惑されたジークフリートはその魅力に陥落してしまい、オディールに永遠の愛を誓ってしまった。それを聞くや否やロットバルトとオディールはジークフリートを嘲る高笑いを残して去って行った。ロットバルトはあのフクロウの姿をした悪魔で、オディールはその娘だったのだ。こうして悪魔の策略にはまってしまったジークフリートは、オデットにかけられた呪いを解くことができなくなってしまった。
 ジークフリートは湖に駆けつけてオデットに許しを乞うた。二人は改めてお互いへの愛を確認するが、そこへ悪魔が現れて二人を永遠に引き裂こうとした。愛するオデットを助けたい一心からジークフリートは果敢に悪魔に戦いを挑み、二人の愛の力を感じて弱ってきた悪魔を倒した。すると呪いが解け、オデットは人間の姿を取り戻した。二人は今度こそ永遠の愛を誓い合った。
(終わり)




<プロローグ>


 オデット姫は侍女たちと美しい湖のほとりで花を摘んでいた。すると突然大きなフクロウの姿をした悪魔が現れて翼を不気味に羽ばたかせたかと思うと、オデットたちはその翼の中に飲み込まれて白鳥に姿を変えられてしまった。美しかった湖の景色も荒れ果てた岩だらけの険しいものとなってしまった。


<第一幕>


 さて時が移ったある日のこと、お城の前庭ではジークフリート王子の誕生祝いの宴が開かれていた。ジークフリートの友人で道化者のベンノらがお祝いを言いに訪れた村娘を誘い込み、王子の家庭教師までが丸め込まれて泥酔し、ついには村娘に手を出して、逆に娘たちから笑い者にされる始末。
 青春真っ盛りの陽気な乱痴気騒ぎであったが、ジークフリートは陽気に振る舞っているようでいて心の中は憂鬱だった。今日をもってジークフリートは成人となったのである。父王亡き後は母の王妃が摂政としてまつりごとを行ってきたが、これからは自分が王となって国や民に対して責任を負わなければならない。それに王となったのだから早く妃をめとって跡継ぎをつくるようにと言われることだろう。まだ本当の恋をしたことのないジークフリートにとっては王妃の期待はたまらなく憂鬱なものであった。この重圧から逃げ出せるものならどんなにいいだろう。

 そこへ母の王妃が宮廷の侍女たちを連れて現れた。みんな大慌てで酒や村娘たちを隠し、体裁を繕おうとした。しかし王妃の目をごまかすことはできず、王妃の厳しい態度に、村娘たちはこそこそとその場を立ち去った。王妃はジークフリートに誕生祝いの立派な弓を贈った後、「明日の舞踏会に花嫁候補を数人呼んであるので、その中から妃を選ぶように。」と言い渡した。
 王妃が帰った後は村娘の代わりに侍女たちが参加して誕生祝は続けられた。ジークフリートも努めて陽気に振舞おうとしたが、お妃選びを言い渡されたジークフリートの気持ちは沈んでいくばかりだった。
 ふと空を見上げると白鳥の群れが飛んでいる。あんな風に翼があればどこへでも自由に飛んでいけるだろうに…。ジークフリートの目は白鳥たちに惹きつけられた。側には王妃から贈られた弓があった。ジークフリートはまだ続いている誕生祝いを抜け出し、魅入られたかのように弓を手に白鳥を追って駆け出した。


<第二幕>


 夢中で追いかけるうちにいつしか月夜となっており、ふと気がつくとジークフリートは岩だらけの荒れ果てた湖のほとりに来ていた。上空では大きなフクロウが不気味に翼を広げて警戒していたが、狩に夢中になっているジークフリートは気がつかなかった。湖畔には小さな聖堂の廃墟があり、湖には一群の白鳥が泳いでいた。先頭の白鳥は頭に王冠を頂いていた。ジークフリートはねらいをつけたが、白鳥たちは気配を察して逃げてしまった。しくじったな、と思っていると、聖堂の廃墟が不思議な光に照らされ、そこに王冠を頂いた白鳥が現れたと思うや、一人の美しい娘に変わった。ジークフリートは驚愕し、そしてその美しさに息を呑んだ。
 白鳥の娘は最初自分を射ようとしたジークフリートを怖がったが、彼が誠実にわびるのに心を開き、自分の境遇を話し始めた。
 娘の名はオデット姫。湖のほとりで侍女たちと花を摘んでいる時に突然大きなふくろうの姿をした悪魔が現れてその巨大なマントに包まれたかと思うと、みんな白鳥に姿を変えられてしまった。以来、夕暮れから夜明けまではこの廃墟の側でのみ人間の姿でいられるのだが、それ以外は白鳥になったままなのだ。この悪魔の呪いは今まで誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓いによってしか解けないのだと言う。
 すっかりオデットに心を奪われたジークフリートは、「私が永遠の愛を誓ってあなたにかけられた呪いを解いてみせます、明日お城の舞踏会で花嫁を選ぶことになっているので、ぜひ来てください。」と言った。オデットもまたジークフリートに惹かれ始めており、その申し出を受けたいと思ったのだが、人間の姿でいられるのはこの廃墟の側での限られた時間のみなのである。「残念ながらうかがえないのです。」と悲しげに言うオデットに、ジークフリートは、「あなたが来られないのなら、私は決して他の女性を選んだりしません。」と約束した。幸せな愛の想いに満たされたオデットであったが、上空からは大きなフクロウの悪魔が羽ばたく不気味な羽音が聞こえたきた。悪魔は自分たちの話を聞いていたに違いない。不安になったオデットは、「悪魔は策謀を巡せて私たちの仲を引き裂こうとするでしょうから、気をつけてください。」とジークフリートに警戒を促した。
 二人が話しているうちに、湖畔からは次々と白鳥たちが現れ、聖堂の廃墟の側で娘の姿に変わっていった。オデットの侍女たちである。侍女たちも最初は自分たちをねらっていたジークフリートを怖がっていたが、オデットとジークフリートが愛し合っているのを知り、心を開き始めた。そしてせめて人間でいられる時間を楽しく過ごしましょう、とみんなでダンスをした。しかしいつしか夜が明け、大きなフクロウの悪魔が空から降りてきて、娘たちに「行け!」と命令した。すると娘たちは廃墟へ追い込まれ、白鳥に姿を変えられて湖へ消えて行った。別れ際にオデットは自分の羽をジークフリートのために残して行った。


 もはや娘たちの姿はなく、暁の光に照らされた湖には、白鳥が泳いでいるだけだ。夢か現か…ジークフリートはしばらく呆然としていたが、やがてオデットが残して行った羽を拾い上げた。不思議な出来事ではあったが、夢ではなかったのだ。今や憂鬱はすっかり姿を消し、ジークフリートの心はオデットへの愛の想いで満たされた。


<第三幕>



 翌日、お城の大広間でジークフリート王子のお妃選びのための舞踏会が盛大に催された。ジークフリートは王妃と並んで玉座についた。国中の主だった者は皆招待されており、お妃候補として外国の姫君が幾人か来ていた。お妃候補たちは王妃に請われて可憐なダンスを披露した。みなジークフリートの気を惹こうとして精一杯の愛嬌を振りまいていた。王妃はジークフリートにどの娘が気に入りましたか、と訊いたが、ジークフリートは私はこの中の誰とも結婚しません、とオデットとの約束通りに答えた。王妃は大変がっかりし、ため息をついた。ジークフリートはベンノにオデットの羽を見せ、昨日の不思議な出来事とオデットとの約束を話して聞かせた。
 そこへ新たな来客を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。ロットバルトという大貴族が娘のオディールと舞踏団を率いて現れたのだ。大貴族のようだが、誰もその名を聞いたことがない。
 ジークフリートは娘のオディールを見て驚き、そして有頂天になった。黒いドレスに身を包んだオディールはオデットにそっくりだったのである。そのオディールはジークフリートを誘うかのように艶やかに微笑みかけてきた。オデットは白鳥の姿のままだから舞踏会には来られないと言っていたが、実はこのオディールはオデットなのではないか。ジークフリートはすっかりオディールに心を奪われ、早くオディールと話をしてみたいと心ははやりたった。
 そんなジークフリートをじらすかのようにロットバルトは連れて来た舞踏団に次々とダンスを踊らせた。スペインの踊り、ナポリの踊り、ハンガリーの踊り(チャルダッシュ)、ポーランドの踊り(マズルカ)、ロシアの踊り(ルースカヤ)。どれも見事なもので、最初は見かけない貴族だ、と怪しく思っていた王妃たちも次第にダンスに釣り込まれて警戒心を解いていった。ジークフリートはそれらのダンスも上の空で視線は絶えずオディールを追っていた。
 ようやく舞踏団のダンスが終わり、やっとジークフリートはオディールと踊ることができた。ジークフリートは大事に持っていたオデットの羽を取り出し、この羽に見覚えはありませんかと訊ねた。オディールはオデットの羽を放り投げて言った。もうこれは必要ありませんわ、私は今こうやってあなたの前にいるのですもの。それよりもっと強く抱きしめてくださらないかしら?ジークフリートを見つめるその目は燃えるように魅惑的だ。ジークフリートの心は陥落してしまった。
 その頃大広間の窓の外では一羽の白鳥が必死で羽ばたいていた。心配したオデットが様子を見に来たのだ。どうか惑わされないで。悪魔の策略にはまらないでください!
 しかし、もはやジークフリートはオディールの他は何も見えなくなっていた。オディールを抱きしめてダンスを踊った後ジークフリートは王妃の所へ行き、私はこの人をお妃として選びたいと告げた。自分が選んできたお妃候補ではないが、とにかくジークフリートが誰かを選んでくれたので、王妃は安堵してジークフリートを祝福した。
 そしてジークフリートはロットバルトの所へ行き、ご令嬢と結婚させてくださいと申し込んだ。ロットバルトはもったいぶって永遠の愛の誓いを求めた。それを見ていたベンノに不吉な思いがよぎり、ジークフリートを止めようとした。しかしのぼせあがっているジークフリートはベンノを押しのけ、求められるままにひざまづいてオディールの手に自分の手を重ねて永遠の愛を誓った。
 すると明るく華やかだった大広間は一転して真っ暗になった。外では稲妻が走り、雷鳴がとどろいた。窓の外には嵐の中で必死で羽ばたく白鳥の姿が見えた。ここに至ってジークフリートはようやく気がついた。ロットバルトはあの大きなフクロウの姿をした悪魔、そしてオディールはオデットではなく悪魔の娘だったのだ。ジークフリートは悪魔の策略にまんまとはまってしまったのである。呆然とするジークフリートにロットバルトとオディールの高笑いが聞こえた。そしてロットバルトはその翼のようなマントで不気味な嵐を巻き起こし、オディールとともに去って行った。
 大広間は大混乱になった。王妃はうちひしがれる息子を抱きしめて嘆いた。しかしジークフリートは居ても立ってもいられなかった。心配するベンノを振り切り、ジークフリートはオデットの元へと駆け出した。


<第四幕>



 湖のほとりでは白鳥の娘たちがオデットの帰りを待っていた。ジークフリートは悪魔の誘惑に打ち勝ってオデットへの愛を守り抜けるだろうか。心落ち着かない娘たちは努めて陽気にダンスを踊って気を紛らわそうとしていた。
 そこへオデットが帰って来た。廃墟に近くで娘の姿に戻ったオデットの髪は乱れ、顔は悲しみに満ちていた。オデットはジークフリートが悪魔の策略にはまって自分を裏切り、これで自分たちが人間の姿に戻る望みはなくなったことを娘たちに告げた。何て男…娘たちも絶望的な気持ちになったが、気を取り直してオデットにあの人のことは忘れましょう、と言って慰めた。
 そこへジークフリートが駆け込んで来た。娘たちはオデットをに隠れるように言い、オデットを探すジークフリートを冷たくあしらい邪魔をした。しかしすっかり打ちひしがれたジークフリートの姿を見たオデットはたまらず駆け寄り、ジークフリートはその足元に身を投げ出して許しを乞うた。娘たちはそんな人にはかまわないであちらへ行きましょうと言って去って行ったが、オデットは立ち去ることができなかった。たとえ誤って自分を裏切ってしまったとはいえ、もはやオデットは深くジークフリートを愛するようになっていたのである。過ちを許したオデットは別れの時が近づいてきたのを知りながら、愛を歌いあげるかのようにジークフリートと優美なダンスを踊り続けた。

 やがて夜明けが近づき、大きなフクロウの姿をした悪魔が現れ、上空を旋回しながら娘たちを廃墟に追いやり白鳥に変えてしまった。そして悪魔は、「お前はオディールとの約束を守らなければならない。」と言ってジークフリートを追い払い、オデットを聖堂の廃墟に追いやって白鳥の姿に変えてしまった。
 愛するオデットとの最後の時を引き裂かれたジークフリートは、思わず悪魔に戦いを挑んだ。しかし悪魔はあざ笑うかのように不気味に翼を羽ばたかせて嵐を起こした。たちまち湖は洪水となり、岸に押し寄せてジークフリートを飲み込んだ。沈み行くジークフリートの目に悲しげに羽ばたくオデットの姿が映った。
 そうだ、何としてもオデットを助けたい。ジークフリートの中に今まで経験したことがないような力強いものが湧き上がって来た。そして飲み込もうと押し寄せる波に抗い、力の限り泳いだ。岸ではずっとオデットがジークフリートを力づけるように羽ばたき続けていた。そうして抗い続けるうちに波は段々と弱くなり、ついにジークフリートは岸へ辿りついた。岸では悪魔が待ち受けていたが、悪魔の足元は乱れ始めていた。お互いを思いやるジークフリートとオデットの愛がじわじわと悪魔の力を奪っていたのである。ジークフリートは悪魔の羽をとらえ、むしりとった。悪魔は苦しげにのたうち回り、やがて滅びて行った。


<エピローグ>



 悪魔の姿が消えてなくなると、不思議な光が辺りを包み込んだ。やがて岩だらけの荒れ果てた光景は姿を消し、湖畔に花が咲き乱れる美しい景色が姿を現した。そして岸には美しい姫君に戻ったオデットが立っていた。悪魔の呪いから解き放たれたばかりのオデットは不思議そうに自分を見回していたが、やがてまちわびていた時が訪れたことに気がついた。そして試練に会いながらも、愛を貫こうと果敢に悪魔と戦って呪いを解いてくれたジークフリートの腕の中に飛び込んだ。二人は固く抱き合った。二人の回りには侍女の姿に戻った娘たちもやって来た。そしてジークフリートとオデットはみんなに祝福されながら再び永遠の愛を誓い合った。
(終わり)



<白鳥の湖・基本情報>


初演
 初演台本    ウラジミール・ペトロヴィッチ・ベーギチェフ、ワシーリィ・ゲーリツェル
 初演振付    ウェンゼル・ライジンガー
 音楽       ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
 初演       1877年2月20日 於モスクワ・ボリショイ劇場


現在の上演の基となっている改定版
 台本      マリウス・プティパ、モデスト・チャイコフスキー(作曲者の弟)
 振付      マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
 初演      1895年1月15日 於ペテルブルク・マリインスキー劇場




 白鳥の湖は大作曲家チャイコフスキーの初めてのバレエ作品です。今やバレエと言えば「白鳥の湖」を思い浮かべますが、初演は失敗でした。原因としては音楽があまりに素晴らしすぎて振付等がそれについていけなかったということが言われています。それまでのバレエ音楽は踊りの単なる伴奏にすぎず、踊りに都合がよいように作られるだけで、それ自体が音楽的に価値を持つことがなかったようです。そこへ天才チャイコフスキーの力作がいきなり登場したものですから、みんな面食らって対処できなかったのですね。
 そしていったんは上演が途切れてしまいますが、チャイコフスキーの音楽に好意を寄せていたマリウス・プティパの手によって改定されました。それが好評を得て、現在もプティパとその弟子イワーノフの改訂版を基に世界中のあちらこちらで上演され続けています。
 白鳥の湖にはチャイコフスキーの他のバレエ作品(「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」)のような原作というべきものはありません。はっきりした事はわかっていないようですが、どうもチャイコフスキーの神話や伝説に基づいた構想を中心に、ベーギチェフとゲルツァーが台本を作成したようです。世界各地には白鳥の登場する神話や民話がたくさんあり、それらの幾つかが題材となりました。その中でも中心となったのはハイネの詩によるロマンティックバレエ「妖精の湖」とドイツの童話作家ムゼウスの妖精童話の原型である伝説「白鳥の池」ではないか、と「白鳥の湖の美学」(春秋社)の中で小倉重夫氏は書いておられます。
 原台本ではオデットは悪魔によって白鳥にされてしまった姫君ではなく、善良な妖精とされています。オデットは白鳥の姿をして遊んでいただけで、それを強いられたわけではなかったのです。その他、オデットに災いをもたらすのは男性の悪魔ではなく、父親の後妻である継母であったりと、我々が現在親しんでいるものとは違うところがたくさんあります。参考のため、以下にまとめておきます。                



 『王子ジークフリートは仲間と楽しく成人のお祝いをしていたが、その最中に母の王妃がやって来て、明日の舞踏会で花嫁候補の中から妃を選ぶようにと言い渡した。自由も今日までだ、と思うと憂鬱なジークフリートは、友人のベンノと一緒に上空を飛んでいた白鳥を追いかけて森の奥深くへ行ってしまった。
 荒れ果てた湖で白鳥を見つけ銃でねらいをつけるが、湖のほとりにある聖堂の廃墟が不思議な光に包まれたかと思うと、王冠をつけた一人の美しい娘が現れた。最初は銃で撃とうとしたジークフリートに疑惑の目を向けた彼女だが、彼が誠実に謝ると自分の身の上を話し始めた。

…彼女の名はオデット。オデットの母親は善良な妖精であったが、父親の意思に反して高貴な騎士と結婚してしまった。その騎士はまもなくオデットの母親を破滅させて母親は死んでしまった。そしてオデットの父親である騎士は魔女と再婚した。継母である魔女はオデットを憎み殺そうとした。
 それを祖父が救い、オデットを引き取った。祖父は娘であるオデットの母親の死を悲しみ、その涙で湖ができたが、その奥底にオデットと共にひきこもり、オデットを世間から隠した。
 やがてオデットは成長して娘となったので、祖父はオデットに王冠をかぶせて魔女が手を出せないようにして自由な時間を与えた。オデットが結婚すれば継母は手を出せなくなるのだが、それまでは継母から身を守ってくれるこの王冠をはずすことはできない。オデットは昼間は白鳥の姿となって友人たちと共に空高く飛んでのびのび遊び、夜は妖精の姿に戻って湖畔で踊って楽しむようになった…。
 
 ジークフリートはオデットに愛を訴え、オデットもジークフリートを愛するようになった。無事にジークフリートと結婚できれば王冠をはずし、彼の足元におく事ができる。
 しかしオデットには不吉な予感があった。明日の舞踏会で魔女である継母が策略をめぐらせて二人の愛を壊してしまいそうな気がしたのである。ジークフリートは絶対にあなた一人を愛し通す、と誓った。そしてひとまず二人は別れたが、上空でフクロウの姿をした魔女である継母が二人の会話を聞いていた。

 翌日の舞踏会でジークフリートは誰とも結婚しないと言って王妃を嘆かせていたが、そこへフォン・ロットバルトという貴族が娘を連れて現れた。
 娘のオディールはオデットにそっくりだった。オディールに夢中になったジークフリートはオディールを妃に選んでしまった。その瞬間フォン・ロットバルトはフクロウに変身し、オディールは高笑いをした。オデットの心配通り、悪魔の策略にはまってしまったジークフリートは後悔に苛まれながらオデットに会いに湖へと駆け出した。

 ジークフリートの裏切りを知り身も心もずだずたになったオデットだが、友人たちが止めるのもきかずに最後に今一度ジークフリートに会おうとした。湖は荒れ始め、雷鳴がとどろき高い波が押し寄せてきた。
 そこへジークフリートが現れてオデットに許しを乞うが、オデットは別れを告げ、彼から去って行こうとした。しかしジークフリートはオデットと別れることが耐え難く、オデットの王冠を奪って荒れ狂う湖に投げ込んで逃げられないようにしてしまった。それをフクロウの姿をした魔女である継母がつめで掴んで飛び去った。
 もはや守ってくれるものもなく破滅するしかないオデットは絶望の中でジークフリートの腕の中に倒れ込み、二人は洪水にのまれて波の間に消えて行った。
 やがて嵐は収まったが、月の光がさし始めた湖面には白鳥の群れが泳いでいるだけであった。』
( 初演台本・プティパによる改定台本共に森田稔氏の「永遠の白鳥の湖」収録のものを参考にさせていただきました。)


 この初演台本はチャイコフスキーが参考にした神話・伝説の世界を色濃く残しているように思われます。神話・伝説というものはおもしろいのですが、しばしば理不尽なところが多く含まれているものです。
 この初演台本でも最後にジークフリートは「いやだ、お前が望もうと望むまいとお前は永遠に私と一緒だ!」と言ってオデットから王冠を奪って投げ捨ててしまいます。その結果オデットは破滅に追いやられ、結局は無理心中になってしまうのです。夫に破滅させられたオデットの母の運命がまた繰り返されるという悲しい宿命が描かれます。いかにも神話・伝説的ですが、ジークフリートの行動は共感どころか反感をかってしまい、その点でも観客のウケが悪かったのでしょう。

 プティパは再演に際して台本も書き換えました。話をわかりやすく感動を呼ぶ愛の物語に書き換えたのです。その結果、オデットは不幸にも悪魔によって白鳥に姿を変えられた姫君で、、今まで誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛によって呪いを解いてもらうのを待っているという設定になりました。そしてジークフリートはオデットのために命を捨ててもいいというぐらいオデットを愛しているということになったのです。そんなに愛しているぐらいですから、オディールを選んだのも気の迷いではなく、オデットだと思い込んだからということになっています。
 そしてもう人間に戻ることができなくなったオデットは絶望して湖に身を投げますが、ジークフリートも彼女の後を追い、自らを刺して死にます。悪魔と戦って倒すことは不可能だが、オデットを愛する者が自らの命を投げ出すことによってのみ悪魔は滅びるという設定になっているのです。
 そして悪魔は湖に落下して死に、二人は水の底で水の精によって永遠の幸せへと導かれて物語は終わります。プティパによる再演は好評だったということですからこの改定版の物語は人々に受け入れられたということなのでしょう。
 但しやっぱり物語として完全に満足というわけにはいかなかったようで、以後も多くの改訂版が作られました。改定の一番のポイントはジークフリート王子が悪魔と戦うこともなくオデットのために命を投げ出してしまうところです。一幕で年老いた母である王妃がこれからはお前が王となり結婚して跡継ぎを作って私を安心させて欲しいと言っていますが、その母の願いも省みずに会ったばかりの女性への愛でいっぱいになって、すべてを放り出して死んでしまうのです。これは完全に親不幸ですし、新しい王様が国のことも領民のことも全く考えずに一人の女性への愛に殉じるのはやはり無責任というべきで感心したものではありません。

 チャイコフスキーの音楽から考えると結末は悲劇がふさわしい気がしますが、「美しい愛の悲劇」を作ろうとしたプティパの苦心はまた違った弱点を作ってしまったようです。


 特に労働や国家に対する忠誠が尊ばれた共産主義のソヴィエト連邦の時代には、こういった耽美的な美しい愛の悲劇は否定されました。そしてジークフリートはオデットを助けるために悪魔と戦うようになり、勝利して二人は現世で結ばれるようになったのです。確かにドラマとしてはその方が形が整いやすいです。白鳥の湖のドラマ上の主人公はジークフリートと考える方が自然ですから、一幕では母にため息をつかせるぐらい頼りなかった王子がオデットへの愛によって成長する物語として首尾一貫しています。
 ただそうは言ってもチャイコフスキーの音楽には何とも言えないやるせない憂鬱な美しさがあります。本当にハッピーエンドでいいのだろうか…?そういう思いを持つ人も多くいるようで、「白鳥の湖」は今も悲劇的結末・ハッピーエンドの両方が演じ続けられています。悲劇的結末もプティパ的なものからジークフリートのみ死んでしまうもの(ヌレエフ版)、またはオデットのみが死んでしまうもの(2001年グリゴローヴィッチ新改訂版)など様々です。今もあちらこちらでいろんなバレエ団が上演しており、DVDもたくさん出ていますから、いろいろと見比べてみるとおもしろいのではないでしょうか。



 ここでご紹介したブルメイステル版は1953年にスタニスラフスキーおよびネミローヴィッチ=ダンチェンコ劇場で初演されたもので、ドラマ性を重視して作られた版です。プロローグ、エピローグによって話の流れもわかりやすいですし、第三幕の民族舞踊が単なるディヴェルティスイマンではなく、ロットバルトの手下という設定になっており、物語の一部に組み入れられて物語が途切れずに自然に流れています。また一幕では母親にあきれられていた未熟な王子が愛に目覚めて力強い男性に成長するというテーマもはっきり浮かび上がります。私は音楽のことはよくわかりませんが、音楽的にも削除や省略を廃して原典への回帰を図った画期的なものらしいです。(プティパは改訂版を作る時にかなりチャイコフスキーの音楽に手を入れたようです。)今も人気があってあちらこちらで上演されています。





ロシアバレエの黄金時代    野崎韶夫/著 (新書館)
白鳥の湖の美学         小倉重夫/著 (春秋社)
永遠の「白鳥の湖」       森田稔/著 (新書館)
  〜初演台本・プティパによる改定台本を収録〜
DVD「白鳥の湖」 
       振付   ウラジーミル・ブルメイステル
             レフ・イワーノフ(第二幕)
       音楽   ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
       ミラノ・スカラ座バレエ団
       於ミラノ・アルチンボルディ劇場 2004年
       配役   オデット/オディール: スヴェトラーナ・ザハーロワ
             ジークフリート    : ロベルト・ボッレ  
           TDKコア株式会社                
DVD「白鳥の湖」 (無観客録画)
      振付    マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
      改定振付 コンスタンチン・セルゲイエフ
      音楽    ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
      キーロフバレエ
      於キーロフ歌劇場 1990年12月
      配役    オデット/オディール: ユーリヤ・マハリナ
             ジークフリート    : イーゴリ・ゼレンスキー
      発売元   NVC ARTS
DVD「白鳥の湖」
      振付    マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
      改定振付 コンスタンチン・セルゲイエフ
      音楽    ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
      マリインスキー劇場バレエ
      於マリインスキー劇場 2006年6月1,3,5日
      配役    オデット/オディール: ウリヤナ・ロパートキナ
             ジークフリート    :  ダニーラ・コルスンツェフ
      発売元   ユニバーサルミュージッククラシック

バレエ映画「白鳥の湖」
      振付   ルドルフ・ヌレエフ
      音楽   ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
      配役   オデット・オディール:マーゴ・フォンテーン
            ジークフリート    : ルドルフ・ヌレエフ
      他ウィーン国立歌劇場バレエ団
      1966年制作 ドイツ映画
      提供:ユニテル/配給:株式会社ティアンドケイテレフィルム
「白鳥の湖」(ライヴ)
      原振付  マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
             アレクサンドル・ゴールスキー
      改定振付 ユーリー・グリゴローヴィッチ
      音楽    ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
      於 東京文化会館 2008年12月5日
      ボリショイ・バレエ
      配役    オデット/オディール :スヴェトラーナ・ザハーロワ
             ジークフリート      :アンドレイ・ウヴァーロフ



Home

ストーリー辞典に戻る


このページの壁紙・画像はサロン・ド・ルビーさんからいただきました。

Copyright (c) 2009.MIYU